第448話 焼肉食べ放題です!
雷門をくぐり抜け、西に数分歩いたところに黒乃とメル子と紅子はいた。メル子が先頭を歩き、その後ろを黒乃と紅子が手を繋ぎながら歩いている。
「あの、メル子」
「なんでしょうか?」
「なんでそんなに猫背なの?」
普段の背筋が伸びて凛とした態度は消え失せ、猫科の動物のように背中を丸めている。まるで、物陰から襲ってくる敵に怯えているようだ。
「決まっているでしょう。戦いに備えているのですよ」
「戦いって、これから焼肉の食べ放題にいくんでしょ? なにが戦いなの?」
「食べ放題は戦場でしょ!!!」
「うるさッ」
「メル子〜、こわい〜」
鼻息を荒くして人ごみをかき分けるメイドロボを、のっぽと幼女が必死に追いかけた。三人がやってきたのは、とある商業施設の四階だ。きれいでおしゃれな佇まいの店の前に三人は立った。
「ここです」
「あー、はいはい。知ってる知ってる。『焼肉ろぼんぐ』でしょ? 食べ放題で有名だね」
「では、入りますよ! 覚悟を決めてください!」
店に入った三人を店員ロボが出迎え、席に案内された。昼前だというのに、店内は人で溢れていた。家族連れにサラリーマン、お一人様も多数見受けられた。通路を何度も曲がり、ようやく窓際のテーブル席に通された。メル子が上座に座り、黒乃と紅子は並んで座った。
「店内は広いし、すごい客の数だ」
「私が戦場だと言った意味が、わかってきたでしょう?」
「いや、わからんけど」
店員ロボにコースを告げたら、いよいよ開戦だ。店員ロボが、テーブルに埋め込まれたロースターに火をつけて去っていった。開戦の狼煙があがった。
「えーと、三千二百八十円のコースなのね? これで食べ放題って安いなあ。しかも小学生は半額だ」
「黒乃〜、おにくたべたい〜」
「ほいほい。じゃあ、カルビから食べるか。このタブレットで注文するのね?」
黒乃はテーブルに設置されているタブレットを手に取った。
「きぇぇぇぇぇい!!」
「いだッ! なにすんの!?」
メル子が黒乃の手から、勢いよくタブレットをもぎ取った。
「注文はすべて私が行います! 戦場では指揮系統がなにより大事! 私の命令には絶対服従してもらいますからね!」
「なになに、もう」
メル子は鬼の形相でタブレットをスワイプした。
「まずはドリンクからです!」
「ソフトドリンクも飲み放題なんだ?」
「当然でしょう。しかも、いちいちドリンクバーにいく必要もないのです。タブレットから注文できますので(現在はドリンク飲み放題は別料金になっています)」
メル子は手早くオーダーした。間もなくすると、円筒形の配膳ロボがドリンクを乗せてやってきた。
「おー、ロボットが持ってきてくれるのか。世の中ハイテクになったもんだ」
「かわい〜」
二人の言葉を聞いたメル子は、プルプルと体を震わせた。
「もっとハイテクでかわいいロボットが、目の前にいるでしょう……」
「どゆこと?」
黒烏龍茶とレモンスカッシュをちびちび飲んでいると、配膳ロボがすかさず最初の料理を運んできた。
「さあ! 食べ放題の開戦ですよ!」
「きたきた! って、ええ!?」
配膳ロボが乗せていたのは、イカとエビだった。
「海鮮だ! 開戦だけに、海鮮だ! なんで焼肉の食べ放題で、海鮮!?」
「おにくは〜?」
「クククク」
「ワロてるけど」
メル子はトングでエビをつまむと、焼き網の上に乗せた。透き通ったエビの身が、炎で炙られて真っ白に染まっていく。
「うひょー! うまそう!」
「えび〜」
「ご主人様、ここは焼肉屋ですが、焼肉屋であるという思い込みを捨ててください」
「どゆこと!?」
