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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第449話 捨てられた美食ロボです! その一

「まだかな、まだかな〜? かわいいメイドさんはまだかな〜?」


 黒乃は小汚い部屋の窓枠に巨ケツを乗せ、外を眺めていた。メル子は現在、近くのスーパーマーケットまでお昼の買い出しにいっているのだ。


「お、帰ってきた」


 赤いメイド服の裾を振り乱し、勢いよく駆けてくるメイドさんの姿が見えた。小さな足が高回転で階段を蹴る音が、部屋の中まで響いてきた。


「ご主人様! 大変です!」


 メイドロボは扉を勢いよく開けるや否や叫んだ。


「ん? どしたの?」

「クズが倒れています!」

「クズが!?」



 黒乃とメル子は走って隅田川沿いにやってきた。メル子は、川に面した歩道の隅に倒れているなにかを指さした。


「アレ!?」

「アレです!」


 二人は駆け寄り、仰向けに倒れている物体をまじまじと見つめた。


「コレ!?」

「コレです!」


 ソレは着物を着た恰幅のよい初老のロボットであった。


「美食ロボじゃん!」

「美食ロボです!」


 二人は唖然とソレを眺めた。黒乃が指でふくよかな腹をつつくが、微動だにしない。


「……じゃあ、今回はこれで解決ということで」

「……ですね」


 その時、なんの前触れもなく美食ロボが上半身を起こした。


「ぎょわッ!」

「ぎゃあ!」

「女将、この家出は本物か?」

「いや、知るか。美食ロボ、お前、家出してきたのか?」

「以前はロボ三(ろぼぞう)君が家出をしてきましたが、今度は美食ロボですか(197話参照)」


 美食ロボは『美食ロボ部』という高級会員制料亭を経営しており、日々業界の重鎮達を招いて、享楽を貪っているのだ。ロボ三はそこの新人板前だ。


 黒乃は地面に転がる美食ロボを、無理矢理引っ張り起こした。美食の大家は腕を組むと、黒乃達に背中を見せた。


黒郎(くろろう)よ、ようやくきたか」

「だれが黒郎じゃい」

「美食ロボ! どうして、こんなところで寝ていたのですか?」


 美食ロボはゆっくりとこちらを振り向いた。いつもは見せないその表情に、黒乃とメル子は困惑した。


「フハハハハ、フハハハハハ!」

「ワロてるけど」

「フハハハハ! 美食ロボ部が乗っ取られたのだ。フハハハハハ!」

「ええ!?」

「どういうことですか!?」



 ——美食ロボ部。

 浅草の一等地に居を構える高級料亭。雅にして厳かな日本庭園の中に、美食の要塞はあった。


「久しぶりにきたな」

「なにか、緊張しますね」


 提灯で照らされた巨大な扉を前にして、二人は怯んだ。まるで食の巨人が、大口を開けて待ち構えているかのようだ。


「たのもー」


 黒乃が扉を開けると、仲居ロボが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、黒郎おぼっちゃま!」

「黒郎様!」

「黒郎おぼっちゃまが帰ってこられたぞ!」

「誰がおぼっちゃまじゃい」


 次々に群がってくる板前や仲居達。黒乃はかつて、この料亭で料理勝負をしたことがあるのだ(168話参照)。


「あれ? なんか普通だな」

「どこが乗っ取られているのでしょうか?」


 従業員達の和気あいあいとした雰囲気に拍子抜けした二人は、思い切って本題から入ることにした。


「なんか、美食ロボ部が乗っ取られたって聞いたんだけど?」

「誰に乗っ取られたのですか!?」


 二人の言葉に、板前達は静まり返った。皆、下を向き、肩をプルプルと震わせた。一人の板前が、恐る恐る口を開いた。


「実は、非常に言いにくいのですが……」

「うんうん」

「あの……えーと……その人に先生は追い出されてしまいまして」

「追い出された!?」


 黒乃とメル子は心当たりを探した。あまりに多くの心当たりがあるので、追い出されて当然と思い始めた。その時……。


「黒郎さん! メル子さん!」


 若い板前ロボが現れた。坊主頭に、烏帽子(えぼし)を被っている。広袖に袴というスタイルだ。


「ロボ三!」

「ロボ三君!」

「お二人とも、ごっちゃんです!」

「ごっちゃんです?」


 ロボ三は黒く尖った帽子を脱ぎ、頭を下げた。そして、これ見よがしに帽子を被り直した。


「あれ? 前からそんな帽子だったっけ?」

「ロボ三君、割烹着姿からずいぶん変わりましたね」

「お二人とも、今日はご予約でしょうか? どなたかのご招待でしょうか。もっともお二人ですから。もちろん、飛び込みでも歓迎ですよ」


 にこやかな顔で、二人を玄関の土間から上げようとするロボ三を、黒乃は呼び止めた。


「まてまて、ロボ三。どうして、美食ロボは追い出されたんだい?」

「そうですよ。追い出されて当然なロボットですけれども、追い出すのはあんまりですよ」

「それは……」


 ロボ三の肩は震えていた。やるせなさと、いたたまれなさ、そして愛しさと切なさがその両肩に乗っていた。


「それは……食べていただければわかります」



 座敷に通された黒乃とメル子は、向かい合って分厚い座布団に座っていた。二人の周囲には、四角い木の枠が設置されており、それを跨いで内側に入り込んだのだ。


「なんか……邪魔だな、この枠……」

「なんでしょうか……床の間の『満員御礼』の掛け軸は……」


 視線をあちらこちらに泳がせながら待つと、ドスドスと廊下を歩く音が聞こえた。襖が勢いよくブチ開けられる。


「ごっちゃんです!!」

「ぎゃあ!」


 漆塗りのお膳を運んできたのは、腰に黒い帯を巻いた少女であった。


「え? 鏡乃(みらの)!?」

「鏡乃ちゃん!? こんなところで、なにをしていますか!?」


 白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女は、畳の縁を大胆に踏ん付けると、二人の前にお膳を並べた。


