第446話 ちゃんこ部対茶道部です!
雷門のすぐ東、吾妻橋の水上バス乗り場から隅田川を遡ること少し、川沿いの見晴らしのいい場所に、浅草市立ロボヶ丘高校はあった。
ここは文武両道を謳う、歴史ある名門高校。すべての生徒がなんらかの部活に所属することが義務付けられ、その運営は生徒達の自主性に任せられている。
その学園の放課後の校庭に、大勢の生徒達が詰めかけていた。
『さァ、始まりましたァ! 第二回ちゃんこ部対茶道部、部室争奪地獄の頂上決戦! 実況を務めますは私、音楽ロボのエルビス・プレス林太郎とォ!』
『どうも皆さん、こんにちは。解説を務めます、おっぱいロボのギガントメガ太郎です』
生徒達の人垣の真ん中には、ちゃんこ部と茶道部の部員が勢揃いしていた。お互い向かい合い、お互いを威嚇している。
大きな体を、白ティーとマワシで固めた力士達。彼らの顔からは自信と誇りが溢れていた。
「すごいッス! 白ティーのおかげで、ぜんぜん恥ずかしくないッス!」
「さすが鏡乃山の作戦だぜ!」
「えへへ」
『先生ィ! これはどういうことでしょうかァ!?』
『ちゃんこ部の面々は、けっこうナイーブでして。力士のくせして、裸を見られるのが恥ずかしいらしいですね。それで鏡乃山が、白ティーを着るというアドバイスをしたようです』
『ヘタレかァ!?』
そのデリケート力士軍団に対するは、侘び寂びの効いた出で立ちの茶道部軍団だ。
「いやどすなぁ〜。お相撲の方達は暑苦しおしてかなわしまへん」
桜吹雪の扇子を広げ、首筋を扇いでいるのは、純白の長髪を頭の上で結い上げた切れ長の目の生徒だ。流し目で力士達を順に見渡した。
「茶々様!」
「茶々様だ!」
「茶鈴様〜! 美しい!」
いっせいに生徒達が歓声をあげた。
『なんだァ!? このコテコテの京美人はァ!? 大人気だぞォ!』
『このお方は、三年生の茶柱茶鈴先輩、通称茶々様です。茶道部の部長で、生徒会長を務めていたこともあります。学園のカリスマですね』
『急に学園モノっぽくなってきたぞォ!』
まるお部長が一歩進み出た。それを受けて茶々様も進み出る。扇子越しに鋭い視線を送る茶々様に対し、まるお部長は堂々と正面からそれを受け止めた。
「俺達が勝ったら、部室は返してもらうぜ!」
「負けたら根無草になるなぁ。覚悟しとくれやっしゃ」
「かっこいい! 茶鈴先輩、かっこいい!」
「こら、鏡乃山。引っ込んでろ!」
漫画みたいなキャラの登場に、俄然盛り上がる鏡乃。戦いの時は間近だ。
『さァ、ギガントメガ太郎先生ィ! 勝負はどのような形式で行われるのでしょうかァ!?』
『はい、ちゃんこ部と茶道部がそれぞれ五人ずつ代表選手を出しまして、タイマンで戦います。先に三勝した方が勝利となり、相手の部室を奪えます。これはロボヶ丘高校生徒会規約第五条に書かれている、部室争奪戦章典に則ったものです』
『ますます学園モノだァ!』
試合一覧。
第一試合、ふとし先輩VS八角釜男。
第二試合、でかお先輩VS平蜘蛛爆男。
第三試合、新弟子ロボVS茶の湯ロボ。
第四試合、まるお部長VS桃ノ木朱華。
第五試合、鏡乃山VS茶柱茶鈴。
『さっそく、第一試合の開幕だァ!』
『先鋒のふとし選手は、あんこ型の力士。対する八角釜男選手は、痩せ型のガリ勉タイプです』
『これでは、勝負にならないのではァ!?』
『安心してください。公平を期するために、勝負内容はその都度ランダムで選ばれます』
白い学ランを着た真面目そうな男子生徒が、場に進み出た。
「生徒会役員の呉木獅子男が立会人を務める! 双方正々堂々と戦うように! 最初の勝負はこれだ!」
立会人は巨大なサイコロを投げた。観客達がいっせいに手を叩き、歌い始めた。
「「ロボが出るかな、ロボが出るかな、ほにゃららにゃんにゃんほにゃららん」」
サイコロは地面を跳ね、やがて停止した。立会人はサイコロを掲げると、高らかに言い放った。
「暗算対決! 略して!?」
「「あんけつ〜」」
『あー!? 暗算対決が出てしまったぞォ!?』
『これはちゃんこ部が不利ですね。キツい戦いになると思います』
しかし予想に反して、ふとしは暗算対決に勝利した。
『あれェ!? なぜか勝ってしまったぞォ!?』
