第416話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十七
少女は部屋の窓から外を眺めた。やまない雪は、いよいよ恐怖を感じるほどまで積もってきていた。
北海道はもちろん、九州は鹿児島までもが白く覆われていた。これは仏ピッピが制御する『宇宙傘』による現象だ。何者かが、超AIである仏ピッピをハッキングし、そのユニットの一部である宇宙傘が暴走状態になってしまっているのだ。太陽光が減少し、日本のみならず、世界各地で異常気象が発生している。
これを受けて政府は、非常事態宣言を浅草から全国に拡大。事態の収拾に乗り出した。目下の目標はインフラの確保。大雪で身動きが取れなくなった物流を、なんとしてでも復活させなくてはならないのだ。ゆえに浅草まで、手が回らない状態になってしまっていた。
しかし、こののっぴきならない状況は、少女にとってなんの意味もなかった。少女にとって大事なことは、『カトリーヌがいない』ということ。『どうしてカトリーヌはいってしまったのか』、『どうやったらカトリーヌが戻ってくるのか』ということ。
少女は冷たい窓に手をあて、肩を震わせた。
グレーの毛並みが美しいロボット猫は、雪の中を疾走していた。それに続くは、雪が動いているのかと思わんばかりの白さを誇る、白猫二匹だ。
三匹の前に、おじょうさまっちが乗ったプチドローンが現れた。ロボBB弾を乱射してくるが、圧倒的身のこなしの三匹に対して命中するはずもなく、逆に体当たりを食らって墜落するはめになった。
「チャ王ー! この辺りは重機ロボが多いですニャー!」
「あっちから回り込みますニャー!」
白猫ロボのモカとムギは、仲見世通りから一本外れた通りにある小さな公園へ、獣王を導いた。
「いたニャー!」
「無事だったニャー!」
公園の草むらに隠れるようにしてうずくまっていたのは、白猫と子猫達だった。
「ニャー」
チャーリーは草むらに近づくと、四匹の子猫の頭を順番に舐めた。白い子猫が二匹と、黒い子猫が二匹だ。子猫とはいっても、生まれてから半年を過ぎているので、もうじき成猫となる。この子らは、ハント博士とダンチェッカーの子供だ(263話参照)。
「ニャー」
チャーリーはダンチェッカー達に、ついてくるように促した。
「ここは危険ニャー」
「浅草動物園にいくニャー」
チャーリーは、浅草寺付近で暮らしている猫達を集め、浅草動物園へと避難させているのだ。
浅草寺はおじょうさまっち軍が占拠しており、いずれ八又産業浅草工場を拠点にしているめいどろぼっち軍との戦争が始まる。
この大雪ゆえ、まともに動けずに震えている動物達が大勢いるのだ。チャーリーは獣王として、一匹の男として、彼らを守らなくてはならない。それが宿命のライバル、黒猫のハント博士に誓った約束だ(384話参照)。
一行は浅草動物園に向けて走り出した。動物園は浅草寺の東、隅田川を超えた先にある。
馬道通りに差し掛かった時、先行していたモカが一行を制した。
「プチドローンが多いニャ」
「ますます警備が厳重になっているニャ。戦争が近いのかもしれないニャ」
猫達は身を隠しながら、雪の上を進んだ。
「言問橋を渡るニャー!」
大通りに出ようとしたその瞬間、突然ブルドーザーロボが動き出した。雪に覆われていて気が付かなかったのだ。ブルドーザーロボは、前部のブレードを震わせ、雪をかきながら迫ってきた。
「ニャー」
チャーリーは、子猫達を守るダンチェッカーに覆い被さった。
「チャ王ー!」
「逃げるニャー!」
大きな金属音とともに、ブルドーザーロボが吹っ飛んだ。雪の上をグルリと反転し、そのまま動かなくなった。
「ウホ」
雪の上に立っていたのは、二メートルを超える真っ黒な巨体のロボットだった。
「ゴリラロボニャー!」
「助かったニャー!」
ゴリラロボはその逞しい腕にダンチェッカーと子猫達を抱えると、言問橋を力強く渡り始めた。
メル子、マヒナ、ノエノエは『妖精郷』にいた。ここはタイトバースの世界にある三つの国家のうちの一つ、アキハバランド機国に存在する妖精達の国だ(336話参照)。
ピクシー、レプラコーン、クルラホーン、シルキー、様々な妖精達が暮らす楽園だ。そしてもちろん、めいどろぼっちのAIであるグレムリンや、おじょうさまっちのAIであるフォレッタもいるのだ。
「久しぶりにきました! 暖かいです!」
森に覆われた妖精郷は、春の雰囲気を漂わせていた。花は咲き乱れ、小鳥達は歌を歌う。木に生ったリンゴをもいだプーカが、メル子に向けてリンゴを投げつけてきた。それをキャッチし、ガブリと齧り付くマヒナ。プーカは悔しそうに木陰へ消えていった。
三人は浅草工場のプレイルームから、イマーシブマシンを使いタイトバースにログインをしている。工場を占拠していたヘイデン騎士団のちびっ子団長ヘイデンを鉄拳制裁させたマヒナは、騎士団の了承の元、ログインに成功した。
その時、ヘイデンからめいどろぼっちについて話を聞くことができた。めいどろぼっちが、ヘイデン騎士団に従っている理由は実にシンプル。それが巫女サージャの命だからだ。
めいどろぼっち達は、決して操られて行動しているわけではなかった。自分達の意志の元に戦っていたのだ。
メル子はその話を聞いて、溜飲が下がる思いだった。めいどろぼっちは邪悪な存在ではなかった。世界を救うために行動していたのだから。
だが、おじょうさまっちは違う。暗黒神ソラリスの信徒、ハイデンに操られているのは間違いないのだ。巫女サージャならともかく、なぜ一人の騎士にそのようなことができるのか、探らなくてはならない。
