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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第442話 学芸会です!

 ボロアパートの小汚い部屋は、小さな劇場と化していた。腰に帯を巻いた紅子(べにこ)が、大きく足を上げて四股を踏んだ。


「やーやー、われこそは〜、われこそは〜、くろのやま〜」


 紅子は腕を前に突き出し、顔をくるりと回転させて見栄を切った。その途端、小汚い部屋は割れんばかりの拍手に包まれた。

 苦い顔で手を叩く黒乃、夢現な顔で手を叩くメル子、光り輝く瞳で手を叩く鏡乃(みらの)朱華(しゅか)。プチ黒、プチメル子も、必死に手を叩いた。プッチャは眠そうな顔で尻尾を振った。


「いや〜、紅子は演技うまいな〜」

「びっくりしました! 紅子ちゃんは女優さんになれますね!」

「すごい! 紅子すごい!」

「すごかー」


 口々に褒められて、紅子は顔を赤くした。明るい色のくるくる癖っ毛を指でいじり、照れ隠しをしているようだ。

 これは小学校で行われる、学芸会の出し物の練習だ。紅子のクラスは演劇をやるらしい。紅子は見事、その主役である『黒乃山』の座をゲットしたのだった。


「しかし、なんで黒乃山の劇をやろうと思ったんだ……」


 劇の題名は『黒乃山の大冒険〜賢者の白ティーとファンタスティックメイドロボ〜』であり、同級生のJ.K.ロボさんが台本を書いたらしい。


「クラスメイトに天才作家がおるな……」

「ご主人様! 楽しみですね!」


 メル子は初めて生で舞台が見れるということで、たいそう興奮しているようだ。それがご主人様の娘が主役ということであれば、なおさらだ。


「しかも! ご主人様も出演するのですよね!」


 そう、この学芸会は学校と家庭の結びつきを強化し、相互理解を図るという目的で実施され、保護者が積極的に学芸会に参加することを求められているのだ。

 黒乃の場合は、ちょい役で舞台に出ることが決められてしまった。


「まいったな……」


 黒乃は指先で丸メガネをかいた。


「ご主人様は性格的に、舞台とかやったことなさそうですしね」


 メル子は指先を口元に当てて笑った。


「いや、小学校の時は舞台をやるとなると、たいてい主役だったなあ」

「え!?」

「中学校でも主役をやったような気がする。内容は覚えてないけど」

「え!?」

「鏡乃も! 去年の学園祭は、舞台で主役をやった!」

「ミラちゃん、かっこよかった〜」

「え!?」


 黒ノ木姉妹の思わぬ抜擢のされっぷりに、プルプルと震えるメル子。



 ——学芸会当日。


 メル子は、小学校の体育館に並べられたパイプ椅子に座っていた。朝から並んだので、最前列の特等席だ。その隣には鏡乃と朱華が並んでいた。


「ハァハァ、いよいよです。いよいよ、紅子ちゃんの舞台が始まります!」

「クロちゃんはどのくらいでるのかな」

「ミラちゃん、楽しみやね」


 心を躍らせる三人。同じような心境の父兄達で、体育館は埋め尽くされていた。照明が落ちた。ブザーが鳴り響き、開演を知らせた。


「ぎゃあ! 暗いです!」

「メル子、落ち着いて〜」


『二年一組による舞台「黒乃山の大冒険〜賢者の白ティーとファンタスティックメイドロボ〜」がはじまります。みなさん、おしずかにみてください』


 可愛い声のアナウンスがあり、その数秒後、舞台の幕が上がっていった。


「始まります! 始まります!」

「メル子、静かに〜」


 鏡乃に嗜められ、襟と姿勢を正して舞台に向き直った。


