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第443話 お仕事の風景です! その六

 浅草寺から数本外れた静かな路地に、小さな紅茶店がある。その名を『みどるずぶら』と言う。店主であるメイドロボのルベールは、ススキのホウキで石畳を掃いていた。


『貴様らーッ!!!』


 隣の古民家から漏れ出てくる声に、ルベールはクスリと笑った。



 ゲームスタジオ・クロノス事務所の作業部屋で、黒乃は声を張り上げた。


「いいかーッ!!!」

「……うるさい」


 青いロングヘアの子供型ボディのロボット、フォトンは可愛い手で両耳を塞いだ。


「シャチョー!? ドウしまシタ!?」


 見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸は、頭の発光素子を明滅させた。


「先輩、今日はなにをしましょうか?」


 真っ赤な唇が色っぽい桃ノ木桃智は、熱っぽい視線を黒乃に送った。

 黒乃は机を手のひらで叩き、立ち上がった。


「みんな、温泉旅行は楽しかったかい?」

「……もち」

「サイコウでシタ!」

「またいきたいわね」

「浮かれ気分も、たいがいにしておきなさいよ!!!」


 社員達は呆気に取られて社長を見上げた。


「……聞かれたから答えただけなのに」

「シャチョー! ヒドいデスよ!」

「いいか、皆の衆。これから我々は、ゲームスタジオ・クロノスオリジナルゲーム第二弾の制作に、向かっていかなくてはならないのだ」


 オリジナルゲーム第一弾のめいどろぼっちは、壊滅的にして、破壊的な結果に終わった。社としてめいどろぼっちの二の舞は、ぜったいに避けなくてはならない。


「しかし、まだ第二弾の企画も温まっていない。なにより、資金が足りない!」


 めいどろぼっちの失敗により打撃を被ったのは、主にプチロボットを製造していた八又(はちまた)産業であり、ソフト面を担当していたクロノスの資金的な被害はそこまででもない。とはいえ、当面の会社の維持が精一杯なのであり、新規タイトルを開発するには程遠いというのが現状だ。


「ぶっちゃけていうと、お金がありません。銀行も融資してくれませんでした。めいどろぼっちの失敗で、信用を失ったからです」


 社員の顔が青く染まった。会社である以上、資金が必要だ。社員にはお賃金が必要だ。


「だからまず、資金を稼がなくてはならない! 以前と同じように、他社の業務を請け負うところから始める! 桃ノ木さん!」

「はい、すでに案件をいくつか持ってきてあります。まず一つは、単発のグラフィック制作ですね」


 最も安定して受注しやすいのは、グラフィック系だ。昨今のゲーム制作で大きなウェイトを占めているのは、当然グラフィックだ。キャラクターデザイン、モンスターデザイン、3Dモデリング、モーション、背景、アイテム、あらゆるデザイナーが一つの作品に大勢関わっている。

