第479話 お嬢様出口です!
——浅草ロボ屋敷。
浅草寺の隣に位置する日本最古のロボ遊園地。そのさほど広くはない敷地には、風情のあるアトラクションがひしめいており、ロボ若男女問わずに楽しむことができる。
「おうおう、夏休みが終わったというのに、人でいっぱいだなあ」
「やはり、ロボ屋敷は活気があっていいですね!」
白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽと、青いメイド服が麗しい金髪巨乳メイドロボは、人ごみをぬいながら歩いた。
「黒乃〜、メル子〜、はやく〜」
その二人の腕を引っ張って歩いているのは、赤いサロペットスカートがかわいらしい少女だ。くるくる癖っ毛を弾ませ、元気よく進んでいく。
「こらこら、紅子。走らないの」
「危ないですよ!」
「こっち〜」
三人は地下鉄の入口のような、小さな建築物の前にたどり着いた。入口には『浅草メトロ縦ロール線高笑い駅』と書かれた看板が掲げられていた。
「ここか〜」
「これがロボ屋敷の新アトラクションですね!」
「はいろ〜」
今日三人がロボ屋敷へやってきたのは、マリーからチケットを渡されたからだ。お嬢様たちが考案したアトラクションを、優先的に楽しめるものだ。
「前回は脱出ゲームだったけど(365話参照)、今回はどんな感じなんだろうね」黒乃は腕を組んで顎を撫でた。
「怖くないのだといいですね! 紅子ちゃん、危ないですよ!」メル子は階段を駆け下りようとする紅子の手を掴んで制した。
「さいそくでクリアする〜」紅子は鼻息を荒くしてメル子の腰にしがみついた。
階段を下りるとすぐに自動改札機があり、チケットをタッチしてゲートを抜けた。
「無人なんだな」
「少し怖いですね」
そのままタイル張りの細い地下通路を歩く。通路はライトに照らされて明るく、とても清潔だ。歩くたびに足音が通路に反響し、ロボ屋敷の喧騒がいっさい届かないことを悟らせた。
「なんだろう、迷路なのかな?」
「なにも起きませんね」
「あそこ〜」
紅子が指をさした。壁に黄色い案内板が貼り付けてあり、『0番出口』の文字が記されていた。その横にはもう一つ、文章が書かれた板があった。黒乃はそれを読み上げた。
ご案内
お嬢様を見逃さないこと
変なお嬢様を見つけたら、すぐに引き返すこと
変なお嬢様が見つからなかったら、引き返さないこと
お嬢様出口から外に出ること
「だってさ」
三人は顔を見合わせた。まったく意味がわからない。
「なんでしょうか? 謎解きゲームなのでしょうか?」
三人はしばらくその案内板とにらめっこしたものの、答えを得られそうにないので奥へ進むことにした。
通路を左に曲がり、右に曲がる。すると長い直線の通路が広がっていた。右側の壁には扉が三つ、左側の壁にはいくつかのポスターが並んでいた。
「通路しかないじゃん!」
「いつアトラクションが始まるのですか!?」
「なんかきた〜」
紅子が言うとおり、通路の奥から何者かが歩いてくるのが見えた。
「んん!?」
「マリーちゃん! マリーちゃんです!」
「マリ〜」
三人の元に無表情で迫りくる金髪縦ロール、シャルルペロードレスの少女。視線と背筋をまっすぐに伸ばし、しゃなりしゃなりと歩いてくる。
「ねえねえ、マリー。これ、どういうアトラクションなのさ?」
「ルールがよくわからないのですが? マリーちゃん?」
マリーは三人の横を完全無視して通り過ぎた。まるで黒乃達が見えていないかのようだ。
「あれ? マリー?」
「マリーちゃん?」
「マリ〜」
マリーはそのまま無言で通路を歩き、角を曲がって消えた。三人は再び顔を見合わせた。
「なに今の?」
「なんでしょうか?」
「へん〜」
呆気に取られて気勢を削がれたが、こうしていてもどうにもならない。奥に進むことにした。長い通路を突き当たりまで進み、左に曲がり、右に曲がる。
「あれ?」
「どうしました、ご主人様?」
「ここ、最初のところじゃん」
「いえ、構造的に最初に戻ることはあり得ませんよ」
「でもこの看板見てよ」
壁に貼り付けられた看板を確認すると、そこには『1番出口』と記されていた。
「ご主人様、先ほどは0番ですので、進んでいますよ」
「そっかそっか」
「でぐち〜さがす〜」
さらに進み、長い通路に出た。すると、先ほどと同じように奥からマリーが歩いてくるのだった。
「あ、またマリーだ」
「マリーちゃん! このまま進めばいいのですか!?」
「なんか、みてる〜」
無言でまっすぐ歩くお嬢様。しゃなりしゃなりとした雰囲気はそのままだが、なぜか黒乃の方を穴が開くほど凝視している。
「うわ、めっちゃ見てる!」
「すごい勢いで見ています!」
「みてる〜」
そのまますれ違い、角を曲がって消えた。
「なに今の?」
「なんでしょうか?」
「へん〜」
重い足取りで出口を求め通路を進む。進むしかない。再び看板の曲がり角にたどり着いた。
「ここが2番出口かな? あれ?」
「ご主人様! 0番出口ですよ! 戻ってきてしまいました!」
「これみて〜」
紅子が壁を叩いた。そこには、入口に記されていたものと同じ文言が書かれていた。
ご案内
お嬢様を見逃さないこと
