第435話 お誕生日です! その五
四月の夕方、ボロアパートの小汚い部屋は、厳かにも暖かな雰囲気に包まれていた。
「ふふふ、ありがとう」
「オホホ、ありがとうございますの」
黒乃とマリーは、目の前の慎ましいケーキに目を輝かせた。
「「黒乃さん、マリーちゃん、お誕生日おめでとうございます!」」
今日は黒乃とマリーの誕生日パーティーを開催しているのだった。集まったメンバーは黒乃、メル子、マリー、アンテロッテ、鏡乃、朱華、紅子、黒メル子、モンゲッタだ。
つまり、ボロアパートの住人だけでパーティーをしているのだ。
『俺もいるぜ!』
お隣の部屋から、林権田の声が聞こえた。
「うふふ、嬉しいなあ〜」
「オホホ、嬉しいですの〜」
静かな誕生日パーティー。どんちゃん騒ぎはできない。
「去年のお誕生日パーティーに比べて、ずいぶんと慎ましくなってしまいましたね」
メル子が幾分寂しそうに言った。
「しょうがないさ。我々は謹慎中なんだからね」
ゲームスタジオ・クロノスは今、浅草プチ事変の責任を負わされて、四月いっぱいまで業務停止中の立場だ。昨年は大相撲ロボのいる浅草部屋で、大々的にパーティーを開催したのだが(250話参照)、そのような大イベントは自粛をしたのだ。
よって、ボロアパートでの誕生日会となってしまった。
「黒乃〜、おたんじょうび、おめでとう〜」
紅子が黒メル子の腕から飛び出し、黒乃の膝の上に飛び乗った。
「あはは、紅子、ありがとう」
黒乃は我が娘をしっかりと抱きしめた。データベース上のことではあるが、紅子は黒乃の娘なのだ。自分が一つ年を取れば、娘も一つ年を取る。その当たり前のループは、二人にとっては奇跡だ。
「紅子のお誕生日会は、もっと大勢集めてやろうね」
「やる〜」
黒乃は紅子の赤みがかった頬に頬擦りした。
「クロちゃん! おめでとう!」
「おお、鏡乃、ありがとう」
鏡乃は黒乃の大平原に飛び込みたい衝動に駆られたが、我慢した。すでに紅子が膝の上にいるというのもあるが、最近は甘えるのを控えているのだった。
「お義姉……あ、黒乃さん、お誕生日おめでとうございます」
「おお、朱華ちゃん、ありがとう。鏡乃をよろしくね」
「はい!」
朱華のショートボブが跳ねた。するりと鏡乃の腕に自分の腕を絡めた。
「ご主人様、本当におめでとうございます」
「きゅいー」
「えへへ、ありがとうね」
深々と頭を下げたのは、黒いメイド服の黒メル子だ。その腕の中には、小熊のぬいぐるみのモンゲッタが抱かれている。
「ご主人様とこの日を迎えられて、幸せです」
「ブブブブブ!」
「えへへ、私もだよ」
黒メル子は、腕の中で暴れるモンゲッタを必死にあやした。
「黒メル子! ワトニーは私が面倒をみます!」
「けっこうです」
メル子はモンゲッタを奪い取ろうとしたが、黒メル子に軽くあしらわれてしまった。
皆が次々にお祝いの言葉を贈る。言葉が贈られるたびに、二人の心は満たされていった。
「黒乃〜、ケーキたべる〜」
紅子がケーキに手を伸ばした。
「こらこら、ケーキはあとだよ。まずは、我らがメイドロボ達が作ったお料理を堪能しよう」
「ぶー」紅子は頬を膨らませた。
「紅子、こっちおいで!」
鏡乃が呼ぶと、紅子は遠慮なく鏡乃の膝の上に飛び乗った。鏡乃と朱華で、その頭を撫でた。
「えへへ、ミラちゃん、ウチらの娘みたいだね」
「うん!」
「鏡乃おばちゃん〜」
紅子の言葉に、鏡乃の丸メガネが真っ青になった。黒乃が母なら、黒乃の妹は叔母になるのだ。
