表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
429/510

第429話 ラーメン大好きメル子さんです! その十二

 春の浅草。桜は散り始め、雅な風情はその花びらとともに風に飛ばされていった。夢現(ゆめうつつ)な新しい生活に浮き足立っていた者達は、しっかりと地に足をつけ始めるころだ。

 この仲見世通りも、新しく生まれ変わろうとしている。浅草プチ事変により残された大きな傷跡は、徐々に癒えつつあった。


 通りのガレキはすべて撤去し終え、今は建築物の再建のフェイズに入っていた。基礎は固められ、柱が立っている。全国から集まった大工ロボが、ボランティアとして参加してくれているのだ。


「うわー、どんどん家ができていくね」

「すごいです!」


 黒乃とメル子は、大工ロボ達の仕事ぶりに圧倒されていた。


「この調子なら、営業再開も近いですね!」

「そうだね……おっと」


 上を見上げていた黒乃は、足元に置かれた建材に足を引っ掛け、その上に尻もちをついてしまった。


「いたたた」

「大丈夫ですか?」


 黒乃は腰をさすった。ここのところの復興作業の手伝いで重いガレキを運んでいたので、腰をいためてしまったようだ。


「なんか、体中が痛いよ」

「慣れない肉体作業をずっとしていたからですね」


 そういうメル子も、ボディのあちこちにガタがきている。あの事件のあと、八又(はちまた)産業浅草工場には業務停止命令が下り、高精度なメンテナンスを一時中止している。そのため、簡易的なメンテナンスしか受けられず、不調をきたすロボットが多いのだ。

 その中で大工ロボ達は、巨大な木材を平然とした顔で運んでいる。基本的なボディの作りが違うのだ。一般用メイドロボであるメル子のボディは、そこまで頑丈には作られていない。


「えへへ、二人ともボロボロだね」

「そうですね」


 というわけで、その日の午後は休養とリフレッシュを兼ねて、ラーメンを食べに出かけることにしたのだ。

 出かけるとはいっても、ボロアパートのすぐ近くにその店はあった。


「ここですね、『喜多方(きたかた)ラーメンロボ内(ろぼない)』」

「そうそう」


 交差点に向けて堂々と掲げられた巨大な白い看板。ガラス張りの窓から清潔な店内がよく見えた。


「ここにラーメン屋さんがあると知ってはいたのですが、きたことはなかったですね」

「ご主人様は、メル子がくる前は時々きてたよ。疲れた時はここなんだよね」

「ほえー」


 二人は自動扉をくぐり抜けて入店した。短いカウンターに、多めのテーブル席。店内は白を基調とした明るい雰囲気だ。すでに席は半分以上埋まっていた。

 二人はテーブル席についた。すぐに店員ロボによって水が運ばれた。


「ご主人様。私、喜多方ラーメンは初めてです。どれを頼めばいいでしょうか」


 メル子はメニュー表に目を走らせた。ラーメン、ねぎラーメン、焼豚ラーメン、わんたんラーメン、果ては冷やしラーメンまである。


「ふふふ、悪いことは言わない。焼豚ラーメンいっとき」

「いいですね!」


 すぐに店員ロボがオーダーを取りにきた。


「えーと、焼豚ラーメンを二つお願いします。あと半ライスも二つ」

「かしこまりました」

「焼豚ラーメンにライスとは、男前な注文ですね! かっこいいです!」

「ふふふ、そうであろう」


 黒乃はご満悦な表情で、謎のチケットを四枚店員に差し出した。


「あと、これをお願いします」

「かしこまりました」

「ご主人様、それはなんですか?」

「これはね、焼豚サービス券。追加で焼豚を四枚乗せてくれるの。去年もらったやつ」

「ほえー」

「あ、お客様、申し訳ございません。このチケットは期限が一ヶ月だけでして」

「あ、そう。ならいいです」

「焼豚ラーメン二丁いただきましたー!」

「「ありがとうございまーす!」」


 店員ロボは元気よく厨房にオーダーを通した。

 