変なお嬢様を見つけたら、すぐに引き返すこと
変なお嬢様が見つからなかったら、引き返さないこと
お嬢様出口から外に出ること
「そうか! お嬢様に異変がないかを探るゲームなんだ!」
「なるほど! そういう仕組みですか!」
「そうとわかれば、はなしははやい〜」
紅子の言葉に思わず吹き出す二人。目的がはっきりしたので、気力が復活してきた。三人は軽い足取りで奥に走った。
「さあ、きたよ!」
「マリーちゃんがきました!」
「マリ〜」
しずしずと歩くマリーを取り囲むように観察をした。先ほどと変わらない金髪縦ロールに、シャルルペロードレス。視線はまっすぐだ。
「変なところを探して!」
「探しています!」
「ここへん〜」
紅子が縦ロールを指さした。
「ああ! いつもの右巻きが左巻きになっている!」
「変なお嬢様です!」
「もどろ〜」
三人はきた通路を引き返した。左に曲がり、右に曲がる。常識的には、0番出口の表示があるはずだが……。
「1番出口だ!」
「進んでいます!」
「やった〜」
三人は抱き合って喜んだ。要領がわかればやることは単純。ひたすらにお嬢様を観察すればいいのだ。2番出口を目指して進む。
「きたきた!」
「マリーちゃんがきました! あれ!?」
「なんかおおきい〜」
今回歩いてきたのは、金髪縦ロール、シャルルペローメイド服のお嬢様だった。
「アン子だ!」
「アン子さんです!」
「アン子〜」
アンテロッテは三人を無視してしゃなりしゃなりと歩いた。
「簡単じゃん!」
「別人ですもの!」
「もどろ〜」
三人は通路を引き返した。
「これで2番出口……なんで!?」
「どういうことですか!?」
そこに記されていたのは『0番出口』の文字であった。
「わかった〜、アン子も〜、おじょうさまだから〜」
「なるほど!」
そう、アンテロッテは歴としたお嬢様なのであり、別に変なお嬢様ではないのだ!
「でも、また0番出口からやり直しですよ!」
「連続で正解しないと、先に進めないのか。けっこう大変だな」
「がんばる〜」
次は、マリーとアンテロッテが並んで歩いてきた。
「お嬢様とお嬢様!」
「よく見てください!」
「ふつう〜」
進む。1番出口へ。
「正解だ!」
「やりました!」
「かんたん〜」
次は、アンテロッテが走ってきた。ものすごい速度で三人の横を通過するお嬢様。
「お嬢様は全力ダッシュしないでしょ!」
「お嬢様らしくないです!」
「もどる〜」
戻る。2番出口へ。
「やった!」
「順調です!」
「つぎ〜」
マリーが歩いてきた。手に持ったジェラートを、無言でペロペロと舐めている。
「これは変なお嬢様なのか?」
「お嬢様は食べ歩きしますか?」
「する〜」
進む。0番出口へ。
「あ〜! なんで!?」
「ジェラートはイタリアのものなので、おフランスのお嬢様は食べないらしいです!」
「ずこ〜」
その後も悪戦苦闘しながら通路を進み、とうとう7番出口までやってきた。
「ハァハァ、そろそろでしょ」
「ハァハァ、絶対にそろそろ出口ですよ!」
「ハァハァ、そろそろ〜」
疲労困憊の三人の前にお嬢様が現れた。相当の長丁場のため、マリーの顔も若干青ざめていた。ふらつく足を叱咤し、毅然と歩いた。
「視線ヨシ!」
「縦ロールヨシです!」
「ぱんつヨシ〜」
「重さヨシ!」
「味ヨシです!」
「どくヨシ〜」
今までのパターンをすべて洗い出し、すべてのチェック項目をクリアした。すべてよし。オールオーケー。ご安全に!
三人は進むことを決めた。もう曲がり角の向こうから光が見える。
正直かなりしんどかった。幾度も異変を見逃し、疑心暗鬼になり、自分の記憶力と判断力を疑った。ああしていればよかった、こうしていればよかった。決断の連続、判断への躊躇、優柔不断な意思、一刀両断の結果。これほど心をえぐってくるアトラクションがあるだろうか。
黒乃はお嬢様にある種の感情を抱いていた。黒乃は天井を見上げた。吊り下げられた看板には『お嬢様出ロ』の文字。
「ああ! 出口だ! やった! この先だ!」
「ご主人様! いきましょう! 早く!」
「かえれる〜」
メル子と紅子は走り出した。しかし、黒乃だけは立ち止まったままだ。なにか違和感を感じるのだ。ふと、後ろを振り返った。
「マリー!?」
思わず声が出た。通路の奥で、お嬢様が倒れていたのだ。うつ伏せになったまま動かない。
「マリー!」
黒乃は慌ててマリーの元へ走った。メル子と紅子もそれに続く。黒乃がマリーを抱き起こすと、真っ青な顔が現れた。
「あかーん! アトラクションが過酷過ぎたんだ!」
「あれだけ一人で歩き続ければ、こうなりますよ!」
「マリ〜、しっかり〜」
黒乃はマリーの背中と膝の裏に腕を差し込み、持ち上げた。お嬢様抱っこだ!
すぐに外に運び出さなくてはならない。黒乃は通路を見渡した。壁に三つある扉の一つ、『非常口』と書かれた扉を開けた。
「マリー、心配しないで。すぐにアン子のところに連れていってあげるからね」
「安心してください!」
「いこ〜」
三人は薄暗い階段を上り始めた。お嬢様とともに。出口が近づく。溢れる光が四人を包んだ。
これが本当の『お嬢様出口』。