「この食べ放題は、制限時間百分という長丁場です。その間、お肉を食べ続けるのは不可能! 適度に胃に優しい素材を挟むことで、最後までお肉をおいしくいただけるのです! これが食べ放題の戦略です!」
海鮮を焼いている間に運ばれてきたのは、野菜類だ。ピーマン、タマネギ、サンチュ、キムチにナムル。海の幸の次は、山の幸だ。
「色とりどりだ!」
「おやさい〜」
黒乃は野沢菜のキムチをつまんだ。
「ぎゃばー! からッ! これ激辛だ!」
「それは上級者向けの『地獄の野沢菜キムチ』です。お気をつけください」
「辛すぎて、ご主人様にはちょっとキツい。あ、でもこっちのカクテキはさっぱりしていていけるぞ」
「このナムム、おいし〜」
紅子はもやしのナムルが気に入ったようだ。
「さあ、焼けましたよ! サンチュで包んでお召し上がりください!」
「うひょー! いただきます!」
黒乃はイカをみずみずしいサンチュにくるんだ。甘辛のタレに浸し、一口で頬張った。
「うまー! しっかりとした歯応えのイカと、パリパリとしたサンチュの歯応え! これぞ海と山のコラボ!」
「エビもぷりぷり〜」
「そうでしょう、そうでしょう」
メル子は満足げにうなずいた。次に配膳ロボが届けたのは、小ぶりな肉の塊だ。
「お!? ようやくお肉かな?」
「これは鶏カルビです」
「今度は空!?」
鶏カルビを網の上に乗せた。網の上には陸、海、空の食材が勢揃いした。
「クククク。陸軍、海軍、空軍による大進撃です」
「どした?」
メル子は鬼気迫る表情で、トングという名の指揮棒を操り、次々と食材を焼き上げた。
「召し上がれ!」
「よっしゃ! パクリ! うわ〜、鶏肉ジューシー。かるーい味わいで、心が飛んでいきそうだよ」
「紅子ちゃん! こちらのチーズをつけて食べてみてください!」
チーズ、バター醤油、生卵、おろしニンニク、刻みネギなどは、いくらでも注文し放題だ。
「チーズおいし〜」
「よかったです!」
配膳ロボが続々と補給物資を届けにきた。黒乃達は大慌てで皿をテーブルに乗せた。
「ちょっと、メル子。頼みすぎじゃない!?」
「おおすぎ〜」
テーブルにはずらりと肉が並んだ。
「ご主人様! 紅子ちゃん! いよいよ、上陸作戦開始です! きたれ、竜よ!」
メル子はトングを壺の中に突っ込むと、中から巨大な肉塊を取り出した。
「ぐわわわわ! なにそれ!?」
「これはろぼんぐ名物『壺漬けドラゴンハラミ』です!」
タレがしっかりと絡んだ長細い肉を、豪快に網に乗せた。肉が炙られるけたたましい音は竜の咆哮、網の上で転がる様は竜の寝返りだ。
「竜だ! これはまさに竜だ!」
「これがドラゴンハラミです! でぇぇぇい! バルムンク!」
メル子はハサミで竜を切り刻んだ。細切れになった肉を、さらに転がしていく。
「さあ、どうぞ!」
「ぎょわわわわ! これはまさに竜殺しの戦い! 豪快すぎる!」
黒乃はハラミを噛み締めた。柔らかさと弾力の程よいバランス、適度な脂、そして濃厚な旨味。これぞ焼肉という醍醐味がすべて詰まった逸品だ。
「これはまさに、ドラゴンステーキと呼ぶべきものだ!」
続いてメル子は、さらに大きな肉塊を網の端に乗せた。
「あれ? メル子、それ牛カルビでしょ? そんなに端っこに置いても焼けないよ」
「ククク、これでいいのです。これはじっくりと火を通していくのですよ。長期戦です!」
続いて登場したのは、ホルモンだ。レバー、センマイ、シマチョウをまとめて網に乗せた。
「多くない!? 網がホルモンで埋め尽くされたけど!?」
「ホルモンは火が通るのが遅いので、まとめて焼きます! ホルモンの絨毯爆撃です!」
ホルモンが焼けるのを待つ間に、ライスとスープが届いた。
「おお、きたきた! 焼肉はやっぱりライスがないとね!」
「ふわふわたまごスープ〜」
