第451話 ロボットっぽくないです?
ボロアパートの小汚い部屋に夕日が差し込んだ。緑色の和風メイド服のリボンを左右に揺らすメイドロボは、軽快に歌いながらフライパンを振った。
「フンフフーン。今日のご飯はなんじゃろなー? トンカツ、カツレツ、カツカレ〜。ご主人様の白ティーを〜、真っ赤に染める〜、オムライス〜。フンフフーン」
白ティー丸メガネ黒髪おさげのご主人様は、その様子を床に寝転がりケツをかきながら眺めた。
「うふふ、メル子は今日もかわいいな〜」
「当然ですよ。世界一のメイドロボですから、かわいくないわけがないですよ」
あまりの自信満々な返答に若干呆れつつ、黒乃は床に置かれたプチ小汚い部屋を覗き込んだ。そこではプチメル子が小さなフライパンを振り、プチ黒が床に寝そべり、プッチャが丸くなってあくびをしていた。
黒乃は小さな小さなメル子と、大きなメル子を見比べた。
「メル子ってさ」
「はい」
「あんまり、ロボットっぽくないよね」
メル子の調理の手が止まり、フライパンを持つ手がプルプルと震えた。
「……私はロボット以外のなにものでもありませんが」
「わかってるよ」
「……ロボハラですか?」
「え?」
「ロボットハラスメントでございますか?と問うています」
「なにそれ?」
「ロボットにロボットらしさを強要したり、ロボットであることをバカにしたりすることですよ! 新ロボット法でロボハラは禁止されています!」
メル子は鬼の形相で黒乃に迫った。
「いやいや、そんなんじゃないよ。けっして強要したりは……」
「訴えますよ! ハァハァ」
「悪かったって。そんなつもりじゃなかったんだよ。ほら、メル子ってボディの作り的に、パッと見はロボットに見えないじゃない。FORT蘭丸とかはさ、一目でロボットってわかるけど」
とはいえ、ロボットと人間を見分ける方法は簡単である。首の後ろに暗号化されたIDが刻印されているからだ。この表示は、新ロボット法により義務付けられている。
「ハァハァ、なんですか。ご主人様は、ロボットっぽい方がお好みなのですか?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ。ほら、プチ達を見てごらん。実にロボットっぽくてかわいらしいでしょ。それを見て、メル子と違うな〜って思ったんだよ」
「私はロボットっぽくないから、かわいくないのですか!!!」
「うるさッ。そうじゃないよ。最初からメル子はかわいいって言っているじゃないのよ」
「フシャー!」
メル子があまりに怒るので、黒乃は慌ててメル子を抱きしめた。艶やかな金髪を撫でていると、ようやく落ち着いてきた。
「ごめんよ。ロボットっぽくてもなくっても、メル子はメル子らしくいてくれればそれでいいからさ。ね?」
「はい……」
そう言われて納得したのか、その夜、同じ話題が登ってくることはなかった。
——翌朝。
メル子はいつもどおり、朝食をテーブルに並べた。そのテキパキとした動きに、黒乃は安堵の息を漏らした。
「よかった。昨日のことは引きずっていないみたいだな」
「ご主人様? なにか言いましたか? ウィーン」
「いやいや、なにも言ってないさ。さあ、食べようか。いただきます!」
黒乃はボリビアのパン『クニャぺ』を頬張った。芋とチーズを混ぜて焼いたモチモチの食感が、朝の憂鬱さをこねて消してくれた。
「うまうま、やっぱりメル子の料理は最高だな。でも、けっこう水分を持っていかれるな。グビリ」
黒乃はテーブルの上のコップを掴むと、中の液体を一気に飲み干した。
「ブー!!!」
「ぎゃあ!」
黒乃は盛大に中身を吹き出した。
「ぐへっ! げぼッ! なにこれ!?」
「これは私のナノマシンドリンクですよ! なぜ飲んでしまうのですか!? キュイーン」
「ゴホゴホッ。なんでこんなのが置いてあるの!? いつもは飲んでいないでしょ!」
メル子はご主人様と同じものを食べることを旨としているため、ロボット専用のものは食卓には出さないようにしているのだ。この手のものは裏でこっそり飲んでいるはずだ。
「なぜって、ロボットですから、ナノマシンは飲みますよ。キャシャン」
「……なにか、さっきから変な音が聞こえない?」
「はい? なんの音でしょうか? 特に聞こえませんが」
「ああ、そう」
