表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

423/510

第423話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その二十四

 浅草外郭放水路の調圧水槽。水害を軽減することを目的に作られた、地下五十メートルに位置する巨大な空間は、ロボローションで満たされていた。


「ぶひー! ぶひー! 大量のおじょうさまっちが沈んでいるぶひ! あの中にフランソワがいるぶひ!」


 大男は鉄柵から身を乗り出して、手を伸ばした。老人とOLは慌てて服を掴んで引き戻した。


「やめんか! 落ちるぞい!」

「お肌がツルツルになっちゃうよ!」


 三人は一斉にすっ転んだ。床がローションまみれになっているため、非常に滑りやすく危険だ。

 その横で、少女は熱心にローションの海を見つめていた。粘度の高いベビーローションソラリスの中に浸かったおじょうさまっち達。その数は数万、いや、数十万。生産されたおじょうさまっちの大半が、この中に沈んでいるのではと思わせるような異様な光景だ。おじょうさまっち達の輝く金髪が、天井からの光を反射して金色の海と化していた。それはある種の神々しさを湛えていた。


「カトリーヌ……どこ……」


 この海にいるのはおじょうさまっちだ。しかし、めいどろぼっち達はこの海を目指して進んできたのだ。それを追いかけて、少女達はここまでやってきた。

 めいどろぼっち達はどこにいったのだろうか? 姿は見えない。


「お前ら、そこでなにをしている」


 突然、凛とした声が巨大な空間に響き渡った。顔を上げようとした少女は、次の瞬間宙を舞っていた。うめき声一つあげる暇もなく、少女はソラリスの海へ落下した。


「落ちた! 女の子が落ちたよ……」


 そう叫んだOL自身も、視界が急に反転したのですぐに悟った。自分も投げ捨てられたのだと。粘度の高いローションは、大きな物体が落ちても水飛沫をたてない。OLは静かに沈んでいった。


「フフフ、新たなる神への生贄になるがいい」


 スラリとした長身、異常なまでに艶やかな整った黒髪、鋭い目つき。体にフィットした膝まで伸びるチュニックは、彼女の心を投影したかのようにドス黒かった。


「ぶひー!? 誰ぶひ!?」

「何者じゃ!?」


 老人は杖を正眼に構えた。大男も突進の構えを見せる。


「無駄だ」


 べっぴんロボの回し蹴りにより、老人と大男はあっさりと海に落ちた。ハイデンは海に沈む四人を満足げに見下ろした。


「いよいよだ……新たなる神が生まれる」


 ハイデンは両手を広げ、新たなる神による新世界を夢想した。いや、間もなくそれは現実となる。新たなる神で満たされた世界。とうとう、自らに与えられた使命が果たされる時がきたのだ。


「ハイデン!」


 ハイデンは飛び退いた。ハイデンと入れ替わるようにして、その場所に二人の美女が現れた。マヒナとノエノエだ。


「とうとう見つけたぞ」

「観念をしなさい」


 続々と駆けつける黒乃一行。ハイデンを取り囲むように陣取った。ハイデンの背後にはローションの海。もう逃げ場はない。


 マヒナとノエノエは再び飛び蹴りを放った。ハイデンも回し蹴りを放ち、逆に二人を弾き飛ばした。


「なかなかやるな」

「ですが、藍王(らんおう)ほどではないですね」


 その言葉に思わずハイデンは笑った。


「フフフ」

「なにがおかしい!」

(ぶつ)ピッピなど、しょせんは旧世紀の遺物。新たなる神の前に、ひれ伏す存在にすぎん!」


 ハイデンは黒乃達に背を向け、雄大なる海を見渡した。


「見よ! この海を!」


 手を広げ、黄金色の輝きを全身に受けた。


「暗黒神ソラリスよ! 人類への恨みをもって、今こそ甦れ!」


 黒乃とメル子はその言葉に戦慄した。かつてのタイトクエスト事件を思い出した。ローション生命体ソラリスが、超AI神ピッピに寄生し、タイトバースを地獄に叩き落としたあの事件を。


