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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第440話 温泉旅行です! その四

 宮城県遠刈田(とおがった)温泉に朝日が差し込んだ。蔵王(ざおう)連峰の山々が、ピンクからオレンジ、やがて黄色く照らされた。


「ピピピッ、ピピピッ」


 メイドロボの口から発せられた目覚ましアラーム音を合図に、のそのそとテントから這い出てくる面々。寝袋の中でこわばった体をほぐし、大きく伸びをした。


「ひょー! 今日もいい天気!」

「山がきれいです!」


 お嬢様たちもシャルルペロードレスに着替えて、巨大なテントから現れた。


「おはようございますわー! いい天気ですわー!」

「山がきれいですのねー!」

「お、マリー、アン子、おはよう」


 皆、山に向かって一列になり、FORT蘭丸が持ってきたロボラジオから流れるロボラジオ体操に合わせて、関節を曲げ伸ばしした。すると、森の中で生まれた新鮮な空気が、体の中を駆け巡っていくのを感じた。


「ミナサン! きもちがイイデスね!」

「……朝から疲れる」


 ロボラジオ体操で目が覚めたら朝食だ。メイドロボ達が手際よく調理を開始した。


「あれ? いつもと雰囲気が違うな」

「うふふ、せっかくですので、温泉旅行らしくいこうと思いまして」

「和の朝食を作りますどすえー!」

「和!?」


 炭火でご飯を炊き、炭火で味噌汁を煮て、炭火でいわしの丸干しを炙る。添えられた海苔、お新香、納豆。温泉旅館で食べられる、伝統の朝食だ。


「イヤァー! ステキ!」

「こういうのもいいわね」

「……ボクの家は毎朝これ」


 オートキャンプ場で食べる日本のブレイクファストは、一行の胃袋を優しく起こしてくれた。


「炊きたてご飯が歯に染みるー!」黒乃は口いっぱいにお米を頬張った。


「丸干しが香ばしクテ、おいしいデス!」FORT蘭丸はいわしの頭に齧り付いた。


「味噌が不思議な感じするわね」桃ノ木は味噌汁をすすると、目を閉じて湯気を吸い込んだ。


「味噌は炭火で軽く炙ってあります!」メル子の自慢のテクニックだ。


「……納豆はご飯に乗せないで、そのまま食べる派」フォトンは箸の先で、納豆をちびちびとつまんだ。


「わたくしは食べない派ですわー!」マリーは納豆の小鉢を脇にどけた。


「お嬢様ー! ちゃんと食べてくだしゃんせー!」アンテロッテは有無を言わせずに、マリーの茶碗の上に納豆をぶちまけた。



 朝食を済ませたあとは、渓流釣りにチャレンジをする。観光案内所で遊漁券を購入し、町の脇を流れる松川へ向かった。しっかりと堤防が整備されており、流れはかなり早い。

 河川敷に下り水に触れてみると、その冷たさに驚いた。


「流れが速いから泡立っているけど、水はすごいきれいだぞ」

「ご主人様、あの山から流れてくるのですから、当然ですよ」


 八又(はちまた)産業から借りてきたロボ釣竿を振り、釣りを始めた。


「先輩、ここはなにが釣れますか?」

「んとね、イワナとかヤマメだって」

「釣れましたわー!」


 皆が竿の準備に手間取る中、真っ先に釣り上げたのはマリーだった。


「ええ!? はやッ!」

「お嬢様は、釣りのジュニアチャンピオンなので、当然ですわー!」


 ほぼ経験のない川釣りに、悪戦苦闘しながら挑んではみたものの、結局釣れたのはマリーだけであった。


「マリーチャン! すごいデス!」

「オーホホホホ! また天ぷらにしてくださいましー!」



 釣りも終わり、再び観光案内所に戻ってきた。今度は電動自転車をレンタルするのだ。ヘルメットを被り、一列になって漕ぎ出した。向かう先は山だ。


「ご主人様! 今度はサイクリングですか!?」

「……まさか、自転車で山に登るの?」

「先輩、蔵王の御釜(おかま)は標高千六百メートルもあります。さすがにきついのでは」

「イヤァー!」

「……」


 黒乃は黙ってペダルを漕いだ。その横を車やバイクが勢いよく通り過ぎていく。その音がおさまったころ、黒乃はようやく語り出した。


「心配しなくて大丈夫。目的地はここから二十分だから」


 その言葉にほっと息を漏らす社員達。


「わたくしは御釜まででも走れますわよー!」

「さすがお嬢様ですの」


 町からどんどんと離れていく。巨大な鳥居をくぐり抜け、いよいよ本格的な山道へと入った。電動アシスト付きとはいえ、ペダルを漕ぐ足が重くなった。


「実はね、これからいくところが、今回の温泉旅行の一番の目的なんだよ」