『ここは全寮制の相撲学校「スモワーツ」。スモワーツに、ひとりのりきしが、にゅうもんしてきました』


「やーやー、われこそは〜、われこそは〜、くろのやま〜」


 舞台袖から、紅子が腰に黒い帯を巻いて現れた。大見栄を切って名乗りを上げた。


「でました! 紅子ちゃんです! がんばって!」

「しーしー」


 反対の舞台袖から、腰に帯を巻いた力士が二人登場した。紅子の友達の睦子(むっこ)持子(もっこ)だ(290話参照)。


「わぁ、そこのりきし、まちな」

「ここは! だれも、とおさない!」


 睦子と持子は、紅子の前に立ち塞がった。スモワーツの門を守る門番だ。


「われこそは〜、くろのやま〜、門をとおしてもらうぞ〜」

「わぁ、それはできない、かえれ」

「だれもいれるなと! 校長せんせいのめいれい!」


 それを聞いたメル子は憤慨した。


「誰ですか!? 紅子ちゃんが入門したいというのに、いじわるですか! 入れてあげてください! その校長というのは、とんだクソ野郎ですね!」


 かわいい門番達は、次々に紅子に勝負を挑んだ。しかし、紅子はマワシを掴むと軽々と投げ飛ばした。


「わぁ、くろのやま、つよい」

「まいった! なかまにしてください!」

「なかまができた〜」


 三人は並んで天に向けて拳を突き上げた。会場からは、歓声と大きな拍手が巻き起こった。


「やりました! さすが紅子ちゃんです! お友達ができて、メル子ママはうれしいです!」


『なかまになったもんばんたちは、くろのやまに、おねがいをしました』


「わぁ、くろのやま、きいて」

「校長せんせいを、たおすには! 賢者の白ティーがひつよう!」

「賢者の白ティー、とりにいく〜」


 紅子と睦子と持子は、一列になって歩き始めた。参加を命じられた哀れな父兄達が、木や岩に扮装してステージを駆け抜けた。


『こうして、くろのやまたちは、賢者の白ティーをもっているという、ユニクロボのところに、やってきたのでした』


 バケツとダンボールを繋ぎ合わせた巨大なロボットが、一行を待ち構えていた。


「なんですか、あれは!? でかい! 大きすぎます! 紅子ちゃん! 気をつけて!」

「やーやー、われこそは〜、われこそは〜、くろのやま〜」

「わぁ、賢者の白ティー、きてる」

「その賢者の白ティーを! よこせ!」


 中に数人入って操作していると思われる巨大なユニクロボは、四肢を激しく動かした。


「ぎゃあ! キモいです! 紅子ちゃん、逃げて!」

「賢者の白ティーは、限定品ですので、四千九百八十円のお買い上げになりまーす」


『ユニクロボは、ほうがいな、おかねを、せいきゅうしてきました』


「高いです! 高すぎます! 小学生だからといって、完全に足元を見ています! 白ティーなど、いいとこ九百八十円が相場! 完全にふっかけてきています!」


 紅子と睦子と持子は、額を寄せ合って相談した。


「やーやー、われこそは〜、われこそは〜、くろのやま〜」

「わぁ、このロボカードで、はらう」

「ロボばらい! まいつき三百えん!」

「毎度ありがとうございまーす。またお越しくださいませー」


 紅子は賢者の白ティーを手に入れた。


「賢い! ロボ払いという手がありましたか! さすが紅子ちゃんです!」


『しかし、おおきなユニクロボが、きていた、賢者の白ティーは、生地がのびていて、くろのやまには、きれませんでした』


「返品! 紅子ちゃん! 返品してください! 今ならまだ間に合います! ああ! レシート! レシートを受け取っていません! してやられました!」メル子は頭を抱えて悶えた。