「……」

「……かっこわるいですね」

「ぐすん」


 二人は無言でコップの水を飲んだ。


「ご主人様、そもそも喜多方ラーメンとはどのようなラーメンなのでしょうか。名前はよく聞くのですが」

「ふふふ、じゃあその辺を歴史を踏まえて解説しようか」

「お願いします!」


 喜多方ラーメンは福島県喜多方市発祥のご当地ラーメンだ。その歴史は古く、1925年に創業した『源来軒』という店がルーツだ。そこから『まこと食堂』『坂内(ばんない)食堂』が生まれ、御三家と呼ばれるようになった。

 喜多方は『蔵の町』と呼ばれ、醤油、味噌、清酒の醸造業が盛んに行われていた。その観光PRとして使われたのが喜多方ラーメンだ。テレビで紹介されたことにより、その知名度は全国に広がった。

 それにより1987年には喜多方ラーメンブームが到来。東京に大量の店舗が乱立した。


「ほえー、そのような歴史があったのですね」

「うむ。その当時、東京はどこもかしこも、喜多方ラーメン屋であふれていた」


 メル子はふと首をかしげた。


「その割には、それほど喜多方ラーメンのお店は見ませんが……あったとしてもチェーン店が主ですよね? ここもそうですし」


 黒乃は平らな胸の前で腕を組み、視線をコップの水面に落とした。


「そうなんだよね。当時あった喜多方ラーメン屋は、今ではもう数えるほどしか残っていないんだ」

「そうなのですか? なぜですか?」

「一つは質が低かったこと。見よう見まねで、喜多方ラーメンの本質をとらえられていなかったんだね」

「はあ」

「それともう一つ……」

「もう一つ?」

「うーん、まあそれは食べればわかるから」


 その時、ちょうど店員ロボがトレイを二つもってやってきた。


「きました!」

「おお!」


 目の前に置かれた丼に、メル子は目を丸くした。


「なんですか、これは!? 焼豚!? 焼豚しか乗っていません!」


 丸い丼の表面は焼豚で埋め尽くされており、麺はかけらほども見えなかった。


「すごい量の焼豚です!」

「これよこれこれ。さあ、いただこう!」


 二人は箸を握りしめた。そして四角く切られた脂身多めの焼豚を一枚挟むと、口の中に放り込んだ。


「柔らかいです! そして、味がしっかりしています! 塩気がかなり強いです!」

「ぐわっ! 初手から脳にガツンときた! ラーメンはスープからいただくのが習わしだけど、ここのはどうしても焼豚からいきたくなるんだよね」


 二人はたまらず、もう一枚焼豚を頬張った。すると、その下からうっとりするような美しい麺が顔を、いや、肌をのぞかせた。


「なんですかこの麺は? きれいですね〜」

「うふふ、メル子のお肌のように透明感のある麺。これが喜多方ラーメン最大の特徴といえるかもね」


 麺を箸でつまみすする。唇、舌、喉に幸せな感触が通り抜けた。


「ツルッツルのプニップニです!」

「ああ〜、これよこれ」


 平打ちの手もみ麺が、いっさいの抵抗を示さずに胃に落ちていく。その心地よい感触に二人は悶絶した。


「なぜこんなに麺がツルツルなのですか?」

「これは『平打ち熟成多加水麺』なんだよ。水分を多く使って練ってあるから、こんなにツルツルなんだね」


 次に、レンゲでスープをすくった。丼の底まで見えそうな透き通ったスープの表面には、しっかりと油が浮いていた。


「あっさりスープなのでしょうか? いただきます!」


 メル子はグビリとスープを飲み込んだ。見た目どおりの爽やかさが喉を潤した。豚骨で出汁をとったスープに、優しく醤油で風味をつける。しかし、予想外のインパクトがメル子を襲った。