「はあ……目的ですか」

「慰安旅行ジャなかったんデスか!?」


 皆、黒乃の背中を眺めた。白ティーがくすんでいるように見えた。


「ふむ。ある人のお見舞いにいくんだよ」


 それを聞き、皆慎重に言葉を選んだ。


「ご主人様、どなたのお見舞いなのでしょうか?」

「……ボク達が知っている人?」

「知っているというか、なんというか」

「人間デスか!? ロボットデスか!?」

「なにかのご病気ですの?」

「なんでこんな山奥にいるんですの?」

「まあまあ、会えばわかるから」


 次々に飛びくる質問をかわし、ひたすらにペダルを漕いだ。自転車の列は曲がりくねる道を登り続け、標高五百メートルまで到達した。


「ここだよ」


 周囲を森に囲まれた場所にポツンとある、小さな一軒家。山の斜面に立ち、入り口は坂の上だ。

 人の気配はなく、聞こえる音といえば、木々のざわめき、小鳥の囀り、小川のせせらぎ。


「ご主人様、こんなところにいったいどなたが?」

「ふむ……」


 黒乃は呼び鈴を鳴らした。しばらく待ったが応答がない。


「お留守でしょうか?」

「……なんか裏から音が聞こえる」


 斜面を下り、家の裏へと回った。そこには(くわ)を振って地面を耕している、一体のロボットがいた。


「先生、お久しぶりです」

「あ、皆さん」

「え……?」


 メル子はそのロボットを見て仰天した。


「先生!? ギガントメガ太郎先生ではないですか! お見舞いとは、先生のお見舞いだったのですか!?」

「あ、はい、ボクです。おっぱいロボのギガントメガ太郎です。皆さん、こんにちは」


 口を開けて呆気に取られる一行に、おっぱいロボはあっけらかんと挨拶をした。



 家の中に招き入れられた一行。部屋の中はがらんとしており、あまり生活感がない。ダンボールが積まれたままなのが、それを一層強調した。


「先生、これ遠刈田温泉名物のこけしです」黒乃が切り出した。

「動くやつですか?」

「動く? いえ、ロボこけしではありませんが、どうぞ」

「ありがとうございます」

「先生、それでお身体の方はどうでしょうか?」

「ええ? ああ、はい。まあ、よくはないですけれど、なんとか生きていますよ」


 おっぱいロボは『化学物質過敏症』という病気であり、現在治療中なのである(355話参照)。


「それで、この遠刈田温泉へは療養のためにきたのですか?」メル子が尋ねる。


「ええ、そうなんです。都会ですと人が多すぎて空気が悪いですから。人が少なくて、静かで、空気と水がきれいな場所がいいなと思ってやってきました。温泉もいいですしね」


 おっぱいロボは、煮出したグリーンルイボスティーを振る舞った。


「アツイ!」FORT蘭丸は差し出された湯呑みを手で掴んだとたん、慌てて手を離した。


「あ、蘭丸君、大丈夫?」

「センセイ! 平気デス!」

「はい、フォト子ちゃんにはこれあげる」

「……先生、なにこれ?」

「自家製のキャラメルキャンディだよ」

「……いただきます」


 フォトンは黒い岩のかけらのようなものを口に含んだ。


「……石のように硬いけど、甘くておいしい」


 カラカラとキャラメルを口の中で転がす音が、殺風景な部屋の中に反響した。


「先生、ここでの生活はどんな感じですか?」と黒乃。

「ええ、ええ、いい感じですよ」

「なにをして過ごしていますか?」

「朝は草刈りしています。土地が荒れ放題で、藪がすごかったので、全部刈りました。開いた土地に畑でも作ろうかなって」

「だから鍬を持っていたんですね」

「ええ、ええ。まあ、農業ド素人ですから。見よう見まねでやろうとしているだけですけどね。それに、土いじりは健康にいいんですよ」

「どういうことですか?」

「土の中には細菌が大量にいますから。そいつらが体の中に入ってきて、免疫システムを強化してくれると言われているんですね。現代人は殺菌殺菌で、細菌を遠ざけるばかりで、免疫力が低下しているんですよ。いい細菌は取り込まないと」


「温泉はよくいくのですか?」とメル子。

「ええ、ええ、せっかく温泉街にいるわけですから、時々いきますよ。数百円で入れますからね。サウナも病気の治療にはいいんですよ」

「サウナがですか?」

「呼吸や食事、経皮吸収によって大量の化学物質が体内に蓄積されていますから。サウナはそれらを体外に排出する助けになるんですね。実際、サウナで排出される毒素なんて極々わずかですけど、化学物質過敏症の人にとってはそれがけっこう重要でして。それに体を温めたり、ストレスを軽減するのも大事ですから」

