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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第477話 宿題をします! その四

 八月もまもなく終わり、日が暮れるのが若干早くなりかけた夕方。黒乃はボロアパートの小汚い部屋に寝転がり、メイドロボが洗濯物を折り畳むのを眺めていた。


「いや〜、鮮やかな手さばきだなあ。みとれちゃうよ」

「うふふ、当然です。メイドさんの折り畳み術をとくとご覧あれ」


 床に広げた白ティーの肩の部分と脇腹の部分をつまみ持ち上げる。そのまま裏返すようにして動かすと、いつの間にかきれいに白ティーが畳まれているのだ。


「早過ぎて、どうなってるのかわからん」

「この技ができなくて、AI高校メイド科の卒業試験に合格できない子もいるくらいですから」

「ほえ〜」


 メル子は次々と白ティーをさばいていく。白ティーが積まれタワーができあがった瞬間、白ティーは部屋中に飛び散っていた。


「ぎゃぼぼぼぼぼじょぼびっち!」

「ぎゃあ! 何事ですか!?」


 白ティータワーがあった場所に、いつの間にか赤いサロペットスカートの少女が座っていた。


「黒乃〜、メル子〜、きいて〜」

紅子(べにこ)!?」

「紅子ちゃん! いきなり出現しないでくださいと、あれほど言ったでしょう!」


 近代ロボットの祖、隅田川博士の娘にして量子人間である紅子は、その特性を利用して小汚い部屋のど真ん中に存在を確定させたのだ。


「しゅくだい〜、おわらない〜」


 紅子は黒乃にすがりついてきた。膝の上でプルプルと震えるくるくる癖っ毛の頭を、母は優しく撫でた。


「宿題か〜。なんか去年も同じことなかったっけ?」

「ありましたね(352話参照)」


 黒乃が紅子のおでこに手を当てると、ようやく紅子は顔を上げた。


「こら、紅子。なんで宿題やってないのさ? 去年もやってなかったでしょ?」

「だって〜」


 紅子は頬を膨らませた。黒乃はその頬を指で挟み込んで押した。するとプープーと音が鳴った。


「私にもやらせてください!」メル子も負けじと紅子の頬を押した。「かわいいです!」


 しばらくの間、小汚い部屋は紅子のプープー音で溢れた。その時、その音に誘われるように真夏の湿気を凍てつかせるような声が響いた。

 びええんですのー……うわああんですのー……。


「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」

「びええんですのー! 宿題が終わりませんのー!」

「うわああんですのー! どうして毎日やらなかったんですのー!」


 小汚い部屋の扉を開けて現れたのは、金髪縦ロールのお嬢様たちであった。


「やあ、マリー、アン子、いらっしゃい」

「お二人とも!? どうしました!?」


 二人は泣きながら部屋に上がった。するとマリーは黒乃にすがりついてきた。


「宿題を手伝ってほしいですのー!」

「手伝いやがりまくれですのー!」

「なになにもう」

「中学生なのですから、自分でやってください!」


 その時、小汚い部屋の扉がブチ開けられた。その扉を突進してきたのは、白ティー丸メガネの少女であった。


「わあああん! クロちゃん!」

鏡乃(みらの)!? どした?」


 妹は姉にすがりついた。その有様をルームメイトの朱華(しゅか)が弁明した。


「ミラちゃん、夏休みの宿題、まったくやってへんの」

「鏡乃も!?」

「なぜ誰もやっていないのですか!?」


 黒乃にすがりつく紅子、マリー、鏡乃。ボロアパートの学生達が大集合してしまった。


『俺もいるぜ!』お隣の大学生、林権田の声が聞こえた。


「ちょっと、全員並びなさい」

「はい! 正座ですよ、皆さん!」


 黒乃の前に、三人が並んだ。メル子は紅茶を淹れて皆にふるまった。鏡乃が真っ先にそれに手をつけようとしたが、朱華に嗜められてしまった。


「もう今日で夏休みは終わるけど、なんでみんなやってないのよ?」

持子(もっこ)と〜、睦子(むっこ)と〜、あそんでた〜」紅子はモジモジしながら答えた。

「遊んでばっかりじゃだめでしょ」


 怒られた紅子は頭を抱えて伏せた。


「マリーは?」

「わたくし、尼崎の縦ロール工場の立ち上げにかかり切りでしたのよ(469話参照)。宿題なんて、やっている暇ございませんわ」

「お嬢様の言うとおりですの」

「学生なんだから、工場より学校が優先でしょうが!」


 黒乃の言葉にお嬢様たちは抱き合って怯えた。


「鏡乃は?」

「夏休み明けに茶道部と勝負するから! ずっと美食ロボ部で稽古してた!」

「うーむ、稽古は立派だけど、力士なら文武両道でしょ。黒ノ木家は通信簿五段階評価で、三以下はあり得ないからね!」


 鏡乃は鼻水を噴出して震えた。朱華は慌ててそれをティッシュで拭いた。


「まあでも、宿題はちゃんと終わらせないといけないから、手伝うけれども!」


 その言葉と同時に三人の顔が輝いた。


「黒乃〜」

「黒乃さん!」

「クロちゃん!」


 三人は黒乃にしがみついた。

 こうして、ボロアパートの小汚い部屋で、宿題殲滅作戦が始まったのだ。



「えーと、紅子の宿題はなにが残っているのかな?」

「紅子ちゃん、見せてください!」

「これ〜」


 紅子は電子ノートを開いた。黒乃とメル子はそれを興味深そうにのぞき込んだ。


