第463話 密猟をします!
浅草の町を、グレーのモコモコが我が物顔で闊歩していた。夕日に照らされた青みがかった毛皮は、光の加減で金色の光沢を放った。
「ニャー」
オレの名はチャーリー。この名はなんだか知らない丸メガネによって命名された。なんなんだあいつは、気に食わないぜ。その前の名前はグレースだか、ジャズだか……もう忘れた。オレは過去を振り返らない。今を生きるロボット猫だぜ。
ああ、腹が減ったな。今日も浅草の町をパトロールしていたからな。この町はオレが守ってやらないといけないんだぜ。なぜかって? なんでだっけ。
この前はあの丸メガネのせいで、浅草が壊滅寸前にまで追いやられたからな。なんなんだ、あの丸メガネは。毎回ろくなことをしないやつだぜ。
「ニャー」
ああ、腹が減った。仲見世通りで貰った餌を、愛しのダンチェッカーにあげたからさ。今日もダンチェッカーは白くて小さくてかわいかったな。そういえば、ダンチェッカーの子猫達は元気かな。浅草の近くにいると思うんだけど。今度見にいってみないとな。
チャーリーはすっかりと日が落ちた隅田公園へとやってきた。人の姿はほとんど見えず、ねっとりと絡みつくような七月の湿気だけがチャーリーを包んだ。
「ニャー」
ああ、腹が減った。それに寂しいな。タイトバースからきた白猫ちゃん達も帰ってしまったし、ライバルのハント博士はもういないし、前の飼い主の女子大生もいないし、ひとりぼっちさ。まあ、べつにいいけどな。
チャーリーは公園の草むらに忍び込んだ。ひんやりとした葉の先っぽが、豊かな毛皮をくすぐった。
「ニャー」
今日はここいらで眠るとするか。ん? なんだあれは? なんだなんだ? 餌があるじゃないか。これは大好物のスモークサーモンだ。どうしてこんなところにスモークサーモンがあるんだよ? 明らかに怪しいだろ。まさか罠か? おいおい、オレ様がこんな罠にかかると思っているのか? オレ様を誰だと思っている。チャ王なるぞ。モグモグ。うまいうまい。このスモークサーモンうまいな。あれ?
チャーリーはいつの間にか檻の中に閉じ込められていた。
「ニャー」
モグモグ、うまいうまい。おい、こら。なんだこれは、ふざけているのか? ここから出しやがれ。オレを誰だと思っている。チャ王なるぞ、おい。
「きゃきゃったぞ! 上物だ!」
「きょいつは高く売れそうだじぇ!」
二人組の怪しいロボットが、チャーリーが入った檻を持ち上げた。
「ニャー」
ロボット猫の鳴き声が、隅田川を虚しく下っていった。
チャーリーは狭い檻の中で目を覚ました。周囲は真っ暗で明かり一つない。カビた匂いがロボット猫の長い髭を震わせた。
「ニャー」
なんだここは? どこだここは? おいこら、出しやがれ。狭いぞ。ふざけているのか。
チャーリーは目からサーチライトを照射した。狭い檻の中から周囲を照らして様子を見る。窓一つない部屋には、小さな檻がいくつも積まれていた。その中には生猫、ロボット猫を問わず、大勢の猫達が詰め込まれていた。
「ニャー」
おいおい、なんだこれは? 浅草の猫達が大勢いるぜ。みんな捕まってしまったのか。なんてこったい。これはあれか? 密猟か? 気に入らないな。密猟なんて気にいるわけがない。ちくしょう。
「ニャー」
ああ、腹が減ったな。おいこら、餌をよこせ。ちゃんとした餌だぞ。
「ニャー」
おい、聞こえているのか? 餌だ餌だ。ペースト状のアレじゃないぞ。ちゃんとした固形物だ。ペースト状の餌をよこしやがったら、お前の方を牢屋にぶちこんでやるからな。マニフェストだ。
その時、両開きの扉が開き、光が差し込んできた。
