第487話 進化します! その二
手のひらサイズのプチロボット達は、これから始まる冒険のための準備を整えていた。プチ黒の背中には、様々なアイテムが詰め込まれたリュックサックが。プッチャの背中には、大量のバッテリーが。そしてプチメル子の背中には、動かなくなったモンシロチョウの芋虫ロボ『モン』が入ったリュックサックが背負われていた。
『ごしゅじんさまー!』
元気よく気合いを入れるプチメル子に驚いたプチ黒は、口に人差し指を当てて静かにするように促した。慌てて両手で口を塞いだプチメル子は、何度も頭を縦に振った。
三体の目的は、動かなくなってしまったモンを復活させることだ。それにはこの小汚い部屋を脱出して、ある場所にいかなくてはならない。
三体は、黒乃とメル子が寝息を立てているのを確認すると、薄暗い明かりの中、そろりそろりと歩き出した。これから向かう場所を知られたら、止められるに決まっているのだ。隠密だ。
まず窓によじ登る。二人が食事中に、こっそりと鍵は外しておいた。普通だったらプチロボットの力で巨大な窓を開けるのは不可能だが、心配ご無用、便利アイテムがある。
プチ黒はリュックサックからプチジャッキを取り出すと、窓の隙間に差し込んだ。スイッチを入れるとゆっくりと窓が開いた。
これは八又産業が開発した、『めいどろぼっち』をプレイすることで入手できるアイテムだ(サービスは停止済み)。
ほんの数センチメートルの隙間を通り抜けた。次はウインチとワイヤーを使い、一階まで下降する。手慣れたものだ。
三体は走った。目的地はそう遠くはない。黒乃達の部屋の対角線上、一階の角部屋だ。ここは鏡乃と朱華の愛の巣である。そして、もともとは紅子の部屋でもあった(62話参照)。
部屋の前にたどり着いた。巨大な扉を見上げる。プチ達はこの扉をどうやって開けるつもりなのだろうか?
プッチャは飛び上がると、軽い身のこなしでドアベルを鳴らした。そう、正面突破である。
「なになに〜? こんな夜中に誰なの〜?」
「ミラちゃん! 不審者かもしれんから、開けたらダメやで!」
扉の中から声が聞こえた。
『ごしゅじんさまー! ごしゅじんさまー!』
プチメル子が精一杯叫ぶと、いとも簡単に扉が開いた。
「わあ! プチクロちゃんと、プチメル子と、プッチャだ! こんばんは! なにしにきたの!?」
三体は鏡乃の足元をすり抜けると、部屋の真ん中へ突き進んだ。テーブルの上によじ登り、なにやら探索を始めた。
「なんやのん? この子達」
「遊びにきたのかな!? かわいい!」
すると、部屋に異変が起きた。テーブルを通して伝わってきた振動が、プチの小さなボディを揺らした。
「なになに!? なにこれ!?」
「ミラちゃん!」
突然テーブルが真っ二つに割れた。上に乗っていたプチ達が床に転げ落ちた。割れたテーブルはそのまま左右にスライドし、部屋の隅まで移動した。すると今度は床が真っ二つに割れた。その割れ目の中にプチ達は吸い込まれていった(69話参照)。
「わあああ! プチ達が!」
「この部屋、なんやのん!?」
鏡乃と朱華は、呆然とその穴を見つめた。
プチ達は地下施設にたどり着いていた。ここは変態マッドサイエンティストロボ、ニコラ・テス乱太郎の研究所だ。ここにきた理由はたった一つ、芋虫ロボは彼が作ったものだということを悟ったからだ。変態博士ならば、動かなくなったモンを復活させることができるかもしれない。
その時、無機質な通路に謎のロボットが現れた。変態マッド助手ロボだ。角ばった造形のそのロボットは、奇妙な歌を口ずさみながら荷物を運搬していた。
『貧乳〜貧乳〜貧乳ロボ〜。コノ世はまるごと貧乳ロボ〜。ニックキ巨乳ロボ達を〜、まるごとツルツルペッタンに〜、シテやろうか!!!』
プチ達は慌てて通路の柱の影に隠れた。他にも作業ロボ達が、せわしなく通路を行き来していた。見つかってしまえば、侵入者はただで済むとは思えない。見晴らしのいい通路は危険だ。三体は手近な部屋に駆け込んだ。
