第436話 密着取材です!
分厚い化粧で完璧な笑顔を作った女子アナロボが、クルーを引き連れてボロアパートの前にやってきた。
「テレビの前の皆さん、おはようございます。本日は『浅草プチ事変』で世間を騒がせた、あの方のお宅にやってまいりました」
女子アナロボが美しい動作で右手を掲げると、カメラがそちらへ寄った。
「このボロアパートにその方はいます。あ、皆さん見てください。出てまいりました。いってみましょう!」
女子アナロボを先頭に、クルー達がボロアパートの階段を駆け上った。
「栗の木社長! おはようございます!」
「あ、黒ノ木です。おはようございます」
『ゲームスタジオ・クロノス代表取締役 黒ノ木黒乃(2X)』
画面にテロップが表示された。
白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽな女性は、カメラに向けて会釈をした。女子アナロボは、黒乃の頬にマイクを押し付けた。
「黒ノ木社長! 今日は密着取材、よろしくお願いします!」
「モゴモゴ、あ、よろしくお願いします」
『密着! お騒がせ貧乳の実態に迫る!』
「社長! 今日のご予定は?」
「あ、今日はですね、あの、ご迷惑をおかけした浅草の皆さんにですね、お礼参りをしようかと思っています。あの、それが最近の日課でして」
「殊勝ですね〜、すばらしいです」
その時、小汚い部屋の扉をすり抜けて、少女が現れた。少女は黒乃に飛びついた。
「はんせいした黒乃〜、いってらっしゃい〜」
「ははは、健気な紅子、いってきますよ」
『怪奇! 扉をすり抜けて出現する幽霊少女!』
「黒ノ木社長! その子は、社長の娘さんですか!?」
「ええ、ええ、そうなんです。私の娘でして。大変な時に元気をくれる存在なんですよ。健気な紅子、お留守番できるかい?」
「はんせいした黒乃〜、おるすばんできる〜、がんばってきて〜」
『感動! 母を応援する娘! 親娘の絆!』
「かわいいです! 食べちゃいたい!」女子アナロボは紅子の頬にかぶりついた。
「あ、こら! やめろ!」
『怪奇! 幼女に吸い付く女子アナロボ!』
黒乃とクルーが協力して、必死に女子アナロボを引き離した。
——仲見世通り。
「皆さん、雷門にやってまいりました。復興冷めやらぬ中、通りは人で溢れています」
黒乃は人の波をかき分けて通りを進んだ。
「反省した黒乃ちゃん! ほら、お団子持っていきなよ!」
「反省した黒ノ木社長! 新作のカードゲームが入荷したよ!」
出店の人々が次々に黒乃にお土産を手渡した。
『意外? 町の人々に慕われる丸メガネ』
「ははは、みんなありがとう、ありがとう」
「社長は人望あるんですねー」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。私が皆さんにお世話になっているんですよ」
仲見世通りを中ほどまで進むと、威勢のいい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! 南米料理店『メル・コモ・エスタス』へようこそ!」
金髪巨乳メイドロボが、出店の中で懸命に料理をしている姿が、カメラに映し出された。
『怪奇! 乳がデカすぎるメイドロボ!』
「おや? 黒ノ木社長。この店はメイドロボが経営している有名店ですね?」
「え? そうなんですか? よく知りませんけど……見てみましょうか。へー、『メル・コモ・エスタス』って言うんだ。おいしそうだな。食べてみようかな」
黒乃と女子アナロボは、行列の最後尾に並んだ。しばらくすると、黒乃の番が回ってきた。
「いらっしゃいませ! 反省したお客様!」
「ここはなにを食べられるお店なのかな?」
「ここは南米料理店です! 『メル・コモ・エスタス』と言います!」
「へー、今日のメニューはなんだろう?」
「本日はアヒ・デ・ガジーナです! 鶏のピリ辛煮込みですよ!」
「へー、聞いたことないな。食べてみよう。二つください」
