第438話 温泉旅行です! その二
宮城県の遠刈田温泉に、ゲームスタジオ・クロノス一行はいた。蔵王連峰の麓に広がる、落ち着いた温泉街だ。
「うわああ! 見てください、ご主人様! あのえぐれた部分! あれが蔵王の御釜ですね! 雪のせいで形がはっきりと見えますね!」
はるか彼方にそびえる山々を見て、メル子は目を輝かせた。
「一番高いのが蔵王連峰の最高峰熊野岳で、千八百四十一メートルあります! 真っ白です! きれいです! スーハースーハー、空気もおいしい!」
メル子はご主人様の白ティーをグイグイと引っ張った。
「メル子、引っ張らないで。伸びるから!」
「シャチョー! くる途中に、野菜の即売所はアリませんでシタか!?」
「何ヶ所かあったよ」
「あとで買いにいきまショウ! コノ時期は山菜がたくさん売ってイルはずデス!」
FORT蘭丸は、黒乃の白ティーを引っ張った。
「引っ張るな!」
「……クロ社長。そこでジェラート売ってる。買って」
フォトンは黒乃の白ティーを引っ張った。
「フォト子ちゃん、引っ張らないで。ジェラートは食事のあとに買ってあげるから」
「先輩、お昼はどうしましょうか?」
桃ノ木も負けじと白ティーを引っ張った。
「なんで白ティーを引っ張るの!? まあ、町を散策しながらお店探そうか」
「「はい!」」
まず目に入ったのは、町の中心的なシンボルである共同浴場『ロボの湯』だ。古風な造りの建物の前には無料の足湯があり、数人の観光客が湯を楽しんでいた。
「ご主人様! 温泉はここに入りますか!?」
「いや、ここはね、ロボットはダメみたいね」
銭湯にはロボットが入れるものと、入れないものがある(34話参照)。
「ロボの湯という名前なのにですか!?」
「ロボットも入れる銭湯がちゃんとあるから、あとで入りにいこう」
町の広場にやってきた。周囲には飲食店やコンビニが並び、メンチカツやジェラートを食べ歩きしている観光客もいる。
「……そこのお土産もの屋さんに、こけしがいっぱいある」
店だけでなく、町のそこかしこに、こけしをモチーフにしたオブジェクトが飾られているようだ。
「フォト子ちゃん、ここの名物はこけしのようですよ」
「……ちょっと見ていく」
デザイナーのフォトンは、こけしの造形に興味津津のようだ。フォトンは小さなこけしを手にとり、うっとりと眺めた。
「こけし作り体験もできますので、明日でもいきましょう!」
「……うん」
フォトンはメル子の腰にしがみついた。
「イタリアンに、トンカツ屋に、バーガー、そば屋にパン屋に定食屋。けっこうあるもんだなあ」
「シャチョー! うどんがイイデスよ! うどんを食べまショウ!」
「お前、うどん好きだな」
一行はメインの通りを外れて、裏路地に入り込んだ。
「お、こっちに日帰り温泉があるよ。ロボットも入れる方ね」
「いいですね!」
温泉街らしく、温泉旅館が立ち並んでいる。どれも風情のある造りだ。
「シャチョー! シャチョー! そば屋サンデス! うどんもあるみたいデス! ココにしまショウ!」
小さな鳥居に暖簾がかかった、こじんまりとした店を発見した。
「……よさそう」
「先輩、ここに決めますか?」
「そうね」
店内はテーブル席がいくつかだけの窮屈なレイアウトだ。ひっつくように五人が座った。おのおのが好きなものを注文し、料理がテーブルの上にずらりと並んだ。
「うふふ、ご主人様はラーメン頼んだ」
「お昼もラーメンではなかったのですか!?」
なぜかこの界隈の店は、うどん、そば、ラーメンを完備しているところが多い。
「かも肉と葉物がたっぷりだあ」
「私はかもそばです!」
