第453話 ゲームセンターです!
浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家から、今日も元気な声が轟いた。
「貴様らーッ!」
白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽは、椅子から立ち上がって社員達を睨みつけた。
「シャチョー!? どうしまシタ!?」
「……朝からうるさい」
「先輩、なにがありましたか?」
黒乃は鬼の形相を一変、菩薩の笑顔を見せた。
「みんなでゲームセンターに遊びにいこう」
思わぬ言葉に呆気に取られた社員達だったが、みるみるうちに驚きが喜びへと変化していった。
「シャチョー! ドコのゲーセンデスか!?」
「……なんで急に」
「浅草にあるのかしら?」
騒ぐ社員達に、黒乃は不敵な笑みを投げかけた。
「フフフ、実は、八又産業の浅草工場の敷地内に、ロボットで楽しめるアミューズメントパークがオープンしたのだよ」
「……あの工場、なんの会社なの」
「ロボットも楽しめるナンテ、ステキデス!」
「だから、視察という名目で挑みにいくのだ! いいか、皆の衆! 遊びではなく、視察……」
「イヤァー! エアホッケーはありマスか!?」
「……一人何円まで使っていいの」
「ボウリングでハイスコアを狙いたいわね」
「貴様らーッ! 話を聞かんかーッ!」
すると、奥の台所からメイドロボの声が響いてきた。
「皆さん! もうお昼ですよ! なにをしていますか!」
それを聞いたFORT蘭丸とフォトンは、弾かれたように座席から飛び上がると、あっという間に台所へと消え去った。残された黒乃と桃ノ木は、顔を見合わせた。
「お昼食べたら、さっそくいこうか」
「はい」
——八又産業浅草工場。
レトロな風情を漂わせる浅草の町の中に、突如として現れる赤い壁の巨大な工場。威圧的とも言えるその存在は、今日に限っては恐るるに足りなかった。
「シャチョー! 早くいきまショウよ!」
「……歩くの遅い」
FORT蘭丸とフォトンは、黒乃の白ティーの裾をつまんで引っ張った。
「こら、引っ張らないで! 伸びるでしょが! うぷ。お昼食べたばかりだから苦しい……」
「先輩、大丈夫ですか?」
クロノス一行は工場に併設された施設に侵入した。四階建てのビルで、正面にはデカデカと『ロボワールド』の電飾が輝いていた。
「いや〜、デカいな」
「ご主人様! 一階はクレーンゲームのフロアのようですよ!」
メル子はさっそくクレーンゲームの台に張り付いた。フロア一面に大量の台が設置されており、その通路はほとんど迷路状態だ。クロノス一行はミノタウロスに挑むテセウスのように、迷宮に散っていった。
「ご主人様! これがほしいです! とってください!」
メル子は台のガラスにおでこをくっつけ、中に陳列されているぬいぐるみを食い入るように見つめた。
「お、モンゲッタのぬいぐるみね」
「とれますか!?」
「任せとけー!」
黒乃は台にカードを差し込んだ。これは本日に限り、無限に使用できるカードだ。黒乃が浅草工場の職人ロボであるアイザック・アシモ風太郎と話し合いをして、穏当に手に入れたものだ。
黒乃はレバーを握って操作を始めた。
「こういうのはね、飛び出ている部分を掴むんだよ」
黒乃の言葉どおり、三本のアームの爪がモンゲッタの鼻をガッチリとホールドした。
「ぎゃあ! もげます! 鼻がもげます! 鼻がモゲッタになってしまいます!」
ブチブチと謎の音を立てながら引き抜かれたモンゲッタは、そのままアームに連れ去られ、取り出し口から転がり出てきた。
「やりました! すごいです! ありがとうございます!」
メル子はモゲッタのぬいぐるみを大事そうに抱えた。メル子は次なる獲物を探して迷宮を彷徨った。そしてその奥に信じられないものを見た。
「ご主人様! なんですかこれは?」
「これがロボワールドの目玉だよ」
二人の前には超巨大クレーンゲームがあった。壁一面に張られたガラスの向こうには、巨大な景品がまさに山のように積まれているのだ。
「いや、大きすぎますよ! しかも、クレーンにアームも爪もついていないではないですか! あれでどうやって景品をとるのですか!?」
