第431話 ボードゲームです!
浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家。ここゲームスタジオ・クロノスは、浅草プチ事変による破壊を奇跡的に免れていた。
その事務所にこっそりと集まる人影がいくつか……。
「皆の衆、奇遇だね」
「……いや、奇遇ではない」
「イヤァー! 業務停止中に、ドウシテ集まるんデス!?」
「先輩、今日はなにをしますか?」
事務所の作業部屋にいるのは、社長である黒ノ木黒乃、デザイナーの影山フォトン、プログラマのFORT蘭丸、事務兼会計兼人事兼プランナー兼ディレクターの桃ノ木桃智だ。
テーブルを囲うように座っていると、メル子が紅茶を運んできた。
「みなさん、大変なところ、よくお集まりくださいました」
「女将サン! ボク、今日はルビーとお昼寝して過ごす予定だったんデスよ!」
「……陰子先生と修行から帰ってきたばっかりだから、クタクタなのに」
「お仕事はできないから、なにをするのかしら」
皆が口々に騒ぎ立てていると、黒乃がテーブルの真ん中に巨大な箱を置いた。その風圧で、皆の前髪がフワリと揺れた。
「貴様らーッ!!!」
「ナンデス!?」
「……声が大きい」
「今日は、ボードゲームで遊ぼうって思ってね。えへへ」
置かれた箱をまじまじと見つめた。その上面にはこう印字されていた。
『テラフォーミング・オッパー』
「……なにか、いやな予感がする」フォトンは青いロングヘアを赤く変色させた。
「イヤァー! 面白そうデス!」FORT蘭丸は頭の発光素子をランダムに明滅させた。
「こんなボードゲーム、売っていたかしら?」桃ノ木はいぶかしげに箱を見つめた。
「くくくく」
「はい! ご主人様がワロてます!」
「このボードゲームは、私が開発したものなのだ」
「シャチョーが!?」
「私が企画して、八又産業のアイザック・アシモ風太郎先生のところに持ち込んだら、快く試作品を作ってくれたのだ!」
「実際は、脅していました!」
「……あの会社、言えばなんでも作ってくれるの」
「今日はみんなでこのボードゲームをプレイして、レビューを行うのだ!」
黒乃は箱を開けた。中から出てきたのは、こんもりと盛り上がった山が二つついた盤、大量のカード、コマ、コインだ。
「……けっこう本格的」
「この盤はナンデス!?」
「カードの種類がすごいわね」
「今から、ゲームのルールを説明する! 心して聞くように!」
「「はい!」」
テラフォーミング・オッパーは、惑星『オッパー』を人が住める星にテラフォーミングしていくゲームだ。プレイ人数は一人から五人。プレイ時間は一時間から二時間。対象年齢は十八歳以上。いわゆる、重量級のボードゲームだ。
「人類は新たなる移住先を求めて、惑星オッパーに進出した! しかし、オッパーは過酷な環境! 移住者みんなでがんばって、人が住める星にしなくてはならないのだ!」
「……ここまでは、まだまとも」
プレイヤーはカードを駆使してテラフォーミングを行い、誰が一番テラフォーミングに貢献したかを競うゲームだ。
「どうやったら、テラフォーミングが完了するかを説明する! オッパーには三つのパラメータがある! 一つ! 『大きさ』! 二つ! 『柔らかさ』! 三つ! 『形』! これらをまとめてオッパラメータと呼ぶ!」
「……やばい」
このオッパラメータを操作していくことで、最終的なオッパーの環境が決まる。自分の理想のオッパーを生み出そう!