「ありがとうございます! 反省したお客様!」
黒乃と女子アナロボは、店の脇に設置されたベンチに座った。
「さあ、食べてみましょうか、黒ノ木社長」
「そうですね。パクリ」黒乃はスプーンを口の中に入れた瞬間、目を見開いた。
「おーいしーい! うそー! なにこれなにこれ、おーいしーい! こんなにおいしいお料理、初めてですよー! やわらかーい、とろける〜」
「確かにおいしいですね〜。この謎の肉に味がついていて、それでいて硬くもなく、冷めてもおらず、いい感じです〜」
黒乃と女子アナロボは、必死に料理をがっついた。
「黒ノ木社長、おいしかったですね〜」
「いや、ほんと、こんなお店があるとはな〜。知らなかったですよ。えーと、なんだっけ? このお店の名前は〜?」
すると金髪巨乳メイドロボが、店の中から走り出てきた。黒乃の隣に並ぶと、二人でダブルピースを決め、カメラに向けて言い放った。
「「メル・コモ・エスタスです!」」
『キャンペーン情報。当店で購入時に「反省した!」というキーワードを言うと、ドリンクがサービスされます』
その時、仲見世通りにざわめきが走った。賑やかなはずの通りが静まり返り、人々が道を開けていく。その間から悠然と現れたのは、着物を着た恰幅のよい初老のロボットだった。
「美食ロボだ!」
「大物だ!」
野次馬達が口々に騒ぎ立てた。美食ロボはメイドロボの店の前に立つと、鋭い眼光を黒乃に投げかけた。
「反省した女将、この反省は本物か?」
「ええ!?」
『緊張! 業界の重鎮が突如として現る。いったいどうなってしまうのか!?』
「ここでいったんCMです!」
『ローボローボロボ、ロボロボコー! まんまる目玉の目玉のロボキャンディー! 発売中だよ!』
『グルメ界の王が、なぜ!? 急転直下の事態に、白ティーはどう立ち向かう!?』
美食の王は黒乃を睥睨した。その視線により、『責任』という重い錨が黒乃の心にのしかかった。
「反省した黒郎よ」
「誰が黒郎じゃい」
「お前の反省は本物か?」
「もちろんだよ。みんなに迷惑かけたって思っているし、これからみんなのためにがんばろうって思っているし。ちゃんと反省しているよ」
「ほほう、では教えてくれ。本物の反省とはなにか?」
「え? それは自分がやったことをしっかりと理解して、二度と繰り返さないように対策を練って……」
黒乃は汗を垂らした。
「ふうむ、反省か……そもそも反省とはなんなのだ? 自分を省みれば反省なのか? 猿にも反省はできるのか? お前の反省が本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一に反省とはなにか?」
「え、ええ!?」
「反省の定義だ。反省と呼ばれるためにはなにが必要なのだ? 悔い改めれば反省なのか? これを欠いたら反省ではなくなるという要素はどこだ?」
「そ、そんなこと」
「反省の定義もできないくせに反省したというのはおかしいじゃないか」
黒乃は地面に両手両膝をついた。プルプルと子鹿のように震えた。
「私は……私は反省したふりをしているだけだったのか!? 反省がなんなのかも知らずに、世間体だけを考えて! うおおッ! うわおおおおおお!」
『無惨! 論破される陰キャ。はたして黒ノ木社長は立ち上がることができるのか!?』
美食ロボは店を一瞥した。
「女将、一つもらおうか」
「はい、どうぞ!」
「ほう、いただこう。モグモグ。うーむ、なんかこう、ちょっと辛くてうまい。このなんの肉かわからないのが、柔らかくてうまい。温かくてうまい! フハハハハハハ! 女将、腕を上げたな!」
美食ロボは着物の裾をひるがえすと、広い背中を見せて去っていった。
「フハハハハハ! フハハハハハハ!」
「こら、待たんかい」
黒乃は背後から美食ロボの両手首をとった。相手の足に自分の足を絡め、地面に背中をつける。そのまま美食ロボのボディごと、両手両足を上に吊り上げた。天井固め、通称ロボロ・スペシャルの完成だ!
