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第439話 温泉旅行です! その三

 宮城県遠刈田(とおがった)温泉のオートキャンプ場にお嬢様の高笑いが響いた。


「オーホホホホ! お旅館に泊まるお金もありませんのねー!」

「オーホホホホ! お貧乏様には、おキャンプがお似合いでごじゃいますわえー!」

「「オーホホホホ!」」


 腰を反らして天に向けて放たれた黄金色の旋律は、蔵王(ざおう)連峰を震わせた。


「イヤァー! マリーチャン! マリーチャン!」

「マリー達だってキャンプ場にいるじゃないのよ」

「そうですよ! しかも、そんなに大きなキッチントレーラーで!」


 アンテロッテはニヤリと笑った。


「たまにはお庶民の娯楽も嗜むのが、上流階級の者の務めですのよ」

「アンテロッテの言うとおりですの」


 黒乃は大きくため息をついた。


「まあまあ、いいさ。温泉キャンプ、いっしょに楽しもうよ」

「よろしくお願いしますわー!」

「マリーチャン! よろしくお願いしマス!」


 こうして、ゲームスタジオ・クロノスとお嬢様の合同キャンプが始まった。



 まず行うことは、テントの設営だ。キッチンカーのチャーリー号には、しっかりとキャンプ道具が詰め込まれていた。すべて、八又(はちまた)産業のレンタル品だ。五組の一人用テントを、それぞれが設営する。過去の富士山キャンプで経験済みということもあり(149話参照)、設営はお手のものだ。あっという間にテントが組み上がった。


「ふう、できたできた」

「わたくしもできましたわよー!」

「どれどれ?」


 黒乃が見ると、そこには小屋のような形をした巨大なロッジ型テントがそびえていた。


「でかッ! 何人用なのよこれ」

「二人用ですわよ」


 テントの中を覗き込むと、そこには巨大なベッドがほとんどのスペースを占有しているのだった。


「お嬢様はこのベッドで、わたくしが添い寝をしないと眠れませんの」

「ぷぷー! お子ちゃまだねえ。来年もう高校生になるのに」

「おおおおお、お子ちゃまではありませんわよー! 一人で眠れますわー!」


 マリーは顔を真っ赤にして黒乃にくってかかった。


「じゃあ、マリーは私のテントで一人で寝なよ。私はアン子といっしょに寝るから」

「ご主人様! なにを言っていますか!」


 テントを設営し終わったころには、町は夕陽で赤く染まっていた。山の方を見ると、雲が速く流れていくのがわかった。


「次は炭の準備をしよう」


 今回は薪ではなく、炭を使って調理を行う。それぞれが一人用の炭火台を使い炭を起こす。


「……炭にどうやって火をつけるの?」


 フォトンは不思議な形をした漆黒の塊を手に取り、しげしげと眺めた。


「炭起こしは難しいからね。私が手本を見せるから、よく見て覚えて!」


 黒乃の周りに全員集まると、黒乃は炭火台の火床に炭を並べ始めた。普通の枝のような形をした炭とは違い、六切りにしたカマンベールチーズのような形をしている。


「先輩、この炭はどういうものですか?」

「よくぞ聞いてくれた。これは『岩手切炭(いわてきりずみ)』という高級品だ!」


 岩手切炭は、ナラの木を原料にした木炭だ。その歴史は古く、平安時代から続くとされている。その性能の高さから、キャンパー達は岩手切炭を見るとヨダレを垂らすという。


「ここ見て、ここ! この外側の樹皮の部分ね。ここを内側に向けて、煙突状になるように炭を積み上げるのだ」


 岩手切炭は高さが完璧に揃えられているので、安定して積み上げることができる。その煙突の底に火のついた牛乳パックの切れ端を差し込むことで、簡単に炭起こしができるのだ。外側についている皮は油分を含んでいるので、非常に火付きがよい。

