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第44話 プロジェクト・ヘイル・メル子 その一

 ——八又(はちまた)産業浅草工場。

 黒乃、メル子、マリー、アンテロッテの四人はメル子生誕の地、赤い壁の巨大な工場の前にきていた。

 ゴキブリロボの仕業なのか、メル子とアンテロッテのご主人様設定が入れ替わってしまったのだ。なんとか元に戻さなくてはならない。

 アンテロッテはクサカリ・インダストリアル製のロボットなので、ここにきても意味がないのかもしれないが、他の工場がどこにあるのか知らないので、とりあえず一緒に連れてきた。

 

 四人は工場の中に入った。事前に職人ロボのアイザック・アシモ風太郎に連絡を入れてある。受付で指定の部屋に進むよう指示された。四人は縦に並んで歩き出した。横に並ぶと通行の邪魔だからだ!


「あの、マリー?」

「なんですの?」

「あんまりうちのメル子にしがみつかないでもらえる?」

「いやですのー!」


 指定の部屋に入ると、アイザック・アシモ風太郎が待っていた。

 

「イラッシャイ。待ッテマシタ」

「先生〜! うちのメル子とアンテロッテがおかしいんです〜。助けてください〜」

「落チ着イテ。マズハ、検査カラ、始メマス」


 以前と同じように、メル子を椅子に固定して検査を行った。アンテロッテも同様の検査を行った。検査だけなら別会社のロボットでも大丈夫なようだ。


「検査ノ結果、二人ノ、マスター設定ガ、逆転シテイルノヲ、確認シマシタ」

「やっぱり! どうすれば元に戻るんですか!?」

「設定ヲ、上書キスレバ、イイノデスガ、電子頭脳ガ『メタホログラムコード』ニヨッテ、暗号化サレテイルタメ、書キ換エガ、デキナクナッテイマス」

「先生、言っている意味がわかりません!」

 

 アイザック・アシモ風太郎が言うには、メル子達の脳の一部分が勝手に暗号化されており、マスター(ご主人様)設定を上書きするには、暗号化されている部分を丸ごと消去しなくてはならないのだ。もちろんそんなことをすれば、様々な重要なデータ(記憶)が消えてしまうだろう。


「先生ー! メル子の記憶を消さないでくださいー! うおーん!」


 黒乃は先生にすがりついて泣いた。


「データノ消去以外ニモ、方法ガ有リマス」

「それはなんですか!?」


 その方法とは『メタホログラムコード』による暗号化を解くことだ。メタホログラムコードとは、多次元虚像電子頭脳ホログラフィックブレインの機能を逆手に取った暗号化方法で、現在最高の計算能力を持つコンピュータを使っても、解読に三万四千年かかる。


 *多次元虚像電子頭脳ホログラフィックブレインについての解説

 現在のロボットに搭載されている電子頭脳。脳の中心部に量子投影装置を備えており、それを取り囲むように多層的な記憶素子が配置されている。一つのデータは量子投影装置によって周囲の記憶素子に、形を変えながら複数の層にまたがるように投影されていく。

 この仕組みは前世紀における深層学習(ディープラーニング)を基盤とするものであるが、それを多次元展開しているといってよい。

 一つのデータを得るには、複数の次元に複数の形で投影されたデータを拾い集めて出力される。この動きは人間の脳の仕組みと酷似しており、これにより人間の思考に近い形の出力を得ることが可能となったのである。

 政府のコンピュータは、何百万という多次元虚像電子頭脳をエミュレートしている。エミュレートには莫大なリソースを使うため、通常のコンピュータにインストールすると、ロボットの頭が巨大化してしまう。ロボットに搭載する時は、多次元虚像電子頭脳が必須である。