「オッパラメータを操作するたびに、盤に自分のコマを配置する! こうやって自分の陣地を増やしていくんだ! 盤面がコマで全部埋まったら、ゲーム終了! 一番コマ数が多い人が勝ちだ! ヨシ! じゃあもう、さっそく始めよう!」
黒乃はコマとコインを皆に配った。コマは色分けされていて、誰のものかすぐわかるようになっている。
黒乃:黒
メル子:赤
桃ノ木:ピンク
フォトン:薄茶
FORT蘭丸:焦茶
コインは凸と呼ばれるゲーム内通貨で、様々な場面で必要になる。全員に100凸が支給された。
そして、全員にカードを十枚ずつ配っていく。これらのカードはテラフォーミングを行うためのオッパープロジェクト、略して『オップロ』を表している。カードを場に出すことで、効果を発揮する。
「……この盤、触ると気持ちいい」
フォトンが、こんもりと盛り上がったシリコン製の二つのふくらみを揉んだ。これらは惑星オッパー最大の山で、オパンポス山とオパニス山を表している。
「こらこらこらー! 触っちゃダメ! じゃあ、私から時計回りで手番が進むからね。まずは『水源調査』のオップロを発動!」
黒乃は10凸を支払い、カードを場に置いた。このオップロは『大きさ』のオッパラメータをアップさせる効果がある。盤に設置されている『大きさ』のスライダーを『D』から『E』に動かした。
「ご主人様!? オパンポス山とオパニス山に異変が!?」
二つの山が大きくなっていくのだ。
「くくく、オッパラメータに応じて山が変化するのだ。こんなボードゲーム、他にはあるまい」
真っ青になるクロノス一同。それに構わず、黒乃はオパンポス山の頂上に黒いコマを置いた。
「オッパラメータを変化させたら、自分のコマを置くんだよ」
「ご主人様! 山の頂上に黒いコマを置くのはおやめください!」
「なんで?」
続いてメル子の手番だ。
「私は30凸を支払い、『小惑星墜落』のオップロを実行します! これは『形』のオッパラメータを変化させる効果があります!」
メル子は『形』のスライダーを『お椀』から『ロケット』にスライドした。二つの山が上に伸びていく。
「いい形になりました!」
メル子はオパンポス山の頂上に赤いコマを置いた。
「山を真っ黒にされるのを、防がなくてはいけません!」
続いては桃ノ木の手番だ。
「このターンは凸を貯めることにするわね。『株式会社設立』のオップロを配置します」
このオップロは、手番がくるたびに新規の凸を獲得できる。慌てて領地を拡大するより、地道に資金を貯めて後半攻める作戦だ。
「桃ノ木さんは堅実だねえ。次はフォト子ちゃんの手番だよ」
「……えへへ、『ヒヤシンス畑』のオップロを使う。とってもきれい」
フォトンは場にカードを置いた。
「……これはオッパーの気温を高めて、『柔らかさ』をアップできるの」
スライダーを操作すると、二つの山が揺れ始めた。一同はその揺れに合わせて、視線を左右に動かした。
「ボクの手番デスね! ボクは全凸を注ぎ込んで『炭鉱開発』のオップロを発動しマス!」
このオップロは、継続的に凸を獲得できるのに加えて、『大きさ』を二段階下げる働きがある。FORT蘭丸がスライダーを『C』まで下げると、二つの山はみるみるうちに萎んでいった。
「ぎゃばー! FORT蘭丸、貴様ーッ! なにをするかー!」
「ボクは、小さい方が好みデス!」
オッパーのテラフォーミングは、人類の命運をかけた大事業だ。それはいくつもの世代を経て行われる。プレイヤーの手番が一巡すると一世代が終了となる。
世代が終了すると精算タイムに入る。それぞれ基本の凸に加えて、オップロ毎のボーナス凸を獲得する。
続いてカードを四枚引き、よく吟味したのち、必要なカードを凸を支払って買う。
「よし! 二世代目いくぞ! 使うオップロはこれ! 『オッパー乳業開業』でミルク工場をオパンポス山に設置! 山の上から新鮮なミルクをお届けするよ!」
「……ひどい、せっかく柔らかくしたのに」
「ガハハ! 張りがある方がええじゃろ!」
このオップロは、『柔らかさ』のオッパラメータを『張り』の方向へシフトできるのだ。
そして黒いコマを、メル子の赤いコマを挟み込むように設置した。
「ぎゃあ! 私の陣地が黒くなってしまいました!」