メル子の丼も、かもと野菜がてんこ盛りだ。
「おそばが太いです!」
「……ボクのはかも丼」
こちらもご飯が見えないほどのかも肉と野菜である。
「私は冷やしのかもそばにしたわ」
桃ノ木はごんぶとのそばを、濃いつけ汁に浸してすすった。
「煮込みうどんがきまシタ!」
鍋から出てきたのは、ごんぶとのうどんに、かもと野菜というシンプルな煮込みだった。
「うどんのコシがすごいデス! ダシも濃いめで好きな味デス!」
料理をたらふく食べたら、いよいよ温泉だ。そば屋の前の坂を登っていく。
「ここここ、『ロボカッパの湯』」
「楽しみです!」
館内は渋い和のテイストで演出されており、清潔で大人の雰囲気を醸し出している。受付で料金を支払うと、すぐ横の脱衣所の入り口に向かった。
「ミナサン! ボクは男湯の方に入りマス!」
「いや、そりゃそうだろ。いちいち宣言しなくていいわ」
「マタあとデ!」
「長風呂して、オーバーヒートしないでくださいよ!」
「女将サン! わかりまシタ!」
脱衣所で手早く準備を済ませ、いざ浴場へと向かう。待ちきれなくなったフォトンが、大風呂へ向けて駆け出した。それを桃ノ木が慌てて捕まえた。
「フォト子ちゃん、掛け湯をしないとダメよ」
「……モモちゃん、ごめん」
黒乃はタオルで体を隠さずに、大股でスタスタと浴場を歩いた。
「ご主人様! 少しは隠してください!」
メル子はきっちりと胸を隠して歩いた。
「なんでよ? 恥ずかしがるような体ではないし」
黒乃は背が高いため、スタイルがいいと自分で思い込んでいるのだ!
黒乃は洗い場の空きを探した。ゴールデンウィーク直前ということもあり、すべて塞がってしまっている。ちょうど金髪の二人組が体を洗い終え、そのまま脱衣所へ出ていった。
先体をすませ、いざ湯船へ浸かる。しっかりとした温度の褐色の湯が、肌を撫でるように染み入ってきた。
「あ〜、あ〜! 久しぶりの温泉らしい温泉! あ〜!」
「ご主人様、うるさいです! でも、いいお湯です」
メル子は目を閉じ、うっとりとした表情で体を撫でた。みるみるうちにナノスキンが滑らかになっていくのを感じた。
長いロングヘアを頭の上でお団子にまとめたフォトンが、黒乃の股の間に滑り込んできた。
「……えへへ」
「フォト子ちゃん、熱くないかい?」
「……ちょっと熱い」
フォトンはお団子を黒乃の大平原に乗せて、自分は体を浮かせた。
「先輩、サウナもあるようですよ」
「ほほう! 近ごろ話題の、『整う』ってやつをやってみるか!」
「ご主人様! 気をつけてくださいよ!」
「メル子もいこうよ」
「絶対にイヤです! パーツが熱で溶けます!」
黒乃と桃ノ木はサウナの中に侵入した。上段に陣取り、腕を組んで耐える。
「先輩、丸メガネは大丈夫ですか?」
「平気平気。クロノキメガネの製品は、三百度まで耐えられるように設計してあるから」
「さすがです」
強靭な丸メガネに対して、生身の肉体の方はいかにも貧弱であった。
「ハァハァ、桃ノ木さん。そろそろいいの?」
「最低五分はいないとダメですね」
「今、何分?」
「二分です」
「もう、無理」
黒乃は慌ててサウナを出た。仕方がなく桃ノ木もそれに続く。
「ハァハァ、次はこの水風呂に入るんでしょ?」
「そうです。一分ほど浸かってください」
「よし!」
黒乃は片足を水風呂に差し込んだ。
「つめたッ! なにこれ、つめたッ!」
躊躇するその横で、桃ノ木はするりと全身を浸けた。
「ええ!? 冷たくて入れない! ええ!? 桃ノ木さん、よく平気だね!?」
「余裕です」
結局、足だけ水に浸けた黒乃は、露天風呂へ向かった。
「うひょー! なんだこの景色は!?」
