第454話 呪いの刺股です!
「あ、はい、あ、はい、あ、どうも皆さん、こんばんは。『ご主人様チャンネル』の黒男です」
「助手のメル蔵です!」
画面に白ティー黒髪おさげ、丸メガネの上からグラサンをかけた女性と、頭から紙袋を被った爆乳メイドロボが現れた。
『はじまた!』
『久しぶりwww』
『でけぇw』
「あ、はい、あのですね、今日はですね、緊急で動画を撮っております。メル蔵!」
「はい! 私が古物屋で掘り出し物を見つけてきました! ぜひ、皆さんにお見せしたくて配信をしております!」
『掘り出し物w?』
『なんなんwww』
『見せてw』
メル蔵は包みに覆われた巨大な棒を取り出した。
「私、どうしてもほしいものがありまして、それは『刺股』です! それをですね、今から、せっかくですので、開けてみようかと思います!」
『でた、刺股www』
『ほんと、刺股好きだなw』
『刺股開封動画www』
「約二万円しました! 買おうかどうか迷ったのですが、ここで買わなかったら後悔するかと思いまして! 勇気を振り絞って買いました!」
「けっこうするな……」
『二万ww』
『高いのか安いのかよくわからんwww』
『なんで古物屋で刺股売ってんのw』
メル蔵はハサミを使い、包みを解いていった。
「けっこう重いです! けっこう重さあります! ちょっと待ってください。これはすごいことになりますよ! 中の刺股は絶対に傷つけたくないので、慎重に開けます!」
「気をつけて」
包みをすべて取り去ると、中から赤い棒に金の飾りがふんだんにあしらわれた、豪華な刺股が姿を現した。
「皆さん! すごいです! かっこいいです! 見てください! 竜です! これ竜ではないですか!? ゴホッ、ゴホッ! 竜が彫られています! 竜が彫られています! わかりますか!? ちょっと待ってください」
「いいね」
メル蔵は椅子から立ち上がり、カメラから距離を置いて刺股を構えた。
『大興奮www』
『落ち着けw』
『竜かっけー』
「うーわ、すごいです!」
メル蔵は刺股の柄の真ん中を両手で掴むと、カメラの前で華麗に一回転させた。
パキン。
地味な音とともに、ガラスがメル蔵の頭に降り注いだ。ピタリと動きを止め、いったん床を見たあと、ゆっくりと上を見た。そのまま機能を停止したかのようにフリーズするメル蔵。
『あ……』
『あーあ』
『あ〜』
「ライトが一個割れました」
メル蔵は無言でガラスの破片を一つつまむと、カメラに近づけて見せた。
「ライトが割れました」
『……』
『……』
『……』
メル蔵は無言で刺股を壁に立てかけると、無言でガラスの破片を拾い集め始めた。
「ライトが割れました」
『……』
『……』
『……』
「ライトが割れました」
『あーあー』
『どうすんのこれ』
『メル蔵……』
画面に大写しになったメル蔵は言った。
「あの、今からお掃除をしますので、配信はここで終了します。床一面ガラスだらけですので、今日はここで配信は終了します。また、お会いしましょう。チャンネル登録、ロボだねボタン、よろしくお願いします」
「お願いします」
『なにこれw』
『ひでぇw』
『せつねえwww』
(悲壮感のあるBGM)
ジジジジ、プン。
——翌朝。
「ねえ、メル子」
「はい、なんでしょう?」
黒乃は朝食を食べながら、部屋を見渡した。
「昨日の刺股はどうしたのさ。二万円のやつよ」
「……」
「メル子?」
「押入れにしまってあります」
「そっか。あんまり気を落とさずにさ。今度はさ、外で遊べばいいじゃんよ」
「はい……」
二人は押入れの中に押し込まれた刺股が放つオーラに若干の後ろめたさを感じつつ、朝食を済ませた。
——夕方。
「いや〜、今日も疲れた〜」
「お疲れ様です、ご主人様」
黒乃とメル子は夕日に照らされながら、ボロアパートへの道を歩いていた。
「FORT蘭丸のやつが、また温泉にいきたいとか駄々こねるから、ほんとまいったよ」
「よほどこの前の温泉旅行が楽しかったのでしょうね」
黒乃は階段を上った。ふと後ろを見ると、メル子が階段の下で立ち止まっているのが見えた。
「どしたん?」
「あ、いえ。なんでもありません」
黒乃は小汚い部屋の扉を開けた。一瞬違和感を感じたものの、特に気に留めることなく部屋に入った。
「あれ? メル子?」
