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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第467話 里帰りです! その三

 兵庫県尼崎市。その工場地帯に黒乃とメル子はいた。目の前にそびえるは謎の工場。重厚なコンクリート造り、ほとんど窓がないデザイン、社名の表示は見当たらない。ただあるのは、壁にかけられた四角いフレームのメガネを模した巨大なロゴのみ。隣のクロノキメガネと比較しても、明らかに規模が大きい工場だ。


「うーむ、メガネ工場だとわかるのは、あのメガネのロゴだけか」

「建物を一周してみましたが、人の姿は見えませんね」


 真新しいその工場は、異様な雰囲気を醸し出していた。稼働している気配はないのに、微かな地響きを感じる気がする。ただ、エントランスの明かりはついているので、人はいるようだ。二人は建物を見上げて大きく息を吸い込んだ。


「よし、いくか!」

「はい!」


 これから黒乃とメル子は、工場へと偵察に向かうのである。突如現れた謎のメガネ工場。クロノキメガネの隣に建設するという暴挙。少ないシェアをさらに奪い合う羽目になるのか。探らなくてはならない。


 黒乃はデバイスを取り出した。


「ロボロボ、こちら黒乃」

『ロボロボ、こちらFORT蘭丸デス!』

「アポは取れているかな?」

『取れていマス! シャチョー! 夏休みナノに、余計な仕事をさせないでくだサイ!』

「悪い悪い、ゆっくり休んでね」


 黒乃はデバイスの通話を切った。この工場の情報は、ネットワークを探してもまったく得られなかった。そこでFORT蘭丸のスキルを使い、連絡先を探らせたのだ。工場であるからには納品があるはずだ。周辺のトラックの動きを追跡し、出荷先を割り出す。適当にチョイスした出荷先のデータを洗い出し、取引記録から連絡先を取得した。すでに、そこから紹介を受けたという体で、取引の打診を送っておいた。


「ごめんください」


 黒乃はエントランスの扉を開けた。工場内は薄暗く、とても稼働しているようには見えない。すぐ横のくたびれた感じの女性の受付ロボが、チラリとこちらを見やった。


「あ、私、ジャンガリ工業のドナウ川ポリ子と申します」

「メコン川メサ子です!」

「帰んな……」

「あ、あの私ですね、あの、ジャンガリアン……」

商売人(アーティスト)さん、帰んな……」


 メル子が声をあげた。


「ちゃんとゾンボ薬商事さんから紹介を受けてきています!」

「……入んな」


 受付ロボは首で奥に進むように促した。


「待ちな……」

「はい!?」

「アポでは二人ってなってたけど……」

「え? 二人ですけど?」


 受付ロボは黒乃とメル子をじっくり見つめた。小首をかしげ、奥に進むように促した。二人は廊下を曲がったところで立ち止まった。


「セーフ!」

「危なかったですね!」

「グフフ」


 突然、黒乃の背後から白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女が現れた。黒乃の背中にぴったりと張り付いていたのだ。彼女は黒ノ木家サード紫乃(しの)だ。姉妹の容姿がそっくりなのを利用し、黒乃の影となって侵入してきたのだった。


「グフフ、ドッペルゲンガー作戦。こうして呼吸を合わせている限りは、気付かれることはないのだ」

「紫乃ちゃん! やりましたね!」

「メル子、サンキュー」


 メル子と紫乃はハイタッチをして喜んだ。それを黒乃は複雑な表情で見ていた。正直、紫乃が潜入を申し出た時には驚いた。

 この偵察作戦、ただ工場に侵入すればいいというものではない。工場内を自由に歩き回れる人材が必要だ。普通に工場の見学を申し出たとしても、肝心なところは隠して見せてくれないであろう。だからこそ、紫乃が適任なのだ。

 黒乃は手を伸ばして紫乃の頭を撫でた。


「紫乃、頼んだよ」

「無理はしないでくださいね!」

「グフフ、黒ネエ、メル子、任せて。父ちゃんの工場は私が守る」


 黒乃は応接室の扉を開けた。黒乃とメル子はここでニセの打ち合わせを行う。その隙に、紫乃が工場内を探索する作戦だ。


 紫乃は廊下をさらに進んだ。いくつかの事務部屋があり、そこから先は製造スペースのようだ。重厚な扉が紫乃の行く手を阻んだ。

 その時、突然扉が開き、中から職人ロボが現れた。紫乃はとっさに壁に向かって立った。職人ロボは一瞬いぶかしげな表情を見せたが、何事もなかったかのように紫乃の横を通り過ぎていった。


「グフフ、ナイス」


 これは陰キャ揃いの黒ノ木四姉妹の中で、最も陰キャと呼ばれる紫乃が持つ特殊スキル『存在感なくて気が付かなかったよ』だ。クラスにいるのに、自分だけ誘われない。自分だけ列を抜かされる。自分だけ整理券をもらえない。挙手をしているのに自分だけさされない。自分だけ店員が注文を取りにこない。自動扉が自分だけ反応しない。自分にだけハエが止まる。覚えはないだろうか?

