第484話 お仕事の風景です! その七
浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家から、今日も元気な声が聞こえた。
「貴様らーッ!」
白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽのお姉さんは、立ち上がって叫んだ。
「……うるさい」
左隣のデスクに座る青いロングヘアの子供型ロボットは、両耳を塞いだ。
「シャチョー!? どうしまシタ!?」
見た目メカメカしいロボットは、頭の発光素子を明滅させて驚いた。
「先輩、今日もお元気ですね」
ふわりとしたショートヘアと、厚い唇が色っぽいスーツ姿の女性は、向かいの席から熱い視線を投げかけた。
「みんなのがんばりのおかげで! 少しずつ資金が貯まってきました! ニッコリ」
黒乃は怒りの丸メガネを一転、恵比寿の丸メガネを見せた。黒乃は手を叩いた。それに引きずられるように社員達も手を叩いた。
ゲームスタジオ・クロノスは先のめいどろぼっちによる『浅草事変』の煽りを受けて、資金難に陥っていた(443話参照)。それを解消するために各社から仕事を受注し、収益を上げることに勤しんでいたのだ。
「めいどろぼっちに次ぐ新作タイトル! ゲームスタジオ・クロノスオリジナルゲーム第二弾! そのための道筋が少しずつ見えてきました!」
「シャチョー! 次はナニを作るんデスか!?」
「それを貴様らが考えるんじゃろがい!」
「イヤァー!」
しかし実際のところ、ゲームというものは企画ありきである。いい企画がなければ、いいゲームも作れない。めいどろぼっちの企画に至るまで、彼女達は幾度も企画会議を繰り返した。
「やるか、また」
「……なにを?」
「合宿だよ!」
「……やりたくない」
フォトンは頭を抱えた。何度も繰り返された地獄の合宿。富士山に登り、月にいき、無人島で遭難し、異世界を旅した。
「……なんでゲームの企画を考えるのに、毎回大冒険をしないといけないの」
「いや、だってさ。普通に考えても普通のゲームしか生まれないでしょ。我々が生み出さないといけないのは、前例のないゲームなんだから」
その結果生まれためいどろぼっちは、確かに前例のないゲームとなった。プチロボットを使い、異世界タイトバースから呼び寄せたAIをインストールする。あまりに無茶すぎるそのゲームは、ひとまず大成功を収めたかに思えた。
「シャチョー!」
「どした? FORT蘭丸」
「新しいゲームを作るのはイイんデスけど、マタ浅草が壊滅したりしまセンよね!?」
「なに言ってんだ、お前。なんでゲームを作ると浅草が壊滅するんだよ」
めいどろぼっちは、売れに売れた。社会現象とまで呼ばれた。黒乃は絶頂にあった。ゲームクリエイターとして、頂点に立ったかとさえ思えた。しかし待っていたのはめいどろぼっちの暴走、そして浅草の壊滅。一連の出来事を振り返り、黒乃はプルプルと震えた。
「ゲーム作って、浅草が壊滅するわけがないんだよ。映画じゃないんだからさ。そんな脚本書いたら、その脚本家クビよ? そんなわけないんだよ。なにを言っているんだよ」
黒乃の丸メガネがカタカタと音を立てた。
「先輩! 落ち着いてください!」
桃ノ木が席を立ち、黒乃に駆け寄った。背後から腕を回し、力強く抱きしめた。
「先輩が悪いわけではありません。先輩は利用されただけです。次は大丈夫ですとも。次こそは成功させましょう!」
「うう……グスン。桃ノ木さん、ありがとう。苦しいから離して」
「あん」
黒乃は無造作に桃ノ木を跳ねのけると、勢いよく椅子に巨ケツを落とした。
「なにはともあれ、ゲーム会社なんだから、ゲームを作らないと存在意義がないでしょ。合宿をするかどうかはともかく、企画会議は続けていくからね。各々企画を練ってくるように!」
「「はい!」」
それぞれがそれぞれの業務に集中した。現在受注している案件は山ほどあるのだ。フォトンは単発のグラフィック作業。FORT蘭丸はロボノロージア社やロボクロソフト社から受注した作業。桃ノ木は会計に、事務に、取引先とのやりとりにてんやわんやだ。
「先輩、『テラフォーミング・オッパー』の増産がかかりました」
「なに!?」
テラフォーミング・オッパーとは、黒乃が企画したボードゲームだ(431話参照)。惑星『オッパー』を開拓していく重量級に分類されるボードゲームで、八又産業が製造販売していた。
「グハハハハハ! 時代がオッパーに追いついたか!」
「……なんであんなのが売れるの」
フォトンは作業の手を止めて、呆気に取られた。
「シャチョー! アレおもしろかったデスよね! マタやりたいデス!」
ターン! FORT蘭丸はキーボードのエンターキーを勢いよく叩いた。
「うるせぇ!」
「ゴメンナサイ!」
「でも、確かにボードゲームのブームはきてるよなあ」
黒乃は腕を組んで考え込んだ。
「ボードゲームっていう手もあるか……」
「……うふふ、カードのデザインなら任せて」
「ボードゲームなら、ボクのヤルことはナイから、サボっていてイイんデスか!?」
「いいわけないだろ。作業は山ほどあるわ」
「イヤァー!」