「うるしゃーぞ! ニャーニャー鳴いているのは、どのクソキャットだぎゃ!」
部屋に入り込んできたのは、怪しい風体をしたロボットだ。汚れた作業着、手に持った棒、腰にジャラジャラとした金属類。密猟ロボだ。
「お前きゃあ!」
密猟ロボは手に持った棒でチャーリーの檻を叩いた。
「静かにしていれば、どっきゃの国の王様にでも飼われるきゃら、おとなしくしとくぎゃ!」
密猟ロボは散々檻を殴りつけると、扉を閉めてどこかに消えた。
「ニャー」
痛え! ちくしょう、あいつしこたま殴りやがって。あとで覚えてやがれよ。なにが王様だ。我こそが王だっての。チャ王だぞ。
だけど、少しわかってきたぞ。あいつがうかつにも扉を開けたから、いろいろわかってきたぞ。まず、ここは海の上だぜ。潮の香りがしたからな。どうりでゆらゆらと揺れているわけだぜ。そしてこの部屋はコンテナの中だな。猫達をコンテナに詰め込んで、船に積んで、どっかに売り飛ばそうってわけだ。
チャーリーは口から金属片を吐き出した。
「ニャー」
そしてこれが檻の鍵ってわけだ。あいつ、腰に鍵をぶら下げたまま歩いてやがった。ぷぷぷ、こっそり奪ってやったぜ。オレのAIをもってすれば、檻の錠の形から鍵を見分けるのはわけないんだぜ。そこらの猫といっしょにするなよ? 我はチャ王なるぞ。
チャーリーは器用に前足で鍵を掴むと、自分の檻の鍵穴に差し込んだ。いとも容易く外れた錠は、床に転がって激しい音を立てた。
「ニャー」
おっと、危ない危ない。さてと、あそこが通気口だな。コンテナのことは知り尽くしているぜ。なにせ何日間もコンテナといっしょに海を漂流したことがあるからな(225話参照)。あの時は、美食ロボとかいうわけがわからんロボットもいっしょだったっけな。
チャーリーは通気口の柵を外してコンテナの上に飛び出た。予想どおり、海に浮かぶ船の上であった。周囲にはいくつもの船がところ狭しと停泊しており、出航の刻を待っているのであった。
「ニャー」
ここは港だな。ハッハッハ。なんだなんだ、話は簡単じゃないか。このまま逃げればいいだけだ。海のど真ん中だったらどうしようかと思ったぜ。
クンクン、匂いからしてここは東京湾だな。でも嗅ぎ慣れた隅田川の近くじゃないな。クンクン、ああ、知っているぜ。オレは物知りだから知っているぜ。ここはチバ・シティだ。
『チバ・シティ』
東京湾に面した港を中心とした千葉県の都市。日夜コンテナ船が行き交い、大量の物資が出入りをする。その中には、違法なものを輸送する密輸船も数多く存在する(407話参照)。
「ニャー」
ま、ここでなにが密輸されていようが、オレには関係がないことだがね。ああ、腹が減ったな。さっさと帰るとするか。適当に港でトラックに乗り込んで、浅草まで寝ていればいいんだぜ。あばよ。
チャーリーは係留ロープに足をかけて綱渡りを始めた。多少の揺れはあるが、運動性能の高いチャーリーにとっては、横断歩道を渡るより簡単なことだ。だが、チャーリーの足はふらついていた。
「ニャー」
なんか足がおかしいな。腹が減っているからか? 腹の調子がおかしいぞ。いや、違う。これは腹ペコなんかじゃないんだぜ。これはムカっ腹が立っているんだぜ。
「ニャー」
どうしてこんなやつらのために、オレ様が苦労しないといけないんだ? しかも浅草の猫達を、どっかに連れていこうとしてやがる。我はチャ王なるぞ。王様だ。浅草の猫達は、オレ様の国民みたいなもんだ。大事なしもべを連れていくだと? こいつはメチャ許せんよな〜!?
「ニャー」
腹が立ってきた。こんなやつらのいいようにされてたまるか。ぶっ潰してやる。チャ王の名にかけて、ぜんぶぶっ潰してやるぜ!
