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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第465話 里帰りです! その一

 座席がすべて埋まり、通路にもひっきりなしに人が往復する新幹線の車内。その二人席に白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女が座っていた。窓の外をしきりに眺め、指をさしてはしゃいでいる。その隣に座っているのは、唇の厚い年齢にしては色気のある少女だ。お互いの肩をくっつけ、クスクスと笑い合っている。


 この少女達は黒ノ木鏡乃(みらの)と桃ノ木朱華(しゅか)。浅草市立ロボヶ丘高校一年生。絶賛夏休み中だ。


「シューちゃん、見て! 富士山!」

「ミラちゃんみたいに大きかね〜」


 二人は新幹線で、尼崎(あまがさき)へと里帰りする途中なのだ。大きなバッグの中には、浅草のお土産がこれでもかと詰め込まれていた。


 大騒ぎをする前の座席の二人を見て、姉の黒乃はため息を漏らした。


「鏡乃〜、新幹線の中では静かにして〜」


 鏡乃は体を反転させ、背もたれから背後の座席を覗き込んだ。


「クロちゃん! お弁当ちょうだい! 鏡乃が東京駅で買ったジェットのやつ!」

「へいへい。お金を出したのはクロちゃんだけどね」

「鏡乃ちゃん! どうぞ!」


 メル子は弁当箱を二つ鏡乃に手渡した。


「えへへ、メル子、ありがと」


 鏡乃は受け取った弁当を、テーブルの上に置いた。


「えへへ、シューちゃん、見ててね」


 そう言うと、鏡乃は弁当箱から伸びている紐を掴んで引き抜いた。すると、ものの数秒で変化が現れた。箱から蒸気が溢れ、みるみるうちに弁当が温まっていく。これは生石灰と水を反応させて加熱させる方式の弁当箱だ。電気も火も必要ない化学反応を使ったもので、二十世紀から存在する。


「これでね、八分待てばいいんだよ」

「すごかねー、ハイテクやねー」

「昔の人はね、このハイテク技術がなかったからね、冷たいお弁当しか食べられなかったんだよ」

「二十二世紀のテクノロジーに感謝やね」


 黒乃はそれを冷や汗を垂らしながら聞いた。


「まあいいや。うちらも弁当食べようか」

「はい!」


 黒乃とメル子は同時に弁当箱の紐を引き抜いた。



 新大阪で新幹線を降り、在来線に乗り換えて尼崎へと辿り着いた。鏡乃にとっては三ヶ月ぶりの故郷。黒乃にとっては久々の故郷だ(122話参照)。


 兵庫県尼崎市。大阪に隣接するベッドタウンであり、工場が林立する工業都市でもある。市街地を外れると途端に人の姿は減り、代わりに大型トラックが増える。あちらこちらにある工場にトラックが吸い込まれ、そして吐き出される。血管を流れる赤血球のように、ロボットの人工血管を流れるヘモグロボンのように。


「相変わらず恐ろしい町ですね……」


 メル子は巨大な煙突から立ち昇る白い煙を見て怯えた。


「え? そう? 人情味のある温かい町だよ」

「どの辺がでしょうか……」


 しばらく歩くと、朱華は一人で実家へと帰っていった。黒乃は、寂しそうに手を振る鏡乃の顔を見つめた。再び実家へ向けて歩き出す三人。家が近づくにつれて、鏡乃の顔は沈んでいった。


「鏡乃、どした?」

「え?」

「鏡乃ちゃんは、実家に帰るのは嬉しくないのですか?」

「嬉しいけど……」


 言葉とは裏腹に、鏡乃の丸メガネは硬いままだ。メル子は黒乃に耳打ちした。


「どうしたのでしょうか? 帰りたくない理由があるのでしょうか?」

「うーん……」


 いよいよ実家の目の前にやってきた。二階の窓から、次女黄乃(きの)が覗いているのが見えた。すぐに部屋の奥へ引っ込むと、バタバタと玄関から飛び出てきた。


「みーちゃん!」


 黄乃は鏡乃の頭を抱えて自分の平らな胸に押し付けた。


「きーちゃん……」


 鏡乃も姉の腰に手を回して懐かしい感触を味わった。


「元気だった?」

「うん……」


 黄乃は順番に黒乃とメル子を抱き締めた。もちろんその際に、メイドロボのお乳を揉んだ。


「黒ネエ、メル子さん、お帰り」

「うん、ただいま」

「お世話になります!」


 一行は実家へ上がった。古めの二階建て家屋。なんの変哲もないよくある家だが、匂いはボロアパートの小汚い部屋に似ている。メル子は謎の郷愁を覚えた。


 三人は居間のソファへ座った。父黒太郎(くろたろう)と、母黒子(くろこ)は丸メガネ工場にいっているようだ。黄乃がせわしなく動いて、三人にお茶を振る舞った。


「どうぞ」

「黄乃ちゃん! ありがとうございます!」


 黒乃は白ティー柄の湯呑みを掴んで緑茶をすすった。


「ズズズ。あれ〜? 紫乃(しの)はどうしたの? 靴があったし、家にいるんでしょ?」

「……」

「……」


 黒ノ木家サード紫乃の話が出た途端、黄乃と鏡乃は黙り込んでしまった。黒乃とメル子は顔を見合わせた。


「なんでしょう? 喧嘩でもしたのでしょうか?」

「えー? そんな様子はなかったけどな」

 