 煙突の中から勢いよく火が立ち昇った。


「イヤァー! 牛乳パックを燃やしてイルだけなノニ、スゴイ火力デス!」

「これが煙突効果ね」


 十分もすると、内側に向けた皮の部分が真っ白く変化しているのが見えた。


「これで火が着いたから。あとはこれを火床に寝かせて置いて、その上に火が着いてない炭を置くのだ」


 小さな炭火台の中が、炭でびっしりと埋まった。


「……クンクン。なんか独特な匂いがする」


 安い炭はその煙と匂いに辟易するものだが、岩手切炭はどちらも極端に少ない。微かな香りはむしろ心を落ち着かせた。また、しっかりと炭化しているので、含まれている水分が少なく、爆ぜる心配も少ない。


「……なんか落ち着く」


 フォトンは徐々に燃え移る炭をうっとりと眺めた。


「マルセイユ、マルセイユ、マルセイユ」


 マリーは炭の上に手をかざして温度を確かめた。


「ちょうどいい頃合いですわー!」

「お料理を始めますわいなー!」


 それぞれの炭火台で、それぞれの料理を作る。黒乃は網の上にドシンと巨大な肉の塊を乗せた。


「ぐふふ、私は肉の丸焼きだい」

「ご主人様、それ好きですね〜」


 桃ノ木は網の上にバゲットと揚げ物を乗せた。


「私は町で買ってきたバゲットとメンチカツで、バゲットサンドを作るわ」

「オシャレだね〜」


 フォトンは鍋に水を張り、豆腐を並べた。


「……ウフフ、ボクは湯豆腐にする」

「しぶいな〜」


 FORT蘭丸は食材箱を必死になって漁っていた。


「シャチョー! 山菜はありまセンか!?」

「あー、買ってくるの忘れた」

「ヒドイデス!」

「蘭丸さん、わたくし達が買っておいたのを使いますこと?」

「イイんデスか!?」

「遠慮せずに、もらってくだしゃんせー!」

「嬉しいデス! コレで山菜の天ぷらが作れマス!」


 メル子とアンテロッテは、なにやらキッチンカーと炭火台をいったりきたりしながら、せわしなく動いているようだ。

 マリーはしきりに謎のボトルを振っていた。


「マリーはなにをしているのさ?」

「オーホホホホ! できてのお楽しみですわー!」


 各々が真剣に炭火と向き合い、着々と料理が完成していった。全員の料理が揃うころにはすっかり日が落ち、オートキャンプ場のライトが灯された。

 それぞれの網の上には、それぞれの料理が乗り、おいしそうな香りを放っている。慣れない炭火での調理だ。完璧とは言い難い。しかしそれ以上に、雄大な景色の下で仲間と作る、それこそが意味のあることなのだ。