『よく考えたら、力士が暗算が苦手で、茶人が暗算が得意というのも思い込みでしたね。盲点でした』
「ふとし選手の勝利! ちゃんこ部の一勝!」
立会人はふとしの腕を高く掲げた。観客達からは大きな歓声と拍手が送られた。
「すごい! ふとし先輩すごい!」
「ふとしがビビらないで戦えたぜ! 白ティーの効果が出てるぞ!」
鏡乃とまるお部長も手を叩いて勝利を喜んだ。
『第二試合はァ! でかお選手と、平蜘蛛爆男選手の戦いでェす!』
『でかお選手は学園の中でも最重量です。肉体系の戦いになったら、勝利は間違いないでしょう』
「大食い対決! 略して!?」
「「くいけつ〜」」
『ああァ!? これは勝負あったァ!』
『平蜘蛛選手もそれなりに体は大きいですが、これは……』
なぜか勝負は、平蜘蛛選手の勝ちで終わった。
『どういうことだあッ!?』
『どうやらちゃんこ部は、戦いの前にみんなでちゃんこ鍋をたらふく食べてきたようですね』
『やる気あるのかァ!? ちゃんこ部の一勝、茶道部の一勝だァ!』
「でかお先輩、どんまい!」
「ううう。鏡乃山、ごっちゃんです」
『第三試合はァ! ロボット部員対決となったあッ!』
『新弟子ロボは、卒業後、相撲部屋への弟子入りを目指しているようです。茶の湯ロボは、あの有名な茶道の家元「Re:サウザンドQ太郎」をマスターに持つロボットです』
『なんか今回、ぜったいに二度と名前が出てこないであろうキャラのオンパレードで、読者も困惑だァ!』
「利きコーヒー対決! 略して!?」
「「ききけつ〜」」
『これはどちらかというと、茶道部が有利かァ!?』
『普段から抹茶を嗜んでいますから、コーヒーもいけるでしょう。五種類のコーヒーを飲み、その銘柄を当てます』
しかし二人とも、すべての銘柄を外してしまった。机に突っ伏して、プルプルと震えている。
『どうしたァ!?』
『どうやら、二人ともブラックコーヒーが苦手のようですね』
『高校生だから、仕方がないかァ!? 結果は引き分けで、一勝一敗一分けだァ!』
「新弟子ロボ! がんばった! すごい!」
「鏡乃山サン……ゴッチャンデス……カフェインで頭痛がイタイ!」
『四回戦! いよいよ勝負は大詰めだァ!』
『続いてはちゃんこ部部長、まるお選手と、茶道部期待の星、桃ノ木朱華選手の戦いです』
「シューちゃん、がんばって! シューちゃん!」
「えへへ」
鏡乃が同居人を応援すると、朱華は照れくさそうにはにかんだ。丸っこい顔が桃のように赤らんだ。
「こら! 鏡乃山! 敵を応援するな!」
「シューちゃん! シューちゃん!」
立会人の呉木が巨大サイコロを投げ上げた。
「相撲対決! 略して!?」
「「は〜、どすこい、どすこい」」
『ああッ! とうとう出てしまったぞォ! 相撲対決ゥ!』
『小柄な少女と相撲部の部長。これはアカンですね』
まるお部長と朱華は、直径4.55メートルの円の中で向かい合った。
「悪いが、ちゃんこ部の命運がかかっているんでな。しっかり勝たせてもらうぜ」
「望むところです」
両者土俵中央で睨み合った。二人のあまりの体格差に、生徒の間からどよめきが広がっていった。
「部長はん、わかってはりますなぁ?」
「え!?」
茶々様の言葉に、まるお部長のマワシがぴくりと震えた。
「まさか部長のやつ、本気でやるつもりじゃないよな……」
「まさか、あんな小さい子に……」
「ロボマッポ沙汰になるぞ……」
「え!?」
口々に浴びせられる観客からの鋭いナイフが、部長のグラスハートをえぐった。
「関係ねえ! 部のためだ!」
取り組みが始まった。とはいえ、部長からぶちかますわけにもいかず、朱華がかわいく突進してくるのを、優しく受け止めた。
「ふんみゅみゅみゅみゅ!」
朱華が丸い顔を真っ赤にして押す。部長は困った顔で耐える。
この時、朱華が考えていたのは、いかにそれらしく負けるかだ。朱華としては部の命運よりも、鏡乃に華を持たせることの方が重要だからだ。
朱華は土俵脇で試合を観戦している鏡乃をチラリと見やった。そして、あり得ない光景を見た。鏡乃の視線は朱華ではなく、茶々様に注がれていたのだ。鏡乃は美人の先輩に見惚れていたのだ。
「ミラちゃん!?」
次の瞬間、朱華はまるお部長の白ティーをまくりあげていた。
「いやん」
