第419話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その二十
体長三メートルの巨大なメイドロボが宙を舞った。それは手足をばたつかせながら落下し、仲見世通りの店舗を破壊した。
「ぎゃあ! 私のお店の近くですよ!」
メル子は絶叫した。メル子の頭上をプチドローンが飛び交う。プチコプターやプチロケットがそれに続き、雪面をプチモービルが滑走した。
メル子がいるのは浅草神社。浅草寺のすぐお隣ではあるが、巫女サージャの結界により、ここにはどのロボットも侵入できない。
「とうとう戦争が始まってしまいました!」
八又産業浅草工場からやってきためいどろぼっち軍は、浅草寺を包囲していた。当初は、雷門付近に防衛線を張っていたおじょうさまっち軍であったが、めいどろぼっち軍の猛攻に押され、現在は仲見世通り半ばまで退いていた。
「人のお店の前で戦わないでください!」
再び、プチドローン部隊が浅草寺から飛び立った。仲見世通りの上空で激しい撃ち合いをしているようだ。
地上を進んでいるのはメイドマシン部隊だ。それを重機ロボ部隊が迎え撃つ。圧倒的耐久力を持つ重機ロボであるが、ミサイルなどの高威力兵器を備え、高機動を誇るメイドマシン相手では部が悪い。しかし、狭い浅草の路地ゆえ、図体が大きい重機ロボは防衛線としては有効であり、よく持ち堪えていた。
再びクレーンに吊るされたメイドマシンが放り投げられ、店の一軒を潰した。
「浅草がめちゃくちゃになってしまいます!」
二台のプチドローンが浅草神社の鳥居の付近で、激しいドッグファイトを繰り広げているのがメル子の目に入った。二台は二重螺旋を描くように飛び上がり、撃ち合っている。片方にはめいどろぼっち、片方にはおじょうさまっちが搭乗しているのだ。
それを見たメル子は心が痛んだ。かつて行われた、めいどろぼっち&おじょうさまっち大運動会。両者はよきライバルとして、全力を尽くして戦った。しかしこの戦いは強いられているものだ。決して望んだ戦いではない。
おじょうさまっちはハイデンによって操られ、めいどろぼっちは巫女の命により戦っているのだ。
「なんて悲しい戦いなのでしょうか」
二台のプチドローンが衝突をした。もつれるようにして、メル子目掛けて落下をしてきた。
「ぎゃあ!」
「危ない!」
プチドローンの操縦席から放り出されためいどろぼっちとおじょうさまっちは、メル子に激突する瞬間に、マヒナの拳により吹っ飛ばされた。
「ぎゃあ! なにをしますか!」
メル子は慌てて、雪に突っ込んだ二体を救出しに向かった。
「なにって、助けてやったのに」
「可哀想に……」
マヒナを無視して雪の上に膝をついたメル子は、二体のプチを掘り当てた。二体とも動作を停止しており、動かない。
「この子達、見覚えがあります……」
そう確か、大運動会でプチメル子達と戦いを繰り広げたプチだ。メル子はプチにそれぞれキスをすると、Iカップの谷間に押し込んだ。
戦いはますます激しさを増していた。あちらこちらで爆発音が響き、煙が立ち昇っていた。
「このままでは、本当に浅草が滅びてしまいます」
その時、浅草寺で一際大きな爆発が起きた。地震かと思うような地響きにさらされ、メル子は雪の上に尻もちをついた。音がした方を見ると、大きな火柱が上がっていた。
「あ……」
上空に巨大な物体が浮いていた。いや、落下してきているのだ。それはメイドマシンであった。浅草神社のすぐ横に、メイドマシンの雨が降り注いだ。どれもが木っ端微塵に砕け散っていた。
「あれは、もしかしたら」
メル子は火柱の出どころを確認した。浅草寺の本堂の目の前だ。そこにいたのは……。
「藍王関です!」
メイドマシンが横綱に襲い掛かり、返り討ちにあったのだろう。それもそのはず、藍王の正体は、超AI仏ピッピのユニットの一つ、不動藍明王だ。浅草寺を守護する役目を担った仏像ロボであり、そしてなぜか、藍ノ木藍藍の兄として、横綱として暮らしていた。
誰もが藍王がロボットだと気付かなかった。最強の横綱としか認識されていなかった。それは仏ピッピの持つ力なのだろうか。
その時、メル子は信じられないものを見た。仲見世通りを巨大ロボが突き進んできているのだ。
「あれは……『八龍丸』です!」
真っ赤なボディの全長十八メートル、重さ四十三トンの八又産業製のロボットである(138話参照)。
『藍王関! そこをどきなちゃい! どかないと踏み潰しまちゅ!』
重機ロボを蹴散らしながら仲見世通りを突き進む八龍丸。その間にあった店舗は、軒並み踏み潰された。
「ぎゃあ! 私のお店が! 操縦しているのはヘイデンちゃんですね!」
巫女サージャに仕える三つの騎士団の一つ、ヘイデン騎士団。そのちびっ子団長がヘイデンだ。
彼女が乗った八龍丸が、本堂の手前にある宝蔵門へ迫った。八龍丸の突撃で宝蔵門が木っ端微塵になるかと思われたが、なぜかその手前で急停止をした。
『このご時世、神社仏閣を破壊する行為はなにかと問題になりまちゅ。炎上は華麗に避けまちゅ』
