第43話 メイド交換です!
「アン子? どうしてここにいるの? マリーが心配してるから、おうち帰んな?」
「ご主人様を置いてどこかにいくなんて、できませんわー! オーホホホホ!」
どうやらアンテロッテは、黒乃をご主人様だと認識しているようだ。先ほどのゴキブリ騒ぎのどさくさで、AIがおかしくなってしまったのだろうか?
このままにしておくわけにもいかないので、アンテロッテを連れてマリーの部屋までいってみた。メル子も同様にマリーをご主人様だと認識しているようだった。
それぞれの部屋に帰るように説得したが、頑として動かなかった。埒があかないので、アンテロッテを連れて部屋まで戻ってきた。
職人ロボのアイザック・アシモ風太郎に連絡をして状況を伝えたが、検査をしてみないと詳しくはわからないという返事だった。しかしゴキブリロボが出す超音波によって、ロボットが変調をきたす例は存在するようであった。
TM NETWORKの『SEVEN DAYS WAR』を聴かせれば直るかもしれないと言われたので熱唱してみたが、効果はなかった。
「明日工場にいって、検査してもらおう。でもアン子はクサカリ・インダストリアル製のロボットだから、そこの浅草工場じゃダメだよな。どうしよう?」
「ご主人様、わたくしはどこもおかしくありませんわー! オーホホホホ!」
仕方ない。今日はこのままアンテロッテと一晩過ごすしかなさそうだ。下の部屋のメル子は大丈夫だろうか。
改めて黒乃はアンテロッテを見た。派手な金髪縦ロールに青い瞳、口元のほくろ。シャルルペローの童話に出てきそうなドレスをベースにしたメイド服。胸元が大きく開いており、ほどよい大きさの胸が見えている。全体的にメル子よりもお姉さんな印象を与え、色気が垣間見えた。
「いやー、しかし美人だな。マリーのお姉さんとそっくりなんだっけ?」
「そうでございますわ。並ぶと区別がつきませんのよ」
「それ困るでしょ。被せすぎなんだよなあ。てか、メイドロボと容姿が同じ人間てなんだよ。そんな整った人間なんて存在するか!? 漫画のキャラじゃないんだからさ。でもマリーも漫画みたいに可愛いからあり得るのか? わからん」
その時、黒乃のお腹が鳴った。夕飯がまだなのを忘れていた。ここは仕方あるまい。気持ちを切り替えて、無事アンテロッテと一夜を明かすことを優先すべきだ。
「じゃあアン子、ご飯作ってよ」
「アン子にお任せですわー!」
アンテロッテは立ち上がると、キッチンの寸胴を開けた。
「鶏ですわね。これで鶏のフリカッセを作りますわー!」
「おお、下で作ってたやつね」
「ライスが余っていますので、ライスプディングをデザートにしやしゃんせ」
「また謎のお嬢様言葉! ライスプディングってなに!?」
アンテロッテはテキパキと作業をしていく。
「フンフフーン。今日のご飯はフリカッセ〜。フリフリフリフリ、フリカッセ〜。可愛いメイドさんのフリカッセ〜。バターにワインにブイヨンですわー。フンフフーン」
「歌も被ってんだよなあ……」
鶏のフリカッセがテーブルに並んだ。煮込まれた鶏と、クリームのなめらかなスープが心を落ち着かせる一品だ。
「どうぞ、召し上がれ!」
「うーむ、うまい! ホロホロに煮込まれた鶏と、たくさんの具材の出汁が上品にまとまっていて、正装で食べたくなる味だよ。こりゃアテネのアリストパネスも納得だわ」
食後のデザートはライスプディングである。米を牛乳で煮込んで甘い味付けにしたもので、焼いたリンゴを乗せるのがアンテロッテのオリジナルである。
「甘くてトロトロでうまー。朝起きた直後にも、スルスル入っていきそうな優しさだよ」
「お気に召されまして?」
「もちろん! あー、食った食った」