「しっかりと塩味が効いています! あっさりスープなのに、けっして物足りなさはないです!」

「あ〜、癒やされる〜。優しい味わいに、この塩気。飲むたびに疲れが吹き飛んでいくようだよ」


 二人は麺をすすり、スープを飲んだ。この時二人が感じていたのは、飯豊山(いいでさん)の大自然だ。良質な伏流水によって作られた良質なスープ。自然の恩寵を受けて、二人の体は清められているのだ。


「まあ、ここのスープは東京の水道水なんだけどね」

「でしょうね」

「でも、お店ごとにしっかりと炊いているから、本当においしいんだよ」

「はい!」


 次に黒乃は、焼豚をライスの上に乗せた。


「それはなにをしていますか?」

「焼豚丼だよ」

「私もやってみます!」


 小ぶりな茶碗にこれでもかと焼豚を乗せた。その上にネギを散らし、そしてご飯とともにかき込む!


「うめうめ!」

「労働のあとのお肉とライス! これはたまりませんね。焼豚にしっかりと塩味がついているので、乗せるだけで丼として成り立っています!」


 ツルツルの麺、塩味が効いたスープと焼豚、エネルギー満点の焼豚丼。食べるたびに心と体に溜まったものが、洗い流されていくのを感じた。

 丼と茶碗の底があらわになった時、二人の体に残ったのは『活力』という名の満腹感であった。


「ああ〜、おいしかった。ごちそうさま」

「おいしかったです。ごちそうさまでした」


 二人は手を合わせて感謝を捧げた。


「ところでご主人様。先ほど言っていた、東京に喜多方ラーメン屋が残っていない理由とはなんなのですか?」


 黒乃はコップを持ち上げると、一息で中身を飲み干した。


「うーん、メル子は喜多方ラーメンを食べてみて、どう思った?」

「どうって、おいしかったですよ」

「具体的には?」

「麺がツルツルで食べやすいですし、スープもあっさりしていて食べやすいです」

「ふむ、そこなんだよね」

「そことは?」


 メル子は黒乃のコップに水を注いだ。再び一息で飲み干した。


「食べやすいラーメンは流行らないのだ」


 ラーメンの歴史上、ブームを作ってきたのは、ガッツリ系ラーメンなのだ。

 札幌味噌ラーメン、豚骨ラーメン、環七ラーメン、家系ラーメン、つけ麺、油そば、背脂チャッチャ系ラーメン。

 食べやすいあっさり系ラーメンが覇権をとったことは、ほとんどない。


「よくも悪くも、喜多方ラーメンはガツンとした個性で勝負するタイプではないんだね」

「なるほど……」


 本場喜多方市ですら、店舗の数は減る一方なのだ。だからこそ、喜多方ラーメンはファミリー層やお年寄りが入りやすい、チェーン店向きのラーメンとも言える。


「守ってもらいたいよね。この癒やされるラーメンの味をさ」

「はい……」


 その時、店の扉が開き、大量のちびっこ騎士達が雪崩れ込んできた。


「おじゃましまちゅ! おじゃましまちゅ! いつもの焼豚ラーメンをくだちゃい!」

「うわ! ヘイデン騎士団だ!」


 白い鎧をガチャガチャと鳴らし、わらわらと椅子によじ登った。黒乃達の周りは騎士達で埋め尽くされた。


「黒乃殿! 竜騎士殿! 奇遇でちゅね!」

「こらこら、勝手に相席するな」

「ヘイデンちゃん達は、この店によくくるのですか?」

「毎日きまちゅ! タイトバースにはない味で、最高においちいでちゅ!」

「お待たせしましたー!」


 店員ロボが元気よくラーメンを運んできた。


「「いただきまちゅ!」」

「「わー!」」


 いっせいにラーメンをがっつくちびっ子騎士達の笑顔は、あまりに眩しかった。


「ぷぷぷ」

「うふふ」


 黒乃とメル子はその様子を見て、つられて笑顔になった。


 物事に流行り廃りは当然ある。だが、それが人々を笑顔にするのなら、それを守っていかなくてはならない。

 浅草もラーメンも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