「前菜のミラノ風豚の角煮です! これは鏡乃が……」

「まてまて!」

「なぜ鏡乃ちゃんが、仲居さんをしているのですか!?」


 黒ノ木家四女は、鼻息を荒くして語った。


「鏡乃ね! 美食ロボ部でバイトしてる!」

「なんで!?」

「ちゃんこ部の部室がなくなって、さらに部費を減らされたから(446話参照)! 部員のみんなで部費を稼いでる!」


 鏡乃はかつて、美食ロボ部で働いたことがあったのだ(169話参照)。そのツテでバイトをしているらしい。


「えっとね、ミラノ風豚の角煮はね……」

「こらこら、待ちなさい」

「なにもー。ちゃんと鏡乃が考えた料理を食べてよ」

「鏡乃ちゃんが考案したのですか!?」

「うん、ロボ三に作ってって言えば、なんでも作ってくれる! ロボ三すごい! さあ、食べて!」


 事態が飲み込めず、言われるがままに豚の角煮に箸を伸ばした。


「うわっ、ぷるっぷるだ」

「いや、これほぼ脂ではないですか! 前菜でこれはキツいですよ!」

「いいから、食べて!」


 二人は角煮を口に含んだ。すると一瞬で角煮が舌の上で溶けて消えた。


「なんだこれ!? 脂ではないぞ!? まったく脂っこくない!」

「これは煮凝りです! 豚のスネ肉をじっくり煮込んで、出てきたコラーゲンで煮凝りを作り、スネ肉と煮凝りでミルフィーユを作っているのです! これを鏡乃ちゃんが考えたのですか!? すごいです!」

「えへへ」


 褒められた鏡乃は、丸メガネを赤くした。


「しかし、ミルフィーユですので、ミラノ風ではなくフランス風ですね」

「どゆこと?」


 メル子の指摘に、鏡乃は丸メガネにクエスチョンマークを浮かべた。


「いえ、鏡乃とイタリアの都市のミラノをかけた料理名なのではないのですか?」

「え? ミラノって町があるの?」

「知らなかったのですか!? あ、いえ、まあいいです。お料理はおいしかったですよ!」

「ごっちゃんです!」


 鏡乃は満足げに部屋を出ていった。二人は呆然と、その足音が遠ざかるのを聞いた。


「ご主人様……」

「うん?」

「我々は今、なにをしているのでしたか?」

「美食ロボがここから追い出されたから、それをなんとかしようときたはずなんだけど……」


 それがなぜか、妹の料理を食べる羽目になっている。呆然と待つと、再び大きな足音が迫り、襖が勢いよく開けられた。


「ごっちゃんです!!」

「ぎゃあ!」

「前菜の次はスープです! ミラノ風モツ煮込みです!」

「モツ煮込みはスープに分類されますか!?」


 器の中には、黄金色に輝くスープがたゆたっていた。


「うわー、きれいだなあ。具は普通の豚モツ、コンニャク、ダイコンだ」

「しかし、このゴールデンスープは? グビリ……これはコンソメです! コンソメモツ煮込みです!」

「モツ煮込みという庶民の料理が、突然リッチな料理に変わったかのようだ! 不思議な感覚だぁ」

「えへへ」

「しかし、またもやフランス風で、ミラノは関係ないですね」

「どゆこと?」


 その後も、魚料理にミラノ風鶏のなんこつ揚げ、肉料理にミラノ風ちゃんこ鍋が提供された。どれもロボ三が腕によりをかけた品らしく、完成された料理だった。


 黒乃とメル子は、木の枠に体を預け、デザートのアイスを頬張っていた。


「ううう……食べ過ぎた……量が多すぎる」

「なぜこんなに量が多いのですか……まるで相撲部屋のようです……ハッ!?」


 鏡乃はニヤリと笑い、二人が持つスーパーカップの容器に熱々のコーヒーを注いだ。


「もしかして、今日のお料理はちゃんこなのですか!?」

「メル子、大当たり〜!」

「なんで高級料亭で、ちゃんこ出してるのよ!?」


 すべての料理を出し終えた鏡乃は、立ち上がった。そして足を大きく上げ、四股を踏んだ。


「だって鏡乃、美食ロボと相撲をとって、勝ったから!」

「ええ!?」

「鏡乃、美食ロボ部を乗っ取って、ここにちゃんこ部を作ろうと思う!」

「ええ!? あ、この木枠って升席(ますせき)なんか!」

「ということは、ロボ三君のあの衣装は、行司ですか!」

「えへへ、そうそう」


 鏡乃は拳を握り締め、熱弁した。


「鏡乃ね、ここをちゃんこ部の拠点にして、茶道部をやっつける! そして部室を取り戻すんだ! エイエイオー!」


 拳を振り上げ、気合を入れる妹を、黒乃は言葉もなく眺めるしかなかった。


「あの、ご主人様……」

「ええ? ああ、うん」

「これどうしましょう」

「どうしようか」


 こうして、美食ロボ部はちゃんこ部になった。そして人知れず、元茶道部の部室に追放された美食ロボが勝手に棲みつき、浅草市立ロボヶ丘高校に美食ロボ部が発足した。


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