メル子は玄関でプルプルと震えていた。
「大丈夫?」
「ご主人様……あれは……」
メル子は小刻みに震える指で、部屋の奥をさした。
「ん? ああ、二万円の刺股か。これがどうしたん?」
黒乃は押入れに立てかけてある刺股を手に取った。
「押入れの中にしまいましたよね!?」
「え? そうだっけ? 二万円の刺股を?」
「なぜ、外に出ているのですか!?」
「えー? なんでだろう? あ、ご主人様が押入れにしまっておいたチョコレイトを出す時に邪魔だったから、外に出したままにしておいたのかも。あはは、きっとそうだ」
「本当ですか!?」
半信半疑のメル子を部屋に引っ張り込むと、改めて刺股を押入れの中に押し込んだ。今度は簡単に取り出せないように、一番奥だ。
「これでよしっと。さあ、夕飯を頼むよ!」
「はい……」
メル子はチラチラと押入れの方に視線を向けつつ、夕食の準備を始めた。
——深夜。
布団の中でメル子はうなされていた。夢を見ているのだ。巨大な二股の頭を持つロボット蛇に追われている夢だ。夢の中でメル子は必死に走った。しかし、体が重く動きが鈍いのに、なぜか体は宙に浮いてしまい前に進めない。背後から迫る二股の蛇がメル子の体に絡みついた……。
目を覚ましたメル子は、小汚い部屋の天井を見上げていた。汗を拭い、隣の布団で眠るご主人様の寝息を確認すると、小さく息を吐いた。
「夢ですか……いったいなぜこんな夢を……おや?」
メル子は体にかかる布団以上の重さを感じた。手を伸ばし布団の上をまさぐると、硬いものが当たるのを感じた。
「なんでしょうか、これは?」
眼球からサーチライトを放射し、その物体を確認する。
「ぎゃあああああああああ!」
「ぎょわわわわわ!?」
黒乃は布団から飛び起きた。
「なんだなんだ!? メル子のおっぱいが大きくなったのか!?」
黒乃が見ると、メル子は布団の中で丸くなっていた。
「メル子、大丈夫? おっぱいが大きくなったの?」
メル子は布団の中から手だけを出し、なにかを指し示した。その先には……。
「あれ? 二万円の刺股じゃん。なんでこんなところに。メル子が押入れから出したの?」
「出していません!」
「じゃあ、なんでここにあるの?」
「知りません!」
その晩、怯えるメル子の布団を一晩中撫でるはめになった黒乃であった。
——翌朝。
「ご主人様!」
「ふぁ〜、眠い」
黒乃とメル子はボロアパートの前に立っていた。そして黒乃の手には、布に包まれた刺股が握られていた。
「返品にいきましょう!」
「この二万円の刺股を?」
「この刺股は呪われています! これは祟りです! 持ち主に返すのがいいのではないでしょうか!? ハァハァ」
「いや、二十二世紀に祟りはないでしょ……」
「祟りじゃー!!!」
「うわっ」
メル子が鬼の形相で迫ってくるので、黒乃はたじろいで刺股を落としそうになった。
「わかったわかった。返品にいこう」
「ハァハァ、お願いします」
二人は徒歩で、浅草寺の西にある寺にやってきた。
「ご主人様、ここです」
「ここ?」
「はい、ここの古物屋に……あれ?」
「ここはお寺のお墓でしょ」
「え? あれれ?」
メル子は辺りを見渡した。確かに昨日はここに、みすぼらしい古物屋があったのだ。今はその影も形もなく、ただ規則正しく墓石が並んでいるだけだ。
「ねえ、メル子。本当にここで買ったの? お墓から拾ってきたんじゃなくて?」
「ハァハァ、あれ? 私は確かに昨日ここで刺股を……ハァハァ。あれ?」
メル子の顔がみるみるうちに青ざめていった。膝がプルプルと震え、頭のホワイトブリムがずり落ちた。
「祟りじゃー!!!」
メル子は黒乃の手から刺股をもぎ取ると、墓の背面にある卒塔婆の横に立てかけた。
「メル子!?」
「ぎゃあああああ! ご主人様、帰りましょう!」
「あ、ちょっと。こんなところに置いていったらまずいでしょ!」
メル子は黒乃の腕を掴むと、全速力で走り出した。みるみるうちに寺が遠ざかり、二人は雷門通りの雑踏に紛れた。
「ふぅふぅ、これで解決です。ハァハァ」
メル子はアーケードの柱に手をつき、呼吸を整えようと顔を上げた。
「ぎゃああああああああ!」
「うわ、どした!?」
メル子は見た。目の前にある天丼屋の食品ディスプレイの中に、呪いの刺股が飾られているのを。二股に分かれた先端が、海老天の尻尾のように反り返っているのを。
