第42話 ゴキブリですわー!
「フンフフーン。今日のご飯はアロス・コン・ポーヨ。ポーヨポヨポヨ、コン・ポーヨ。可愛いメイドさんのコン・ポーヨ。お米に鶏肉、炊き込んでー。ピーマンニンニクタマネギでーす。フンフンフーン」
メル子はキッチンで楽しげに料理をしていた。しかし作る量が異常に多い。
「ひょっとしてそれは、仲見世通りのお店で出す料理かな?」
「そうです! お夕飯にも出しますから、楽しみにしていてください」
「いいねえ」
メル子は仲見世通りの南米料理店『メル・コモ・エスタス』を週に数回出店している。その仕込みのようだ。
「お店の方はどうなの? 調子いい?」
「もちろんですよ! たくさんの人にきてもらっていますよ。フンフフーン」
「今度弁当じゃなくて、お昼に寄ってみるのもいいかもね」
「はい! ぜひきてください」
その時、階下から謎の声が響いてきた。
『オーホホホホ……オーホホホホ……』
「お、今日もお嬢様たち元気だねえ」
「まったくですね」
『オーホホ……ギャーですわー!』
『出ましたですわー!』
なにやらバタバタとした音が聞こえてきた。その後にドスンという振動が伝わり、静かになった。
「んん? どした?」
「大丈夫ですかね」
心配になったので、二人は階段を降りて様子を見に向かった。黒乃の部屋の真下の扉の前に、金髪縦ロールのお嬢様マリー・マリーと、金髪縦ロールのメイドロボ、アンテロッテが折り重なるように倒れていた。
「出たのですわ」
「出たってなにが?」
「ケファーが出たのですわー!」
「なにそれ」
「翻訳するとゴキブリですね」
「うげっ!」
ボロアパートなので、ゴキブリは珍しくもない。しかし、決して気持ちのいいものでもない。黒乃はどちらかというと苦手であった。
黒乃は倒れているマリーとアンテロッテを抱き起こした。そのどさくさに紛れてアンテロッテの乳の感触を味わった。
「まあ大変だと思うけど、頑張って退治してよ」
マリーとアンテロッテは黒乃にすがりついた。
「マリーには無理ですわー!」
「黒乃様、助けてほしいですわー!」
「私だって無理だよ!」
お嬢様たちはメル子の方を潤んだ瞳で見つめた。
「メル子はゴキブリ平気なの?」
「私は大丈夫ですよ。なんでしたら有機物ですので、燃料に変換できます」
「絶対やめて」
「八又産業のロボットは悪食で有名ですわ……」
黒乃達は立ち去ろうとした。アンテロッテがふらつく足を懸命に支え、覚悟の表情を見せた。
「こうなったら、必殺技を使うしかございませんわ」
「必殺技!? なにそれ!?」
「クサカリ・インダストリアルに伝わる『クサカリ・ブレード』ですわ!」
「やだカッコいい!」
アンテロッテが右手を掲げ気合を入れると、手の甲からバチバチと光る刃が出現した。
「空間歪曲による歪力差を利用した曲率推進ブレードですわ。これでボロアパートごと暗黒空間におさらばですわー!」
アンテロッテの目がおかしくなっている。マリーはアンテロッテにしがみついて止めようとした。
「ボロアパートごと消えてなくなりますわー!」
「お嬢様、止めないでおくんなましー!」
「変なお嬢様言葉のノルマ達成! やべえ、止めろ止めろ」
三人がかりでなんとかアンテロッテを落ち着かせた。
「しょうがないですね。私がゴキブリを退治しましょう」
メル子が立ち上がった。それを羨望の眼差しで見つめるお嬢様たち。
マリーの部屋の扉を開けて用心深く潜入する。ゴキブリがいつ出てきてもいいように、雑誌を丸めた武器を構えた。
「いませんね……」
「なんだこの部屋!?」
間取りは黒乃の部屋と同じだが、部屋のド真ん中にデカい天蓋付きのベッドが設置されていた。その周りには、マリーとアンテロッテのドレスがずらりと並んでいる。
「これ、生活空間ベッドの上しかないじゃん」
「ほとんどアンテロッテとベッドでくつろいでいますわ」
「チクショー! 羨ましい」
キッチンの方を見ると、巨大な寸胴でなにやら煮込まれていた。
「なんでこんな寸胴が……いい匂いだな。なに作ってるの?」
「鶏のフリカッセですわー! めちゃうまですのよ」
「鶏のフリカケ? うちの夕飯と被ってんだよなぁ」