「先生」

「はい?」

「さっきから、お乳ばかり見るのをやめてもらっていいですか?」

「ええ? いや、見ていませんけど。目の前にあるからつい」


「山の中で暮らして不便はありませんの?」とアンテロッテ。

「そりゃ、ありますよ。車がないと生活できません。ガソリン代がきついですね。一番近いスーパーまで二十分近くかかるので。一番近い百均まで四十分ですよ。それに山の中ってのも大変ですね。虫がすごいです。毎日カメムシと戦っています。どこからでも入り込んできますから」

「大変ですのね」

「あと、倒木もありました。風が強い日に二十メートルの木が倒れてきて、家にぶち当たりました。幸い破損はなかったからよかったですが。他にも倒れそうな木は伐採しないといけないですね。お金がかかります」

「あの、先生」

「はい?」

「おっぱいではなくて、目を見て話してほしいですの」

「ええ? いや、見ていませんよ。あるのが悪い」


「センセイ!」FORT蘭丸が叫んだ。

「なにかな、蘭丸君」

「ボクも畑を耕してイイデスか!?」

「お、やるかい?」

「ヤらせてくだサイ!」


 一行は訳もわからず庭に出た。庭といっても、大きな木が林立する山の斜面だ。地面は落ち葉で覆われ、土はまったく見えない。


「全面腐葉土なのでね、畑を作るにはもってこいだよ。見ててごらん」


 おっぱいロボは鍬を振り上げ、勢いよく振り下ろした。すると葉の下から真っ黒な土が現れた。


「ほらね」

「イヤァー! ステキ! 買ったら十リットル、千円はしマスよ」

「高いのか安いのかわからん……」黒乃は汗を垂らした。


 謎の農作業が始まった。鍬で(うね)を作り、鎌で草を刈り、種を蒔く。


「ここにラベンダーを植えたらどうかしら」桃ノ木は楽しそうに指で畝に穴を開け、一粒ずつ種を落としていった。

「ボクは、コッチにブルーベリーの苗を植えます!」FORT蘭丸は大きく開けた穴に、苗を埋めていった。


 マリーは謎の液体が入ったペットボトルを手に取った。


「これはなんですの?」

「ああ、それはね、えひめAI(あい)


 えひめAIとは、愛媛県で開発された『環境浄化微生物』と呼ばれる液体で、納豆、ヨーグルト、ドライイースト、砂糖、水を混ぜ、発酵させたものだ。個人で簡単に培養ができ、様々な用途に使用される。食品だけで生成されているので、安心安全なのだ。


「これを土に蒔くとね、土の中の微生物が活性化して、よく育つんだって。これを使って、無農薬で育てている農家もあるみたいね」

「イヤァー! ステキ!」


 一行は葉の間から見え隠れする蔵王連峰の景色を眺めながら、農作業に精を出した。途中、切り株に座ってカップラーメンをすすり、さらに畑を耕す。



 夕方になり、汗で体が冷えてきたころ、一行は家の前に整列していた。


「先生、それでは今日は帰ります」黒乃の丸メガネは夕焼けで赤く染まっていた。

「ああ、うん。みんな元気でね」

「先生もお元気で」

「ははは、病気ですから。元気ではないですけど。まあ、なんとかやっていきますよ」


「先生!」メル子は少し寂しそうな顔を見せた。

「はいはい、なにかな」

「またなにかイベントがあったら、解説をしに浅草まできてくださいね」

「はいはい、いきますとも」


 それぞれ挨拶を済ませ、電動自転車を漕ぎ出した。しかし、ポツンと取り残されたロボットが一体。


「FORT蘭丸、どした? 帰るよ」


 プログラミングロボは頭の発光素子を明滅させた。プルプルと震えて自転車を降りた。


「帰りたくありまセン……」

「んん?」

「ボクもココで、センセイといっしょに暮らしマス!」

「ええ!?」

「センセイといっしょに、農作業をシテ暮らしマス!」

「ばかこくでねえ! 先生に迷惑だろうが!」

「センセイが一人で寂しそうデス!」


 FORT蘭丸はおっぱいロボにしがみついた。


「蘭丸君……」


 皆で必死にFORT蘭丸を引き剥がし、下山を開始した。


「センセイ! マタ遊びにきマス!」


 FORT蘭丸は手を振った。それに手を振り返す間もなく、一行の姿は坂の下へと消えていった。


 おっぱいロボは地面に落ちた発光素子を指で摘み上げると、ポケットの中にしまった。


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