メル子は必死にガラスに張り付き、中の様子を伺った。すると黒乃はメル子の両肩に手を置いた。
「ご主人様?」
そのままメル子をガラスのボックスの中に押し込むと、扉を閉じた。
「ご主人様、なんですか、この空間は?」
「じゃあ、がんばって」
「なにをですか? ぎゃあ!」
天井から吊り下げられたクレーンがメル子の頭上までやってきた。するとワイヤーが伸び、メル子のボディを縛り上げた。
「ぎゃあ! 浮いています! 離して! なんですかこれは!? ご主人様、助けて!」
メル子は、UFOに連れ去られる牛のようにもがいた。
「ここはね、ロボットで楽しめるゲーセンなんだよね」
「ロボットで楽しむ!?」
「つまり、メル子ががんばるゲーセンなんだよ」
「なにを言っているのかわかりません。ぎゃあ!」
巨大な筐体の中をクレーンに吊られたメル子が動いた。黒乃がレバーでクレーンを操作しているのだ。
「さあ、メル子。どの景品がほしいのかな?」
「下ろしてください! 助けて! あのモンゲッタの巨大ぬいぐるみがほしいです! 助けて!」
「ほいきた」
黒乃はレバーを巧みに操り、降下ボタンを押した。つままれたクワガタのように手足をせわしなく動かすメル子は、眼前に迫ったぬいぐるみに手を伸ばした。
「つかみました! 重い! 重すぎます!」
「しっかりつかんで!」
「ふぬぬぬぬぬ! 無理です! 周りのぬいぐるみに圧迫されていてとれません!」
数秒すると、自動的にクレーンが持ち上がった。メル子は宙をつかんで悔しがった。
「ぎゃあ! 高いです!」
「じゃあ、次いくよ。今度はこっちのスカスカのエリアを狙おう」
黒乃がレバーを操作してメル子を誘導した先には、ポツンと一つだけ等身大ぬいぐるみが置かれていた。
「これならさすがにとれるでしょ」
「それはそうですが……あれ? これ、美食ロボのぬいぐるみです!」
黒乃がボタンを押すと、メル子は美食ロボに向けて降下していった。
「ぎゃあ! 別に美食ロボはほしくありません!」
「いいからとって!」
黒乃に言われるがままに、美食ロボの頭を鷲掴みにした。
「ぎゃあ! なにかヌルっとします! でもとれました!」
「ナイス!」
『女将、このクレーンゲームは本物か?』
「ぎゃあ! 喋りました!」
「いや〜、おもしろかった」
続いてやってきたのは、二階にある体感ゲームフロアだ。太鼓のリズムゲーム、レースゲーム、バスケットボール、エアホッケー、釣りゲームなどがずらりと並んでいた。
「お、FORT蘭丸とフォト子ちゃんが、エアホッケーやってる」
「見てみましょう!」
二人が覗き込むと、小さな台の中の円盤が派手な音を立てながら跳ね回っていた。
「イヤァー! フォト子チャン、強いデス!」
「……蘭丸、ヘタクソ」
得点ボードを見ると、7ー0でフォトンが圧勝していた。
「フォト子ちゃん、すごいです!」
「……えへへ。なにそれ、かわいい」
フォトンは、メル子が背負っている等身大美食ぬいぐるみを見て、青いロングヘアを赤く変色させた。
「ご主人様! 私達もエアホッケーで遊びましょうよ!」
「いいね!」
「では、カードを入れます!」
筐体にカードを差し込もうとするメル子を、黒乃は手で制した。
「せっかくだからさ、あっちのロボホッケーやらない?」
「ロボホッケーとは?」
メル子はなんのことやらわからずに、黒乃の後ろについて歩いた。やってきたのは、フットサルコート程度の広さの謎の空間だった。
「ご主人様、これがロボホッケーなのですか?」
「そうそう、等身大のエアホッケーだよ」
「等身大とは?」
黒乃は背後からメル子の両肩をつかむと、コートの中まで押した。
「さあ、座って」
「この円盤に座るのですか?」
「その取手をしっかりと握ってね」
「あのご主人様」
「なに?」
「これまた、ロボットでエアホッケーをするというパターンですよね!?」
「もちろんそうだけど」
「いやですよ!」
「なんでよ? ロボットで楽しめるアミューズメントパークなんだから、楽しまないと」
「楽しいのはご主人様ですよね!?」
「そうだけど」
「そこにロボットの人権はありますか!?」
その時、高く積まれたコインが崩れ落ちるかのような、享楽的な声が響いた。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」