朝食を済ませた二人は、事務所へ向けて歩いていた。
「……」
「ウィーン、ガチャン、ウィーン、ガチャン」
「あの、メル子」
「はい、なんでしょうか、ご主人様」
「なんか、歩くの遅くない?」
遅い理由は実にシンプル。メル子の肘関節と、膝関節の曲がりが悪いのだ。そのせいで、カクカクとした動きになっている。
「そう言われましても、ロボットですから。人間のように滑らかな関節ではないので、しょうがないのですよ」
「いや、うそこけ。いつも人間と同等以上の機構を備えたなんちゃらって言ってるじゃないの」
「ウィーン、ガチャン、ウィーン、ガチャン」
「あれ、動作音で聞こえないふりしてるな。ねえ、その動作音もいつもはしないよね」
「ロボハラですか?」
そう言われると、黙るしかない黒乃であった。
——ゲームスタジオ・クロノス事務所。
「女将サン! おはようございマス!」
「蘭丸クン、おはようございマス」
見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸が、元気に挨拶をした。
「女将サン! 今日はいつもト様子が違いマスね!」
「ウィーン、そんなことはありまセンよ。いつもどおりデスよ、ピュー」
メル子は口からファイアブレスを吐いた。その炎でツルツル頭を熱されたプログラミングロボは、地面を転げ回って悶えた。
「イヤァー! ナニするの!?」
「ごめんなサイ、蘭丸君。ロボットなので、誤動作を起こしまシタ」
その様子を見たフォトンと桃ノ木はプルプルと震えた。
「……メル子ちゃんがポンコツロボになってる」
「なにがあったのかしら?」
桃ノ木は向かいの席に座る黒乃に視線を向けた。黒乃は青ざめた顔で首を左右に振るばかりだった。
——お昼休み。
正午の時報とともに、FORT蘭丸とフォトンは台所に殺到した。
「……メル子ちゃん。今日のランチはなに?」
「女将サン! おかわりはできマスか!?」
瞳を輝かせて席に着いた二人であったが、テーブルに置かれた物体を見て目が点になった。
「イヤァー! ランチはドコデス!?」
「ランチなら、ソコにアルではナイデスか」
「……これなに」
フォトンはテーブルの上の長細い袋を手に取った。パッケージには『一日これ一本。ロボテインバー。高機動完全食』と書かれていた。
「女将サン! ロボテインバーしかないんデスか!?」
「ロボットなら、ソレだけあれば、充分デスよね」
「……まあ、そうだけど」
涙を流しながらロボテインバーをかじる二人を、黒乃と桃ノ木は憐れみ表情で見ていた。
「あの、メル子」
「ハイ」
「うちら人間のご飯は?」
「忘れていまシタ、ポンコツロボデスので。お二人もロボットになられてはいかがデスか? 永遠の命を得られマスよ?」
埓が明かないので、メル子を外に連れ出すことにした。
——仲見世通り。
「ウィーン、ガチャン、ウィーン、ガチャン。ご主人様、どちらにいかれマスか?」
メル子は関節をぎこちなく動かしながら黒乃の後を追った。
「アン子のお店だよ」
「ナゼ、そんなイカれた場所に?」
「メル子がご飯を作ってくれないからだよ」
クロノス一行がたどり着いたのは、仲見世通りの中程にあるフランス料理店『アン・ココット』だ。メル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』に並ぶ人気店だ。今日もイカれた野郎どもが、元気に行列を作っていた。
黒乃達は行列の最後尾に並んだ。
「ご主人様、帰りまショウ。ここはヤバいデスよ!」
「なにがヤバいのよ」
「ダッテ、ココの店主は未来からきた殺戮メイドロボの『縦ロール−8000』デスよ!」
「その話はもう終わったでしょ(444話参照)」
騒ぎを聞きつけたアンテロッテが、関節をカクカクさせながら店から出てきた。
「デデンデンデデン。ナニゴトデスノー」
「ぎゃあ! 出てきまシタ!」
カクカクと逃げるメル子。カクカクと追うT−8000。逃げきれないと悟ったメル子は、意を決して迎え撃った。仲見世通りのど真ん中で、乳と乳をくっつけて取っ組み合うメイドロボ達に、観客から大歓声があがった。
しかし、殺戮メイドロボにビビりまくったへっぴり腰のメル子では勝負にならず、簡単に投げられてしまった。
「ギャフン!」
「あーあー」
