第421話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その二十二
——浅草寺地下施設。
「どういうことだ!?」
マヒナ達は仏像ロボが立ち並ぶ御宮殿にいた。鎌倉時代末期の建築様式を模したもので、漆や金箔を贅沢にしつらえた造りには、畏怖の念を禁じ得なかった。
ここが超AI仏ピッピのシステムの中核となるコアユニットだ。仏ピッピは、複数の仏像ロボから構成されるマルチコア型のシステムだ。それぞれのユニットには別々の権能が与えられているものの、お互いがそれぞれのタスクを分散して受け持ち、並列して処理を実行できるため、超常的な性能を誇る。
近代ロボットの祖、隅田川博士の設計である。
「どこだ!? ハイデンはどこにいる!?」
「マヒナ様、おじょうさまっちの影も形もありません」
マヒナとノエノエは地下施設中を探し回ったが、誰一人発見することはできなかった。焦燥する二人を尻目に、プログラマ二人は黙々とハッキングの準備に入っていた。
「蘭丸君! 準備はいいかな〜*」
「ハイ! オッケーデス!」
コトリンとFORT蘭丸は、仏像ロボの一体にコネクタを差し込み、自身のデバイスを懸命に操作していた。
地下施設侵入の目的の一つ、仏ピッピのハッキングを行うのだ。仏ピッピに与えられた権能の一つである宇宙傘の制御を、藍王から取り戻さなくてはならない。
「コトリンが〜、帝釈天ロボをハッキングするから〜、蘭丸君はデコイを飛ばしまくって〜、防御プログラムの気をそらしてね〜。タイミングはコトリンに合わせるんだぞ*」
「イヤァー! コトリンとボクの初めての共同作業!」
「こんな時にキモいことを言うな!」
マヒナはFORT蘭丸のツルツル頭をペチンと叩いた。美しい褐色肌に汗が滴った。
一行のもう一つの目的、ハイデンを捕えること。だが、おじょうさまっちを操り、浅草寺を掘削し、仏ピッピを乗っ取ろうとしていたハイデンはどこにもいない。
「これは罠か!? ハメられたのか!? やつは仏ピッピを、新たなる神にしたかったんじゃないのか!?」
「マヒナさん。仏は仏なのであって、神ではないですよ」
メル子があっけらかんと言い放ったので、月の女王は顔を赤くした。
「メル子! 今はそんなことを言っている場合ではないだろう!」
「いえ、重要な話です。我々は誤解していたのです。てっきりハイデンは、仏ピッピを新たなる神にしようとしていると思い込んでいたのです」
メル子は神妙な顔つきで語り出した。
「なにを言っているのか、さっぱりわかりませんわー!」
「お嬢様の言うとおりですわー!」
「そもそも、ハイデンのジョブは暗黒巫女です。本業なのですから、神と仏を間違えるはずがなかったのです」
「だからなんだ!?」
荒ぶるマヒナの汗を拭き、ノエノエが落ち着いた様子で尋ねた。
「では、メル子。ハイデンの本当の目的が仏ピッピでないとして、神はどこにいるんですか?」
「その秘密を解く鍵は、めいどろぼっちとおじょうさまっちにあると思います!」
メル子のIカップが威勢よく弾んだ。
老人と大男、OLと少女は驚愕の光景を見ていた。
「なんじゃ、これは!?」
「ぶひー!」
「まる子、おい、まる子! なにこれ!?」
「……」
おじょうさまっちの大群を追いかけ、地下鉄の線路を歩き、穿たれた穴に入り込み、必死の思いでここまでやってきた。
そしてたどり着いたこの場所。地下に突如として現れた巨大な空間。そこには『海』が広がっていた。
「ローションの海だ……」