夜。密猟ロボは大量のペースト状の餌を持ってコンテナの中に入った。
「おら! クソキャットども! 餌だじぇ! ありぎゃたく食え! きょれから長い航海が始まるんだからな! 途中でくたばったりゃ、売り物にならないきゃらな! ギュハハハハ!」
密猟ロボはコンテナの明かりをつけた。積まれた檻を見て、すぐに異変に気がついた。すべての檻の中が空になっているのだ。
「ありゃ!? いねーぞ! クソキャットどもがいねーぞぉ!? ありゃ!?」
背後で大きな音がした。振り返ると、コンテナの扉が閉まっていた。慌てて扉を押す。しかし鍵がかけられているようだ。腰の鍵束をまさぐった。
「ありゃ!? 鍵がねーぞぉ!? ありゃ!? おい! 出してくれ! おい!」
コンテナの上からその様子を見ていたチャーリーはほくそ笑んだ。
「ニャー」
フハハハハ、ポンコツロボめ。まんまとひっかかったぜ。さて、次はあいつだな。
その声を聞いた仲間の密猟ロボが、船倉から飛び出してきた。手には電気棒を持っている。
「どしたぁ!? なにかあったきゃあ!?」
密猟ロボはコンテナの上のチャーリーを見つけると、ハシゴを使ってよじ登ってきた。
「貴様がやったのきゃあ!?」
電気棒をやたらめったら振り回して突進してくる密猟ロボを、軽く飛んで避けるチャーリー。コンテナの端でバランスを崩した密猟ロボの背中を、軽く後ろ足で小突いてやった。すると、勢い余った密猟ロボは、真っ逆さまに海中に落ちていった。
「ニャー」
ぷぷぷ、チョロいもんだぜ。チャ王に勝てるわけがないんだぜ。さあ、みんな逃げるぜ。いいか、オレ様についてこい。一匹もはぐれるなよ。
コンテナの影から、大量の猫が姿を見せた。その時、大きく船が揺れた。猫達はいっせいに甲板に伏せた。
「ニャー」
なんだなんだ? この揺れは? おいおい、嘘だろ。それは反則だぜ。周りの船はぜんぶ仲間の密輸船だったのかよ。そりゃないぜ、ちくしょう。
隣の船の甲板に現れたのは、体長五メートルの巨大密輸ロボだった。反対側の船の上にももう一体現れた。二体の巨大密輸ロボ、略して巨蜜ロボは跳躍してチャーリーの船に飛び乗ってきた。その衝撃で吹っ飛んだチャーリーは、大きく弧を描いて水中に落下した。
『たかだか猫の分際で、世話をきゃけやがって! 何匹か踏み潰してやろうきゃ! ギュハハハハハ!』
甲板の上で怯える猫達に、巨蜜ロボが迫った。
だが、その時! 水面からチャーリーの姿が現れた。チャーリーはどんどんと上昇し、やがて船を見下ろす位置まで上った。
『チャーリー! 待たせたな!』
『無事ですか! チャーリー!』
チャーリーは巨大ロボの頭の上に立っていた。水中から現れたのは、夕方に放送している子供向けアニメに出てくる巨大ロボ『ギガントニャンボット』の勇姿であった。赤い宇宙服を纏った全長十八メートルの猫型巨大ロボの胸のコクピットに搭乗しているのはメル子、そして股間のコクピットに搭乗しているのは黒乃であった。
『チャーリー! 乗れ!』
頭のコクピットが開いた。すかさず乗り込むチャーリー。
「ニャー」
「ふんふん、なになに? お前ら遅いぞ? 今までなにやってたんだ? こっちは大変だったんだぞ? ふざけるなよ? 固形物の餌は持ってきたんだろうな? だって。心配すんな! スモークサーモンを持ってきたよ!」
「ニャー」
ギガントニャンボットが動き出した。他の密輸船からも巨蜜ロボ達がわらわらと群がってきたが、ギガントニャンボットの敵ではない。あっという間に蹴散らされてしまった。
「さあ! 猫達、こっちだ!」
「我々の船に乗り移ってください!」
褐色肌の美女マヒナと、褐色肌のメイドロボノエノエが、猫達を別の船に誘導した。周囲を見渡すと、ロボマッポ船が密輸船を取り囲んでいた。
猫達の避難を終えたあとは、ひたすらギガントニャンボットが暴れ回った。密輸船を持ち上げ、遥か彼方に投げ捨てる。ギガニャンチョップで真っ二つにする。ギガニャンスクリームで分子崩壊させる。
こうして密猟ロボ組織は壊滅した。
チャーリーはロボマッポ船の甲板で、流れる隅田川の水面を眺めていた。
「おい、チャーリー。今回はお手柄だったな」
黒乃はチャーリーのモフモフの背中を撫でた。
「みんなを助けようとするなんて、さすがチャーリーですね!」
メル子もチャーリーの背中を撫でた。チャーリーは嫌そうに体をよじった。
「ニャー」
おいおい、そんなんじゃねーぜ。オレは自分さえよければそれでいいんだぜ。誰にも縛られずに、自由に生きる。それだけでいいんだぜ。
メル子が根気よく背中を撫でていると、そのうちチャーリーはプルプルと震え出した。
「ニャー」
だけどな。浅草の仲間達に手を出すのは絶対に許さないぜ。浅草はオレが守る。これはハント博士との約束だからな。それがチャ王の宿命だ、ちくしょう。
チャーリーはメル子のIカップの胸に飛び込んだ。メル子は巨大なモコモコをしっかりと抱きしめた。黒乃は丸メガネの下で僅かに笑みを見せた。