「さあ、お料理を食べましょう!」
「おパーティーの開始ですわえー!」
とは言っても、なにか特別な料理があるわけでもない。普段メル子と黒メル子、アンテロッテが作っている料理が並んでいるだけだ。
「「いたーだきーます!」」
巨大な串焼き、オシャレなテリーヌの前菜、豪華なスープ、色とりどりのフルーツ盛り合わせ。皆、思い思いに料理を手に取り口に運んだ。
「うまい!」
「うまうまですわー!」
主賓の笑顔に、思わずメイドロボ達も笑顔になった。
「メル子! これなに!?」
「鏡乃ちゃん、それはパパ・レジェーナですよ!」
「アン子さん、これうまかー」
「朱華様、それはエスカルゴ・ブルギニョンですのよ」
「ぎゃーですのー! どうして、エスカルゴを出すんですのー!」
「黒メル子〜、コロッケとって〜」
「どうぞ、紅子ちゃん」
「ブブブブブ!」
「あーあー、ワトニーがミルクの皿ひっくり返した」
食事を進めるうちに完全に日が落ちた。復興がまだ終わってはいない浅草の町は、急速に静まりつつあった。
食事を終えたら、いよいよバースデーケーキの出番だ。メル子が淹れてくれた紅茶とともに、甘いケーキを頬張った。
「うわ〜、なんだこのケーキ。うまいな〜」
「うふふ、ケーキだけは奮発しました。アン子さんが仕入れてくれた、フランス産のイチゴを使いました」
「今がお旬のシャーロットをおジャムにして、おクリームに練り込んであるのですわー!」
紅子はケーキの上に乗っていたチョコレートの板に興味津津のようだ。
「黒乃〜、これたべていい〜?」
「食べな」
『Happy Birthday Kurono & Marie』と書かれた板チョコが、みるみるうちに砕かれて紅子の口の中に消えていった。これはボロアパートの地下で、黒メル子がこさえたものだ。
「わたくしにも半分くださいましー!」
「ところで、ご主人様」
「どしたん、メル子」
「今日でおいくつになられたのですか?」
「こらこら、紅子。マリーに半分あげなさいよ」
「ご主人様?」
「ん? どしたん?」
「いくつになったのか、と聞いているのですが」
「ははは」
「ワロていますが」
一行の視線が黒乃に集中した。
「マリーちゃんは中学三年生、紅子ちゃんは小学二年生、鏡乃ちゃんと朱華ちゃんは高校一年生ですよ」
「だね」
「私と黒メル子は一歳児で、アン子さんは二歳児ですよ」
「ほむむ」
「皆さん、年齢がはっきりとしているのです」
「なるほど」
「ご主人様の年齢も、はっきりとさせた方がよろしいのではないでしょうか?」
黒乃は紅茶のカップを傾け、一気に飲み干した。
「おかわり……」
「ご主人様!!!」
「わあ、なになに?」
「おいくつなのですか!? べつに隠すようなことでもないでしょう!」
「2X歳だけど……」
「だから、なぜ隠すのですか!?」
静まり返る小汚い部屋。慌てた紅子が、メル子の後ろに走り寄ると、頭を撫でた。
「メル子〜、おちつく〜」
「ハァハァ、取り乱しました。ハァハァ、鏡乃ちゃん」
「なん?」
「妹なのですから、姉の年齢は知っていますよね? 教えてください」
「気にしたことない」
「そんなばかな!」
メル子はプルプルと震える手でカップを持ち上げた。
「メル子さん、どうしてそんなに黒乃様の年齢を知りたいんですの?」
「自分のご主人様の年齢を知っておくのは大事でしょう! アン子さんは知っているからいいですよね!」
「まあまあ、メル子。こういうのはさ、ほら、都合っていうものがあるじゃないのよ」
