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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第464話 台風です!

 朝のボロアパートの小汚い部屋の窓に、青い和風メイド服を着た金髪巨乳メイドロボが張り付いていた。風に打たれた建て付けの悪い窓は、盛大に音を立てて震えた。


「ご主人様、風が強いようですが、大丈夫でしょうか?」

「うーん」


 黒乃は床に置いたデバイスを確認した。お天気アプリを開くと、すぐにある情報が飛び込んできた。


「台風がくるみたいね」

「台風ですか」

「過去最大級みたいよ」

「え!?」

「百年に一度とか言ってらあ。あはは」

「ワロてる!?」


 それを聞いたメル子はプルプルと震え出した。


「どした?」

「どしたではないですよ! 台風に備えませんと!」

「ああ、うん。そうだね」


 メル子は震える手を窓に添えた。



 夕方。黒乃はボロアパートへの道を一人で歩いていた。青空一つ見えない曇天だが、雲が流されていくのがはっきりとわかった。白ティーの裾から吹き込んだ風が、襟から抜けて前髪を吹き上げた。


「うお、うお。風強いな〜。まったくこんな日にメル子はどこにいっちゃったのさ」


 本日は事務所で昼食を作る予定だったのだが、朝からどこかへ出かけてしまったのだ。おかげで、昼飯を食い損ねたFORT蘭丸とフォトンが、不貞腐れて大変だった。

 通りを歩いていると、ボロアパートが目に入ってきた。


「あれ? なんだ?」


 黒乃はボロアパートの壁に、なにかが建てられているのを見た。作業用の足場だ。そしてその上で作業をしているのは、我が愛しのメイドロボだった。


「ええ!? なにやってるの!? メル子!?」


 黒乃は足場の下から声をかけた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「なにをしてるの、これ!?」

「見てのとおり、壁の補修作業です。台風がくる前にやっておきませんと」

「この足場、誰が組み立てたの!?」

「大工ロボのドカ三郎さんから借りてきて、私が組みました」


 AI高校メイド科を卒業すると、『足場の組み立て等作業主任者』の資格を取得することができる。


「やりすぎじゃない!?」

「備えは必要でしょう!」


 呆気にとられつつも、黒乃は小汚い部屋の扉を開けた。その途端目に飛び込んできたのは、部屋一面のビニール袋の山であった。


「うわ、なにこれ!?」


 黒乃はそのうちの一つの袋を開けてみた。中には食料がびっしりと詰め込まれていた。


「台風がくるから、食料を買い込んだのか……いや、買い過ぎだけれども!」


 黒乃はため息をついて床に座り込んだ。食料の山に囲まれ、どうにも落ち着かない。ふと、床に置かれたミニチュアハウスを覗き込んだ。そのプチ小汚い部屋の中では、プチメル子が必死の形相で台風対策を行なっていたのだった。