 これらの業務は、社内では抱え切れないことが多い。足りない分は当然、外部に発注することになる。


「じゃあ、フォト子ちゃん、頼んだよ!」

「……任せて」


 フォトンは電子ペンを指の間で器用に回転させた。


「次に、ロボノロージア社からの案件です」

「ああ、はいはい。あの変なCMの会社ね(436話参照)。あそこ、なんの会社なの?」

「主に電子系の製品を製造していますが、特定分野に限らず、最先端技術ならなんでもござれの会社ですね」

「どんな案件なの?」

「デバイスのセキュリティに関する、新技術のレビューの依頼です」

「レビュー?」

「ようするに、FORT蘭丸君にハッキングをしてくれと言ってきています」

「イヤァー!」

「よし、受諾しよう」

「イヤァー!」

「ディ! ロボノロージア!」

「ロボノロ……」

「ロボノロージア!」


 皆で戯れていると、壁掛け時計が正午の時報を知らせた。その途端、FORT蘭丸とフォトンは座席から立ち上がり、先を争って台所に殺到した。


「ふ〜、元気だなあ」

「先輩、この分なら心配なさそうですね」

「うむ……次は私達も気合いを入れないとね。ふ〜」

「そうですね」

「ご主人様! なにをしていますか!? もうお昼の準備はできていますよ!」


 台所からメル子の声が届いた。


「腹ごしらえをしたら、いっちょいきますか!」

「はい!」


 黒乃と桃ノ木は、腹を鳴らしながら台所へ向かった。



 ——午後。


 黒乃と桃ノ木は上野にやってきていた。


「はひーはひー、疲れた……」

「先輩、大丈夫ですか?」


 浅草から上野まで、徒歩でたっぷり四十分。五月の陽気は、黒乃の白ティーをしっとりと湿らせた。


「ふぅふぅ、経費削減のため、ロボタクシーも使えないとは。トホホ」

「今日の案件が決まれば、状況はよくなると思います」

「それでここか……ますますトホホ」


 黒乃と桃ノ木は、目の前のビルディングを見上げた。大手ゲームパブリッシャー、ロボクロソフトの本社だ。

 ロボクロソフトとは、ただならぬ因縁がある。ゲームスタジオ・クロノスが開発しためいどろぼっちと、ロボクロソフトが開発したおじょうさまっちは、熾烈な戦いを繰り広げた。あの戦い。今となっては、夢の中の出来事だったのではないかと思う戦い。

 その戦いを思い出すたびによぎる影が二つある。


藍ノ木(あいのき)さんと、コトリン、元気かなあ」


 黒乃の脳裏に浮かぶのは、細長い角メガネだ。黒乃の高校時代の同級生である藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)は、ロボクロソフトの若手プロデューサーであった。そして藍ノ木は、プログラミングアイドルロボ、コトリンのマスターでもある。

 この二人は、一連の事件の責任を取らされ、太平洋に浮かぶ無人島に島流しにされている(424話参照)。


「あの二人なら、どこでも元気にやっていけますよ」


 桃ノ木にとっては、藍ノ木は高校時代の先輩だ。やたらと言い寄ってくるので、苦手意識を持っていた。ロボクロソフトにスカウトされたことも数知れず。とはいえ、いなくなってしまったのはさすがに寂しい。


 一瞬、感傷にふけってしまった二人だが、思い出を懐かしんでいる暇などない。ここは敵の要塞。不退転の覚悟で臨まなくてはならない。

 受付ロボに案内され、黒乃と桃ノ木は会議室に通された。そこでは数人のスタッフが二人を出迎えた。


「どうぞ、お水です」

「あ、どうも」黒乃は紙コップに口をつけた。

「どうぞ、カプチーノです」

「いただきます」桃ノ木はカップに真っ赤な唇をつけた。


 スタッフが二人に紙の資料を手渡した。表紙には、新規IPのタイトルが印字されていた。


「おお! これがあの噂のタイトルですね!」黒乃は表紙をめくった。

「はい。ロボールシリーズの最新作で、『ロボデンリング』と言います」


 桃ノ木は資料を読み進めた。

 ロボデンリングはロボクロソフトが満を持して送り出す、必殺コンテンツだ。プレイヤーはロボ人(ろぼびと)となり、桶狭間の地を冒険するイマーシブ(没入型)ゲームだ。


「イマーシブゲーム……タイトクエストの技術を使うんですか?」と黒乃。

「それを予定しています。八又産業が開発した、イマーシブマシンを再利用することを想定しています」


 一瞬不安がよぎった。タイトクエスト事件を思い出したからだ。タイトクエストの世界、タイトバースにアクセスするには、イマーシブマシンを使わなくてはならない。


「イマーシブマシンを使うということは、神ピッピにアクセスするんですか?」


 桃ノ木が疑問を投げかけた。ロボット達の電子頭脳がリンクして作られた超AI『神ピッピ』。その中にタイトバースの世界はあったのだ。


「いえ、さすがに神ピッピにアクセスするのは、法的にも倫理的にも問題があります。ですので、別途量子サーバを立ち上げようと思います。もちろん、普通の安全なやつですよ」


