第420話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その二十一
もし、あなたが雪で覆われた浅草寺を見たのならば、それは生涯の思い出として心に深く刻み込まれるであろう。
しかし、今現実に起きている光景を見たのならば、やはり忘れられぬ記憶として、あなたを生涯縛り続けるであろう。
全長十八メートルの赤い巨大ロボ『八龍丸』と、横綱『藍王』の戦い。それは空気を震わせ、雪を吹き飛ばし、分厚い雪雲に閃光を散らした。
八龍丸の巨大な足が、横綱の頭上から襲いかかる。横綱はそれを避けもせず受け止めると、軽くいなした。たったそれだけの動作で八龍丸は体勢を崩し、危うく地面に手をつきかけた。
八龍丸の背中の開口部が開き、ミサイルランチャーが露出した。小気味よい音をあげながら、次々に上空へ向けてミサイルが打ち上げられた。白い帯をたなびかせ、ずらりと整列した飛来物は、弧を描いて藍王に迫った。横綱は落ち着いて柏手を打った。すると制御を失ったミサイルは、あさっての方向へ飛んでいった。
『なんでちゅか、これは!? 魔法でちゅか!?』
八龍丸の操縦者ヘイデンは、震える手で操縦桿を握りしめた。
神話に語り継がれる龍と仏の戦い。それを見た者は幸運と言えるだろうか。
巨大ロボと横綱が激しい戦いを繰り広げるその下、メル子達は地下通路を進んでいた。
「やはり、警備が手薄だ!」
入口を警備していた重機ロボを蹴り飛ばしたマヒナを先頭に、一行は進んだ。重機ロボにより掘削された通路は薄暗く脆い。頭上の戦いの振動によって、天井から剥がれた石片が降り注いだ。
巨大ロボと横綱の戦い。そして、めいどろぼっちとおじょうさまっちの全面戦争。この瞬間を狙って、メル子達は地下へと侵入したのだ。
進むは、マヒナ、ノエノエ、メル子、マリー、アンテロッテ、藍ノ木、コトリン、FORT蘭丸だ。それ以外の面子は浅草神社に残り、地上から支援にあたる。
「ナンデ、ボクが地下送りなんデス!?」
「お前はコトリンのハッキングのサポートだ! 逃げようとしたら鉄拳制裁だからな」
「イヤァー!」
マヒナの脅しに、FORT蘭丸は涙を流しながら走った。
地下侵入の目的は二つある。
一つはハイデンの捕獲。おじょうさまっちをスキルによって操り、大戦争を起こさせている張本人を止めれば、この戦争は終わるのだ。
もう一つは超AI仏ピッピのハッキング。現在暴走を起こしている仏ピッピを止めなくてはならない。さもなければ、宇宙傘の暴走により、日本は極寒地獄と化してしまうだろう。
ハイデンが仏ピッピを手に入れるか、それを阻止するか。メル子達の手に、その命運が握られているのだ。
再び重機ロボが現れたが、マリーとアンテロッテのビーム攻撃により、いとも簡単に撃破された。
「仏ピッピのコアユニットはどこですのー!?」
「最短ルートでいきますわよー!」
黄金色に輝くバトルスーツを纏ったマリアンマンとアンアンマンは、足からのブーストでデコボコ地面を滑走した。その熱波をもろに受けたFORT蘭丸は悶絶した。
「マリーチャン! アツイデス!」
「ごめんあそばせー!」
コトリンはデバイスを確認した。画面には浅草寺の地下施設のマップが表示されており、それに向けて光点が進んでいる。
「もう少しで〜、地下施設の入口だぞ*」
「コトリン……」
藍ノ木は眩しそうにコトリンを見つめた。コトリンは気力を回復しつつある。仏ピッピをハッキングして、暴走を止めるという大役を与えられているからだ。
それに対して、藍ノ木はいまだに立ち直れずにいた。藍王が自分の兄ではないという事実を、受け入れきれないでいた。
「……」
メル子は無言で走っていた。それに気がついたノエノエはメル子の金髪を撫でた。
「メル子、大丈夫ですか?」
「ノエ子さん……」
メル子はずっと考えていた。違和感。微かな違和感。地下施設に侵入して、ハイデンを止めるという作戦の違和感。電子頭脳の中で、なにかがひっかかっているのだ。
「『新たなる神を作る』」
