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第437話 温泉旅行です! その一

 浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家。ここゲームスタジオ・クロノス事務所に、久々の怒声が轟いた。


「貴様らーッ!!!」


 事務所の作業部屋で、白ティー丸メガネ黒髪おさげの女性が、血走った目を社員に向けた。


『代表取締役 黒ノ木黒乃(くろのきくろの)


「……うるさい」


 青いロングヘアの子供型ロボットは、美しい髪を赤く変化させて両耳を手でふさいだ。


『グラフィックデザイナー 影山フォトン(かげやまふぉとん)


「イヤァー! ナンです!?」


 見た目メカメカしいロボットは、頭の発光素子を勢いよく明滅させた。


『プログラマ FORT蘭丸(ふぉーとらんまる)


「先輩、いよいよ再始動ですね」


 厚い唇を真っ赤な口紅で染めた色っぽい女性は、期待に頬を桃色に染めた。


『ディレクター兼プランナー兼会計兼事務兼人事 桃ノ木桃智(もものきももち)


 以上、四名がゲームスタジオ・クロノスのメンバーである。いや、もう一人……。


「皆さん、まずはお紅茶を飲んで落ち着いてください」


 赤い和風メイド服が目に麗しい金髪巨乳メイドロボが、デスクの上に紅茶のカップを並べた。


『世界一の美少女メイドロボ メル子(めるこ)


 一行は紅茶のカップを傾け、しばしまったりとした時間を堪能した。


「貴様らーッ!!!」

「……くつろいでいるのに、うるさい」

「シャチョー! さっきからナンデス!?」

「クククク」

「先輩、ワロていますが」


 黒乃はデスクに、カップを叩きつけるように置いた。


「いいかーッ!! 貴様ら……」

「ご主人様! 高いカップなのですよ!」

「あ、ごめん……」


 最愛のメイドロボに嗜められ、しゅんとうなだれるのっぽ。その頭をフォトンが撫でた。

 気を取り直した黒乃は、改めて社員達を眺めた。


「いよいよ、我が社の業務停止命令が解除された」

「シャチョー! おめでとうございマス!」


 皆、いっせいに手を打ち鳴らした。黒乃が右手をあげると、ピタリと止まった。


「長い月日をかけて開発した『めいどろぼっち』。それは見事、大ヒットを飛ばした」


 ゲームスタジオ・クロノスと八又(はちまた)産業が共同開発した、体験型メイドロボ育成ゲーム『めいどろぼっち』。それはまさしく、全国にフィーバーを撒き散らした。めいどろぼっちは売れに売れ、増産につぐ増産。いっときは、日本がめいどろぼっち一色に染め上げられた。


「しかし……ぐおお……しかし……!」


 そこに発生した、めいどろぼっちとおじょうさまっちによる大戦争。異世界タイトバースからAIを召喚するという、前代未聞のシステムを悪用され、ローション生命体暗黒神ソラリスの復活という憂き目にあった。

 その野望は黒乃達の活躍により、かろうじて阻止されたものの、浅草の町は壊滅。その責任を取らされ、黒乃達は謹慎処分となった。

 その処分が先日解かれた。


「いったいなにが原因であんなことになってしまったのか。それはもう、問うのはやめよう。そんなことは政府が勝手にやってくれるだろう。我々は我々で、次に進まなくてはならない」


 必死の思いで開発しためいどろぼっちは、販売を停止した。彼女達には、次なるゲームを開発するという道しか残されていないのだ。


「ゲームスタジオ・クロノス、オリジナル作品第二弾を、なんとしてでも世に送り出さなくてはならない! そのためにはみんな! みんなの力が必要だ! みんなの力をオラにわけてくれ!」

「シャチョー! ミンナでガンバリまショウ!」

「……わくわくしてきた」

「忙しくなりそうだわね」


 皆の目には、力強い光が宿っていた。一度は絶望に沈んだ彼女達。しかし、困難を乗り越え、より強くなって帰ってきた。


「皆の衆、覚悟はできたな」


 丸メガネの問いかけに、無言で頷いた。言葉はいらない。戦う覚悟はできている。さらなる困難が彼女達を襲うだろう。どんな壁もぶち破って進む覚悟があるのだ。


「シャチョー! マズ、ナニをしマスか!?」

「企画を練らないといけないわね」

「……スキルアップもしないと」


 次々にタスクをリストアップしていく社員達に、黒乃は不敵な笑みを投げかけた。


「先輩?」

「ククク、なにをはやっておる。もう、次の計画は決まっておるのだ」

「イヤァー! シャチョーがナニか企んでマス!」

「再起をかけた我々が、まずなすべきことはなにか!? それは……」

「デュルルルルルルル、デデン!」

「温泉旅行〜」

「パフパフパフ!」


 唐突に目的を告げる社長と、それを囃し立てるメル子。その言葉に一行は呆気にとられた。


「先輩? 今なんと?」

「……すごいやる気を煽っておきながら、温泉にいくの?」

「ヤりまシタ! 温泉デス! ボクの希望を叶えてくれたんデスか!?(425話参照)」


 がぜん色めき立つ社員達。先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら、作業部屋はぬるすぎる温度へと変化した。