 会議室が乾いた笑いで満たされた。


「それで、弊社が担当するのはどの部分になりますか?」

「イマーシブマシンとゲーム世界の接続部分を担当していただければ、と思っています。前任者がノウハウを持っていたのですが……今こういう状況ですので」


 前任者とはコトリンのことだ。彼女は今、無人島にいる。


「なるほど……桃ノ木さん、FORT蘭丸ならいけるかな?」

「彼はコトリンのコードを分析していましたし、いけると思います」


 二人で数秒言葉を交わしたあと、黒乃は言い放った。


「ぜひ、お引き受けしたいと思います」

「おお!」

「よかった!」


 会議室に緩い空気が広がった。


「どうぞ、お水のおかわりです」

「あ、どうも」

「どうぞ、カプチーノのおかわりです」

「ありがとうございます」


 ひとしきり談笑したあと、黒乃と桃ノ木は、かつての敵の要塞をあとにした。





 ——ルベールの紅茶店『みどるずぶら』。


「あ〜、つかれた〜」


 黒乃は店内に二つだけあるテーブルに突っ伏して、窓の外を眺めた。夕日が窓ガラスから差し込み、赤い紅茶をさらに真っ赤に染め上げた。


「お疲れ様です、ご主人様」


 メル子はキャロットケーキを手でつかむと、黒乃の口元に運んだ。それを見た黒乃は、メル子の指ごとケーキを頬張った。


「ぎゃあ! 食べないでください!」

「あまーい」


 紅茶も含み、口の中の甘さをすべて胃に落とした。


「疲れた時は、甘いものが効くね〜」

「そんなに疲れたのですか? 会議などよくいきますよね?」

「相手がロボクロソフトだからね」


 今回の会議は、ロボクロソフトとの和解という意味も含まれていた。このご時世、どこも経営は厳しい。ともに業務停止命令をくらったもの同士、手を取り合うことも必要だろう。

 しかし、一抹の寂しさも感じていた。かつて火花を散らして戦ったライバルである藍ノ木とコトリンは、もういない。


「ふ〜」


 黒乃は大きくため息をついた。実は、あれだけ社員達に発破をかけた立場でありながら、一番気力を失っていたのは、黒乃自身なのであった。その上にのしかかってくる社長としての重圧と、行き先の見えない不安感。


「ご主人様……」


 それを察したメイドロボだったが、かける言葉は見つからなかった。


 チリンチリン。扉のベルが鳴り、一人の老女が店内に入ってきた。


「あ、奥さん」

「奥様!」


 ルベールのマスターであり、裏の洋装店『そりふる堂』の主人だ。女主人はもう一つのテーブル席に座ると、包みをルベールに手渡した。


「黒乃さん、メル子ちゃん、こんばんは」

「あ、えへえへ、こんばんは」

「奥様! お元気ですか!」

「ええ、もちろんよ。でも私より、黒乃さんの方が元気なさそうね?」


 そう言われた黒乃は、再び机に突っ伏してしまった。無性に恥ずかしくなり、顔を見られたくなくなったのだ。


「人を抱える立場になると、なにかと不安になってしまうものよね」


 女主人は黒乃に笑顔を向けた。彼女は洋装店や、書道教室を運営している。言わば社長として、黒乃の先輩なのだ。


「奥さんはこういう時、どうしていますか?」


 黒乃は視線を合わせずに聞いた。


「そうね〜? どうしていたかしら?」

「奥様、こちらありがとうございます」


 ルベールが珍しく話に割って入ってきた。先ほど、女主人が渡した包みの中のものを手のひらの上に乗せているようだ。それは小さな小さな、アンティークのミルクピッチャーだった。


「こんなお高いものを」

「うふふ、そこのフリーマーケットで見つけたのよ。それでミルクティーを淹れてもらえるかしら」

「よろこんで」


 黒乃は二人のやりとりを眩しそうに見つめた。人を抱え、責任を抱え、大きな壁に挑もうとしている。その壁は高く、ただ見上げるばかりだ。その迫力に気圧され、後ろに倒れそうになる。だが黒乃には、その背を支えてくれる存在がいるのだ。


「メル子」

「はい、なんでしょうか」

「なにかほしいものない? なんでも買ってあげるよ」


 挑むものの大きさは変えられない。なにがなんでも乗り越えねばならない。ならば、その背を押してくれる存在を大事にしよう。


「最高級ボディを買ってください!」

「買えるわけないでしょ!!!」

「うるさッ」

「いくらすると思ってるの!!!」

「なんでも買ってくれると言ったではないですか!」

「限度があるでしょ!!!」


 そんな二人のやりとりを、先輩ご主人様と、先輩メイドロボは微笑ましく眺めていた。


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