「メル子、落ち着いて〜」鏡乃は必死になってメル子をなだめた。


『くろのやまたちは、スモワーツに、もどってきました。そこではたくさんの、あくのりきしが、まちかまえていたのです』


「すごい数の力士が集まってきています! 多勢に無勢! 無理です! 紅子ちゃん! 逃げてください!」


 紅子は力士達の前に進み出た。


「やーやー、われこそは〜、われこそは〜、くろのやま〜」

「くろのやま〜、その賢者の白ティーをわたせ〜」

「わぁ、ほしいなら、たおせ」

「ぜんいんまとめて! あいてをする!」


 悪の力士軍団が三人の正義の力士に襲いかかった。正義の力士の力はすさまじく、迫りくる悪の力士は張り手一発で次々と吹っ飛んでいった。


「すごい! 強いです! さすが最強の横綱藍王(らんおう)を倒したご主人様の娘! 最強の遺伝子をしっかりと受け継いでいます!」

「メル子、遺伝子は受け継いでいないから〜」


 椅子の上でドッタンバッタン跳ねるメル子を、鏡乃と朱華は必死になって押さえつけた。


『そのときです。スモワーツのなかから、きょじんがあらわれました』


「グハハハハハハ! ちびっ子力士ども! しずまれい!」


 現れたのは、白ティー丸メガネ黒髪おさげに、黒いマワシを巻いた黒乃であった。


「ご主人様!? ご主人様がなぜ!? まさか校長先生というのは!?」


『そのまさかだったのです。なんと校長せんせいのしょうたいは、くろのやまのパパの、くろのやまだったのです』


「誰がパパじゃい。グハハハハハ! 黒乃山よ! おとなしく賢者の白ティーを渡すのじゃ! そうすれば、お前だけはスモワーツに入門させてやろう! 他の力士は全員破門じゃ! グハハハハハ!」


 黒乃はふんぞり返って小学生達を見下ろした。小学二年生の児童からしたら、黒乃は巨人に等しい。


「やーやー、われこそは〜、われこそは〜、くろのやま〜」

「わぁ、ママを、たおす」

「くろのまま! おかくご!」


 紅子と睦子と持子は黒乃に挑みかかった。しかし、圧倒的身長差の前にはなすすべなく、三人とも地面に転がされてしまった。


「紅子ちゃん! 立ってください! なんですか、あのクソ校長は! 体罰ですか! 教育委員会に訴えますよ! もう我慢できません! 私が戦います!」

「あ、メル子!」


 押さえつける鏡乃の手を振り払い、メル子は舞台に乱入した。体育館にざわめきが広がった。


「校長! ぜったいに許しませんよ!」

「グハハハハハ! 誰だお前はー?」

「ファンタスティックメイドロボのメル子ですよ!」


『とつぜんあらわれた、ファンタスティックメイドロボと、校長せんせいのたたかいが、はじまったのです』


「グハハハハ! そんな大きなおっぱいで、私と戦おうというのかね〜」

「やかましいです!」


 メル子は八又(はちまた)産業に伝わる八色ブレスの一つ、フリージングブレスを吐いた。それは見事、黒乃の顔面を凍てつかせた。


「ちめたッ」

「今です!」


 メル子は黒乃の懐に潜り込み、しっかりとマワシをとった。


「グハハハハハ! なかなかやるな! そりゃ!」

「ぎゃあ! どこを揉んでいますか! 児童が見ていますよ!」


『ファンタスティックメイドロボは、くろのやまと、がっぷり四つになって、うごきをふうじました』


「紅子ちゃん! 今です! 今こそ、賢者の白ティーを使うのです!」

「わかった〜」


 紅子と睦子と持子は、ダルダルに伸び切った賢者の白ティーの端をつかみ、メル子と黒乃の周りを回った。白ティーは二人をぐるぐる巻きに縛り上げた。


「ぎゃあ! なぜ私まで!」

「校長せんせい〜、うちとったり〜」


 紅子は高々と右手を掲げた。会場から大きな拍手が送られた。


『こうして、くろのやまは、スモワーツに、にゅうもんできたのでした。ろぼたしろぼたし』


 二年一組の演劇は、見事金賞を獲得した。





 ——学芸会からの帰り道。


 黒乃は寝ている紅子をおんぶして歩いていた。その後ろを、うなだれて歩くメイドロボ。


「ご主人様……申し訳ありません。ハッスルしすぎてしまいました」


 メル子はうつむいたまま黒乃に声をかけた。


「まあ、それはいつものことだからいいさ」

「はあ。でも紅子ちゃんがしっかり主役を演じきれてよかったです」

「そういえばさ。なんでも紅子は、自分で主役に立候補したらしいよ」


 意外に思った。自分から目立とうとするような子には見えなかったからだ。それもそのはず、紅子は存在する状態と、存在しない状態が重なり合った量子人間として生きてきたのだから。言わば幽霊のような存在だった。

 黒乃と出会い、黒乃の持つマスター観測者権限により、紅子は存在する状態が長く続くようになった(280話参照)。だからこそ、小学校に通えているのだ。


「黒乃〜、メル子〜、みてた〜?」


 黒乃の背中で紅子がつぶやいた。今の会話を聞いていたのか、単なる寝言か、紅子の目は閉じたままだ。


「見ていたよ」

「なんなら、参加しました!」


 メル子は幸せそうな寝顔の紅子の、夕日で赤く染まった頬を指でつついた。


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