相手の陣地を挟み込むように配置をすると、自分のものにできるのだ。
その後も世代は進み、十世代目には戦いの趨勢が決してきたように見えた。
「ガハハハハ! どないや!」
「イヤァー! オパンポス山が黒く埋め尽くされていマス!」
黒乃の猛攻により、オパンポス山からは早々に他勢力は駆逐されてしまった。黒くそびえ立つガチガチに膨張した山。それは惑星オッパーを支配する、暗黒帝国に他ならなかった。
一方、隣のオパニス山は色に溢れていた。赤、ピンク、薄茶、焦茶。領地を分け合っているように見えた。その大きさはほどよく、美しい稜線は時々滑らかに揺れていた。
「グアハハアハハハハ! 我がオパンポス帝国に逆らうことなかれ!」
「受けて立ちます! こちらはオパニス連合国です!」
「まずは、『大洪水』のオップロで攻める! これは陣地を無効化する効果があるのだ! そして、あらかじめ設置しておいた『海賊艦隊』のオップロの効果が発動! 海賊が無効化された陣地を占領! さらに『買収工作』により、蓄えていた凸が大暴落! これで勝負あったぁ!」
黒乃の怒涛の三連コンボにより、連合国は機能が麻痺状態になってしまった。
「まずいです! 凸の下落により、オップロを実行するための資金が足りません!」
絶体絶命かと思われたその時……。
「メル子ちゃん、安心して」
「桃ノ木さん!?」
桃ノ木は場のカードを裏返した。
「これは『隠し財産』のオップロよ。凸の暴落時に備えて隠していた財産で、オップロを実行できるの。みんな、これを使って」
「なにそれ!?」
凸に変わる新通貨、『凹』が皆に配られた。
メル子の手番だ。
「ありがとうございます! 凹を使い、『大噴火』を発動! オパンポス山を吹っ飛ばします!」
「ぎゃぼー!」
噴火により、山頂付近の陣地は軒並み壊滅してしまった。
「……ボクの手番。凹を使って『宇宙警察』を招来」
このオップロにより、海賊達が軒並み連行。オパニス山の占領された陣地が、復活を遂げた。
「ぎゃぴー! そんなバカな!?」
「最後はボクの手番デス! 『ハッカー集団』を発動! オパンポス帝国を内部から破壊しマス!」
「ぎゃぷー!」
オパンポス帝国は完膚なきまでに叩きのめされた。
こうしてすべてのコマが配置され、テラフォーミングは完了した。激しい戦いの末に残されたものはなにか……。
「いちにーさんよん……えーと、やった! それでも黒い陣地が一番多いぞ! 私の勝ちだ!」
やはり、オパンポス山を占領できたのが大きかった。起死回生の反撃も、一歩及ばなかったのだ。
「ハァハァ! どないや! これが社長の力だ! ガハハハハ! ガハハハハ!」
平らな胸を、めいっぱい反らして笑う黒乃。打ちひしがれるクロノス一同。
しかし、メル子の視点は違った。
「ガハハハハハ!」
「ご主人様」
「ガハハハハ! どした、メル子?」
メル子は指をさした。全員がその先にあるものを見た。そう、黒く歪んだ巨大な物体を。
「このオパンポス山の姿をご覧ください」
「なにッ?」
「たしかにご主人様は、オッパーに帝国を築き上げました。しかし、この帝国は本当にご主人様が作りたかったものなのでしょうか?」
黒乃は動きを止め、自らの帝国を眺めた。巨大な我が帝国を。
「いや、なにを言って……」
黒乃はプルプルと震える手でオパンポス山に触った。固く、ゴツゴツとしたそれ。大きいばかりで美しさのかけらもないそれは、手に残酷な感触を残した。
「……クロ社長、こっちを触ってみて」
フォトンに促されるままに、オパニス山を握った。手に収まるほどよい大きさ、張りと柔らかさを併せ持つ感触、なにより見るだけで心を潤す美しい造形。
「これは……! ぐがッ!」
黒乃はテーブルの上に崩れ落ちた。その衝撃で、凸と凹が盛大に散らばった。
「私は……今までなにを……うわおおおおおお! 完全に正気に戻った!」
黒乃は泣いた。メル子は優しく背中を撫でた。
「先輩、しっかりしてください」
「……自分で作ったボードゲームでわからせられるなんて、この世でクロ社長だけ」
「シャチョー! ゲーム自体は面白かったデスよ!」
「みんな……ありがとう! うおおおお!」
ちなみに後日、テラフォーミング・オッパーが発売されたが、けっこう売れた。