ここは二十一世紀の遺物。閉鎖されて何十年も放置された施設。元々は地下貯水地だったのであろう。サッカーができそうなくらい広い、コンクリート製の貯水槽だ。天井は遥か高く、海から幾本もの巨大な柱が伸びている。その様は、まさに神殿と形容するのに相応しい。
その神殿に満たされているものは……。
「ベビーローションソラリスだ……」
OLには心覚えがあった。まる子といっしょに隅田川にいった時、水面に大量のロボローションが流れ込んでいた。それは、ここから漏れ出したものだったのだ。
「ソラリスの海……」
OLは眼下に広がる光景に震えるしかなかった。あまりにも膨大な質量は、宇宙の奥深さを感じさせた。
一行は呆然と水面を見つめた。風がないゆえに波もない。しかし、天井からの光が乱反射を繰り返し、流れがあることを窺わせた。
「なんじゃ? なにか……よく見えんのう」
「ぶひー! 海の中になにかいるぶひー」
「なんだろ?」
少女は震える指でなにかをさした。いや、さすまでもなかった。なぜなら、それはそこら中にいたのだから。
「大量のおじょうさまっちが……沈んでいる……」
その声を誰が発したのかすら、定かではなかった。
浅草寺の本堂の前で、チャーリーは雪の中に伏せていた。グレーの毛並みが美しいしなやかなボディはもう動かない。
「ニャー」
チャーリーは苦々しく思った。
おい、なんだこれは。オレ様の自慢の毛皮が汚れ放題じゃないか。どうしてくれる。誰だ、こんなにしたやつは。
「ニャー」
決まっている。あの藍王とかいうやつだ。あいつはなんだ。なんで浅草をこんなふうにしたんだ。ここはオレ様の浅草だぞ。人間が多くてちと騒がしいが、うまいものをたらふく食える浅草だぞ。
呑気に仲見世通りで団子を食ってるやつから、一つ奪ってやるのも気分がいいし、賽銭箱の上で昼寝をしながら、小銭を尻尾で弾き飛ばしてやるのも愉快だぜ。
あーあー、オレ様の白猫ちゃんもひどい有様だぜ。雪のように白い毛皮が汚れてやがる。可哀想に。
あー、また一人やられた。浅草部屋の力士達だ。あいつら体がでかいだけで、役に立ちやしない。今度はゴリラロボだ。ほら、いつもどおりウホって鳴いてみろ。
「ニャー」
ああ、雪が冷たいぜ。いつ止むんだこの雪は。浅草動物園は大丈夫かな。あそこには愛しのダンチェッカーがいるんだぜ。ダンチェッカーには四匹も子猫がいるんだぜ。凍えていないかな。
あー、今度はマッチョメイドがやられた。お前がやられたら、もうダメだ。浅草はおしまいだ。なんてこったい。白猫ちゃんとのんびり楽しく暮らしたかっただけなのに、なんでいつもこんな目に遭うんだ。
まあ、猫の一生なんて、こんなもんなのかもな。誰にも知られずに死んでいくのが普通なんだろうな。猫の一生……そういえば、あいつはどうなったんだろうな。どこかでのたれ死んでいるのかな。
浅草寺から動くものがいなくなったのを確認した横綱は、ゆっくりと本堂へと向かった。コアユニットをハッキングしようとしている者がいる。それを阻止しなくてはならない。本堂の中のエレベーターを使えば一瞬で到着するのだ。
次の瞬間、横綱は吹っ飛ばされていた。煙を失った常香炉に衝突しかけたが、危うく踏ん張った。藍王は後ろを振り返った。そこには、雪の上に凛として立つ真っ黒い影があった。
「ニャー」
チャーリーは思わず鳴いた。
おいおい、お前は。嘘だろ。とっくに寿命でくたばったかと思っていたぜ。今までどこにいっていたんだ。どうして帰ってきたんだ。なあ、おい。生き恥を晒してまで、どうして戻ってきたんだ。ああ、そうだよな。聞くまでもないよな。浅草を救いに戻ってきたに決まっているよな。
なあ、ハント博士よ!