「オーホホホホ! その程度で根を上げるとは、だらしがございませんのねー!」
「オーホホホホ! わたくしは円盤に乗ったまま、百回跳ねても平気でございますわよー!」
「「オーホホホホ!」」
ホッケーコートの反対側のゴールに、金髪縦ロールのお嬢様たちが現れた。
「イヤァー! マリーチャン! マリーチャン!」
「まさか、ゲーセン被りとはなぁ……学校はどうしたんじゃい」
「どうして平日にお嬢様たちがこんなところにいますか!? 不良ですか!?」
「今日はテスト前ですので、半ドンですわー!」
アンテロッテは自信満々に円盤の上に座った。そして挑発的な目でメル子を見た。
「どうなされましたの? 怖気付いたんですのー!?」
「そんなわけがないでしょう! 受けて立ちます!」
メル子は円盤に飛び乗った。それに続いて、フォトンも隣の円盤に飛び乗った。
「……ボクも戦う」
「フォト子ちゃん!」
「ボクも戦いマス!」
FORT蘭丸はアンテロッテの隣の円盤に乗り込んだ。
「蘭丸君! なぜ、お嬢様側につきますか!?」
「二対二のゲームだからデス!」
対戦が始まった。
ロボホッケーは四つの円盤状のパックを打ち合い、相手のゴールにパックを叩き込むゲームだ。パックが相手ゴールに入りさえすれば、どのパックでも得点になる。
黒乃とマリーは手元の操作パネルで、コートに設置された電磁加速器を操作し、パックを弾き飛ばすのだ。パックに乗ったロボット達はパックの向きを操作し、加速度を変えることが可能だ。
「そりゃ! いくぞ! ゲームスタート!」
黒乃はメル子とフォトンのパックを加速させ、一直線にマリーのゴールに弾き飛ばした。
「ぎゃあ! 速いです!」
しかし、ゴール前で待ち構えていたアンテロッテのパックによって弾かれてしまった。
「オーホホホホ! 効きませんわよー!」
「やはり、正面からじゃ無理か。ならば!」
黒乃はメル子のパックを壁に向けて射出した。ビリヤードの要領で壁を反射したパックは、アンテロッテの側面からゴールに襲いかかった。
「ぎゃあ! 目が回ります!」
「甘いですわー!」
マリーはすかさずFORT蘭丸のパックを加速させた。それによって弾かれたメル子は、一直線に黒乃のゴールに突き刺さった。
「あ、メル子。ちゃんと減速してよ」
「減速!? なにがですか!?」
「どんどんいきますわよー!」
コートの上を、四つのパックが目まぐるしく行き交った。時には壁に弾かれ、時にはパック同士がぶつかり合い、ゴールに向けて突き進む。
「ぎゃああああああ! なんですか、このゲーセンは!? ぎゃああああ!」
戦いが終わったころには、メル子は腰を抜かして床にへたり込んでいた。
「いやー、楽しかった〜」
「最高でしたのー!」
「お嬢様、おめでとうございますわー!」
黒乃は真っ青になったメル子に肩を貸して立ち上がらせた。
「負けちゃったけど、楽しかったね」
「え? 負けた? なんの話ですか?」
「そういえば、桃ノ木さんはどこいったんだろう?」
「……モモちゃんなら、三階でボウリングしてる」
三階のフロアはボウリング場になっているようだ。その一番端のレーンに桃ノ木はいた。一人黙々と球を投げるその姿は、素人のそれを遥かに凌駕していた。
「いたいた、桃ノ木さん、調子はどう……え!?」
「二百点!? アベレージで二百はもうプロではないですか!? 桃ノ木さんはプロボウラーなのですか!?」
黒乃とメル子は頭上に表示されたスコアを見て仰天した。桃ノ木は汗を拭うと、丸メガネ柄のマイボールをこれでもかと磨いた。
「今日は調子が悪いわね」
「これで調子が!?」
「悪いけど、メル子ちゃん達に協力してもらえるかしら?」
「協力とは!?」
メル子、FORT蘭丸、フォトン、アンテロッテは、ピンの着ぐるみを着てレーンの奥に立っていた。
「なんですか、これは!?」
「イヤァー! またこのパターンデスか!?」
「……後ろのピンロボット達はアルバイトなの?」
「お嬢様ー! 助けてくださいましー!」
「アンテロッテー!」
桃ノ木が巨大ボールを転がした。それは見事先頭のメル子ピンにヒットし、その後ろの九本のピンを根こそぎなぎ倒した。