「お前も少しは反省して、食った分の代金は払わんかい!」
「ぐごおおおおおお!」
『脅威! 業界の重鎮に、プロレス技を仕掛けるのっぽ!』
「アハハハハハハ! 皆さん、見てください! 大技が炸裂しています! ワン、ツー、スリー! カンカンカン!」
女子アナロボがスリーカウントを決めると、美食ロボは地面に倒れたまま動かなくなった。女子アナロボは黒乃の手をとり、高々と掲げた。野次馬達がいっせいに手を打ち鳴らした。
「ユー、ウィン!」
「うおおおおおおお! メル子ー!」
『逆転! 美食のチャンピオンを物理的に粉砕! 反省VS反省に終止符!』
「ここでいったんCMです!」
『ディ! ロボノロージア! ロボノロ……ロボノロージア! 次世代のテクノロジーはロボノロージアで。ディ!』
——浅草神社。
人でごった返す浅草寺とは違い、落ち着いた雰囲気で人々を和ます浅草神社。その境内に黒乃と女子アナロボ達はやってきた。
「黒ノ木社長! 神社に参拝ですか?」
「はい、浅草を破壊してしまったことをね、反省しまして、あの、懺悔にきました」
神妙な顔で賽銭箱の前に立つ。ジーンズのポケットから小銭を取り出し、よく吟味したあと、放り投げた。
『貧困! 賽銭に十円玉一枚しか払えない社長!』
黒乃が遠慮がちに鈴を鳴らすと、本殿の戸が勢いよく開き、中から巫女装束風メイド服を纏ったメイドロボが現れた。
「佇立佇立、武夷武夷」
カメラに向けてダブルピースを決めるギャル巫女メイドロボ。
「サージャ様だ! サージャ様! 私、サージャ様のファンなんです! ツーショットいいですか!?」
「桶碑、桶碑」
サージャと女子アナロボは、がっちりと肩を組み、カメラに向けてポーズを決めた。
『衝撃! 神をも恐れぬ女子アナロボ!』
「ふー、そんで〜? 反省した黒ピッピ。ほんとに反省したの?」
「しました!」
サージャは賽銭箱の横の段に腰掛けると、直立する黒乃に疑わしそうな目を向けた。
「どうやってそれを証明すんのさ?」
「え!? それは……あの……その……」
「口だけなんじゃないの〜?」
「あ、いや、その……」
『悲惨! いい年こいて怒られる大人!』
黒乃はたじろいだ。サージャの眠そうな目を見ることができない。思わず下を向いてしまった。
「サージャ様!」
その時、声をあげたのは、意外にも女子アナロボだった。張り付いたような笑顔が消え、人間味のある表情を覗かせた。
「私は今日一日、クズの木社長に密着して、感じました」
「あ、黒ノ木です」
「クマの木社長は、誰よりも反省しています。そしてなにより、町の人々に好かれています!」
浅草寺から伝わってくる喧騒は、張り詰めた空気によって弾かれた。四月のまだ冷たい空気が足元を走り抜けた。
「反省したご主人様は、反省しています!」突如、メル子が境内に現れた。
「反省した黒乃ちゃんは、反省しているよ!」団子屋の女将だ。
「反省した黒ノ木社長は、反省しているぜ!」土産物屋の主人も駆けつけてくれた。
「俺もいるぜ!」お隣の林権田もきてくれた。
その後も次々に仲見世通りの人々が集まってきた。
メル子はサージャの前に立つと、深々と頭を下げた。
「サージャ様、よろしいでしょうか」
「メルピッピ、言ってごらん」
メル子は顔を上げ、しっかりとサージャを見た。
「ご主人様が反省したかどうかは、結局のところわかりません。証明する方法がありません。人間の心ですから、機械で読み取るわけにもいきません。ですが、大勢の人がご主人様を信じてくれています」
「ほむ」
「ですので、どうかサージャ様も信じてください」
メル子は再び頭を下げた。皆も頭を下げた。サージャは大きく息を吐いた。
「マジ昇歩様ー!」サージャは叫んだ。
「よーゆーた、メルピッピ」
巫女は立ち上がり段を下りると、黒乃とメル子の頭を同時に撫でた。
「そう、結局のところ、反省してるかどうかなんてわからんのよね。それは今後の行動で示すべし! それが浅草の意志なんよね。マジウケるwww」
「サージャ様!」
「サージャ様!」
黒乃とメル子は抱き合って喜んだ。
『感動! みんなの力が巫女を動かす!』
こうして、黒乃の謹慎は五月を待たずに解除された。同時にゲームスタジオ・クロノスの業務停止命令も解除。晴れて自由の身になったのだった。
「黒郎よ、大事なことに気がついたようだな。フハハハハハハ!」
『この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りしました』
お菓子のロボコ
次世代をリードするロボノロージア
美食ロボ部