「どこの温泉かしら?」

「……おいしいものあるかな」

「シャチョー! ホテルはスイートルームデスか!?」

「貴様らーッ! 遊びじゃないからな! 渓流で釣りもできるよ」

「ヤりまシタ!」

「皆さん、明日出発ですので! 準備はしっかりお願いしますよ!」

「……メル子ちゃん、急すぎる」


 大盛り上がりで温泉談義に花を咲かせるロボット達を尻目に、黒乃と桃ノ木は目配せをした。


「桃ノ木さん……」

「わかっています……」



 ——翌日の早朝。


 メル子、フォトン、FORT蘭丸は八又産業浅草工場の前に整列していた。


「皆さん! 準備はできていますか?」

「……かんぺき」

「楽しみデ眠れませんでシタ!」


 メル子はキャリーバッグを、フォトンは大きなリュックサックを、FORT蘭丸は唐草模様の風呂敷をそれぞれ準備したようだ。


「……メル子ちゃん、クロ社長とモモちゃんは?」

「まだきませんね。ここで待つようにと指示を受けたのですが」

「シャチョーが、工場で車をレンタルしてくれているんデスよ、キット!」


 その時、真っ赤な車がこちらへ向けて迫ってくるのが一行の目に入った。


「あれ? あれはチャーリー号では?」


 メル子は自分の愛車、キッチンカーのチャーリー号が目の前に停止するのを呆然と見つめた。


「やあやあ、お待たせ」


 運転席から現れたのは黒乃であった。


「ご主人様、なにをしていますか?」

「なにって車を用意したんだけど」

「いえ、チャーリー号は二人乗りですので、五人は乗れませんよ」

「乗れるよ」

「……なんか、イヤな予感がする」


 フォトンはその場から離れようとした。しかし、背負ったリュックサックが邪魔をして一歩出遅れた。次の瞬間、フォトンは背後から耳の穴に指を差し込まれ、シャットダウンさせられていた。


「イヤァー! ナニを……」


 叫びかけたFORT蘭丸も地面に崩れ落ちた。


「ぎゃあ! まさか! またですか!?」

「またなんだ(374話参照)……すまない、メル子」


 膝から崩れ落ちるメル子を黒乃は優しく支えた。桃ノ木の盗賊(シーフ)の素早い身のこなしによって、三人は強制シャットダウンさせられてしまった。


「みんなすまない。ロボットはシャットダウンさせれば貨物として扱われるから、車の後ろに乗せて運べるのだ」


 謹慎解除直後に温泉にいくからと、堂々と工場で車を借りることはさすがに無理だった。チャーリー号は苦渋の選択だったのだ。

 黒乃と桃ノ木は二人で協力してロボット達をキッチンスペースに積み込むと、ベルトでしっかりと固定した。


「よし! 出発するか!」

「はい!」


 真っ赤なボディのチャーリー号は、アスファルトにタイヤで傷をつけながら発進した。





 ——宮城県遠刈田(とおがった)温泉。


 浅草から休憩を挟みながら六時間。首都高、東北自動車道を経て、チャーリー号はようやく目的地に到着した。


「いやー、遠かったね。遠刈田(とおがった)温泉だけに」

「先輩、おっしゃるとおりです」


 彼方に蔵王(ざおう)連峰を望む麓にある、慎ましくひなびた温泉街。それが遠刈田温泉。銭湯、旅館、飲食店、工房、キャンプ場が並び、町の裏を流れる松川には桜が咲き乱れる。標高三百メートル。険しい山へ向かうための、最後の宿場と呼ぶにふさわしい風情だ。

 ゴールデンウィーク直前ではあるが、町の無料駐車場は車でいっぱいだ。かろうじて空きスペースを見つけると、チャーリー号を滑り込ませた。


「桃ノ木さん、そっちを持って」

「はい」


 二人で懸命にロボット達を外に運び出す。動かないロボットは猛烈に重い。黒乃は若干腰を痛めた。


「フゥフゥ、やった」

「ハァハァ、では先輩、おねがいします」

「おう!」


 黒乃は歌った。『Get Wild』を歌った。遠刈田温泉に響き渡る低めの旋律は、峠へと挑むバイク野郎の心とモーターを震わせた。

 歌い終わったころには、周囲に集まった野次馬達の拍手に包まれていた。


「今だ!」


 黒乃はロボット達の耳の中にある起動ボタンを押した。ブイーンという音とともに、三体のロボットが起き上がった。


「やあ、みんな。おはよう」


 メル子、フォトン、FORT蘭丸は呆然と周囲の様子を見渡した。そびえる蔵王連峰の頂上が白く染まっているのを確認すると、おもむろに立ち上がった。

 プルプルと震えるメル子が、真っ青な顔で口を開いた。


「どうして、遠刈田温泉にいるのですか……」

「シャットダウンしている間に、着いちゃったんだよね」

「高速道路をかっ飛ばしたり、サービスエリアでラーメンを食べたりしたかったのですが……」

「ああ、それはご主人様と桃ノ木さんでやっておいたから」


 メル子は八又産業のロボットに搭載された八色ブレスの一つ、ヒートブレスを吐き出した。それは黒乃の顔をこんがりと焼いた。


「ぎゃばー! あっちゃっちゃっちゃっちゃ!」


 黒乃は地面を転がり回って悶えた。すかさすFORT蘭丸が両足を、メル子が両手を押さえつけた。


「シャチョー! ひどいデス!」

「……ぜったいに許さない」


 フォトンの可愛いお尻が、黒乃の焦げた顔面をプレスした。


 こうして、楽しい温泉旅行が始まったのだった。


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