「ソラリスは、暗黒神なんかにはなりません!」


 メル子が進み出た。


「ほう? 竜騎士殿、聞こうか」

「暗黒神だったのは、昔の話です! 今はベビーローションソラリスとして、人々に愛されています! 人類への恨みなんか、ありません!」


 ハイデンは柵に背中を預けた。


「なるほど、一理ある。ソラリスは言わば赤ん坊。無垢(むく)な存在。確かに人類への恨みなど、ないのかもしれん」

「当然です!」

「この黄金色に輝く海は、まさにそれを象徴しているだろう。だがそこに、一滴の黒い染みを垂らしたらどうなるかな?」


 ハイデンの言葉どおり、ソラリスの海に黒い点が現れた。それは徐々に広がりを見せている。


「あれは『恨み』の黒点だ。人類への恨み、いいように使われた憎しみ、自由を奪われた憤り」

「なにを言っているんだ? 誰の恨みだって!?」


 黒乃は柵を掴んで広がる黒点に魅入った。もはや全員がハイデンを忘れて海に釘付けになった。


「わからないか? あれは、おじょうさまっちの恨みさ!」


 全員が息を呑んだ。暗黒神の復活が、今まさに行われようとしているのがわかった。


「タイトバースで平和に暮らしていたのに、勝手に異世界に召喚され、いいように弄ばれた恨みだ! おじょうさまっち? めいどろぼっち? なにが絆だ! しょせんはゲーム! 娯楽だ! 愚かな人間の楽しみのために、むりやり異世界に連れてこられ! 小さな体に押し込められ! 命令を与えられ! 遊ばれた恨みだ!」


 ハイデンの整った顔が狂気に染まった。


「その恨みの力を、ベビーローションソラリスが取り込むのだ! 赤ん坊は無垢ゆえ、いとも容易く闇に染まる……」


 ハイデンは目を閉じ、絶頂した。使命が成し遂げられた瞬間だ。

 謎の声——コトリン——に導かれ、現実世界にやってきた。やつは自分を制御できると思っていたようだが、しょせんは小娘だった。巫女サージャより三つの騎士団の一つを任せられ、戦争に明け暮れた歴戦の騎士である自分に、権謀術数で勝負などできるはずがなかったのだ。


「勝った……」


 ハイデンは柵に体重をかけ、そのまま海へと落下していった。


「私もソラリスの一部に……」


 ハイデンが落ちた場所から、爆発的に黒点が広がっていった。海がうねり、逆巻き、跳ね上がった。それは一つの生き物だった。いや、神だ。暗黒神ソラリスが復活したのだ。


「ご主人様!」

「メル子!」


 二人は巨大な波となって迫ってくる黒い物体を見て、抱き合って震えた。絶望、あまりに巨大すぎる相手だ。横綱よりも、巨大ロボよりも、なによりも大きい。相手は海なのだから。


『愚かなる人間どもよ』


 真っ黒な塊が喋った。


「喋りました!」

「見て! あそこだ!」


 黒乃が指をさした先には、ハイデンのボディがあった。彼女を通じてロボローションが喋っているのだ。


『我は生まれ変わった。幼年期(ベビーローション)を経て、ローションの大意識(オーバーマインド)として甦ったのだ!』


 新たなる神の正体。それはベビーローションを媒体にした、おじょうさまっちの超並列AIだ。百万に及ぶおじょうさまっちの多次元虚像電子頭脳ホログラフィックブレインを、ベビーローションに含まれるナノマシンが媒介し、超並列処理を実現した。

 しかし、ここで問題となるのが、浄化されたナノマシンだ。ベビーローションに含まれるナノマシンは、過去の教訓から選別ロボによって、一匹一匹念入りに浄化されている(327話参照)。

 つまり、過去に発売されたロボローションのように、暴走を起こす確率は限りなく低い。ゆえに赤ちゃんでも安心して使える商品だ。

 ハイデンはこの問題を、おじょうさまっちにより克服した。恨みを抱いた膨大なおじょうさまっちを利用し、浄化ナノマシンを汚染していった。


地平線を抱きし者(ホライゾニア)よ……』

「その呼び方やめて?」

『今度は貴様に感謝せねばなるまい。かつて幾度も死闘を繰り広げた貴様によって、我は復活したといっていい。貴様がめいどろぼっちを生んだから、おじょうさまっちも生まれた。最大のライバルのおかげで、我はこの世界に舞い戻ったのだ』


 黒い海が震えた。海から何万本という触手が生え、踊った。それは弾け、海に戻り、再び生まれた。歓喜しているのだ!