露天風呂から見える景色。それは絶景と呼ぶに相応しいものだった。蔵王連峰を一望でき、小高い丘の上に浴場があるため、遠刈田温泉の町を上から見渡せる。手前の青い山、奥の白い山、そして目の前の町。この層の重なりにより、風景画のような絵面が視界を支配した。
黒乃は全裸で柵にしがみついて景色に見惚れた。
「イヤァー! すごい景色デス! ルビーも連れてきたかったデス!」
隣の露天風呂から、FORT蘭丸の声が響いてきた。
「こら! 静かにしろ!」
「シャチョー! ゴメンナサイ!」
湯船を見ると、メル子、フォトン、桃ノ木がすでに湯を堪能していた。
「ご主人様! こちらですよ!」
「……いいお湯」
「先輩、整うのは忘れて、露天風呂を楽しみましょう」
四人はのんびりと湯を味わった。露天風呂、絶景、そして仲間達。この世のすべてが揃っているのではないか、と思うくらいの充足感がここにはあった。
「あ〜。温泉、いいね」
「温泉は最高ですよ」
「……温泉ってすてき」
「整いました」
「極上デス!」
「こら、男湯からこっちの話を聞くな」
風呂から上がった一行は、二階の座敷でドリンクを飲みながらのんびりしたあと、ロボカッパの湯を出た。
「蘭丸君、全身が真っ赤ですけれど、大丈夫ですか?」
「サウナに入りスギて、オーバーヒートしまシタ!」
一行はゆっくりと歩き、駐車場に戻ってきた。
「シャチョー! コノママ、車でホテルに向かうんデスか!?」
その言葉に緊張感が走った。ロボット達はいっせいに黒乃と桃ノ木から離れ、背後を取らせまいと、他人の車に背をつけた。
「みんな、なにしてるん?」
「また、シャットダウンする気ですよね!?」
「しないよ」
「でも、車で宿に向かうのですよね!? では、シャットダウンが必要ではないですか!」
「そりゃ、車は動かすけど、すぐ近くだから。みんなは歩いてよ」
「そんなに近いのですか!?」
黒乃は駐車場の向かいを指さした。そこには……。
「オートキャンプ場!? まさか、ホテルや旅館ではなく、キャンプをするのですか!?」
「そうだよ。うちらの誰がそんなお金持ってるのよ」
「……温泉街にきてキャンプって、そんなのあるの?」
「いやだって、温泉街の中にオートキャンプ場があるし」
「……シャチョー! ホテルで天ぷらを食べるツモリだったんデスけど!?」
「これから、みんなで天ぷらを揚げようよ」
ロボット達はしばらく輪になって話し合ったあと、黒乃に向かい合った。
「わかりました。キャンプをしましょう!」
「……シャットダウンされるよりマシ」
「イヤァー! のんびりデキると思ったノニ!」
黒乃が車を動かし、他の四人はそのあとに続く。キャンプ場が近づくにつれ、一行の心に重いなにかがのしかかってきた。
「あれ……なんだろ、この感じ」
「私はもうわかってきました……」
車ごとキャンプ場に入った時、その答えは自ずと明らかになった。目の前には、黄金色に輝くキッチントレーラーが止まっていた。
そしてその車の運転席から、御釜の底から漂う硫黄のような声が響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」
「オーホホホホ! 謹慎明けで温泉とは、殊勝でございますのねー!」
「オーホホホホ! 今のは皮肉でございますことよー!」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様の高笑いが蔵王連峰に炸裂した。
「まさか、温泉旅行被りとはなあ……」
「知っていました……」
愉快な温泉キャンプの開幕である。