「では、みなさん」

「「いたーだきーます!」」


 皆、思い思いに好きな料理に手を伸ばした。黒乃が手に取ったのは、桃ノ木のメンチカツサンドだ。


「先輩、どうですか?」

「うまい! バゲットが炭火の香りを吸い込んで、香ばしさがアップしてるよ。メンチカツも余分な油が炭火で炙ることによって落ちているから、カラッとしてる」


 メル子はフォトンの湯豆腐に手を伸ばした。


「これは……木綿豆腐ですね。ポン酢でいただきます!」

「……召し上がれ」

「ちょうどいい煮え具合です。ん? なんですか、この巨大な三角お揚げは!?」

「……ここの名物らしい。炭火で炙ってあるから、醤油かけて食べてみて」

「モグモグ……お豆腐! お豆腐の味と香りがします! フワフワでやわらかーい! これは食べていて楽しくなる歯応えですね!」


 FORT蘭丸は皿に盛った天ぷらをマリーに差し出した。


「マリーチャン! もらった山菜の天ぷらをドウゾ!」

「おいしそうですの。いただきますのー!」

「これは、おふきのとう、おたらの芽、おわらび、おこごみの天ぷらですのねー!」


 お嬢様たちは天ぷらに齧り付いた。サクリと食感が前歯に伝わり、鮮烈な春の香りが鼻を突き抜けた。


「にがにがですのー!」

「野生味あふれる香りが、食欲をそそりますわー! 苦さの中にあるほんのりとした甘みが、初夏の訪れを感じさせますのー!」


 FORT蘭丸は肉の塊を見て、頭の発光素子を激しく明滅させた。


「シャチョー! お肉くだサイ!」

「おう、食え!」


 黒乃は肉の塊に大胆にナイフを通すと、真っ赤な断面をさっと炭火で炙った。溶けた脂が、ふつふつとあぶくを出した。


「イヤァー! お高そうなお肉!」

「そりゃそうよ。これは仙台牛だからね」


 岩塩をミルで削り落とし、フォークを断面にぶっ刺すとFORT蘭丸に手渡した。プログラミングロボは、たまらず肉を一口で飲み込んだ。


「お肉が舌の上で溶けてなくなりまシタ! 残ったノハ炭の香りと、お肉の上品な味わいデス! ルビーにも食べさせたいデス!」

「……ボクにもちょうだい」

「先輩、二切れください」


 皆、次々に最高級和牛をがっついた。おおかた料理がなくなってきたころ、大鍋と大皿が皆の前に置かれた。


「では、皆さん。私達のお料理もご堪能ください!」

「丹精を込めて作りましたわよー!」


 メイドロボであるメル子とアンテロッテの渾身の一品だ。


「私が作ったのは『ボリボリ』です!」

「ボリボリ!?」


 ボリボリとはパラグアイの郷土料理で、チーズの団子とトウモロコシのスープだ。


「地元の牧場で作られたチーズを使っています!」

「わたくしのお料理は『お鴨のエギュイエット オレンジソースかけ』ですわよー! 蔵王では、おフランス産のお鴨が飼育されているのですわー!」


 スライスされた脂肪分が少ない鴨肉に、見るも鮮やかな黄金色のソースがかかった一皿だ。


「うひょー! どっちもうまそう! いただきます! うわ! あつッ! このモチモチのチーズ団子が、冷えた体を温めてくれるー!」

「お鴨料理は、アンテロッテの得意料理なのですわー! 癖のないお鴨のお肉は、いくらでも入っていきますのよー!」


 キャンプ場ではあり得ないプロの完璧な料理に、舌鼓を打った。


「……うふふ、いつもの味。落ち着く」

「キャンプ場で本格フレンチなんて、贅沢すぎマス!」

「旅館の料理よりも豪勢かもしれないわね」


 炭火が弱まり始めるころ、すべての料理が綺麗さっぱりなくなっていた。膨らんだ腹をさすり、キャンプチェアで仰向けになる黒乃。


「ふーい、あれ? そういえば、マリーもなにか作っていなかったっけ?」

「オホホ、そろそろお出ししますわ」


 マリーはキッチントレーラー『お嬢様号』の冷凍庫を開けると、中からボトルを取り出した。その中身をグラスに盛り付けた。それはピンク色に輝く、シャーベットであった。


「オーホホホホ! おピーチのソルベでございますわよー! 輪切りにした冷凍おピーチを、シロップといっしょに撹拌して凍らせたのですわー!」

「蔵王はフルーツの産地でもありゃりゃんすえー! この時期は早生(わせ)のおピーチが収穫できますのよー!」


 一行は思わぬデザートに瞳を輝かせた。フォトンは一口ソルベを含むと、マリーにしがみついた。


「……これ食べたかったやつ。マリーちゃん、ありがとう」

「どういたしましてでございますわー!」

「マリーチャンの手作りスイーツ! おいしいデス!」


 

 その後も一通り盛り上がり、楽しいキャンプは睡眠を残すのみとなった。一人、また一人とテントに引っ込み、炭火で暖をとっているのは黒乃と、マリーとアンテロッテだけになった。とはいっても、マリーはアンテロッテの膝の上でおねむである。


 黒乃はマリーの寝顔を見つめた。黒乃の隣人であり、友達であり、ライバルでもあるこの少女。めいどろぼっちとおじょうさまっちという、二つの陣営に立って戦った二人。年も、容姿も、性格も、人種も、なにもかもが違うこの二人。この奇妙な関係は、なぜ生まれたのであろうか。


「それでは、お嬢様とおやすみいたしますわ」

「うん、おやすみ」


 アンテロッテはマリーを抱きかかえてテントの中に入っていった。黒乃はそれを見送ると笑みをこぼした。

 そうだった。一つ共通点があった。それはメイドロボのマスターであるということ。この共通点がある限り、二人の縁は切れないのであろう。

 黒乃は夜空を見上げて一番大きい星を探したあと、テントに入っていった。


「ぎゃあ! ここは私のテントです!」

「あ、ごめん。間違えた」


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