「うわ、プチメル子も板を窓に打ちつけているよ。これ、意味あるんだろうか……」


 必死にトンカチを振るうプチメル子。それを呆然と見守るプチ黒とプッチャ。内も外も、台風対策でてんやわんやだ。



 夜も遅くなり、ようやく足場の撤去を終えたメル子が部屋に戻ってきた。


「ハァハァ、終わりました」

「お疲れさん……」


 メル子はばたりと床に倒れ込んだ。なにかを成し遂げたかのような満足げな表情を見て、黒乃は次の言葉を出すのをためらった。


「あの……メル子さん?」

「なんでしょうか、ご主人様」

「夕飯はどうなったのかな?」

「そこらにあるものを、適当に食べてください」

「ええ!? 作ってくれないの!?」

「ご飯よりも、台風対策の方が重要でしょう!」


 そう言われてしまうと、反論できない。


「いやしかし、やりすぎだよ。台風は今まで何回か経験しているでしょ? そこまでビビることないんじゃないの?」

「百年に一度の台風ですよ!!!」

「うるさッ」


 メル子は床のビニール袋からカップ麺を引っ張り出すと、床の上に叩きつけた。


「とにかく! 台風は明日浅草へ上陸します! 決死の覚悟で臨んでください!」

「ああ、うん」


 二人は無言でカップラーメンをすすった。



 ——翌日の朝。

 風はますます強くなり、雨が降り始めた。街路樹の葉が揺れ、なにかのチラシが飛んでいくのが見えた。

 メル子は怯えた表情で、小汚い部屋の中からそれを眺めた。


「どんどん風が強くなってきています」

「そうだね」

「このボロアパートは大丈夫ですよね!?」

「わからんけど」

「わからない!?」


 メル子の顔がみるみるうちに青ざめていった。部屋の中を歩き回り、しきりに食器の位置を確認した。


「メル子、落ち着きなよ。大丈夫だから」

「大丈夫!? 根拠はなんですか!? 百年に一度の台風ですよ!?」

「予報なんて外れることもあるからさ」

「ハァハァ、なるほど。ところで今日はお仕事はお休みするのですよね?」

「ああ、うん」


 朝起きたら、デバイスのメッセージボックスがいっぱいになっていた。何事かと思ったら、FORT蘭丸が休みかどうかの問い合わせを、五分ごとに送ってきていたのだった。


「ハァハァ。となると、今日は籠城戦ですね」

「うーん、まあ、そうなるか」



 ——昼。

 風と雨がボロアパートを激しく打った。数秒ごとに、地響きのような轟音が床を揺らした。


「ご主人様! これでまだ上陸していないのですよね!?」

「そうみたいね」

「今この状態で上陸したら、どうなってしまうのですか!?」

「どうと言われてもなあ。それより、お昼ご飯作ってよ」

「今はそれどころではないでしょう!」

「いや、ご飯は食べないとだめでしょ!」


 その時、ドアベルが鳴った。予期せぬ来訪者にメル子は腰を抜かした。


「ぎゃあ! 誰ですか、こんな日に!」

「オーホホホホ! わたくしですわよー!」

「あ、お嬢様だ」


 黒乃は扉を開けた。外から吹き込む風に煽られ、メル子は吹っ飛ばされて床に転がった。


「ぎゃん! 暴風です!」

「いやいや、そんな吹っ飛ぶほどではないでしょ。やあ、いらっしゃい、マリー、アン子」

「台風よりもお騒がしいですのねー!」

「台風ごときにビビり散らかして、おヘタレ様でございますのねー!」


 お嬢様たちが部屋に上がり込むと、おいしそうな香りが暴風とともに部屋に広がった。


「アンテロッテ特製のラタトゥイユをお持ちしましたのよー!」

「召し上がってくだしゃんせー!」

「おお!」


 ラタトゥイユとはフランス南部の郷土料理で、夏野菜の煮込みである。たっぷりのトマトとワインとハーブで、これでもかと煮込む。


「うひょー! うまそう!」


 四人は暴風で揺れる小汚い部屋で、ささやかなランチを楽しんだ。メル子はラタトゥイユを頬張りながら聞いた。


「お二人は台風は怖くないのですか?」

「おフランスには台風もハリケーンもサイクロンもきませんので、いまいちピンときませんわ」

「お嬢様の言うとおりですの」

「へ〜、いいね〜。うまっ、これうまっ」


 黒乃はラタトゥイユをがっついた。会話を止めて料理を噛み締めると、いやでも入り込んでくる轟音。四人は若干の焦りと不安を内に含めながらランチを終えた。



 四人は床に寝転んでプチ小汚い部屋を観察した。巨人に囲まれて安心したのか、プチメル子は手を振って愛想を振り撒き始めた。


「かわいいですのー!」


 マリーが指を差し出すと、プチメル子はそれを両手で握って上下に振った。アンテロッテが床に寝転ぶプチ黒の小さな巨ケツをつつくと、プチ黒はその指を掴んでベロベロと舐めた。


