第426話 復興をします!
春うららかな浅草。
観光客で溢れる仲見世通り。
……は、今はない。
今あるのは、ちらばった木材、積み上げられたガレキ、行き交う重機ロボ、そして汗水を垂らして働く浅草の人々だ。
浅草の町は復興途中にある。のちの世に言う『浅草プチ事変』の影響で、破壊の限りを尽くされてしまった浅草寺周辺。店は崩れ去り、舗装が剥がれ土が露出し、人々は絶望しへたり込んだ。
だが、それもいっときだけだ。すでに人々の目には希望の光が宿っていた。
黒乃とメル子は、その仲見世通りの中ほどにいた。二人で懸命にガレキを運んだ。その場所にあるはずのメル子の南米料理店、『メル・コモ・エスタス』は影も形もない。
「ご主人様! ありました!」
「おお!」
メル子がガレキの下から引っ張り出したのは、一枚のダンボール製の板だった。スプレーで色がつけられ、マジックペンで書かれた『メル・コモ・エスタス』の文字。
メル子はその看板を愛おしそうに抱きしめた。
「これが見つかってよかったです……」
「えへへ、よく残ってたね」
「大工ロボのドカ三郎さんに、保護コーティングをしてもらいましたから(29話参照)。よく耐えてくれました」
黒乃の手書きの看板だ。これさえあれば、何度でもやり直せるのだ。
「どいてくだちゃい! どいてくだちゃい! 重機ロボが通りまちゅ!」
白い鎧を着たちびっ子騎士軍団がやってきた。彼女達は巫女サージャの命で、復興の陣頭指揮をとっているのだ。
ショベルカーロボが、次々と積まれたガレキをトラックロボの荷台に乗せていった。
「ヘイデンちゃん、ありがとうございます!」
「お安い御用でちゅ、竜騎士殿!」
メル子はガレキをどけた。その下にあったものを発見し、息を呑んだ。
「またいました……」
「あらら」
メル子が手のひらの上に乗せたのは、小さな三頭身のメイドさんと、小さな三頭身のお嬢様であった。あの戦いのあと、回収されずに残されたプチはまだ大勢いる。黒乃とメル子は、彼女達を責任をもって保護しなくてはならないのだ。
「可哀想に……」
メル子は動かないプチ達にキスをすると、Iカップの谷間に格納した。このプチ達のAIは、まだこのボディの中にいるのだろうか? それとも、タイトバースへ帰ったのだろうか?
「しっかりと供養してあげますので、心配しないでください」
その時、ガレキの隙間を走り回るドブネズミのような恐ろしい声が響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」
「オーホホホホ! ずいぶんお店の復興が滞っていますのねー!」
「オーホホホホ! こちらはもうじき再オープン予定ですのよー!」
「「オーホホホホ!」」
メル子の店の向かいに、金髪縦ロールのお嬢様二人組が立っていた。
「やあ、マリーもアン子も復興の手伝いかい。えらいね〜」
「当然ですわー!」
「お嬢様がマリー家の財力を使って、わたくしのお店を最優先で再建してくださったのですわー!」
黒乃とメル子はお嬢様たちの背後の店をみた。周囲がガレキの山なのに対して、すでに店の体をなしていた。軒先には堂々たる『アン・ココット』の看板。
「ずるいですよ!」メル子は食ってかかった。
「なんであれ、復興は早い方がいいに決まっていますの」
「お嬢様の言うとおりですの」
すると黒乃とメル子の鼻に、えも言われぬよい香りが届いた。
「クンクン、あ〜、いい匂い〜」
「なんですか、これは!?」
どうやら、アンテロッテの店の中から漂ってくるようだ。二人は店のカウンターにしがみつき、中を覗き込んだ。巨大な寸胴の中には、なみなみとブイヤベースが煮えていた。
「うひょー! うまそう!」
「オーホホホホ! 復興をがんばっておられる方々に、おブイヤベースの炊き出しですわよー!」
アンテロッテはお玉で皿にブイヤベースをよそい、二人に差し出した。真っ赤な海から突き出た貝や野菜の大波は、海のエネルギーを余すところなく詰め込んだように思えた。労働をして疲れた体が、そのエネルギーを求める訴えを、脳は拒むことはできなかった。
「「いただきます!」」
黒乃とメル子はブイヤベースをかっこんだ。トマトの酸味に包まれた、旨み溢れる魚介類は、怒涛の流れとなって胃に滑り落ちていった。
「うまい! 魚介の出汁と、香味野菜の香り! 山から海へ、どんぶらこ、どんぶらこ。旨みが川の流れとなって大海原に注ぎ込み、そして豊かな漁場を作り出す! 自然の摂理がこの一杯に詰まっている!」
「上に添えてあるバゲットが、小憎い演出をしています! カリカリに焼かれた小麦色の内側には、真白い雲がたゆたっています。それはまさに、大海原を覆い尽くす暗雲! ブイヤベースという海が嵐にみまわれようとしているのです! これは大雪と竜巻で破壊された浅草を表現しているのです!」
お嬢様たちは呆れてその様子を眺めた。
「なにを言っているのか、わかりませんの」
「黙って食べやがれですの」