壁掛け時計が正午の時報を鳴らした。FORT蘭丸とフォトンは弾かれたように立ち上がり、先を争うように台所を目指した。
夕日の中、黒乃とメル子はボロアパートへの帰路にあった。赤い光がメル子の赤いメイド服を照らし、夕日に溶けたかのような錯覚を与えた。
「ご主人様、考えごとですか?」
「ええ? ああ、うん。そろそろ次の企画をね」
「また合宿にでもいきますか?」
「うーん、それもいいけどね。みんなは嫌がるんだよね……」
「なにか悩みごとが?」
「いや〜……」
メル子は両手を大きく振り、その場で一回転した。黒乃の前まで跳ねると、下から顔を覗き込んだ。
「ご主人様のお考えはわかりますよ」
「ええ? なにが?」
「また浅草を壊滅させないか、不安なのですよね?」
「いやいや、なにを言っているのさ。ゲームを作って浅草が壊滅するわけないじゃないのさ。あはは」
怖気が走った。またあのやらかしはまっぴらごめんだ。普通でいいのだ。普通にゲームを作ればいいのだ。そうすれば、そこそこ売れるものが作れるはずなのだ。優秀なスタッフが揃っているのだから。しかし……。
「でも、やらずにはいられないのですよね?」
「うーむ……」
「では、やってしまえばいいのですよ」
「なにを?」
「浅草を壊滅させればいいのですよ。浅草を壊滅させてしまってもいいさ、と考えればいいのです」
「ええ!?」
「そのくらいの気概で挑むのが、ご主人様らしいですから」
思わず笑みがこぼれた。そのとおりだ。やってしまえばいいのだ。それは運命。この町の運命だ。この町に住む人間が、自由に生きた結果が待っているだけだ。
「へへへ、じゃあやってみようかな」
「うふふ、やってみてください」
ボロアパートが見えてきた。いつもと変わらぬボロさ。いつもと違うのは、駐車場にいくつかの人影が動いていたことだ。
「あれ、鏡乃とマリーだ」
「朱華ちゃんとアン子さんもいますね」
鏡乃は四股を踏んでいた。足を大きく上げ、そして振り下ろす。その度にマリーは歓声を上げた。
「どすこい!」
「すごいですわー!」
「お相撲さんですわー!」
手を叩いて喜ぶお嬢様たちと、照れる鏡乃。朱華は鏡乃にタオルを手渡した。
「ミラちゃん、週明けの茶道部との対決、準備バッチリやね」
「ごっちゃんです!」
そこへ姉とメイドロボが帰宅した。
「おーい、鏡乃〜」
「鏡乃ちゃん、稽古ですか!?」
「あ、クロちゃん! メル子! おかえり!」
鏡乃は汗だくの白ティーでメル子に抱きついた。
「ぎゃあ! 汗まみれです! 今お乳を揉みましたね!」
「鏡乃、調子はよさそうだね」
「うん! 絶対に茶鈴先輩に勝って、ちゃんこ部の部室を取り戻すから!」
鏡乃は鼻息を荒くさせて興奮した。
「あ、そうそう。クロちゃん、これ読んでおいて」
鏡乃は巨ケツのズボンからプリント用紙を一枚取り出し、黒乃に手渡した。
「ん? なにこれ? なになに? 『ロボヶ丘高校、ロボヶ丘中学校、特別合同課外授業のお知らせ』だって?」
「うん! 学校でね、みんなでね、船に乗って授業を受けにいくんだって!」
「授業ですか? 見せてください!」
メル子は黒乃からプリントを奪い取った。
「『豪華客船で太平洋の島へ! 世界最先端の工場で特別体験!』ですって。すごい授業ですね! 楽しそうです!」
「でしょ!?」
「お嬢様もいきますのよー!」
「楽しみですわー!」
黒乃とメル子は顔を見合わせた。
「いいねえ、学生は楽しそうで」
「羨ましいですね」
すると、鏡乃は丸メガネを傾けた。
「クロちゃんはお仕事楽しくないの?」
「え?」
「鏡乃はね、ゲーム作るお仕事楽しそうって思う! 違うの!?」
「えーと、いや、もちろん楽しいけど。だけどお仕事ってのは楽しいことだけじゃなくて……えーと、いろいろあるんだよ」
「そうなんだ!」
朱華が慌てて鏡乃の白ティーを後ろから引っ張った。
「ミラちゃんあかんて。お仕事はそんな単純なものじゃあらへんし」
「そうなんだ! あ! シューちゃんのお姉ちゃんもクロちゃんとゲーム作ってるんでしょ!? 楽しいか聞いてみてよ!」
「なんでやのん」
「いいじゃん!」
「いややわ」
「なんでなんで!」
「うるさいですのー!」
「もうお部屋に戻りますわいなー!」
「マリ助、アンキモ、バイバイ!」
大騒ぎするJKとお嬢様。黒乃はそれを呆然と見ていた。
「お仕事ねえ。お仕事ってなんだろうね?」
「お仕事はお仕事ですよ。他にありますか?」
メル子ははっきりと答えた。ロボットにとっての仕事は、生まれながらにして与えられるものだ。すべてのロボットは役割を与えられて生まれてくる。メイドとしての役割、デザイナーとしての役割、ポリスとしての役割、工場のアームとしての役割。ロボットは人間の役に立つものである、という本質的な大前提があるからだ。
それに対して、人間は役割を持って生まれてこない。自分の役割は生まれてから自分で探すのだ。自分で役割を勝ち取る人間もいれば、他人から与えられる人間もおり、見つからない人間もいる。
「私は自分で勝ち取ったつもりなんだけどな」
「ご主人様?」
「えへへ、メル子はいいなあ」
「なんの話です?」
「えへへへ」
ボロアパートの住人達は、それぞれの部屋へと帰っていった。