「ぎゃあああああああああ!」
「メル子!?」
メル子は仲見世通りを走った。人ごみをかき分け、救いを求めて走った。
「アン子さん! 助けて!」
メル子がやってきたのは、仲見世通りの中程にあるフランス料理店『アン・ココット』だ。
「どうしましたの? メル子さん」
「刺股に! 呪いの刺股に追われています! ん?」
メル子は見た。アンテロッテの縦ロールが、なにかに巻きついているのを。
「アン子さん、それはなんですか?」
「これですの? これはなにかと申されますとー」
アンテロッテは縦ロールから、細長い物体を取り出した。
「呪いの刺股ですのー! オーホホホホ!」
「ぎゃああああああ!」
アンテロッテが刺股を構えて店から飛び出てきた。狂気の高笑いを響かせながら、逃げるメル子の背中を追う。
「ぎゃあああああ! 南無阿弥陀! 悪霊退散! ドーマン、セーマン! 糸満、オムドゥルマン!」
完全に腰を抜かしたメル子は、カクカクとした動きで逃げ惑った。
「オーホホホホ! 待つのですわー!」
「ぎゃああああ!」
カクカクとした動きで浅草神社に辿り着いたメル子は、震える手で五円玉を賽銭箱に投げ入れた。そして勢いよく鈴を打ち鳴らす。
「サージャ様! 助けて!」
「葦に任せな! 帆尼〜」
本殿の戸をぶち開けて現れたのは、ギャル巫女メイドロボのサージャであった。そして、その手には三又の槍が握られていた。
「サージャ様! その武器は!?」
「あーね。これは呪いの刺股を滅ぼすためにポセイドンが作った、トライデントっていう伝説の武器ね。マジうけるwww」
サージャはトライデントを構えてアンテロッテに向かい合った。
「このトライデントで、アンピッピごと暗黒空間に封印するかんね! 覚悟するがよろしwww」
「え!?」
サージャのトライデントと、アンテロッテの刺股が激しくぶつかり合った。火花が飛び散り、メル子の顔を黄色く照らした。
「サージャ様、今なんと!?」
「アンピッピは、呪いの刺股に取り憑かれた邪悪な存在だかんね。呪われたロボットは、この世に存在してはいけないんよね! 堕歩様〜!」
「そんな!?」
それを聞いたメル子は呆然とした。震える両の手のひらを見た。このまま黙ってアンテロッテが消滅するのを、止めることもできないこの手を。
メル子は動いていた。サージャとアンテロッテの間に割って入り、呪いの刺股を掴んだのだ。
「メルピッピ!?」
「メル子さん!?」
メル子とアンテロッテは一本の刺股を握ったまま引っ張りあった。
「アン子さん! 正気に戻ってください!」
「離すのですわー!」
「離しません! 思い出してください! 刺股とともに戦ったあの日々を(ロボなる宇宙編参照)! 刺股は邪悪な武器ではありません! 正義の武器です! アン子さん!」
その時、呪いの刺股が唸り始めた。プルプルと振動し、二人のロボットを共振させた。
「アン子さん!」
「メル子さん!」
刺股が光り輝いた。先程までの邪悪さは消え失せ、神聖な光に包まれていた。二人は刺股を胸に挟んで抱き合った。そう、HとIの間にあったのは『Y』だったのだ。
浅草神社から天に向けて光の柱が立ち昇った。
監督 黒ノ木黒乃
脚本 メル子
演出 桃ノ木桃智
美術 影山フォトン
編集 FORT蘭丸
出演
黒乃 黒乃
メル子 メル子
アンテロッテ アンテロッテ
サージャ サージャ
スペシャルサンクス
刺股製作委員会
ジジジジ、プン。
「という配信でした」
画面に白ティー黒髪おさげ、丸メガネの上からグラサンをかけた黒男が現れた。
『実写ドラマwww』
『なにこれwww』
『これわざわざ撮影したのwww』
『¥2000。刺股に乾杯』
「あ、梅雨はどこどこさん、楽しんでいただけましたでしょうか? あ、飛んで平八郎さん、いつもありがとうございます。あ、ニコラ・テス乱太郎さん、ロボチャットありがとうございます。あ、このドラマはですね、後日ロボットフリックスで完全版が配信予定ですので、楽しみにしていてください。あ、それではね、今日の配信はこれで終わりたいと思います。皆さん、さようなら」
(軽快なBGM)
「あれ? ご主人様。撮影用の刺股がなぜここにあるのですか?」
「え?」