そこで待ち構えていたのは、ボロアパートの小汚い部屋であった。プチ達は一瞬自分の家に帰ってきてしまったのかと錯覚した。だが、そうではない。ここはボロアパートの地下深くの研究所。この部屋は地上の部屋を模しているのだ。
「フンフフーン、お掃除、洗濯、お買い物〜。かわいいメイドさんが働きまーす。ご主人様のために働きまーす。今日もかわいいメイドさん〜、フンフフーン」
そこには床に正座をし、鼻歌を歌いながら洗濯物を畳む金髪貧乳メイドロボがいた。黒メル子だ。ただし、畳んでいるのは白ティーではなく、赤いサロペットスカートだ。
黒メル子はニコラ・テス乱太郎によってボディを作られ、メル子のAIのコピーをインストールされた非合法の貧乳ロボだ。AIはメル子と同一であるため、メル子本人と言っても差し支えない。
安堵感がプチ達を支配しそうになったが、油断は禁物。いくらメル子とはいえ、ここは敵地。見つかるわけにはいかない。
いったん部屋を出ると、再び運搬ロボが通路をやってきた。台車に積まれている段ボール箱のマークを見て、三体は顔を見合わせてうなずいた。気がつかれないように台車の下に潜り込みよじ登った。台車はそのまま、『飼育室』へと搬入された。
思ったとおり、飼育室では様々な芋虫ロボがケースの中で飼育されていた。シロシタホタルガ、ビロードハマキ、アオバセセリ。その色彩の鮮やかさに目を奪われた。運搬ロボが運んできたのは、キャベツが描かれた段ボール箱だ。その中から飼育ロボがキャベツを取り出し、ケースの中に入れた。芋虫ロボ達は大喜びでキャベツに群がった。
プチ達は確信した。やはり、モンとジャコとアサは、ここから逃げ出してきたのだ。ボロアパートの駐車場のプランター畑の野菜にしがみついていたのを、プチメル子が発見して飼うことになった。
となると、芋虫ロボの開発者はニコラ・テス乱太郎で間違いない。変態博士ならば、モンを修理できる可能性が高まった。プチ達は希望を手に入れた!
と思ったのも束の間。小さな巨人が突如として目の前に出現した。
「プチ黒と〜、プチメル子と〜、プッチャだ〜」
くるくる癖っ毛の赤いサロペットスカートの巨人は、プチ達を鷲掴みにしようと手を伸ばしてきた。大慌てで、ケースの隙間に身を隠した。
「なんでここにいるの〜? あそぼ〜」
小さな巨人こと紅子が芋虫ロボが入ったケースを持ち上げると、頭を抱えて震えるプチメル子の姿が露わになった。紅子は手を伸ばした。
『おっぱい』
そこに飛んできたのはプチ黒であった。ワイヤーフックを使い、紅子の手を絡め取った。
「プチ黒〜、なにするの〜」
紅子はワイヤーを掴んで持ち上げると、プチ黒は哀れにも宙吊りになった。
『ごしゅじんさまー!』
プチメル子とプチ黒の視線が交わる。プチ黒はうなずいた。プチメル子は首を振った。プチ黒は指をさした。
『おっぱい』
紅子はワイヤーを振り回した。それに繋がれたプチ黒は高速の観覧車、あるいはハンドスピナー、または忍者の鎖鎌のように回転した。
その隙を見計らい、プッチャが飛び出してきた。プチメル子を背に乗せ、飼育室から飛び出した。すぐにロボット達に見つかったが、もう構わない。走り抜けるだけだ。プッチャの運動性能は高い。捕まえようと迫りくるロボット達の手を掻い潜り、通路の奥へ突き進んだ。
何回か角を曲がると、とりあえず追手を巻くことはできた。プチメル子はふぅと息を吐き出した。この先にニコラ・テス乱太郎の開発ルームがあるはずだ。探さなくてはならない。角を曲がった。
そこへ空になった紅茶のカップとティーポットを持った黒メル子が、部屋から現れた。急ブレーキをかけて停止するプッチャ。プチメル子と黒メル子の視線が交錯した。
「フンフフーン、お掃除、洗濯、お買い物〜。かわいいメイドさんがお買い物〜。ダイコン、キャベツにブロッコリー。たくさん食べて進化しま〜す、フンフフーン」
黒メル子はなにも見ていないかのように二体の横を通り過ぎた。黒メル子が通路を曲がると、追手のロボット達と鉢合わせした。
