第444話 未来からきたお嬢様です!
休日の朝、メル子は鼻歌を歌いながらご機嫌な気分で朝食を作っていた。
「フンフフーン、朝ご飯を作りますー。かわいいメイドさんが作りますー。ご主人様はー、グータラでー。朝からグースカ、スカスカピロロン。フンフフーン」
メル子は緑色のメイド服の帯を、軽快に左右に揺らした。それを床に寝そべって見ていた黒乃は、ケツをかいた。
「ふぁ〜、まだ眠い。しかし、今日もメル子はかわいいな〜」
「当然ですよ。世界一のメイドロボですから、世界一かわいいに決まっていますよ」
「言うね〜」
「うふふ」
「あはは」
朝からイチャイチャしていると、窓の外が一瞬光った。
「ご主人様、今なにか光りませんでしたか?」
「ええ? そう?」
再び窓が光った。バリバリと炸裂音が響き、電光が小汚い部屋を照らした。
「ぎゃあ! なにごとですか!?」
「なんだなんだ!?」
光と音がおさまったのを確認し、二人は窓に殺到した。恐る恐る下を覗き込むと、なにやら地面にうずくまっているものが見えた。
「ご主人様! 大変です!」
「マリーだ!」
二人は慌てて階下に駆け下りた。ボロアパートの前に、金髪縦ロール、シャルルペロードレスのお嬢様が伏せていた。
「マリーちゃん! どうしました!?」
「今の光なに!?」
黒乃がマリーの肩を揺さぶると、ゆっくりと顔を上げた。周囲を確認し、最後に黒乃とメル子を見た。
「今は、西暦何年ですの?」
「プッ」
黒乃は思わず吹き出した。
「もう、マリー。驚かせないでよ〜。なんで休みの日の朝からそんなイタズ……」
「どういうことですか、マリーちゃん!!!」
「ぎゃぴー!」
メル子は黒乃を突き飛ばし、マリーの両肩をつかんだ。
「わたくしはマリー様ではございませんのよ。マリー様の子孫のマリリンでございますのよ」
「プッ」
「マリーちゃんの子孫!? どういうことですか!? どうしてマリーちゃんの子孫が21XX年にいるのですか!?」
「今は21XX年ですの?」
「もちろん、そうですよ。ハッ……まさか……まさか……ご主人様!」
メル子は黒乃の白ティーの裾をつかんだ。プルプルとその肩が震えている。
「タイムスリップですよ! マリーちゃんの子孫がタイムスリップをして、現代にやってきたのですよ! うわー! えらいことです! ご主人様! えらいことですよこれは!!!」
「うわ!」
メル子は床にバタンと倒れた。興奮のあまり、悶えているようだ。
「まさか人類は、とうとうタイムスリップまで生み出してしまったのですか! ハァハァ……そうです! マリリンちゃん!」
メル子は再びマリーの肩をつかんだ。真剣な眼差しでお嬢様を見つめた。
「私はマリーちゃんのお友達のメイドロボのメル子と言います! マリリンちゃん! いったいなにをしに、現代にタイムスリップをしてきたのですか!?」
「あなた達がマリー様のお友達の、黒乃さんとメル子ですのね。あなた達のお話は、先祖代々受け継がれてきていますのよ」
「私達のことがですか!? というか、人間のご主人様はともかく、私はマリリンちゃんの時代にはいないのですか!?」
「こらこら、メル子」
その時、駐車場に止めてあるキッチンカー、チャーリー号の背後が光った。バリバリと音が鳴り、雷球が炸裂した。
「ぎゃあ! 今度はなんですか!?」
「なんだなんだ!?」
マリリンがプルプルと震え始めた。
「きましたの……」
「きたって、なにがですか!?」
「やつがきましたの……縦ロール−8000がきましたのー!」
チャーリー号の影から現れたのは、金髪縦ロール、シャルルペローメイド服のメイドロボであった。
「デデンデンデデン」
「プッ」
謎のジングルを口ずさみながら、T−8000は三人の前に立った。関節がうまく曲がらないのか、動きがぎこちない。
「アン子さん!? アン子さん、なにをしていますか!?」
「ウィーン、ガシャンガシャン。マリリンお嬢様ヲ、排除シマス。オーホホホホ!」
「プッ」
様子のおかしいアンテロッテを見たメル子は、膝をガクガクと揺らして震え上がった。
「ぎゃあ! アン子さんではありません! マリリンちゃんを排除しに未来からやってきた、殺戮メイドロボです!」