 黒ノ木家の居間にしばらくの間静寂が鎮座した。茶をすする音と、遠くから聞こえる工場の音がうるさく感じ始めた時、鏡乃が言った。


「鏡乃のせいだ……」

「うん?」

「どういうことですか!?」

「しーちゃんね、鏡乃が浅草にいってから、全然お話してくれないの」


 鏡乃は湯呑みの水面に映る自分の丸メガネを見つめた。


「電話にも出てくれないし、メッセージ送っても知らんぷりだし……」


 黒乃達は黙ってその話を聞いた。


「きっと、鏡乃が勝手に浅草に出ていったから怒ってるんだよ! 寂しがってるんだよ! しーちゃん、学校にお友達いないから!」

『いるわッ』


 上の部屋から謎の声が聞こえた。


『一人いるわー……』


 居間の時間が一瞬止まり、再び動き出した。


「しーちゃん、出てきてよ!」


 鏡乃が叫ぶも、それきり上の部屋から音が聞こえてくることはなかった。


 黒乃は少し理解をした。紫乃は高校三年生、鏡乃は高校一年生。年が近い姉妹だ。陰キャの二人にとって、もっとも身近なお友達でもある。幼いころからいつも二人で遊んでいた。年の離れた長女の黒乃は、いつもをそれを眺めていた。


 鏡乃が高校に進学する際、浅草の学校を選んだのは紫乃にとって衝撃であった。当然、自分と同じ高校に進学してくるものと思い込んでいた。待っていたのは、突然の別れ。

 いずれ姉妹が離れ離れになるというのは理解していた。実際、長女の黒乃は高校を卒業後、すぐに浅草にいった。この時はすごく悲しんだが、理解はしていた。黒乃にはメイドロボを手に入れるという夢があったからだ。皆、黒乃が出ていくのは最初からわかっていた。

 次女の黄乃は地元の大学に進学した。黄乃もメイドロボを手に入れたいという思いがあったが、地元の大学でロボット工学を専攻することを選んだ。妹達を置いて出ていくのをためらったからだ。それはとても嬉しかった。


 次は自分だと思ったのだ。家を出るのか、残るのか。その選択をするのはサードである紫乃だと思っていた。だが、その決断をする前に、妹は出ていった。

 悲しかったが、紫乃はそれを臆面にも出さなかった。黒ノ木四姉妹で、もっとも陰キャな紫乃の性がそうさせたのか、姉としてのプライドなのか。結果、それはよくない方向へ転んだ。


「しーちゃん、ずっと元気なくって……」


 黄乃の一言が、重いベールとなってのしかかってきた。それを振り払ったのは長女だった。


「よし、ここはクロちゃんに任せとき」

「クロちゃん!」

「黒ネエ!」

「ご主人様!」


 黒乃はソファから立ち上がった。大股で一段飛ばしに階段を上っていく。妹とメイドロボはその勇姿を期待を込めて見守った。

 しばらくすると、黒乃が居間に戻ってきた。


「クロちゃん、どうだった!?」

「扉開けてくれなかった」

「あ、そう」


 皆がしょんぼりとうなだれていると、白ティー丸メガネの父と母が帰宅した。


「お父様! お母様! お帰りなさいませ!」


 メル子は玄関に突進した。すばやくメイド服を整え、渾身のカーテシーでお出迎えをした。


「やあ、メル子さん、いらっしゃい」

「メルちゃん! 今日もめんこいめんこい、めんこいわー!」


 黒子によってもみくちゃにされたメル子は、母といっしょに台所へと向かった。夕飯の準備に入るのだ。


「父ちゃん!」

「おお、鏡乃」


 数ヶ月ぶりの再会に大喜びした鏡乃は、勢いよく父に飛びついた。のっぽの鏡乃を簡単に持ち上げることができるくらい、黒太郎は高身長だ。長めの黒髪はきれいに後ろに撫でつけられ、口髭はしっかりと刈り込まれている。そのダンディな口髭を娘の頬に擦りつけた。


「くすぐったい!」

「ははは」


 娘を抱きかかえたまま、黒太郎はソファに座った。


「やあ、黒乃」

「父ちゃん」

「会社の方はどうだい? みんな元気にやっているかな?」

「まあ、ぼちぼちやってるよ。それよりも、ボロアパートの屋根が吹っ飛んじゃって大変なんだよ」

「ははは、なんの冗談だい」

「丸メガネ工場の方はどうなの?」

「うーん……ぼちぼちだね〜」


 しばらくの間、黒乃と鏡乃が浅草でどんなことをやらかしたのかという話題で盛り上がった。

 やがて夕飯の準備が整った。和室の座卓の上には、メル子と黒子が作った料理が敷き詰められていた。その周りに黒ノ木一家が大集合した。一人を除いて。


「……」

「……」

「紫乃はどうしたんだね〜?」

「……それが父ちゃん」


 黒乃は言いにくそうに口を開けた。


「なんや、あの子、まだふてくされてはるの? いややわー」

「母ちゃん」


 そう言うと、黒子はズンズンと音を立てて階段を上っていった。扉越しに二三言葉を交わしたと思ったら、なにかが転がるような大きな音がし、そのあと脇に紫乃の頭を挟み込んだ黒子が階段を下りてきた。


「ぐぇぇぇぇ、自分で歩くから〜、母ちゃん離して〜」

「引きこもるのは、メルちゃんが作ってくれたご飯食べてからにしや〜!」


 黒子は紫乃を和室の畳に向かってぶん投げた。ゴロゴロと転がって床に伸びた紫乃は、気まずそうに家族を見渡した。


「あ、えへえへ、黒ネエ、鏡乃、メル子。お帰り。えへえへ」


 母は強し。こうして黒ノ木一家が本当に大集合した。


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