乙女っぽい仕草で身を丸めた部長のケツに蹴りを放ち、土俵の外に弾き飛ばした。
『決まりましたァ! まさかの大金星ィ!』
『決まり手「恥ずかし送り」で朱華選手の勝ちです』
大歓声が校庭を包んだ。
「シューちゃん、おめでとう! あれ? シューちゃん?」
「……」
朱華は無言で、茶鈴部長の隣に並んだ。
『いよいよォ、最後の勝負だァ! 一勝二敗一分けで、ちゃんこ部のあとがなくなったぞォ!』
『ちゃんこ部の大型新人である鏡乃山と、茶道部部長にして学園のカリスマ、茶柱茶鈴選手の戦いとなります』
「茶々様ー!」
「茶鈴様ー!」
「ステキー!」
大歓声の中進み出た茶々様は、扇子を頭上に掲げ、パンと開いた。その瞬間、校庭は静まり返った。
「やかましおすなぁ。みなはん、静かにしとぉくれやす」
茶々様は、扇子を閃かせて舞った。結い上げられた白髪が解けて広がり、桜が舞い散る様を表現した。
「すごい! 茶鈴先輩の日本舞踊、すごい!」
立会人がサイコロを投げた。それは茶々様の舞と同時に停止した。
「相撲対決! 略して!?」
「「は〜、どすこい、どすこい」」
『またもや相撲でェす!』
『曲がりなりにも、鏡乃山は浅草場所の優勝者です(393話参照)。華奢な茶々様では、勝負になりそうに思えませんが。しかしここは、学園のカリスマ。なにかを見せてくれそうです』
両者、土俵の中央で見合った。
「ぽきゅー! もきゅー! 絶対に勝って、部室を取り戻すぽきよー!」
鏡乃山は腰の黒いマワシを何度も叩いて気合いを入れた。
「かわいらしおすなぁ。そやけど、力ではせんないことも、この世の中にはありますえ」
鏡乃山が腰を落とすと、茶々様は膝を曲げ、両の手の人差し指を地面にちょんとつけた。その瞬間、鏡乃山はぶちかました。
『がっちりと組みつきましたァ!』
『ここで投げ飛ばせば終わりですが……おや?』
「すんすん! すんすん! すごい! 茶鈴先輩から、抹茶ラテの匂いがする! 抹茶ラテ!」
鏡乃山は鼻息を荒くして匂いを嗅ぎまくった。
『なにをしているんだァ!?』
『抹茶ラテではなく、抹茶の匂いですね。茶道部ですから、当然でしょう』
「抹茶ラテ! 抹茶ラテ!」
「やめなはれや、怒りますえ」
茶々様は人差し指を鏡乃の下顎に添えた。そのまま大きく円を描くように指を動かすと、鏡乃山の体は宙で一回転していた。
「ぎゃぴー!」
背中から地面に転がった鏡乃山は、呆然と青い空を眺めた。
「詫びも、寂びも、足りまへんえ。出直してきなはれや」
『勝負あったァ!』
『茶々様は、合気柔術の達人です。しかし、これほどとは。参りました』
「鏡乃山!」
「ミラちゃん!」
「鏡乃山!」
ちゃんこ部と朱華が鏡乃に駆け寄った。鏡乃は空に向けて、ポロポロと涙をこぼした。
ボロアパートへの帰り道、鏡乃は朱華に支えられながらようやく帰宅した。
「お帰りなさいませ、鏡乃ちゃん、朱華ちゃん」
ボロアパートの前で二人を待ち構えていたのは、青い和風メイド服が麗しい金髪巨乳メイドロボだ。
「ううう……メル子〜」
「その様子ですと……」
「うん、負けてもうた」
鏡乃はとうとう力尽きて、プランター畑の横に座り込んでしまった。俯いたまま、動こうとしない。
「負けたということは、とうとう部室がなくなってしまったのですか?」
メル子の言葉を聞いた鏡乃の目から、再び雫がこぼれた。
「ううう……鏡乃のせいだ。鏡乃が負けたから……」
「ちゃうて、ミラちゃんのせいじゃあらへんよ。部長は超人やし、勝てるわけあらへんて」
夕日が遮られ、鏡乃に影が落ちた。鏡乃が顔を上げると、そこには白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽが立っていた。
「クロちゃん……」
「なんだなんだ、負けたのか」
黒乃は腕を組んで鏡乃を見下ろした。
「鏡乃ちゃん、あまり落ち込まないでください。ご主人様を見てください。失敗のオンパレードですよ」
「こらこら」
「ついこの間なんて、浅草を破壊するという大失敗を……」
その言葉が終わる前に、鏡乃は姉の大平原に飛び込んでいた。
「次は〜! 鏡乃が勝つもん! ぜったいに部室を取り戻してやるもん〜!」
これは姉の胸で甘えているのではない。姉の胸で再起を誓ったのだ。




