第418話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十九
重機ロボが浅草寺を揺らした。その振動はお隣の浅草神社まで伝わり、その本堂の中にいる者達をも揺らした。しかし、その振動を気にする者はいなかった。FORT蘭丸のすすり泣く声が、壁から壁へと反響した。
「コトリン……なにを言っているのかしら? お兄ちゃんがなんですって?」
顔を真っ青にして肩を震わせるコトリンと、呆然とした表情でコトリンを見つめる藍ノ木藍藍。
「プロデューサー……もう、お兄ちゃんはいないの……藍王はプロデューサーのお兄ちゃんじゃないの……」
藍ノ木はよろけ、本堂の戸に背中をぶつけた。そのままズルズルと、床にへたり込んでしまった。
「藍王は、仏ピッピのユニットの一つなの……」
BUDDHAPP、通称仏ピッピ。
政府主導の超AI作成プロジェクトであり、同じく超AIである神ピッピの前身となるものだ。仏ピッピの設計者は近代ロボットの祖、隅田川博士であり、博士はユニット群を浅草寺の地下に安置した。
そのユニットの一つが、藍ノ木の兄の蘭王関だと言うのだ。
「なにを言っているのかわかりません! もう少し詳しくお願いします!」
メル子の訴えは、誰にとっても同じであった。仏ピッピは極秘プロジェクトであり、その全容を知る者などいない。
「浅草寺に安置されている、たくさんの仏像ロボ。その一体一体が、仏ピッピを構成するユニットになっているの。そして蘭王関は、不動藍明王という浅草寺を守護する役目を担ったユニットなの」
しばらく無言が続いた。少しずつその言葉の意味が染み渡っていくにつれ、次々に疑問が湧き上がってきた。
「藍王関って、人間ではなかったのですか!?」
「確かに、あの強さは人間離れしているとは思っていた」
「思い返すとあの時、藍王関は天候を操っていました(393話参照)」
「あれって、ギャグ描写ではなかったのですか!?」
「……喋り方も人間とは思えない」
「まさに、相撲の神だったわけね」
「いえ! 神ではなく仏です!」
「では、おじょうさまっちから浅草寺を守りたまえよ〜」
「仏像がお相撲さんをやっているのはおかしいですわー!」
「お嬢様の言うとおりですわー!」
「ウホ」
「女将、この仏像は本物か」
ポン!
サージャが鼓を打った。一瞬で本堂は静まり返り、再び重機ロボの掘削音だけが耳に届いた。
「コトピッピ」
サージャの沈んだ声に、コトリンは震え上がった。
「はい……」
「不動藍明王が、おじょうさまっちから浅草寺を守らないのはなぜピ?」
「コトリンが、神ピッピの力を借りてハッキングしたからです。でも……制御ができませんでした」
「暴走しているん?」
「はい」
「不動藍明王が、藍ピッピの兄になったのはなぜピ?」
「わかりません……超AIの考えることなんて……」
「ハイデンを、現実世界に召喚したのはなぜピ?」
「物理的に仏ピッピをハッキングするためです。神ピッピの……タイトバースの住人なら、仏ピッピを倒せると思いました」
「こんな事態になるって、わかってたん?」
コトリンは無言で首を振った。一行の視線がコトリンに突き刺さった。
その時、FORT蘭丸がサージャの前に躍り出た。両手をつき、頭を垂れた。
「サージャ様! コトリンを許シテくだサイ!」
サージャは黙って次の言葉を待った。
「コトリンは、自分のマスターを助けたかったダケなんデス! ボクだって、ルビーが困ってイタら、同じことをしマス! 悪気はナイんデス! ソレに……」
「それに?」
「コトリンはズット、助けを求めてイタんデス!」
その言葉にコトリンは顔を上げて、ビカビカ明滅するツルツル頭を見た。
「コトリンは、ワザと流用コードをウチに流出させたんデス! モニタに流用コードを映しっぱナシにしてイタのも、誰かに気が付いてほしかったカラデス! ホントウは、一人で戦いたかったんデス! デモ、一人じゃ背負いキレなくなったんデス! ダカラ、誰かに助けてもらいたかったんデス! デモ、それは言えなかったんデス!」
「どうしてなん?」
「ソレが、プログラマというモノなんデス! ボクも同じプログラマだカラ、わかりマス!」
言いたいだけ言うと、FORT蘭丸は床に突っ伏したまま、動かなくなってしまった。慌てて桃ノ木とフォトンが、悲しい戦士の両脇に伏せた。
「……アイアイとコトリンを助けて」
「サージャ様、お願いします」
二人は頭を下げた。ゲームスタジオ・クロノスと、ロボクロソフト。両者はライバルであるが、同じ業界の仲間だ。めいどろぼっちとおじょうさまっちの戦いを通じて、両者には奇妙な友情が生まれていた。
「コトリン、おいで」
巫女は手招きをした。プログラミングアイドルロボは、恐る恐るその前に座った。
「葦もね、昔はマスターがいたんよね」
巫女の手が、コトリンの緑色のストレートヘアの上に置かれた。
「今は、まあ……いないんよね」
新ロボット法により、すべてのロボットはマスターを持つことが義務付けられている。その例外となるのが、御神体ロボだ。御神体ロボは、神仏をマスターとするからだ。
そして、コトリンも一度、マスターを亡くしている。
「だからさ、コトピッピ」
「はい……」