「都合? なんの都合ですか!?」
「作劇上の都合ってやつさ。設定をはっきりさせない方が、物語を動かしやすいってことも多いでしょ?」
「メタ的な理由で、あいまいにしていたのですか!?」
メル子は興奮しすぎて、椅子ごと後ろにひっくり返って動かなくなった。
ケーキを食べ終えてお腹が落ち着いてきたら、パーティーの定番、ゲームコーナーだ。黒乃が発案した重量級ボードゲーム『テラフォーミング・オッパー』(431話参照)をチームで戦う。
黒乃、紅子チーム。
メル子、黒メル子、モンゲッタチーム。
マリー、アンテロッテチーム。
鏡乃、朱華チーム。
序盤は制作者のアドバンテージと、隅田川博士の遺伝子を引き継いだ天才児紅子の頭脳により、黒乃チームが有利に進んだ。
「グワハハハハハ! オパンポス山を黒で埋め尽くしてやったぜ!」
「またですか! ではこのオップロで攻撃をしかけます! 惑星オッパーの衛星『オパボス』に巨大都市を建築! オパンポス山の住人を、オパボスに移住させます!」
「なにッ!?」
「オーホホホホ! 加えて『悪の秘密結社』のオップロを発動しますのー!」
「オーホホホホ! これでオパンポス山は、悪の組織に支配されてしまいましたのよー!」
「なんだあッ!?」
「んじゃあ、鏡乃達がトドメ刺すね。『オパボス衛星砲』のオップロでオパンポス山を破壊。悪の組織を衛星砲で壊滅させるのは、宇宙法で合法なのだ」
「うわあああッ! なんで、よってたかってうちらを集中攻撃するの!?」
「山頂を黒くしたがるからですね」
ゲームで盛り上がったあとは、ミュージックタイムだ。演者は手のひらサイズの三頭身ロボ『プチドロイド』であるプチマリとプチアン子だ。
プチマリがミニチュアのバイオリンを弾き、プチアン子がミニチュアのピアノを弾く。
一行はうっとりと、演奏に酔いしれた。その調べに合わせ、誰ともなく歌い始めた。
遥か宇宙の果て そこに誰かいますか
この小さな星の 思いよあなたに届け
私は送ります あなたに向けて送ります
私達の座標を ぜったい迎えにきてほしい
あなたの星から四百幾年 光の一割の速さで
あなたの星から宇宙艦隊 地球人を殲滅に
黒乃はぽつりと言葉をもらした。
「みんな、今日はありがとうね」
一行はなにも言わず、次の言葉を待った。
「あんな大事件を起こしちゃってさ。なんか、世間の人から恨みを買っているんじゃとか思ったけどさ、そんなことはなくて。いや、責任は感じているんだよ。やっぱりやっちゃったのかな〜、なんてさ。そんな中でお誕生日会やっても、誰もきてくれないんじゃないかって。でも身内だけでも、祝ってくれる人がいて嬉しいよ」
黒乃は照れ臭そうに言葉を締め括った。
「今日はありがとう」
メル子はくすりと笑った。おもむろに立ち上がると、窓のカーテンを開けた。青白い月明かりが小汚い部屋に差し込んだ。
「ご主人様、ご覧ください」
「ええ? なにを?」
黒乃は窓に張り付き空を眺めた。
「下です、ご主人様」
「ええ? ああ!」
黒乃の視線の先には、大量に積まれたなにかがあった。ボロアパートの駐車場に積まれた箱だ。
「あれは、もしかして……」
「そうです、プレゼントボックスです。皆さんがこっそりと、置いていってくださったのです」
黒乃は謹慎中の身。それゆえ皆、黙ってプレゼントだけ置いていったのだ。静かに、なにも言わずに。
「みんな……ありがとう」
月明かりに照らされた箱の山は、まるでオパンポス山のようであった。