「キモいですのー……」



 ——夜。

 いよいよ暴風と豪雨がピークに達しようとしていた。巨人がボロアパートに向けて、息を吹きかけているのではないかと思うような突風が幾度も襲いかかってきた。


「うわうわ、すっご。確かにこれは経験したことがない台風だな」


 黒乃はメイドロボを見た。メル子は床にうずくまり、上から布団をかけて震えていた。その横のプチ小汚い部屋では、やはりプチメル子が布団の中で震えていた。


「メル子、大丈夫?」


 黒乃は布団を撫でた。


「大丈夫ではありません。ご主人様、宇宙傘を操作して、台風を鎮めてください」

「宇宙傘を!?」


 宇宙傘とは地球と太陽の間にあるラグランジュポイントに設置された巨大人工衛星のことである(395話参照)。


「いや、宇宙傘の操作はできないよ」

「横綱の藍王(らんおう)を倒して、操作権限を奪ったのではないのですか!?(422話参照)」

「倒したけど、相撲で勝ったから貰えるものとは違うでしょ」

「役立たず!」

「こらこら、ご主人様に向かってなんてことを言うのよ、このメイドロボちゃんは」


 その時、一際強い突風がボロアパートを揺らした。


「ぎゃああああああ!」

「うわ、今のはすごかったな」


 メル子は布団を跳ね除け、ご主人様にしがみついた。白ティーを捲り上げ、その中へ頭を突っ込んだ。


「ぎゃああああああ!」

「こら、白ティーが伸びるから!」


 さらに突風が襲いかかる。その瞬間、外でなにかが倒れる音とともに、小汚い部屋の電気が消えた。


「ぎゃああああああ!」

「あ、停電だ」


 メル子は目からフラッシュライトを迸らせた。その閃光は部屋中を駆け巡り、白い軌跡を描いた。


「ぎゃああああああ! もうこのボロアパートはおしまいです! みんなで逃げましょう!」


 メル子はミニチュアハウスの中から三体のプチをつまみ上げると、(アイ)カップの谷間の中に押し込んだ。そして、扉を開けて嵐の中に出ていってしまった。


「あ、メル子!? どこにいくの!?」


 黒乃は慌ててあとを追いかけた。階段に足をかけた途端、強風に煽られて尻もちをついてしまった。手すりを掴み、一階に下りる。もう全身ずぶ濡れだ。


「メル子!? いた!」


 目から光線を出しているので、一目瞭然だ。黒乃は走ってメル子に追いつき、羽交締めにした。


「ぎゃあ! 誰ですか!?」

「ご主人様だよ。外にいたら危ないから帰ろう!」

「いやです! 川の様子を見にいきます!」

「それは絶対にやったらダメなやつだから」


 二人は突風で地面に転がった。お互いを支え合い、ボロアパートへ向けて歩いた。部屋まで戻ると、二人は仰向けになって床に転がった。


「ハァハァ、なんてことしてんの!?」

「ハァハァ、ごめんなさい!」


 しばらく呼吸を整えていると、メル子はある違和感に気がついた。胸元をまさぐる。一瞬にして顔が真っ青になり、プルプルと震え出した。


「どした?」

「ご主人様……プチ達がいません! 風で飛ばされてしまったのです!」


 パニックになったメル子は、再び外へ走ろうとした。しかし、黒乃はしっかりとメル子を抱き締め、引き留めた。


「ご主人様!? 早く探さないと! プチ達が! 私のせいです!」


 それでも黒乃はメル子を離さなかった。


「ご主人様!」

「いいかい、メル子。災害が起きた時は、闇雲に動き回ったらダメだ」

「でも!」

「落ち着いて、さあ座って」


 メル子は言われるがままに床に正座をした。黒乃はデバイスを床に置き、画面を映した。


「いいかい、メル子。プチ達はここにいる。ほら見て」


 画面には浅草の地図が表示されており、三つの点が点滅していた。プチ達には緊急通報機能が搭載されており、居場所が把握できるようになっているのだ(285話参照)。


「ここは、隅田川です!」

「どうやら三体とも、同じ場所にいるようだね。ここは隅田川の中のようだ。もしかしたら、船の上かもしれない」

「ご主人様! どうやって救出をしましょう!?」


 黒乃は腕を組んで考えた。そして指をパチンと鳴らした。


「この状況で頼りになるのは……」





 荒れ狂う嵐の中、なにかが空を飛んでいた。それは力強く、頼もしく、嵐を切り裂いて現れた。

 上空から降りてきたのは、ヴィクトリア朝のメイド服を纏ったメイドロボであった。足からのジェット噴射を制御しながら、ボロアパートの前に降り立った。

 それを待っていたメル子は、ルベールに走り寄った。救出されたプチ黒、プチメル子、プッチャを受け取ったメル子は、今度は飛ばされないようにしっかりと手で包み込んだ。


「ルベールさん! ありがとうございます!」

「どういたしまして。無事でなによりです」


 メル子は部屋に上がるように懇願したが、奥様が心配だからと、ルベールは空を飛んで帰っていった。



 メル子は床に正座をして頭を下げた。


「ご主人様、申し訳ございません。私が取り乱したばかりに、こんなことになってしまいまして」


 黒乃は下げられた頭を優しく撫でた。


「まあ、いいさ。メル子はプチ達を守ろうとして行動した結果なんだしさ。災害の時はとにかく慌てないこと。情報をしっかりと確認すること。それがわかれば上出来さ」

「はい……」


 黒乃はしばらくの間、メル子の頭を撫で続けた。





 ——後日。


「あ、メル子。また台風がくるみたいよ。備えをしないと。屋根は大丈夫かな?」

「ご主人様、何事もビビり過ぎはよくありませんよ。落ち着いて行動しましょう」

「ああ、そう。じゃあ、今回は平気ってことで」

「はい」


 この台風で、見事ボロアパートの屋根は吹っ飛んだ。


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