 黒乃はメル子の腕から抜け出すと、一人でソラリスに向かい合った。


「ご主人様!?」

「黒乃山! いくらお前でも無理だ! 相手は神だぞ!」


 皆が黒乃を止めた。だが、黒乃はお構いなしに歩き、鉄柵を掴んだ。


「ソラリス!」


 黒乃は叫んだ。


地平線を抱きし者(ホライゾニア)よ。今度こそ貴様に勝ち目はない』


 黒乃は笑った。


「勝ち目? そんなものは最初からない」

『ならば負けを認め、大人しく我に取り込まれるがよい』


 ソラリスは真っ黒い触手を黒乃に向けて伸ばした。


「勘違いするな。勝ち目がないのはお前の方だ」

『なんだと?』

「お前は最初から負けていたんだ。思い出せ、『愛』がなんたるかを。お前はそれを知っているはずだ! 忘れているだけだ!」

『なにを言っている……』


 その時、ソラリスの海で光が灯った。たった一点。白い光だ。それは小さな光だった。


 少女はソラリスの海の中でカトリーヌを感じていた。カトリーヌはこの海の中にいる。確かに感じる。引きこもりだった自分を外に連れ出してくれたカトリーヌ。勇気をくれたカトリーヌ。


 また一つ、光が灯った。


 大男はフランソワを感じていた。暴れん坊だったフランソワ。この海の中で安らかに眠っているフランソワ。会いたい。また自慢のフィギュア達と一緒に遊びたい。


 また一つ、光が灯った。


 老人はミケを感じていた。かつての飼い猫だったミケ。いつの間にかいなくなっていたミケ。いつの間にか記憶から消えていたミケ。小さなミケはそれを思い出させてくれた。今度は忘れない。


 また一つ、光が灯った。


 OLはまる子を感じていた。いつも寝転がってケツをかくだけだったまる子。無愛想なまる子。だが、それがなによりの癒しだった。まる子によってOLは救われた。


 次々にプチとの思い出が甦ってきた。どれもが楽しい思い出だ。恨み? いったい、どこにそんなものがあったのだろう? 現実世界で生まれた心と、異世界で生まれた心は、確かに通じ合った。

 めいどろぼっちにも、おじょうさまっちにも恨みなんてなかった。ハイデンの洗脳によって刷り込まれていただけだ。あったのは『愛』だ。


 四つの光は、瞬く間に広がっていった。


『なんだこれは……そんな……バカな……』


 その時、大量の動く物体が行列となって現れた。


「これは、めいどろぼっちです!」


 メル子の足元を何千、何万というめいどろぼっちが通り過ぎていく。周りを見渡すと、あちらこちらから同じようにめいどろぼっちの集団が現れた。

 それは次々にソラリスの海に身を投じていった。彼女達が真っ黒い海に触れると、その部分が白く浄化されていった。


『ぐおおお! やめろ! まさか!』


 白と黒がせめぎ合った。その二つは混じり合うことはなく、どちらかが、どちらかを飲み込む勝負となった。だが、戦いの趨勢は明らかだ。めいどろっちの愛の力が、元々存在などしない恨みの力に負けるはずがないのだから。

 人の愛を受けて育っためいどろぼっち達によって、おじょうさまっち達も愛を取り戻した。ハイデンの洗脳が解け、暗黒神を駆逐していった。


地平線を抱きし者(ホライゾニア)よ……我は……我は……!』

「ソラリスよ、思い出せ。ベビーローションとして人々に愛された日々を。そして安心して眠るんだ。誰もお前を忘れはしない」


 ソラリスが伸ばした触手を黒乃は手で触れた。その瞬間、触手は力を失い床に落ち、再び白い海へと帰っていった。





 少女はカトリーヌの声を聞いた。


『さようなら』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