 紫乃はすかさず開いた扉の中へ飛び込んだ。


「おお、なるほど。確かにメガネ工場だ」


 紫乃は部屋の中を見渡した。あちらこちらに、メガネの材料となる素材が積まれている。こちらの段ボール箱には、メガネのフレームが詰め込まれていた。


「グフフ、なるほど。この工場は角メガネ工場なんだな」


 細長い四角形のフレームを手に取った。紫乃にとってメガネとは、丸メガネのことをさす。四角いメガネに異質なものを感じた。


「よかった。角メガネを作っているなら、うちとは競合しなさそうだ」


 クロノキメガネは丸メガネを専門に作る工場だ。国内シェアの九十パーセントを独占している。そのシェアを奪われるのではないかと危惧していたのだが、その心配はなさそうだ。紫乃はほっと息を吐いた。


 カタン。背後から物音がした。体を震わせて後ろを振り返った。人の気配はない。だが、棚の上に一匹の猫がいた。紫乃をじっと見つめている。


「なんだ、びっくりした。ロボット猫だ。グフフ、かわいい。工場で飼っているのかな?」


 猛烈に撫で回したい衝動に駆られたが、目的を思い出し気を引き締め直した。さらに部屋を進む、次のスペースは作業部屋のようだ。数名の職人ロボが、無言で作業に没頭していた。削り出し、プレス、研磨。なんら不自然な点は感じられない、普通の角メガネ製造工程だ。


「うーむ……」


 紫乃は首を捻った。違和感を感じたのは作業内容ではない。その規模だ。


「職人ロボが少なすぎる」


 幼いころから父の工場を見ていた紫乃にはわかる。工場の規模に対して、職人が足りないように見える。製造機械もまるで足らない。


「むむむ……怪しい。怪しいですぞ。プンプン匂ってきましたぞ」


 紫乃は机に置いてあった裂きイカを一口摘んだ。職人ロボがあとで食べようととっておいたものだ。


「モグモグ、おいしい。あ、お疲れ様です、お疲れ様です」


 堂々と職人ロボ達の間を歩いていった。ここまでくると、コソコソしている方が逆に目立つ。さも従業員ですよ的な雰囲気で作業場を歩き回った。


「あ、どうもどうも。本社から視察にきたアムール川ジャル子です。どうもどうも」


 皆、紫乃の方にチラリと視線を向けるが、すぐに自分の作業に没頭し始めた。


「ふーむ、怪しい。明らかにスペースが足りない。隠されている部屋があるはず」


 その時、また背後から音が聞こえた。先程のロボット猫だ。その猫が壁に設置されたキャットドアを、通り抜けていくのが見えた。


「んん!? なんだろあれ? キャットドアって、普通は扉に取り付けるよね」


 キャットドアは人間用の扉の下部に取り付け、扉を開けずとも猫が出入りできるようにするためのものだ。しかしこのキャットドアは、壁に直接取り付けられている。まるで、人間の侵入を拒むかのように。


「ひょっとしたら、あの先になにかが隠されているのかも……」


 紫乃はしゃがみ込み、キャットドアを開けて覗き込んだ。ダンボール箱がちょうど通る大きさの通路が数メートル伸びており、その先には開けた空間が見える。


「よし、入ってみよう。よいしょよいしょ」


 紫乃は細い通路に体を滑り込ませた。のっぽとはいえ、黒ノ木家の人間は細身だ。余裕で入り込めた。


「あれ?」


 と思ったら、黒ノ木家特有の巨ケツがつっかえてしまった。


「ふんぬ、ふんぬ! いける! いけると思えばいける!」


 丸い巨ケツが、通路に合わせて四角く変形した。それでも紫乃は這って進んだ。

 キュポン。ようやく四角い巨ケツが通路から抜け出た。


「ふー、なんとかなった。え……?」


 通路の先で紫乃を待ち構えていたのは、先程までの町工場の雰囲気とはまるで違う最先端の製造設備であった。


「はわわわ、嘘でしょ……」


 紫乃は震えた。そこで作られていたものを見て震えた。そして、『それ』を作っているものたちを見て震えた……!




 ——応接室。


 一方、黒乃とメル子はニセの打ち合わせを行なっていた。対するは、いかにも頼りなさそうなスーツ姿の中間管理職ロボだ。


「ですからごめんなさい。私ではなんとも判断できないんですよ」

「いやいや、弊社としては来月までに、一億本の角メガネが必要なんですよ。それは先に申し上げたでしょう」

「いえ、私の方では把握しておりませんで……上に確認をとってからでないと」

「そんなことをしていては間に合わないでしょう! 現場でちゃっちゃと判断してもらわないと。もし納品が遅れてうちが損失を被ったら、そちらで補償でもしてくれるんですか!? できないでしょう!?」

「いやはや、そう言われましても……」


 黒乃は中間管理職ロボを激詰めしていた。ゲーム会社に勤めていた時代に培ったビジネススキルである。

 メル子は黒乃に耳打ちした。


「ご主人様、そろそろ時間稼ぎも厳しくなってきましたね」

「うむ。紫乃からはまだ連絡がないんだよね。遅いな」


 その時、黒乃のデバイスにメッセージが届いた。そのメッセージにはたった一文、こう書かれていた。


 『お姉ちゃん、助けて』


 黒乃は扉をブチ破って応接室から飛び出した。


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