「先生〜、じゃあ暗号化は解けないんですか〜」

「解ケルロボットガ、一人ダケイマス」

「誰ですか!?」

「トーマス・エジ宗次郎博士デス!」

「相変わらず変な名前!」



 こうして四人はトーマス・エジ宗次郎の元へ向かうことになったのだ。

 アイザック・アシモ風太郎がバスを出してくれることになった。目的地は富士山である。


「遠足みたいで楽しいですわー!」とマリーは喜んでいる。

「マリーお嬢様、窓から顔を出さないでください」


 マリーとメル子はすっかりご主人様とメイドの関係になっているようだ。黒乃は少し恨めしい気分でそれを眺めた。


「ご主人様、富士山までは二時間で到着しますわー」

「おお、そうか。結構早いね」


 一方、黒乃とアンテロッテのコンビはまだぎこちない。


「ソレデハ、出発シマス」

「先生〜、よろしくお願いします〜」

「メル子サンハ、私ガ作ッタ、ロボットデス。私ノ娘ノヨウナモノデス。頭ノ先カラ、乳首ノ色マデ、スベテヲ、知ッテイマス。必ズ直シマスノデ、ゴ心配ナク」

「先生〜、ありがとうございます。乳首は薄ピンクに指定しました」

「私ノ好ミデハ、薄スギタノデ、3%濃クシテオキマシタ」

「スクラップにしてやろうか!!」

「ご主人様、落ち着いてくださいまし」



 バスは出発した。

 浅草工場を出てまもなく首都高に乗った。マリーは東京の街を走るのは初めてらしく、窓に貼り付いて景色を眺めていた。

 黒乃はビルの間を縫うように這い回る薄暗い首都高は苦手であった。昔と比べると道路が拡張され、交通量も減ったので走りやすくなったそうだ。昔はどんな有様だったのか、想像もしたくない。

 その後中央自動車道に乗ってしまえば、しばらくはひたすら直進だ。


「先生! マリーお嬢様がおしっこをしたいそうです!」とメル子が申し出た。

「大きな声で言わないでくださいましー!」


 黒乃はそのやりとりを聞いて吹き出した。


「ねえねえ、アン子、私もおしっこしたーい」

「ご主人様がおしっこだそうですわー! 今すぐ止めてくださいましー!」


 アイザック・アシモ風太郎はサービスエリアにバスを入れた。丁度正午だったので、昼食を取ることにし、全員でゾロゾロとバスを降りた。


「小さいサービスエリアだけど、食べ物屋は結構充実してるな」


 ラーメン屋、そば屋、定食屋、バーガー屋などなんでもござれだ。周囲を見渡すと、トラック野郎やドライバーロボがほとんどで、子供連れは見当たらない。


「わたくし、おフランス料理がいいですわー!」

「マリーお嬢様、ここにはフランス料理はありませんよ」


 全員それぞれ注文したメニューを持ってテーブルに集まった。黒乃はラーメン、メル子もラーメンだった。


「やっぱりメル子もラーメンか。だと思ったよ」

「私も黒乃様はラーメンだと思っていましたよ」


 二人の間に微妙な空気が流れた。

 マリーは天丼、アンテロッテはざる蕎麦だった。


「日本っぽい料理を選びましたわー!」

「わたくしもですわー!」

「うまそうだな。先生、なにそれ!?」

「ロボ定食デス。大好物ナンデス」


 アイザック・アシモ風太郎が注文したのは、銀色のナノマシンスープ、オイルのゼリー寄せ、オメガ米のセットだった。



 食事を終えた一行は、富士山に向けて走り出した。東京方面は青空が広がっているが、富士山方面は雲がかかっていた。

 バスは順調に進み、富士スバルラインに乗り換えた。ここから富士山の五合目まで登るのだ。しばらく曲がりくねった道を登り続けた。


「これ、酔いそうだな。マリー、大丈夫?」

「全然平気ですわー! オーホホホホ!」


 しかし、急にバスが道路脇の待避所に停止した。


「ん? どした?」


 ドライバーのアイザック・アシモ風太郎がバスをヨロヨロと降りた。


「坂道ニ、酔イマシタ……」

「ロボットなのに!?」

「ロボ定食、食ベ過ギマシタ」

「しっかりして!」


 その後なんとか一行は富士山五合目に到着した。バスの外に出ると、風が強く気温も低い。


「うう! この格好じゃ寒い! でもここにトーマス・エジ宗次郎博士がいるんだよね!? なんでこんな場所に!?」


 アイザック・アシモ風太郎の方を見ると、なにやらバスのトランクルームから、大きな荷物を取り出していた。


「寒イカラ、コノ装備ニ、着替テ、クダサイ」

「……まさか、富士山に登るの!?」


 地獄の登山が始まった。


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