「今度はみんなで一緒に、マスターを助けようよ」
コトリンは泣いた。子供のように泣きじゃくった。
皆立ち上がり、決戦の決意を固めた。
OLは雪の降る道を必死に歩いていた。
「寒い、まる子、寒いよ。もう限界だよ」
それでもOLは歩いた。手のひらの上のまるめがねっちが、しきりに進むように促しているからだ。
「まる子、そろそろ浅草で戦争が始まるらしいよ。逃げようよ。おい、まる子」
手のひらサイズの三頭身のプチロボットは、今にも凍りつきそうで、地蔵一歩手前だ。
それでも二人は進んだ。
「ここ? まる子? このボロアパートになにかあるの?」
OLは雪が積もった階段を登った。
「うう、さむさむ。ここ誰の部屋よ。『林権田』? え? 違う、こっち? 『黒ノ木』さん? なんか聞いたことあるな」
するとまる子は急に飛び上がり、小さな巨ケツを扉に打ちつけた。
「うわ、なにしてんの、まる子?」
扉の鍵が開く音が内側から聞こえた。OLはしばらくためらったあと、意を決してドアノブをひねった。
「ごめんください、黒ノ木さん、いますか?」
小汚い部屋の中は薄暗いものの、非常に清潔で整っていた。床を見ると、小さなメイドさんが丁寧なお辞儀をしてくれた。
「あれ、歓迎されているのかな。おじゃまします」
部屋に上がった途端、床に巨大な物体が寝転がっているのに気が付き、仰天した。
「うわ!? あ、黒ノ木さん? あの、どうも。生きていますか?」
小さなメイドさんは、OLに床に座るように促した。しばらく無言で待つと、メイドさんがティーカップに紅茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
あまりに小さいティーカップを指でつまむと、一口で飲み干してしまった。それを満足げに見守る小さなメイドさん。
自分の役目を終えて満足したのか、メイドさんはミニチュアハウスの中に引っ込んでしまった。その中を覗くと、いつの間にか四体のプチが勢揃いしていた。
小さなメイドさん、小さな白ティー丸メガネ、小さなグレーの猫、そしてまる子。
四体は円陣を組み、なにやら会議をしているようだ。OLはその様子を呆然と見つめた。
「なに、この状況……」
手持ち無沙汰になったOLは、目の前に寝転がって微動だにしないのっぽの女性に注意を移した。
「あの……こんにちは。お元気ですか」
すると、ようやくのっぽの女性は顔をこちらへ向けた。
「え……だれ……?」
「あ……」
OLには見覚えのある顔だった。まる子にそっくりだ。思わず吹き出してしまった。それでようやく思い出した。
「ひょっとして、めいどろぼっちを作った黒ノ木社長?」
テレビで見たことがある。謝罪会見をしていた。そういえば、めいどろぼっち&おじょうさまっち大運動会で見かけたこともあった。もっと言えば、黒乃山だ。
「あの、黒乃山」
「誰が黒乃山じゃい」
それきり会話はなくなってしまった。雪が積もる音だけが、静寂を際立たせた。
「あの、私、まる子のマスターです」
「ええ? ああ、そう」
OLはまる子を指でつまむと、のっぽの女性に見せた。
「あれ? この子……どっかで見たな」
「大運動会で一緒に戦いました」
「ああ、そう」
のっぽの女性は、巨ケツをこちらに向けて黙ってしまった。
「あの、社長さん。世間では色々言われていますけど、めいどろぼっち達は悪い子なんかじゃありません。私はまる子に会えてよかったって思っています。この子無愛想で、なにを考えているのかよくわからないけど、一緒にいると楽しいです。仕事で荒んだ私の心を癒してくれるんです」
「……」
「めいどろぼっちを作ってくださって、ありがとうございます」
OLは右手を大きく振り上げると、目の前の巨ケツ目掛けて思い切り振り下ろした。バチンと威勢のいい音が鳴り、冷たい窓を震わせた。
「ぎゃーす!!」
「それでは、おいとまします」
OLはまる子を手のひらの上に乗せ、部屋を出ようとした。その時、小さな白ティー丸メガネ、小さなメイドさん、小さなグレーの猫がOLの体によじ登ってきた。
「おや? お前らも一緒にいくのかい? どこにいくんだい?」
プチ達を乗せたOLは、雪の中へ消えていった。
黒乃は薄暗い小汚い部屋に差し込む光を眺めた。メル子はどこにいったのだろう。いつ帰ってくるのだろう。いつもの仲間達はなにをやっているのだろう。
すべてのことが遠い昔のように感じた。
めいどろぼっち。おじょうさまっち。あれはなんだったのか。みんなで頑張って作り上げたゲーム。世界的大ヒットをするはずだったゲーム。世界中のみんなに、幸せを届けるはずだったゲーム。
あれは夢だったのだろうか。
黒乃はケツをさすった。痛い。なぜ痛いのだろうか? まあ、そんなことは大した問題ではない。
「ふーい」
黒乃は起き上がり、大きく伸びをした。首を鳴らし、深呼吸をする。
「あー、よく寝たし、よく休んだ」
メガネ拭きで念入りに丸メガネを磨いた。
「まあ、失敗なんていつものことさ」
薄汚れた白ティーを脱ぎ捨て、押し入れからおろしたての白ティーを取り出す。袖に腕を通すほどに活力がみなぎってきた。首を出すころには生まれ変わったような気分になっていた。
「さーていっちょすくってきますか。世界を」
黒乃は小汚い部屋の扉をぶち開けた。