「ハイデンの言葉ですね。それがどうかしましたか?」
「我々の予想では、ハイデンは仏ピッピを乗っ取ろうとしているのですよね?」
「もちろんそうです。実際重機ロボが、地下施設までの通路を掘っていますから」
「それにしては、重機ロボの数も警備も少ないような……」
「見ろ! 地下施設の壁だ!」マヒナが声をあげた。
重機ロボが掘削した穴の終着点。金属製の壁がぶち破られた跡が、一行の目の前に現れた。
「ハイデンはこの奥だ!」
「あの……」
メル子がなにかを言いかけたその時、Iカップの胸がもぞもぞと動いた。
「あふん」
「どうしました?」ノエノエはメル子の胸を覗き込んだ。
胸の谷間から現れたのは、めいどろぼっちとおじょうさまっちだった。地上でドッグファイトを繰り広げ、ともに墜落した二体だ。
どちらも戦いでバッテリー切れを起こし機能を停止させていたが、メル子の胸の熱で発電を行い、復活したのだ。皆さんご存知、地熱発電ならぬ、乳熱発電である。
その二体は、メル子の胸から飛び降りると走り出した。地下施設の方ではなく、横穴へ向けて進んでいく。
「あ! どこにいきますか!」
メル子は二体を追いかけようとしたが、ノエノエがそれを制した。
「メル子、今はプチを気遣っている場合ではありません」
「でも!」
「それに、あの二体はマヒナ様の鉄拳制裁によって更生済みです。悪さはしないでしょう」
二体のプチ、カトリーヌとフランソワは、横穴に消えた。メル子はそれを不安な顔で見届けるしかなかった。
「ここからが本番だ! みんな、油断をするなよ!」
「「おー!」」
一行は地下施設へと足を踏み入れた。
老人、大男、OL、少女は浅草駅の地下鉄構内を進んでいた。大雪によってあらゆるインフラが遮断された日本は、ゆっくりと真綿で首を絞めるようにその血流を止めつつあった。
地下鉄も例外ではなく、運行を停止していた。非常灯で照らされたひとけのない通路は、大抵の人間に恐怖を与えるものだが、今日この場の様相はまさにホラー映画のそれ。明らかに何者かによって荒らされた跡があるのだ。
「そういえばニュースで見たけど、地下鉄にもおじょうさまっち達が侵入していたらしいね。ろぼねこっちと戦ったんだって」
OLは誰にともなく呟いた。その声が無人の通路に何度も反響し、予想外の音を出したので、慌てて口をつぐんだ。
そのろぼねこっち部隊が、地下鉄の構内をグングン進んでいく。先頭を走っているのがミケだ。人間達は彼らのあとを追いかけているのだ。
「ミケ! こっちなんじゃな? こっちにいけば、浅草を助けられるんじゃな!?」
老人は杖をつきながら快活に歩いている。腰の曲がった老人とは思えない速度だ。その後ろを歩く大男の方が息を切らしている始末である。
「ぶひー! ぶひー! 地下鉄におじょうさまっちが集まっているという情報もあるぶひ。きっと、フランソワもその中にいるぶひ!」
少女は無言で歩いた。その手のひらの上にはプチメル子とプッチャが乗っている。プチメル子はしきりに少女の鼻を撫で、励ましているように見えた。
「おい、まる子。お前も少しは私を励ましてくれよ、まる子。こっちのプチ黒もケツをかくだけで動かないな」
OLの手のひらの上には、まる子とプチ黒が乗っていた。その四枚の丸いレンズにはなにが映っているのだろうか。
やがて、ろぼねこっち部隊は駅の改札にやってきた。シャッターが降りて塞がれているはずなのだが、何者かによって人が潜り抜けられるほどまで上げられていた。
ろぼねこっちはシャッターの下を通り、さらに改札まで通り抜けた。一行も慌ててそれを追いかける。
「ぶひー! ぶひー! お腹がつっかえたぶひー!」
皆で大男を押して無理矢理通らせた。そしてとうとう、駅のホームまでやってきてしまった。赤と黒を基調としたデザインはお祭りを意識したものであるが、今はその華やかさも虚しいばかりであった。
少女はホームの先の深淵を覗き込んだ。いつもは数分おきに、轟音とともに黄色いド派手な車両が飛び込んでくるのだが、少女はその光景を知らない。ただの虚空にしか見えなかった。
