第481話 量子力学を学ぼう!
「それでは、本日の授業を始めたいと思います」
「起立! 礼! 着目! メル子先生、よろしくお願いします!」
「はい、黒乃君、よろしくお願いします」
「メル子先生! 今日はなんの授業なんですか!?」
「はい、今日は『量子力学』を学んでいきたいと思いますよ」
「量子力学!? 量子力学ってなんですか!? 聞いたことはあるんですけど、なにかはまったくわかりません! どうしよう!」
「落ち着いてください、黒乃君。そんな人にもできる限りわかりやすく伝えていきますので、心配しないでくださいね」
「本当ですか!? でも、ものすごく難しそうなんですけど!?」
「はい、実際とてつもなく難しいです。量子力学は世界中の科学者が『ワケワカラン』と匙を投げるほど難しい学問です」
「じゃあ、無理ですよ!」
「そこを先生が、難しい単語や数式を省いて、ざっくりとわかりやすく解説するのが今回の授業の目的になります」
「不安ですけど、楽しみです!」
「では、黒乃君。そもそも量子力学とはなにか、わかりますか?」
「わかりません!」
「量子力学は原子や電子などの、超ちっさいものの動きを知るための学問です」
「ちっさい!?」
「まず、物質は原子が集まってできているのは知っていますか?」
「それは知っています! 酸素とか炭素とかアルミニウムとかのアレですよね!?」
「そのとおりです。その原子は、電子、陽子、中性子というものからできています。これらの超ちっさい粒子を量子と呼びます」
「メル子先生! その量子がどうしたんですか!? そんなちっこいものを研究して、なにかの役に立つんですか!?」
「いい質問ですね。実は、量子力学の研究成果は、日常のあらゆるものに応用されています」
「ええ!?」
「例えば、スマートフォンを見てみましょう。スマホの中にはたくさんの半導体が入っていますね?」
「はい!」
「半導体は、量子力学によって解明された電子の動きを応用して作られているのです。半導体はスマホだけではなく、あらゆる機械に使われていますので、量子力学がいかに我々の生活に必要不可欠なものなのかがわかるでしょう」
「確かに! すごいです!」
「量子力学の応用はさらに進み、2020年代には様々な方式の量子コンピュータが生み出されました。量子コンピュータは素粒子の『重ね合わせ』や『量子もつれ』の現象を利用したもので、従来のコンピュータでは不可能な処理を可能としています」
「!!?? 難しいです!」
「わかりやすく言いますと、メル子先生の多次元虚像電子頭脳も量子コンピュータの一種です(44話参照)」
「ええ!?」
「量子力学があるから、メル子先生が生まれたと言ってもいいでしょう」
「量子力学すごい! 量子力学ありがとう!」
「そもそも、量子力学は誰が生み出したのでしょうか?」
「ええ!? 知りません! ニュートン!?」
「残念、ニュートンは十七世紀の人です。量子力学は主に二十世紀に発展した比較的新しい学問です。ドイツのマックス・プランクから始まり、アインシュタインやハイゼンベルクらを経由して構築されていきました」
「ドイツの科学力は世界一ィィイイイ!」
「量子力学によって提唱された、おもしろい概念をご紹介しましょう」
「概念?」
「電子や陽子などは、超ちっさい粒であることは説明しました」
「はい!」
「しかし、これらの粒は同時に波動でもあるのです」
「波動!? 波動ってなんですか!?」
「電波は知っていますね?」
「空間を伝わる波のようなものですよね!?」
「そのとおりです。電波は波動であると同時に、粒でもあるのです」
「え? え!? 電波が粒!? 粒!? いや、まったく粒には見えませんよ」
「電波も光も、電磁波の一種です。そして電磁波は『光子』という素粒子でもあるのです」
「フォトン!? フォト子ちゃんだ! 光が粒だと言われても、ピンときません!」
「確かにピンときませんが、実在の物質です。この世のあらゆるものは粒であり、波でもあります。重力ですら『重力子』という粒なのです。これは二十一世紀には発見できませんでしたが、見事二十二世紀で実在が確認されました(380話参照)」
「ボクちゃんがワープして、ひどい目にあった回だ!」
「この『物質は粒であり波である』という現象を示す有名な実験があります。『二重スリット実験』と言います」
「なんですか、それ!?」
「板に二本の細い穴を開けます」
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「のような穴ですね。この板に向けて電子を撃ちまくるという実験です。板の向こうにはもう一枚板があり、スリットを通り抜けた電子が奥の板に模様を描く、という実験です」
「単純ですね!」
「では、黒乃君。奥の板には、どのような模様が出ると思いますか?」
「簡単ですよ! スリットを通り抜けた電子だけが奥にいくんだから||の形に決まっています!」
「いい考察ですね、黒乃君。しかし、現実は違いました。なんと縞模様が現れたのです」
「縞模様ですか!?」