ビロードのような艶やかな黒い毛並みの下から、並々ならぬ筋肉を浮かび上がらせたその黒猫は、横綱の前に堂々と立った。
藍王は改めて腰を落とし、両手を地につけた。すでにハント博士の両手は地についている。タイミングを計る必要はない。横綱はぶちかました。ハント博士もぶちかました。
激しい音が三度鳴った。一つは両者の衝突音。一つはハント博士が宝蔵門に突っ込む音。そしてもう一つは藍王が本堂の賽銭箱に突っ込む音だ。
両者、同時に起き上がり、再び突進した。今度は横綱が張り手を仕掛ける。大相撲の場所では、一度も披露したことがない禁じ手だ。ハント博士は空中で体を捻ると、張り手をかわし、逆に尻尾で横綱の頬を張った。その勢いで社務所に突っ込んだ横綱は、おみくじの札を盛大に撒き散らした。
再び横綱が突進する。額には『凶』の文字が書かれた札が張り付いていた。ハント博士は真正面からそれを迎え撃った。
幾度となく繰り返される衝突。チャーリーは震えてそれを眺めた。
「ニャー」
おいおい、ハハハ、見たか横綱。これがハント博士の力だぜ。お前も最強のロボットなのかもしれないけど、こちとら最強の生猫様だぜ。
おっと、オレ様だって見ているだけじゃないぜ。やってやるさ。最強のロボット猫はオレ様なんだからな。
チャーリーは立ち上がっていた。白猫のモカとムギも、マッチョメイドも、力士達も。皆、立ち上がっていた。
最後の力を振り絞った戦いが始まった。
長い長い戦いの末、趨勢が決しようとしていた。突如、横綱が苦しみ始めたのだ。
「皆さん、やりました! ハッキングが成功したようです! 皆さんが戦って、時間を稼いでくれたおかげです!」
物陰から戦いを見ていた黒メル子が叫んだ。地下施設に侵入したコトリンとFORT蘭丸のハッキングが完了したのだ。
いつの間にか雪が止んでいた。うっすらとではあるが、分厚い雲から光が差し込んできていた。ハッキングにより、藍王から宇宙傘の権能が取り除かれたのだ。
正常な機能を取り戻した宇宙傘は、全力で気候の制御を始めた。
「やりました! これで藍王は正気を取り戻し……」
藍王が突然、常香炉を弾き飛ばした。遥か彼方までぶっ飛んでいく常香炉。次は宝蔵門の柱に突撃した。柱は木っ端微塵に砕け散った。
「ぎゃあ! せっかくヘイデンちゃんが配慮してくれたのに! なぜですか!? なぜ鎮まらないのですか!? めちゃくちゃ怒っています!」
横綱の怒りの矛先は、挑戦者達に向いた。トドメを刺そうとゆっくりと歩み寄ってくる。もはや、誰一人動くことはできなかった。ハント博士ですら、立っているのがやっとだ。このまま一人ずつ、捻り潰されてしまうのだろうか?
「待つにょろ」
シャリシャリと雪の上を歩く者が一人。
「ぷきゅー! ぽきゅー! おいしいところをもらいにきたぽき」
倒れた勇者達の間を歩く、白ティー丸メガネ黒髪おさげの女性。雪に一歩足跡を刻むたびに巨ケツが揺れ、白ティーがたなびき、丸メガネが太陽の光を反射した。
「ご主人様!」
思わず黒メル子は叫んでいた。打ちひしがれ、へこたれていたはずの黒乃、いや黒乃山。とうとう我らの黒乃山が帰ってきたのだ。
「黒メル子、ここはご主人様に任せるにょり。横綱は怒っているのり。仏ピッピのユニットの一部としてではなく、一人の男として怒っているふぉい。もきゅー!」
黒乃山と藍王、両者向かい合った。最後の取組が始まろうとしていた。かつての浅草場所、まさにこの場所で黒乃山は藍王と戦い、無惨に負けた。
だが、黒乃山の頭の中には、勝敗などなかった。黒乃山の心に秘めている思いはただ一つ、『愛』だ。
両者ぶつかった。がっぷり四つで組み合った。
「さあ、藍王! 心の声を聞かせるぽきょ!」