ひっくり返り、仰向けで手足を曲げて震える様は、蛇に睨まれた蛙のようであった。
——浅草神社。
クロノス一行は、テイクアウトしたアンテロッテのランチを、賽銭箱の横に並んで座って食べていた。
「うう……うう……」
メル子は、涙をこぼしながらスープに漬けたバゲットを齧った。黒乃はその背中を何度も撫でた。
「もういいでしょ、メル子。ロボットっぽくするのはやめな?」
「ロボットですから! ロボットっぽいのは当たり前でしょ!」
「女将サン! 女将サンも充分ロボットっぽいデスよ!」
FORT蘭丸がスープを貪りながら言った。
「どういうところがですか?」
「エ!? 火を吐くところデス!」
「……それはロボットというより怪獣」
フォトンは呆れてバゲットを齧った。
「ご主人様……ロボットとは……ロボットらしさとは……いったいなんなのでしょうか……」
その言葉に、黒乃と桃ノ木は目を見合わせた。
「ロボットっぽさね〜?」
「なんでしょうか?」
そう言われると、ロボットと人間の差とはなんなのか、考えてしまう。二十二世紀現在、ロボットの技術は大きく進化した。見た目では人間と区別がつかないロボットは大勢いる。AIの進化はそれより著しく、人間の思考とAIの思考、違う部分を思い浮かべることすらできない。
首を捻るクロノス一行。その背にある扉が勢いよく開いた。
「マジ堕歩様〜! あーたら、ここでなにやってんだわさ」
本殿の戸を開けて現れたのは、ギャル巫女メイドロボのサージャであった。浅草神社、通称三社様を守護する御神体ロボである。その少女のような外見に反して、かなりの長生きロボだ。
「あ、サージャ様」黒乃はバゲットを喉に詰まらせた。
「あーたら、ここはフードコートじゃないかんね。飲食禁止だかんね。バチが当たる、いや、バチを当てるかんね!」
「イヤァー!」
慌てて料理を口の中に詰め込む一行。その中でメル子だけは動きを止めたままだった。
「あの、サージャ様……」
「どしたん、メルピッピ。深刻そうな顔して。マジうけるwww」
メル子はスープの器を一瞬揺らし、意を決して聞いてみた。
「サージャ様、人間とロボットの違いとはなんでしょうか?」
「ほーん?」
サージャは腕を組んだ。そのままメル子の隣に座ると、その肩を抱き寄せた。
「違いね〜? そもそもロボットは、人間に似せるように進化してきたものだかんね〜。ロボットが進化するにつれて、人間との違いは埋まっていくものだかんね」
両者は明らかに違う種族ではあるが、その差は時が経つにつれて小さくなっている。いずれは同じものになるのだろうか? それは、どちらがどちらに?
そして、その差はあった方がいいのだろうか? なくなった方がいいのだろうか?
「葦が考えるにね、ロボットぽさってのは、その役割にあると思うんよね」
「役割ですか?」
人間は生まれてくる。ただ生まれてくる。必ずしも、その生まれに役割があるわけではない。
それに対してほとんどのロボットは、役割を設定されて生まれてくる。メル子ならメイドロボとしての役割、フォトンならお絵描きロボとしての役割。
それは、ロボットの本質が『人間の役に立つ』ことであるからだ。ロボットは人間の役に立たせるために作り出され、進化してきたものなのだ。
ロボットが人権を持った現代でも、本質的には変わらない。
「役割……」
生まれ持った役割を背負うロボット、生まれてからその役割を探す人間。この差こそが、ロボットっぽさと人間っぽさを表現しているのではないか。メル子はサージャの言葉を、そのように解釈した。
ならばやるべきことは一つ。メル子は黒乃を見上げた。
「ご主人様……私はメイドロボとしての務めを果たします。それが私のロボットっぽさです」
黒乃は丸メガネを光らせて笑った。周りの者達はほっと息を吐き出した。
「ん?」
その時、浅草神社に関節をカクカクとさせたメイドロボが現れた。
「ウィーン、ガチャン、ウィーン、ガチャン。デデンデンデデン」
「ぎゃあ! T−8000です! なにをしにきましたか!?」
「メル子サン、オ釣リヲ、忘レテイマスワヨ。ウィーン」
「ぎゃあああああ!」
腰を抜かし、カクカクとした動きで逃げるメイドロボ。それをカクカクとした動きで追うメイドロボ。それを見た一行は同じことを思った。
「ロボットっぽい……」