「はい、これは電子が粒ではなく、波であることを示す重要な証拠でした。電子が波だからこそ、お互いに干渉して縞模様を描いたのです」
「じゃあ、電子は波じゃないですか! 粒という話はどこにいったんですか!?」
「この実験には続きがあります。電子がお互い干渉するから縞模様になるのならば、電子を一粒一粒飛ばしてみればいいということに気がつきました。するとどうでしょう?」
「||ですよ!」
「やはり、縞模様が現れました」
「ズコー!」
「干渉しない一粒でもそうなるのならば、もう電子は波と考えるしかありません」
「でしょうね!」
「しかし、往生際の悪い科学者がいました。その電子一粒一粒を、装置を使って観測しようとしたのです。するとどうでしょう?」
「いや、結果は縞模様ですよ。やっていることは同じですから」
「はい、結果は||でした」
「ええ!? さっきと違う!?」
「この現象に、科学者達は大いに悩みました。その結果、ある結論を導き出しました」
「なんでしょうか!?」
「『観測によって波が粒になった』という結論です」
「んん!? え? 意味がわかりません! 観測によって!?」
「そうです。装置で観測すると電子は粒になり、観測しないと電子は波になります」
「いやいやいや、おかしいですよ! 観測によって結果が変わるわけないですよ! 電子が見られている時だけがんばって、粒になっているとでも言うんですか!?」
「そうです」
「えええええ!? これ現実の話ですよね!?」
「もちろん現実です。この世界は人間が見ている時だけ存在し、見ていない時は存在しないと考える人もいます」
「それはSFですよ!」
「黒乃君の言うとおり、これは飛躍した考え方かもしれません。現実には、電子を観測する装置が電子になんらかの影響を与えていると考えるのが妥当でしょう。そして、電子になんの影響も与えずに電子を観測することは、人類には不可能なのです」
「じゃあ、どうしたらいいんですか!?」
「どうもしません。我々はその辺に電子があるということを、もやっと理解していればいいのです」
「そんな曖昧でいいんですか!?」
「いいんです! この観測の問題を『不確定性原理』と呼びます。これにより、従来のニュートン力学は崩壊しました」
「ニュートンかわいそう( ; ; ) でも、人間が見ているかどうかで世界が変わるわけではないということがわかって安心しました。それじゃファンタジーですよ」
「フフフフ」
「メル子先生がワロてる!?」
「ここまでは二十一世紀の話です。二十二世紀現在では、人間の観測が世界に影響を及ぼすことが確認されています」
「ええええええ!?」
「これを発見したのは、我らが隅田川博士です」
「でた! 紅子の父ちゃんです!」
「隅田川博士は、人間の脳が複数の次元にまたがって意識を行き来させる、多次元輸送エンジンであることを突き止めたのです」
「ちょっとなにを言っているのかわかりません!」
「人間が『見る』という行為により、この次元の情報が上位次元に送られます! その情報を元に、上位次元は下位次元の動きを『収束』して『確定』させているのです! 二重スリット実験は、その現象の一端を表していたに過ぎなかったのです!」
「うわああああ! やっぱりこの世はファンタジーなんだ!」
「黒乃君。ここまでで、なにか気が付いたことはありませんか?」
「ええ!? あります! ボクちゃんが持ってる『マスター観測者権限』に似ています!(211話参照)」
「そのとおりです。マスター観測者権限は、隅田川博士が発見し、ローション生命体ソラリスに奪われ、そしてソラリスを倒した黒乃君が保持するチート能力です」
「これ、なんなんですか!? ボクちゃん、イマイチ使いこなせないけど!」
「マスター観測者権限は、存在しない状態と存在する状態が重ね合わさった状態を、強制的に収束させる効果があります。これにより、量子状態にあるものを自由に現実に引き戻してこられるのです。量子人間である紅子ちゃんが、現実世界で暮らしていられるのも、マスター観測者権限を持つ黒乃君のおかげなのです」
「よくわからないけど、すごい!」
「さあ、黒乃君。ここまで授業を受けてきて、どうでしたか?」
「メル子先生! 正直理解できませんでした! 難しすぎますよ!」
「大丈夫ですよ。量子力学はノーベル賞を受賞した科学者ですら、理解できないと言わしめるほどの難解さを持ちます。その理由は、素粒子が我々の直感に反する挙動をするからです。ニュートン力学に馴染んだ人間からすると、異次元の動作のように思えてしまうのです。
ここで大事なことは、常識を捨て去ること、新たな常識を受け入れることです。この世界は未知のもので溢れています。常識に凝り固まった頭では、未知のものを見つけることも、受け入れることもできません。
世界は次元を超えて無限に広がっています。十一次元です。しかし、我々が認識できるのは、三次元の少しの空間に過ぎません。意識を広げれば、次元を超えて無限に羽ばたけるのです。それこそが科学です。
ではこれで、今日の授業を終わりたいと思います」
「メル子先生! ありがとうございました!」