黒乃は背もたれに体を預け、お腹をポンポン叩いた。そういえば、メル子達はちゃんと夕飯を食べただろうか? 心配になった。
「ところで、マリーってなんでこんなボロアパートに住んでるの? お嬢様なんだから、学校の寮とかに住めばいいのに」
「青山にあるお嬢様学校に入ることも考えたのですが、どうしても姉のアニー様の住んでいる町の近くがいいと言ってききませんでしたので、浅草の普通の中学校に入ったのですわ」
「姉なのにアニーなのね。ややこしい! でもお嬢様にボロアパート暮らしはきついでしょ。大丈夫なの?」
「お嬢様はアンテロッテが一緒だから、毎日楽しいと言ってくださっておりますわー! オーホホホホ!」
アンテロッテは高笑いをしたものの、急にうつむき動きを止めてしまった。
「やべ、ご主人様が急に別人になったから、話が合わなくなってAIが混乱してるのかも。アン子、落ち着いて」
「なんだかわかりませんが、大丈夫ですわー」
黒乃は話題を変えようとした。
「あー、そうだ。お風呂入ろうかな。ゴキブリ騒ぎで汗かいたし」
「わかりましたですわ。準備いたしますので、しばしお待ちくださいですわ」
そう言うと、アンテロッテはエプロンを脱いで椅子にかけた。次にフレンチメイドストッキングを下ろしていく。真っ白な脚が眩しく光った。
「んん? アン子、なにしてるの? お風呂に入るのは私だけど?」
「ご主人様と一緒にお風呂に入るのがメイドの務めですわ」
「うおおおおお!!」
黒乃は思い出した。マリーは毎日、アンテロッテと一緒に風呂に入っているのだった。
「とうとうメイドロボとお風呂に入れる時がきたか!」
しかし、黒乃はすぐさまメル子のことを思い出した。
「いや、あかんあかん。私にはメル子がいるんだから。他のメイドロボとエロいことしたらあかんでしょ」
アンテロッテはドレスの紐をほどき、メイド服をするりと脱ぐと、ブラに押さえつけられて窮屈そうな胸がまろび出た。
「うおおおおお! あかーん! いや、こんなチャンスは二度と……あかーん! いや、向こうは入る気まんまんなんだし……あかーん! いや、メイドロボに恥をかかせるわけには……あかーん!」
黒乃はアンテロッテの肩に両手を置いた。
「アン子、今日は先に一人でお風呂入って」
「そうですの……わかりましたわ」
言われるまま、アンテロッテは風呂場に向かった。それを見届けると、黒乃はアンテロッテのストッキングを顔に巻いて遊んだ。
夜も更けてきた。
黒乃とアンテロッテは布団を並べて敷いた。黒乃はいつも、白ティーにパンツいっちょというはしたない格好で寝ているが、アンテロッテはそうもいかない。メル子の赤ジャージを着てもらうことにした。サイズが合わないため、手足がツンツルテンになっているがしょうがない。
「本当に一人で寝られますの?」
「私は一人で大丈夫だから。マリーじゃないから」
「そうですの……」
アンテロッテは寂しそうだ。やはりご主人様が入れ替わっている状況は異常事態だ。早くなんとかしなくてはならない。しかし黒乃にはどうすることもできないのがもどかしい。
きっとメル子も同じ状況になっているだろう。そう思うと胸が苦しくなる。明日なんとかしよう。
アンテロッテは布団に入った。それを見て黒乃は「おやすみ」と声をかけて電気を消した。
しばらくするとアンテロッテがすすり泣く声が聞こえた。黒乃は起き上がり声をかけた。
「アン子、大丈夫?」
「なんでもありませんわ」
「そうか」
黒乃は布団から出てアンテロッテの側までいくと、その金髪を優しく撫でた。しばらくそうしていると、じきに寝息をたてはじめた。
「マリーが寂しいから一緒に寝てるんじゃなくて、アン子も一人は寂しいんだな」
黒乃は布団に入り眠りについた。