「黒メル子殿! コチラに小さなロボットが……」
「あちらに逃げましたよ」
「カタジケナシ!」
通路は静かになった。プチメル子はプッチャの背中から降りると、黒メル子が開けておいてくれた扉の隙間から開発ルームに侵入した。
部屋の中は薄暗く、無機質で、味気なかった。人間味のある要素はデスクの上に置かれた瓶に入った花と、微かに漂うレモンティーの香りのみ。
そのデスクに向かってキーボードを叩いているロボットこそ、変態マッドサイエンティストロボのニコラ・テス乱太郎である。近代ロボットの祖、隅田川博士が作り出した最古のロボットの一体。掘りが深い端正な顔立ち、しっかりと整えられた口髭、撫で付けられた黒髪、高級そうなスーツを完璧に着こなしている。
変態は回転椅子を回し、後ろを振り向いた。
「おや〜? 黒乃君のところのプチロボットではないかね〜? さっきから騒がしいのは、君達のせいかね〜?」
プチメル子は背中のリュックサックを下ろし、中から動かなくなったモンシロチョウの幼虫ロボを取り出した。
「これは〜? 私が作った芋虫ロボだね〜? 世界中のロボットを貧乳ロボに進化させるための必殺ロボだよ〜。でも、なかなか蛹にならなくて困っていたんだね〜。ん? おやおや、動かなくなっているね〜?」
変態博士はモンをつまんだ。それをカプセルの中に格納し、謎の機械に差し込んだ。
「なるほどね〜。仲間の芋虫ロボが蛹になった時のデータが蓄えられているね〜。逆にその大量のデータがネックになって、自身の処理領域をオーバーフローしてしまって動きを止めたんだね〜。このデータを吸い出してやれば……」
「いた〜」
突如、プチメル子の目の前に幼女の巨人が出現した。あっという間にプチメル子とプッチャは巨大な右手に捕まってしまった。左手にはぐったりとしているプチ黒が握られていた。
「あ、こら〜。子供はもう寝る時間だがね〜」
「おうちにつれてかえる〜」
そういうと、紅子は姿を消した。存在する状態と存在しない状態が重なり合った量子人間である紅子は、プチごとその存在を電子の確率の雲の中に紛れ込ませた。
数日後。黒乃とメル子はプチ小汚い部屋を覗き込んでいた。部屋の真ん中に置かれた木の枝に張り付いたジャコとアサの蛹が、今まさに羽化しようとしているのだ。
「がんばれ、がんばれ!」
「がんばってください!」
透明な膜が剥がれ、中からモゾモゾと成虫ロボが這い出てきた。ゆっくりと長い足を動かし、とうとう体全体が殻から抜け出た。それを見たプチ黒とプチメル子は、両手を上げて万歳した。
ジャコは黒く艶やかな羽を、アサは半透明の青緑の羽を広げた。そして羽ばたき、宙に舞い上がった。
「飛んだ!」
「飛びました!」
チョウチョロボは部屋を華麗に飛び回った。初めて飛んだとは思えないその軽やかな動きは、これから待ち構えているであろう過酷な自然への反骨心が現れていた。
メル子は窓を開けた。二匹は生まれ故郷にかけらほどの惜別も見せずに、外の世界へ向けて飛び立った。その様子を三体のプチロボットは、メル子の手のひらの上で見送った。プチメル子は寂しそうに手を振った。プチ黒はその背中を撫でた。プッチャは眠そうに大欠伸をして丸まった。
「あ、見てください、ご主人様!」メル子は指をさした。
「ん? あれは!?」
ジャコとアサに合流するように、一匹のチョウチョが飛んできたのだ。三匹はしばらくその場で旋回すると、同じ方向へ向けて飛び立っていった。その姿は、やがて青い空に紛れて見えなくなった。
「ひょっとして、モンもチョウチョロボになれたのかなあ?」
「そうかもしれません」
あれがモンだったのか、距離が遠くて確認はできなかった。チョウチョロボだったのかもわからない。だが、不思議と確信はしていた。心は青い空のように晴れ渡った。
その晩、プチメル子は電気チョウチョの夢を見た。
後日、日本各地で巨乳ロボが貧乳ロボになる事件が多発した。