「おー、算数か。なになに? 『婚約数は無数に存在するか?』だって。ふふふ、かわいい宿題だなあ」

「むずい〜」


 それを見たメル子はプルプルと震えた。「天才娘なのをいいことに、学校側が未解決問題の証明に利用しようとしています……」


「どれどれ、マリーはどんな宿題があるのかな?」

「これですのー!」


 マリーはノートを見せた。表紙をめくると、黒乃の日々の生活の様子がびっしりと書き連ねられていたのだった。


「ひぇッ、なにこれ!?」

「人間観察の課題ですのー!」

「夏休み中、黒乃様を観察していましたのよー!」

「ひぇッ」

「見せてください!」


 メル子はマリーのノートを奪い取った。


「八月二日、黒乃さんがアンテロッテをいやらしい視線でずっと見ていましたの。八月三日、黒乃さんが道端に落ちていたスモークサーモンを拾おうか拾うまいか散々悩んだ挙句、猫に持っていかれましたの。八月四日、黒乃さんが通りすがりのバニーロボを追いかけて、歌舞伎町まで歩いていきましたの。なにをしていますか!」

「ええ? えへへ」


 鏡乃は電子ノートに電子ペンを必死に走らせていた。


「鏡乃はなんの宿題かな?」

「古文! 難しいよ〜」

「どれどれ? 本文の会話中に出てくるスタンドで正しいものはどれ? 一、オアシス。二、アクアネックレス。三、ゲブ神」

「わかんないよ〜。クロちゃん、わかる?」

「あー、はいはい。ひっかけ問題ね。一見全部水のスタンドに見えるけど、オアシスは泥化するだけで水とは関係ないから省かれるでしょ。ゲブ神は悪役でも、誇り高い精神を持っているから当てはまらないんだよね。となると、同じゲスでもアクアネックレスが正解になるってわけよ」

「クロちゃん、すごい!」


 黒乃とメル子の協力により、次々と宿題は片付けられていった。途中、メル子がクッキーを振る舞い、アンテロッテがケーキを切り分けた。



「さてさて、紅子の調子はどうかな?」

「ご主人様、大変です! 紅子ちゃんがいません!」


 メル子の言うとおり、部屋中を見渡しても紅子の姿はなかった。宿題の電子ノートは広げられたままだ。紅子は量子人間の特性を活かし、存在を消したのだ。


「宿題をやるのがいやで、隠れたな! 母を舐めるなよ!」


 黒乃は丸メガネを光らせた。部屋を見渡すのではなく、目の前の一点に焦点を合わせた。


「ふんぬぬぬぬぬぬ! いでよ、紅子!」


 すると、その視線の先に少女がいつの間にか座っていたのだった。首を左右に振り、慌てて隠れようとする紅子を、黒乃はしっかりと抱きかかえた。


「ぐはははははは! 逃げようとしてもそうはいかんぞ!」

「はなして〜」

「クロちゃん、すごい!」


 これは黒乃が持つ『マスター観測者権限』によるものだ。かつて隅田川博士が所持し、ローション生命体ソラリスに奪われ、そしてソラリスを倒した黒乃に移譲された(212話参照)。量子状態を強制的に収束させ、確率の雲の中から存在をすくい上げる。世界で唯一の力だ。

 その強大な力を、『宿題を嫌がり逃げ出す娘を連れ戻す』ためだけに使ったのだ。


「また一つ、ご主人様の謎能力が発揮されました……」その様子をメル子はプルプルと震えながら見ていた。



 その後は順調に宿題は進み、夕食を終えたあとには簡単な作業のものを残すのみとなっていた。


「ほら、紅子、もう少しだよ!」

「がんばる〜」


 紅子は床に這いつくばり、必死に筆を走らせた。


「ミラちゃん、あとはこっちのデータをまとめるだけやで」

「ふんにょにょにょ! 最後の力を振り絞るぽよ〜!」


 鏡乃は丸メガネから涙をこぼしながら数値を打ち込んでいった。


「お嬢様ー! これで最後の縦ロールですのよー!」

「縦ロールタワーの完成ですわー!」


 お嬢様たちは、抱き合って縦ロールタワーの竣工を祝った。


「メル子はなにやってるの?」

「本を読んで感想文を書いています」

「最近流行りの、AIに感想文を書かせるアレか」


 次々に完成する宿題。夜もふけるころには、疲れ果てた子供達が床で泥のように眠りを貪っていたのだった。


「うふふ、紅子ちゃん、がんばりましたね」


 メル子は膝の上で眠る紅子のくるくる癖っ毛を撫でた。


「お嬢様ー、お見事でしたわよー」


 マリーもアンテロッテの膝の上で寝ていた。


「ミラちゃん、これで安心して学校にいけるでー」


 鏡乃は朱華の膝の上で盛大にいびきをかいていた。


「ははは、みんなお疲れさん」


 黒乃は眠る学生達に、そっと労いの言葉をかけた。子供達にとっては厳しい戦場だったのだろうが、黒乃からすれば実に微笑ましい戦いだった。ずっとこうであってほしいと願った。子供達が必死に宿題と戦える日々。平和そのものの日々。


 その時、黒乃のデバイスにメッセージが届いた。


「おや、桃ノ木さんからだ。こんな夜になんだろう?」


 メッセージを読んだ黒乃はプルプルと震え出した。それを見たメル子は、訝しげにデバイスをのぞき込んだ。


「どうしました、ご主人様? なになに? 『先輩、明日朝一で先方に提出する資料が届いていませんが、どうなっていますか?』とありますが、どうなっていますか?」

「忘れてた……」

「ええ!?」


 黒乃はメル子に巨ケツを叩かれながら、徹夜で作業をするはめになったのだった。


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