「ご主人様! ゴキブリを探してください!」
黒乃はキッチンの方を探した。さすがメイドロボがいるだけあり、キッチンはピカピカに磨きあげられている。ゴキブリなど出そうにない。
しかしその時、黒乃の前の壁に黒い影が現れた。
「で、でたー! メル子! ここ! ここ!」
「いましたか。お任せください……ぎゃああ!」
メル子はゴキブリを見るやいなやひっくり返り、床にうずくまってしまった。
「ええ? メル子、どしたの? ゴキブリ平気なんだよね?」
「ご主人様……それはゴキブリではありません!」
「じゃあ、なんなのよ」
「ゴキブリロボです!」
黒乃は壁のゴキブリをよく見た。確かに生物っぽさはなく、金属の光沢があるボディから、ギアで組まれた多関節が生えていた。
「なんだ、生のゴキブリじゃないのか」
黒乃はヒョイとゴキブリロボを手でつまんだ。裏返すと、パーツが細かく組み合わさり、手足を精巧に動かしている様子が見えた。
「おお、すげー。メル子も見てごらんよ」
黒乃はメル子達の前にゴキブリロボを差し出した。
「ぎゃあ!!!!」
「近づけないでくださいですわー!」
「早く叩き潰してくださいですわー!」
メル子とお嬢様たちは、ぎゃあぎゃあとわめき出した。
「どうしたの、みんな。ロボットのゴキブリなら怖くないでしょ」
「ご主人様、こっちにこないで!!!」
彼女達には、ゴキブリロボは恐怖の存在らしい。
「いや、叩き潰せって、ロボット破壊したら逮捕されちゃうよ」
「ご主人様、よく聞いてください、ハァハァ。ゴキブリロボは正規のロボットではありません。非合法に作られたIDが振られていない『害虫』です!」
新ロボット法では、動物や虫のロボットは同種の生物と同じく『保護対象』とみなされる。しかし非合法に作られ、害があり、かつAIが一定容量以下のものは『駆除対象』とみなされるのだ。
「そうなんだ。でも結構可愛いぞこいつ。うちで飼おうか」
「早く叩き壊してください!!!!!」
「声でか! てかなんでゴキブリロボなんて存在するんだろ? 誰が作ったの?」
メル子はプルプルと震え出した。なにか恐怖に苛まれているようだ。
「ゴキブリロボを作ったのは、名前を決して口に出してはならない『あのお方』です……」
「あのお方? 誰それ」
「『あのお方』はロボット史におけるロボット反乱軍の科学者で、数々の恐ろしい兵器を開発したマッドサイエンティストロボです!」
「なにそれ、面白そう」
「そのニコラ・テス乱太郎はクーデター中に一度は身柄を拘束されたものの、仲間のロボットの手助けで脱走し、現在も行方不明になっているのです」
「名前、言っちゃってるじゃん」
「ニコラ・テス乱太郎はどこかに隠れて、日々非合法なロボットを開発していると聞きます」
「へー、まだ生きているんだ。どうせなら、可愛い巨乳ロボ作れって話だわな、ガハハ。おっと」
黒乃の手からゴキブリロボが逃げ出し、羽を広げて空を飛んだ。
「おお! 飛べるのか。すごい!」
「ぎゃあああああ!!!!!」
ゴキブリロボはそのまま扉を潜り、部屋の外へ飛んでいった。メル子達は宙を舞うゴキブリロボを見てパニックになり、部屋をかけずり回った。マリーが転び、その体にメル子が躓いてアンテロッテに激しくぶつかった。頭と頭を打ちつけた二人は床に倒れた。
「ああ、ああ。みんな落ち着いて。もうゴキブリロボ逃げたから」
「なんてことをするのですか! マリー様、大丈夫ですか?」
メル子はマリーを助け起こした。マリーは恐怖のあまり呆然としている。
「ごめんごめん。でもほら、これで一件落着だから。よかったね!」
「よかったね、じゃありませんわ、ご主人様」
ともあれ問題は解決したので、黒乃は部屋に戻ることにした。
「さあ、帰るよ」
階段を上り、自分の部屋に戻ってきた。キッチンには、アロス・コン・ポーヨを仕込み中の大鍋がある。夕食前だったのをすっかり忘れていた。
「お腹減っちゃったよ。ゴキブリ騒ぎの後でなんか嫌だけど飯作って、メル子! あれ?」
後ろを振り返ると、そこにいたのはアンテロッテであった。
「なんでアン子がいるんだ? メル子はどした?」
「さあ、ご主人様。夕飯にいたしますわよー!」




