第47話 2Pカラーです!
今日もメル子はキッチンで楽しげに料理を作っていた。元気ハツラツといった具合だが、心なしかいつもよりくすんで見えた。
「メル子。メイド服、だいぶ汚れたね」
「え!?」
メル子はヨロヨロと振り向くと、椅子に座っている黒乃の膝の上に崩れ落ちた。
「ここのところバタバタしていたものですから……洗濯もできないダメなメイドをお許しください」
黒乃はメル子の金髪を撫でた。確かにメイド服が一着しかないうえに、洗うのには手こずる生地だ。
「よしよし。じゃあさ、新しいメイド服を買いにいこうよ」
「本当ですか!」
メル子の顔がぱぁっと輝いた。
今日は休日。浅草の町も人出が多い。秋も深まり空気が澄んでいた。
この百年で排気ガスの規制が進み、車は99%電動になった。古のガソリン車を走らせるには、高い税金と特別な許可が必要だ。完全に金持ちの道楽となっている。
社会福祉による運転ロボの導入で、格安でロボットタクシーを利用できるようになった。車の所有率はますます下がり、道を走る車そのものの数が減っている。
今日の行き先はもちろん、浅草寺から数本外れた路地にある洋装店『そりふる堂』だ。メル子のメイド服を仕立ててもらった店である。
店の正面にはクラシックなメイド服が飾られているウィンドウがあり、その横の少し重い扉をグイッと開けた。店の中に入ると浅草の町の喧騒が嘘みたいに消え去り、静寂が体をちくりと刺す。
「いらっしゃい。お久しぶりね」
そりふる堂の女主人が声をかけてきた。和服がよく似合う老人である。品のよい微笑みで二人を迎えた。
「あ、どうもご主人。ご退院おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「あら、ありがとう」
女主人は疲労で倒れ、一時入院していたのだった。
「えへえへ、ルベールさんはいますか? えへ」
「もちろんいるわよ。呼んでくるわね」
女主人が店の奥へと戻っていった。
「黒ノ木先輩」
「わああああ!」
突然衣装の隙間から現れて黒乃の耳元で囁いたのは、黒乃の会社の後輩、桃ノ木桃智である。
「桃ノ木さん!? いきなり後ろから現れないでよ」
メル子はサッと黒乃の後ろに隠れた。
「なんでこんなところにいるの?」
「実は私もメイド服を買おうかと思いまして」
桃ノ木は真っ赤な厚めの唇を黒乃の耳に寄せて喋った。
「桃ノ木さん、近い近い。耳に息が当たってくすぐったいから」
「あら、ごめんなさい」
桃ノ木はくるりと一回転しながら後ろに下がった。
「キュルルル、フシャー!」メル子が奇声をあげた。
「メル子、どうどう。落ち着きなさい」
「あら、おチビちゃん。こんにちは」
「おチビじゃないですぅー、メル子ですぅー」
メル子は黒乃の後ろから口を尖らせて抗議をした。
「メイド服を買うって、桃ノ木さんちにメイドロボいたっけ?」
「私が着る用です」
「そうなんだ。そんな趣味があるとは知らなかった」
「だって私、メイドロボですから……」
「え!?」
「え!?」
黒乃とメル子は驚きのあまりフリーズしてしまった。
「ちょ、ちょっと失礼」
黒乃は桃ノ木の肩を掴んで後ろを向かせると、後ろ髪を手で捲り上げた。首筋を念入りに調べる。
「なんだ、IDないじゃん」
新ロボット法により、すべてのロボットは首の後ろにIDを表示することが義務付けられている。
「ハァハァ、黒ノ木先輩……そんな無理矢理……」
「あ、ごめんごめん」
桃ノ木は顔を桃色にしている。
「なんだもう〜騙されたよ〜。ロボットなのにIDなかったら非合法だもんね」
「フフフ、メイドロボじゃなくて残念ですか?」
「ちょっとね」
「キシャー!」
「メル子、どうどう」
その時、店の奥からルベールがやってきた。ヴィクトリア朝のメイド服を優雅に着こなすメイドの中のメイドだ。
「皆様、いらっしゃいませ。メイド服をお探しですか?」
「あ、ルベールさん。そうなんです、えへえへ」
「フニャー!」
「メル子! いい加減にしないとおうち帰すよ」
「ゴロロロ……」
ルベールは口に手を当ててクスクス笑った。
「お元気そうでなによりです」
「実はメル子のメイド服がもう一着ほしくなりまして」
「そうなんです! でもメイド喫茶みたいなのは嫌です! レトロな和風スタイルがいいです! それから袴は少しスリットを入れて、足が見えるようにしてください! 裾は今よりも短めで動きやすいように! ブリムは柔らかい素材で風になびくようにお願いします! それから……」
「こらこらメル子、落ち着きなさい。ルベールさん、今着てる奴の色違いでお願いします。お金がないので」
「かしこまりました」
「えーーーー!!」
ルベールはメル子の採寸を始めた。メイドロボだから体型に変化はないはずだが……。
「メル子さん、胸が大きくなりましたか?」
「なぬ!?」
「言わないでください!」
「うおおお! やったぜ!!」
ルベールはさっそく生地選びに入った。
「ご主人様はなにか服はいらないのですか?」
「私はいつものスーパーの二階の白ティーでいいよ」
「黒ノ木先輩、これなんてどうです?」
桃ノ木が差し出したのは、白いTシャツだった。
「どういうこと?」
「これディスプレイシャツですよ」
「なにそれ!?」
ディスプレイシャツとは、偏光素子が生地に編み込まれたシャツだ。あらかじめインプットした画像をシャツの生地に表示してくれるのだ。それ自体は発光をせず、入力した色を保持するだけのものであるが、電源が必要ないので軽量で安全、洗濯も可能である。
「よくわからんけど着てみるか」
黒乃は更衣室でシャツを着替えた。
「デバイスにこれ用のアプリをインストールして使うみたいですね」
桃ノ木が試しに文字をインプットした。シャツの襟の裏のタグが入力端子になっている。そこにデバイスからデータを照射すれば完了である。黒乃が着たシャツの胸の部分に文字が表示された。
『桃智のご主人様』
「うわ、すげえ! ハイテクだ!」
「平らで文字が見やすいです! 私にもやらせてください!」
メル子は桃ノ木からデバイスを奪い取ると文字を入力した。
『巨乳大好き変態メガネ』
「着てるとなにが書いてあるのかよくわからんな……」
『桃智は俺の嫁』
『足臭さの巨人』
『仕事中に鼻くそほじる女』
『JCに寝取られた女』
『上司に怒られながら屁をこく女』
『スーパーでブラパッドを真剣に選ぶ女』
「なんかこれ、全部悪口だよね!?」
「ふふふ、お気に召されましたか?」
ルベールが生地を持ってやってきた。青い雪の結晶の柄が鮮やかで美しい。
「うわー! 綺麗です! ご主人様、これでいきましょうよ」
「そうだね、これにしようか。ルベールさん、あとこのシャツもください。着て帰ります」
「シャツは9800円になります」
「たかっ」
黒乃とメル子は新しいメイド服をオーダーしてそりふる堂を後にした。
長身、黒髪おさげのお姉さんのシャツにはこう書いてあった。
『まけてください』