二人の勢いに釣られて、大勢の人が集まってきていた。自然と行列ができ、アンテロッテは彼らに気前よくブイヤベースを配っていった。復興にはエネルギーが必要だ。燃料を得た人々は、生まれ変わったような顔で作業に戻っていった。
「さあさあ、ヘイデンさん達もお召し上がりくださいましー!」
「剣聖殿! ありがとうございまちゅ! いただきまちゅ!」
ちびっ子騎士軍団はガレキの上に座り込み、輪になって戦闘糧食を貪った。
「こうしていると、大迷宮での冒険の日々を思い出しまちゅ」
ヘイデン騎士団は巫女サージャの命を受け、タイトバースの地下に広がるダンジョンを探索していたのだ。
だが、メル子が思い描いた光景はまったく違った。
「ぷふふ、幼稚園の遠足みたいです」
「今、笑いまちたか!?」
「ごめんなさい!」
夕方、作業を終えた二人は浅草寺のお参りにきた。不動藍明王のおかげで本堂はかろうじて破壊を免れたが、その周囲の建築物は破損が激しい。すでに全国から宮大工ロボが集まり、再建に入っている。
二人は本堂の脇へと回った。もともと浅草寺は墓を持たない。しかし、影向堂の一画にひっそりと墓標が立っていた。木陰の目立たない静かな場所だ。
「おや?」
黒乃はその墓標の周りに、小さな影がいくつも群がっているのを発見した。
「ダンチェッカーと子猫達です!」
メル子は走りよると白猫を抱きしめた。ダンチェッカーはメル子の頬をざらつく舌で一舐めすると、その腕から抜け出した。そして、子猫を順番に舐めていった。黒猫二匹と白猫二匹だ。この子猫達はハント博士とダンチェッカーの子供なのだ。
子猫といっても、生まれてから半年を過ぎたのでもう充分に大きい。
「なんだろう、様子がおかしいな」
「そうですね」
四匹の子猫は並んで歩き出した。時々後ろを振り返り、それでも歩いていく。ダンチェッカーはただその後ろ姿を眺めるだけだ。
「ひょっとして」
「はい……」
独立の時がきたのだ。猫はもともと独立心が強く、単独で生きることに長けている動物だ。ましてや、あのハント博士の子供である。誰かの庇護のもとでは生きられない性質なのだ。
メル子は、いつまでも子供達を見送るダンチェッカーの背中を撫でた。黒乃は影向堂の屋根にふと目をやった。視線に気がつき、慌てて逃げていくグレーのモコモコを見つけて、苦い笑みをこぼした。
「メル子もいずれは、ご主人様のところから巣立っていくのかなあ?」
「なにを言っていますか。どこへもいきませんよ。最終話を見ていないのですか?」
次に二人がやってきたのは、浅草寺の本堂の中である。もちろんここは一般人が立ち入ることはできない。
「オ二人トモ、オ待チシテ、イマシタ」
本堂の中で出迎えたのは八又産業浅草工場の職人ロボである、アイザック・アシモ風太郎だ。
「先生、お待たせ」
「いきましょう!」
三人は本堂のエレベーターに乗り、超AI仏ピッピが安置されている地下施設を経由し、浅草外郭放水路の調圧水槽へとやってきた。
途中警備ロボによる厳重なチェックを何度も受けた。ここは現在、政府の管理下にある。
黒乃とメル子は手すりにつかまり、眼下の海を見つめた。
——ソラリスの海。
大量のベビーローションソラリスで満たされたローションの海。その中には、百万を超えるプチ達が沈んでいる。
黒乃達の夢の残骸。命懸けで築き上げ、そして崩れ去った栄光のかけら。暗黒神のなれの果て。
どう形容しても相応しくないように思える。なぜなら、この海は生命で満ちているように見えるからだ。ロボローションとロボットで作られた海。そう表現するのは不自然ではある。
そして、黒乃が感じるのは畏れではなく、むしろ慈しみだった。
メル子は膝をつき、Iカップの谷間からめいどろぼっちとおじょうさまっちを取り出した。名も知らぬプチ達。この子らのマスターは誰なのだろうか。
メル子はソラリスの海にそっと二体を落とした。粘度が高いローションは二体を優しく受け止め、ゆっくりと包み込んでいった。
「仲間達と夢を見てください」
黒乃とメル子は手を合わせて祈った。
その隣では、アイザック・アシモ風太郎がしきりにデバイスを操作していた。彼は政府に命じられて、ソラリスの海の調査を行なっているのだ。
「先生、どんな具合ですか?」
「ヤハリ、コノ海ハ、生キテイマス。ソノウチ、目覚メルカモ、シレマセン」
目覚める。それはソラリスの復活を意味する。幾度となく戦いを繰り広げた、宿敵ソラリスの復活。次の戦いが、再びやってくるのだろうか。
黒乃とメル子が地上に戻ってきたころには、浅草は赤く染まっていた。復興を手伝っていた人々は帰途につき、重機ロボは動きを止めた。ガレキを照らす赤い夕日は、世界の終末を連想させた。
だが、浅草は終わったのではない。ここから始まるのだ。黒乃とメル子は夕日に照らされながら歩いた。
「ご主人様! そういえば、鏡乃ちゃんが高校に入学されたそうですが!」
「うん、そうそう。復興が終わったら、尼崎にお祝いにいかないとね」
「はい!」
誰もが未来へ向かって歩いている。
新しい旅立ちがまた始まる。