「ご主人様!? 勝手にライスを頼みましたね!? 石焼ビビンバや冷麺などもあるのですよ!?」
「いや、ライスがいいよ。白いお米さんがほしいよ」
黒乃は焼けたホルモンをライスの上に乗せた。そして米といっしょに口の中に放り込んだ。
「うめ、うめ。ニンニクが効いたタレと、ライスの相性が最高だよ」
「これ、かたい〜」
「紅子にはホルモンはまだ早いかな?」
「紅子ちゃん! シマチョウは歯応えがありますから、センマイなら食べやすいですよ!」
「こっちならたべれる〜」
紅子も懸命に肉を頬張っている。
「ここでお肉はお休みをして、変わり種メニューで攻めましょう。奇襲です!」
配膳ロボが届けたメニューに、黒乃は度肝を抜かれた。
「ええ!? たこ焼き!? カレー!? 牛タンハンバーグ!? ここ焼肉屋だよね!?」
「ご主人様、ここは戦場です。戦場にルールなどないのですよ!」
黒乃はたこ焼きを頬張った。紅子はお子様カレーをパクついた。メル子は牛タンハンバーグを堪能した。
「しかし、いろんなメニューあるなあ」
「この焼肉の枠にとらわれない自由な発想が、人気の秘密なのでしょうね」
そして、いよいよ本日のメインがやってきた。ずっとメル子が網の上で育ててきた『ろぼんぐカルビ』の出番だ。バルムンクで細かく切り分けていく。
「うひょー! うまそう! 早く、早く!」
「なにをいっていますか、ご主人様。まだ完成ではありませんよ」
「え!?」
メル子は薄切りにしたすき焼き用のカルビを、網でさっと炙った。そして、細かく切ったろぼんぐカルビを、薄切りカルビで巻いたのだ。
「ええ!? 嘘でしょ!? カルビをカルビで巻いたぁッ!?」
「これがメル子流の必殺戦術! カルビ包囲作戦です!」
さらにカルビ巻きをサンチュで包み、溶き卵につけて食べる。サンチュのパリパリ、薄切りカルビのとろける柔らかさ、そして時間をかけて焼いたろぼんぐカルビの弾力による三重奏が、溶き卵とともに胃の中に滑り落ちていった。
「あ〜、これしゅごーい」
「おいし〜」
うっとりとした表情の黒乃と紅子に、メル子は腕を組んでうなずいた。
「どうですか、メル子流の大戦略は?」
「いやー、参りました。降伏、いや、幸福です」
「フフフフ、そうでしょうとも」
黒乃はふと、テーブルに目をやった。そこには残されたライス、玉子スープ、激辛野沢菜キムチ、薄切りカルビがあった。
「そうだ、締めの雑炊作っちゃお」
「どういうことですか?」
黒乃はスープの中にライスをぶっ込み、野沢菜キムチ、薄切りカルビを乗せた。そして、おろしニンニクと刻みネギを添えた。
「なんですかそれは!?」
「これは戦場に残されたもので作った『敗残兵雑炊』だ!」
黒乃は雑炊を一気にすすった。
「ぐわー! 辛い! 舌にビリビリとくる! だけど、うめー!」
一心不乱にかき込む黒乃を、メル子と紅子は呆れた目で見つめた。
「まったく、ご主人様にはかないませんね。白旗です」
最後はデザートだ。三人は一口サイズのアイスクリームをオーダーした。あまりにもおいしかったので、続けて援軍要請を二回した。
帰り道。黒乃は動けずにいた。
「ううう……食べすぎた……」
新仲見世商店街のアーケードの隅に座り込む白ティーのその姿は、戦いに敗れた兵士そのものであった。
「ご主人様、いくら食べ放題でも、加減はしてくださいよ。戦は引き際が大事です」
「ううう……なんだろう。わかっているのに止まらなかった。これが戦場の恐ろしさか……」
埒が明かないので、メル子と紅子は黒乃を放置して帰ることにした。二人は手を繋ぎ、『仰げば尊し』を歌いながら歩いた。
「ううう……今こそ別れめ……メル子〜、紅子〜、ご主人様はここに残ります。いざ、さらば〜」
黒乃は焼肉残留兵になった。