「ええ!?」
「ぎゃあああああ!」
メル子は黒乃の背後に隠れて、その背中を押した。
「ご主人様! 助けて! 悪いメイドロボをやっつけて! 大相撲パワーで、T−8000を木っ端微塵に破壊してください!」
「こらこら、押さないで!」
「ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン」
「ぎゃああああ!」
メル子はマリリンの手を引っ張り、一目散に逃げ出した。
「マリリンちゃん! ここは逃げましょう! 大丈夫です! マリリンちゃんは、私が守ってみせます! ご主人様はT−8000の足止めをしてください!」
「ええ!?」
仕方がなく、T−8000に組み付く黒乃。二人は無様に揉み合った。
「ぐへへ」
「ヘンタイヲ、排除シマス。ウィーン」
黒乃はあっさりと地面に転がされた。それを見たメル子は、絶望の表情を見せた。
「ぎゃああああ! ご主人様がやられました! もうおしまいです! この世の終わりです! 逃げるしかありません!」
ほとんど腰を抜かした状態のメル子は、それでもマリリンの手を握って進んだ。
「どこに逃げますのー!?」
「ハァハァ、こういう時は……そうです! こういう時は、マヒナさんとノエ子さんが頼りになります! お二人のところにいきます……あの二人、どこに住んでいるのですか!? 住所不定! いや、本拠は月ですが! いつもふらっと現れる! なんなのですか、あの二人は!」
メル子は雷門をくぐり抜け、仲見世通りを進んだ。観光客でごった返す通りならば、追っ手をまけると思ったのだ。
「ハァハァ、ここまでくればもう安全です。マリリンちゃん! いったいあのT−8000とやらは、なんなのですか!?」
二人はメル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』の店内に隠れた。
「T−8000は世界を滅ぼすために作られた、地獄のメイドロボですの」
「世界を滅ぼす!?」
「わたくしは、その開発者である黒乃博士を止めるために、未来からきましたの」
「黒乃博士!? ご主人様が地獄のメイドロボを開発したのですか!? そんなバカな!? というか、ご主人様はもうやられてしまったので、話は終わったではないですか!? めでたしめでたしではないですか!?」
「え!?」
マリリンは汗をダラダラと流した。数秒うつむいて考え込んだあと、目を見開いた。
「間違えましたの! 黒乃博士の子孫が地獄のメイドロボを開発しましたの!」
「ご主人様の子孫が!? いや、待ってください。であるならば、もうご主人様はやられてしまったわけですから、自動的に子孫もいなくなるわけで……やはりもう解決したではないですか! 我々の勝利です! 人類は救われました!」
「あ、いや、ちょっと考え直しますの……」
その時、世にも恐ろしい音が仲見世通りに響いた。
『ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン……オーホホホホ……』
「ぎゃあ! T−8000がきました! どうしてここが!?」
仲見世通りの人々をかいくぐり、カクカクした動きのメイドロボが迫ってきていた。
「ぎゃあああああ! もうそこまできています! 逃げましょう! マリリンちゃん! こちらです!」
「どこへ逃げますのー!?」
「困った時の神頼みです!」
メル子がマリリンを引っ張ってやってきたのは、浅草神社である。お隣の人で溢れる浅草寺とは違い、人の姿はまばらだ。その境内にへっぴり腰のメイドロボと、金髪縦ロールのお嬢様が大騒ぎをしながら逃げ込んだ。
「デデンデンデデン」
「ぎゃあああああ! もうきています! なぜあんなカクカクした動きなのに、追いつかれますか!?」
「メル子が腰を抜かしているからですの」
続いて、T−8000も境内に侵入してきた。
「ハァハァ、サージャ様! サージャ様ならなんとかしてくれます! 助けて、サージャ様!」
賽銭箱にすがりついたメイドロボは、胸元から五円玉を取り出すと、中に放り込んだ。鈴緒をつかみ、左右に振った。