八龍丸は宝蔵門をヒョイと飛び越えた。
「ナイス配慮です!」
「メル子! 今がチャンスだ! 潜入するぞ!」
メル子は決して戦いを暇つぶしで見ていたわけではない。彼女達には使命がある。それは浅草の町が破壊される前に、首謀者であるハイデンを捕えることだ。
おじょうさまっちを操り、浅草寺の地下に格納された仏ピッピを乗っ取ろうとしているハイデン。『新たなる神を作る』という目的のために、浅草を混沌に陥れたハイデン。彼女を捕えることが、戦いを終わらせる唯一の方法なのだ。
「ハイデンは恐らく浅草寺の地下にいる! 重機ロボが掘った穴を進み、奴を捕えるのだ!」
「「おー!」」
マヒナの号令により、一行は浅草神社の結界を出た。
OLは地下鉄への階段を下っていた。入口付近には雪が吹き込んでいる。
「まる子、おい、まる子。ここは浅草駅だよ? もう戦争が始まっているんだよ。もう電車も動いていないよ」
OLの手のひらの上には、四体のプチロボットが乗っていた。まる子、プチ黒、プチメル子、プッチャだ。OLは彼女らに促されるままに、ここにやってきたのだ。
遠くの爆発の音が聞こえてきた。地下鉄の通路に音が反響し、思わず顔をしかめた。
OLは階段の上を見た。そこには一人の少女が立っていた。
「ねえ、君。危ないからおうちに帰りなよ」
少女は答えない。体がプルプルと震えているようだが、寒さが理由ではないようだ。OLは階段を下りた。すると少女も階段を下りた。
「ねえ、君。ボロアパートからずっとついてきてるけど、なにか用なの?」
少女は口を開いた。なにかを言おうとしているようだが、声が出てこない。口を何回か開閉したあと、指をさした。
「ん? めいどろぼっちがどうしたの?」
それを見たプチメル子はプッチャにまたがり、OLの手のひらの上から飛び降りた。そのまま走って少女のところまで階段を登った。少女は跪き、手のひらの上にプチメル子を乗せた。
「カトリーヌ……どこにいったの……」
少女はプチメル子を顔に近づけると、大粒の涙をこぼした。プチメル子は少女の鼻を撫でた。その光景を見たOLはある程度事態を察した。少女は自分のプチロボットとプチメル子を、見間違えてしまったのだ。
再び爆発音が届いた。近い。大騒ぎをする音がどんどんと近づいてくる。OLは急いで少女を抱き寄せると、壁際に伏せた。
まず、地下鉄の入口に入ってきたのは、手のひらサイズの小さなロボット猫部隊だ。色とりどりのろぼねこっち達が、列をなして階段を下っていった。
「ええ!? なにこれ!?」
「ぶひー! ぶひー! イダダダダダ!」
「ほれ、若造! 走らんか!」
続いて入ってきたのは、老人を背負った大男だ。プチドローンの掃射を受けながら、地下鉄の入口へと駆け込んできた。大男はドスドスと音を立てて階段の踊り場まで下りると、息も絶え絶えにへたり込んでしまった。
おじょうさまっちが乗ったプチドローンは、入口付近をしばらく浮遊したあと、どこかへ飛んでいった。
「若造! こんな程度でだらしがないのう。ワシが若いころは……ほら、立たんか!」
「ぶひー! ぶひー! 死ぬぶひ……」
老人は杖の先で大男の丸々とした腹を突くも、しばらくは動けそうにないのを理解した。周囲を見渡し、OLに向かって言った。
「小娘さん、ミケは見なかったかの?」
「え? ミケ?」
「ちっさい猫のミケじゃよ! 昔飼ってた方のミケじゃないぞい。ちっさい方のミケじゃ!」
「いや〜? ミケかどうかはわからないですけど、確かにろぼねこっちの集団が地下に下りていきましたよ」
「そうか!」
老人は杖を振り回し、楽しそうにステップを踏んだ。
「ミケはただ単に逃げ回っているわけじゃないんじゃ。なにかをやるつもりなんじゃ。だからワシは、ミケを助けないといけないのじゃ!」
「はぁ……」
手のひらの上のまる子とプチ黒は、両手を上に突き上げて気合いを入れている。OLも徐々に理解してきた。まる子も、プチ黒も、プチメル子も、プッチャも、そしてろぼねこっち達も、なにかをするために集まってきた。いったい、なにをするため?
「浅草を救うため……」
「そうじゃ!」
老人は杖で床を一突きした。甲高い音が地下鉄の通路を下っていった。
「あんなに小さいミケ達が頑張っているんじゃ。ワシらも戦わんでどうする! いくぞ、若造!」
「ぶひー! フランソワを助けるぶひー!」
老人と大男は地下へ向けて歩き始めた。呆然とそれを見送るOL。
「待って! あ……」
OLは腕の中の少女を確かめた。いつの間にか震えは止まっていた。口を開け閉めしてなにかを言おうとしたが、やがて口を引き結んだ。
「カトリーヌを……助ける……」
少女は一人で立って歩いた。今度はOLが少女の背中を見て歩く番だった。
「まる子、おい、まる子。お前、やるつもりなんだな? 浅草を救うつもりなんだな? おい、まる子、まる子!」
手のひらの上のまる子は、自らの小さな巨ケツを張った。
それが戦いの合図であった。