手のひらの上のプチメル子はその恐怖心を察したのか、頬に手をおいて撫でてくれた。
「ありがとう……」
その時、OLの耳に聞き慣れた音が聞こえてきた。平時であれば安堵する音だが、今は戦慄しか感じなかった。
「地下鉄は止まっているって言ってたのに、どういうこと!?」
銀座線の車両が反対側のホームに滑り込んできた。誰も乗っていない。減速し、徐々に内部が鮮明に見えるようになった瞬間、一行は全員ホームドアの下にしゃがみ込んでいた。
「おじょうさまっちだ! 大量のおじょうさまっちが電車に乗ってる!」
列車が停止し扉が開くと、中からおじょうさまっちが溢れ出てきた。やがて列車が発車すると、反対側のホームは、手のひらサイズの三頭身のプチドロイドで埋め尽くされていた。
百や二百どころの数ではない。万のおじょうさまっちが一斉に行進を始めた。OLはホームドア越しに震えてそれを眺めた。
「ハァハァ、まる子、おい、まる子。なにこれ、なんでこんなにいるの。まる子!?」
おじょうさまっちの大群はわらわらと線路に降りた。無言で線路の上を歩くおじょうさまっちの姿は、まさに動く金色の絨毯。金色に光り輝く川の流れ。
そして、その長い長い金色の竜は、やがて深淵に消えていった。
ホームが静まり返ったあとも、一行はしばらく呆然としていた。おもむろに老人が立ち上がると、大男の背中にしがみついた。
「いくぞい、若造!」
「ぶひー! あの中にフランソワがいるかもしれないぶひー!」
大男は老人を背負ったままホームドアを乗り越えた。
「ええ!? いくの!? 線路だよ!? おじいさん! 危ないですよ!」
「おじょうさまっち達が進んでおるんじゃ。もう電車はこんじゃろう」
OLは少女を見た。もう少女は震えていなかった。まっすぐ立ち、まっすぐこちらを見つめてくる。
「ええい! いくか! ほら、君。しっかりつかまって!」
少女はOLの背中にしがみついた。首に腕を回し、腰に足を絡めた。
「なにこれなにこれ、まる子! おい、まる子!」
OLはホームドアを乗り越えて、線路に降り立った。
浅草寺は静けさを取り戻していた。
立ち昇る黒煙、漏電のスパーク音、焼け焦げた匂い。どれもが敗北を象徴していた。
「終わったニャ」
「もう無理だニャ」
白猫ロボのモカとムギは、八龍丸の残骸を眺めていた。その前に蹲踞の姿勢で佇む横綱藍王。その正体は仏ピッピを構成する多数の仏像ロボの一体、不動藍明王だ。浅草寺を守護する役目を担った彼は、今まさにその役目を果たしたというわけだ。
横綱は三回手刀を切った。
横綱は本堂に向き直ると、歩き出した。どこへいくのだろうか? そう、侵入者を排除しにいくのだ。もうすでに、地下施設にメル子達が侵入したのはわかっている。
「やばいニャ、やばいニャ!」
「どうするニャ!?」
「ニャー」
チャーリーは思わず走っていた。グレーのもこもこが雪の上ではよく映えた。
「チャ王ー!」
「危険ニャー!」
そうは言ったものの、モカとムギはその光景に目を奪われていた。最強の仏相手に挑みかかる獣王のその姿に。
「はかなきことにつけて、いどましき御心も添ふべかめれ」
横綱は振り返って獣王を睨みつけた。
「終わったニャー! でもやるしかないニャー!」
「チャ王ー! おともしますニャー!」
チャーリーの横に並ぶモカとムギ。三匹とも恐怖で震えていた。
その時、巨大な影が彼らの後ろに立った。
「われ 浅草を まもる」
「チャーリー いっしょに たたかう」
「ウホ」
マッチョマスターとマッチョメイド、そしてゴリラロボだ。
「横綱! 土俵では一度も勝ったことないッスけど、今日は勝たせてもらうッス!」
大相撲ロボは、浅草部屋の弟子達を引き連れてやってきた。
「私も微力ながらお手伝いいたします」
上空からジェット噴射で現れたのは、ヴィクトリア朝のメイド服を纏ったメイドロボ、ルベールだ。
続々と仲間達が駆けつけてきた。
「い行きまもらひたたかへばわれはや飢えぬ」
藍王は再び本堂を背にし、蹲踞の姿勢をとった。