「祓いたまえ! 清めたまえ!」
「おー、メルピッピ、帆尼〜。どしたん? そんなに慌てて」
本殿の中から、眠そうな目をこすりながらギャル巫女メイドロボが現れた。浅草神社の御神体ロボにして、メイドロボの巫女サージャだ。
「サージャ様! 助けてください! 地獄のメイドロボに襲われています! マリリンちゃんを守って!」
「地獄のメイドロボ〜?」
サージャはマリリンに視線を向けた。マリリンは勢いよく首を左右に振り、そのあと縦に振った。
「ほ〜ん、マジうけるwww」
「サージャ様!」
「それでは、メルピッピに神器を授けよう」
「神器を!?」
サージャは胸元から一枚の札を取り出し、メル子に手渡した。
「これは地獄のメイドロボを封印する、ロボ御朱印だよ。マジ昇歩様〜!」
「ロボ御朱印!? ありがとうございます! これでT−8000を倒してみせます! マリリンちゃんは下がって!」
メル子は札を掲げ、T−8000の前に躍り出た。
「デデンデンデデン」
「T−8000! 最後のチャンスです! マリリンちゃんを襲うのをやめて、未来に帰りなさい! さもないと、このロボ御朱印で、あなたを封印します!」
「ウィーン、ガチャン、ウィーン、ガチャン。オーホホホホ!」
「それが答えですか!」
戦いが始まった。札を額に貼り付けようと、手を伸ばすメル子。その手をつかみ、耐えるT−8000。
「グググググ! やりますね!」
「メル子サン……メル子サン……」
T−8000は苦しげにつぶやいた。その声を聞いたメル子は、目を見開いた。
「まさか……T−8000というのは……未来のアン子さん!?」
「メル子サン……メル子サン……」
メル子は涙を流した。そうだったのだ。ロボットの寿命は理論的には無限。遥か未来にアンテロッテが生きていても、おかしくはないのだ。
「アン子さん!」
メル子は札を放り投げた。代わりにT−8000を思い切り抱きしめた。メル子のIカップと、T−8000のHカップがくっつき、自在に形を変えた。
「アン子さん!」
「……メル子……さん?」
T−8000は、いや、未来のアンテロッテは力なく地面に崩れ落ちた。慌てて駆け寄ったマリリンに支えられ、優しげな表情を取り戻した。
「マリリンお嬢様……わたくしは……わたくしは……」
「いいんですのよ、アンテロッテ。すべては終わったのですわ」
お嬢様たちは立ち上がった。二人で体を支え合う姿を、眩しそうにメル子は見つめた。
「メル子、ありがとうございますの」
「メル子さん、わたくし達は未来に帰りますの」
「マリリンちゃん……アン子さん……」
お嬢様たちは、メル子に背中を向け歩き始めた。アンテロッテが一瞬こちらを振り返り、つぶやいた。
「未来のメル子さんに、過去のメル子さんは強かったと、伝えておきますの」
「未来の私!? 未来にも私はいるのですね!」
その時、メル子の背後から白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽが現れた。
「ふー、やれやれ。無事世界は救われたか」
「あれ? ご主人様!? 生きていたのですか!?」
「当たり前でしょ。だってこれは、マリー達のイタズラ。その証拠に、現代のマリーとアンテロッテはどこにいったのさ? 同時に出てこないってことは、そういうことでしょ」
「どういうことですか!?」
マリリンと未来のアンテロッテは、皆に見送られて仲見世通りに消えた。
「めでたしめでたしですの」
「世界は救われましたの」
突然背後から声をかけられた。その声に驚き振り返ると、金髪縦ロールの二人組が立っていた。
「あれ!? マリー!? アン子!? どうしてここに!? あれ!? じゃあ、あっちのお嬢様たちは!? あれ!?」
「オーホホホホ! 世界が救われたついでに、みんなでお寿司を食べにいきませんことー!?」
「オーホホホホ! お寿司でお祝いですしですわー!」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様の高笑いは、時空を超越して未来まで届いた。