「メル子、ほのぼのしている場合ではないぞ、モグモグ」
「ヘイデン団長は更生したとはいえ、戦争を諦めたわけではありません。団長にとって、サージャ様の命は絶対。戦争までの猶予が少しできただけです」
「わかっていますよ!」
口々に責め立てるマヒナとノエノエに辟易して、メル子は妖精郷を走った。足元の花びらが舞い、メイドロボを美しく彩った。
この先に、妖精女王ティターニアがいる(337話参照)。グレムリンやフォレッタのことは、主である女王に聞くのが一番手っ取り早いというわけだ。そのために、危険を冒してまでログインしてきたのだ。
妖精女王の館が見えてきた。一見すると真っ赤な壁の建物に見えるが、それはバラの花に覆われているからだ。
メル子は館の扉を押し開いた。以前メル子が綺麗に掃除をしたはずの室内は、再び花で溢れていた。
「女王様! おられますか!?」
メル子は館を進みながら声を発した。歩くたびに、部屋中の花がザワザワと揺れた。奥の扉を開ける。部屋の内部には巨大な花のベッドがあり、その上に女王はいた。大きな蝶の羽を生やした、豊満な体の女性だ。
「女王様! お話があります!」
「ふぁ〜」
女王が大きな欠伸をして、ベッドから上半身を起こした。それと同時に花々から花粉が舞い散った。
「この花粉を吸い込まないようにしてください!」
三人は口元を押さえた。それを見て女王はクスクスと笑った。
「なんじゃ〜、またそなたか」
「女王様、お聞きしたいことがあります。グレムリンとフォレッタのことです!」
「ふぁ〜、なんじゃ〜?」
再び花粉が舞った。
「なぜ、フォレッタはハイデンに従っているのですか!? ひょっとして、女王様がそのようにフォレッタ達に命令を出しているのではないのですか!?」
単刀直入に切り出すメル子に対し、女王はつまらなそうに欠伸をした。
「わらわは、そんなことはしておらんのじゃ。めんどうくさいからの〜」
「では、なぜなのですか!?」
「そんなもの〜、ハイデンのスキルに決まっておろ〜」
「スキル!? どんなスキルなのですか!?」
スキルとは、この世界の住人や、プレイヤーに与えられる能力だ。女王は、ハイデンのステータスを一行に見せた。
拝礼のハイデン
レベル 80
ジョブ 暗黒巫女
スキル 恭順
装備 黄昏の刃
使命 神の世界へ至る
「恭順!? なんだそれは!?」
「その名のとおり、命令に従わせるスキルだと思います」
仕組みは実に簡単だ。ハイデンは現実世界でおじょうさまっちを集めた。そしてなんらかの手法により、おじょうさまっちのAIであるフォレッタを、タイトバースに戻したのだ。自身もタイトバースへと戻り、そしてスキルで命令を与えた。あとは再び、おじょうさまっちのボディに戻せば洗脳が完了するというわけだ。
「なるほど……となると、やはりキーとなるのは、現実世界と仮想世界を、自由に行き来できる能力だな」
「はい。しかしこれは、スキルでは説明ができません。現実世界に、それを手引きする人物がいるに違いありません」
その人物。AIを大量に現実世界に召喚できる人物。それを探さなくてはならない。
マヒナが切り出した。
「では、妖精女王、頼みがある。グレムリンとフォレッタを、現実世界から連れ戻してくれ。元々、黒乃山が女王と契約をすることによって成り立っている仕組みのはずだ。契約を破棄すれば、戦争を止められる!」
「それはできない相談じゃの〜」
女王が欠伸をした。部屋の花が一層花粉を撒き散らした。
「待て、女王。なにをやっている。それに、おかしいぞ。なぜ、お前がハイデンのスキルを知っている?」
マヒナとノエノエは拳を構えた。それを見たメル子は、慌てて刺股を構えた。
「なぜじゃって〜? ふふふ、それはわらわがすでに、恭順の餌食になっているからじゃ〜。働かなくていいという命令を受けたのじゃ〜」
「いや、それ、絶対スキルにかかっていませんよ! レベルが違いすぎますし!」
夏の夜の夢ティターニア
レベル 150
ジョブ 妖精女王
スキル 桃色吐息
装備 蜂蜜
使命 ぐーたら過ごす
ティターニアの羽が広がった。鱗粉と花粉が混じり合い、目に見えるほどのミストとなってメル子達を取り巻いた。三人の意識は立っていられないほど、朦朧とした。
「ぐうう、まずい。ここでのんびりと寝ているわけにはいかないんだ」
「マヒナ様! メル子、竜王になりなさい。竜王ならレベル的に互角です」
「無理ですよ!」
三人は床に倒れた。どんどんと意識が遠のいていく。メル子は意識を失う寸前に、世にも恐ろしい声を聞いた。まるで積もった雪の下から這い出る、春の新芽のような声を……。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
次の瞬間、館が真っ二つに切断された。日の光が差し込み、一行を照らした。森の中から爽やかな風が吹き込み、花粉を吹き飛ばした。
「ぐあわあああ! 眩しい! 誰じゃ!?」
「オーホホホホ! 勇者マリー、参上ですわー!」
「オーホホホホ! 剣聖アンテロッテ、見参ですわー!」
「「オーホホホホ!」」
アンテロッテの草刈りの剣によって切断された壁から飛び込んできたマリーは、愛銃G5Carbineをぶっ放した。それは全弾、妖精女王のデリケートなお肌に命中した。
「イタタタタタ! やめるのじゃ〜!」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様の高笑いが、妖精郷にこだました。




