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第415話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十六

 ——報告三百四。

 おじょうさまっちが地下鉄の電力設備に侵入。地下鉄が停止する。


 ——報告三百五。

 めいどろぼっちがスーパーマーケットを占拠。食料品を強奪。


 ——報告三百六。

 おじょうさまっちがロボローション工場を占拠。


 ——報告三百七。

 凍りついたまるめがねっち地蔵に人が集まり、崇め始める。


 ——報告三百八。

 めいどろぼっちのプチドローン部隊が政府の車両を襲撃。追い払う。


 ——報告三百九。

 ろぼねこっちが地下鉄の構内でおじょうさまっちと衝突。


 ——報告三百十。

 浅草寺で重機ロボが作業を開始。地面を掘り始める。





 メル子は刺股を握りしめた両手を上げ、丸腰であることをアピールした。そのまま工場のエントランスまで進んだ。


「ハァハァ、怖いです。なんですか、この作戦は」


 八又(はちまた)産業浅草工場には、厳重な警備が敷かれていた。メル子の姿を発見するや否や、何十台ものプチドローンが集まってきた。


「私です! メル子です! ヘイデン騎士団長にお話があります!」


 エントランスの前に立っているのは、三メートルの巨大メイドマシンだ。近づこうとするメル子に対して、止まるように促した。


「見てのとおり丸腰です! 戦う意志はありません! ヘイデン団長を呼んでください!」

『これはこれは、竜騎士殿。お久しぶりでちゅ』


 メイドマシンから幼女の声が聞こえた。ヘイデンのAIが、メイドマシンにインストールされたのだ。


「お話がありますので、中に入れてください。見てのとおり丸腰です」

『本当に丸腰かどうか、チェックしまちゅ……確認しまちた、丸腰でちゅ。竜騎士殿、なんのご用でちゅか』

「戦争を止めにきました!」

『できまちぇん。なんとしてもハイデンを止めないと、日本は壊滅……』


 次の瞬間、メイドマシンは吹っ飛んでいた。物陰から飛び出してきたマヒナとノエノエが、飛び蹴りを食らわせたのだ。


「ナイス囮だ、メル子!」

「いきますよ、メル子」

「これのどこが作戦ですか!?」


 三人はプチドローンのロボBB弾の掃射を掻い潜り、工場の中に突撃した。


「なんだ? エントランスが破壊されている。すでに誰かが突入したあとなのか?」

「まるで、何者かがぶちかましで破壊したかのようです」

「……」


 メル子は真っ青な顔でそれを黙殺した。三人は工場の中を走った。


「この部屋か!?」


 マヒナが扉を開けると、中には大量のめいどろぼっちが並んでいた。侵入者を認めたプチロボット達は、一斉に動き出した。


「ぎゃあ! マヒナさん! イマーシブ(没入型)マシンがある部屋は、こっちではありませんよ!」


 三人はタイトバースへログインするために、工場に侵入しているのだ。それには、イマーシブマシンのあるプレイルームにいかなくてはならない。


「メル子。この状態ではろくにログインなどできません。工場を制圧しなければ」


 ノエノエは群がるめいどろぼっち軍団から、メル子を守りながら通路を進んだ。


「制圧ってどうやるのですか!?」

「決まっているだろう、敵将を討つ!」


 マヒナは扉を開けた。それと同時に、複数の子供型ロボットが飛びかかってきた。全身を包む白い金属鎧に、短い剣を掲げて斬りかかる。


「「わー!」」

「せいッ!」

「「わー!」」


 いかな騎士団といえど、子供型ロボットでは戦力差はいかんともしがたく、あっという間に蹴散らされてしまった。


「いました! ヘイデン団長です!」


 ノエノエが指をさすと、マヒナはそちらへ向けて突進した。慌てふためくヘイデンの顔面に、月の女王(ミストレス)の拳がめりこんだ。


「決まりました! マヒナ様の鉄拳制裁(こうせい)です!」

「子供でも容赦がないです……」


 メル子は青ざめた顔で、可哀想な子供達を眺めた。



 


 ボロアパートの地下、薄暗い研究施設の通路を黒メル子は歩いていた。黒い和風メイド服の裾を揺らし、開発ルームに入った。


「はかせ〜、あそぼ〜」

「ぶぶぶぶぶ!」


 スーツをビシッと決めた中年ロボの背中にしがみついているのは、赤いサロペットスカートの少女、紅子(べにこ)と、小熊のぬいぐるみのモンゲッタだ。


「いたたたた、こら〜、やめたまえ〜」


 ニコラ・テス乱太郎は、モニタに映るコードに目を走らせていた。彼は今回の事件の首謀者と思われるハイデンを、現実世界に召喚した人物を調べているのだ。


「博士、進捗の方はいかがですか?」


 黒メル子はデスクに紅茶のカップを置いた。紅子とモンゲッタを抱き上げると、小さな体を上下に揺すってあやした。


「思ったよりも、浅草寺に隠されている(ぶつ)ピッピは大物だね〜」


 ニコラ・テス乱太郎は、超AI『神ピッピ』の前身プロジェクトである『仏ピッピ』の調査を行なっているのだ。


「何十年も前のAIだから、大したことはないと侮っていたが、とんでもない。さすが隅田川博士の設計だね〜」


 近代ロボットの祖、隅田川博士。トーマス・エジ宗次郎、アルベルト・アインシュ太郎、ニコラ・テス乱太郎、ルベールを作った科学者であり、紅子の父でもある。


「まさに、仏ピッピは神にも等しい力を持っているよ〜。なにせ、天候を操ることができるんだからね〜」

「いえ、博士。仏は仏なのであって、神ではないですよ……天候を!?」

「『宇宙傘計画』のことだね〜」


 宇宙傘計画(395話参照)。地球温暖化を食い止めるために実行された、世界規模のプロジェクトだ。太陽と地球の間にあるラグランジュポイントに、巨大な日傘をさして、太陽光を制御しようというものだ。

 その制御を任されているのが、まさに仏ピッピなのだ。


「では博士、まさか、この大雪は……」

「そのまさかだね〜、仏ピッピのユニットの一部は、すでにハッキングされてしまっているようだね〜」


 去年の年末から続く大雪は、仏ピッピの仕業だというのだ。


「いえ、おかしいですよ! おじょうさまっちが浅草寺を占拠したのは、ここ数日のことです。となると、一ヶ月以上前から、仏ピッピがハッキングされていたということになりますよ!?」

「そう、プチ事件が起きる前から、すでに何者かが仏ピッピを狙っていたということだね〜」

「いったい誰です!?」

「真っ先に思い浮かぶのは、アインシュ太郎とエジ宗次郎だね〜」


 圧倒的科学力を持った二人だ。技術的には可能であろう。加えてアインシュ太郎は、神ピッピの設計者であり、タイトバース事件の首謀者でもある。


「アインシュ太郎博士は最有力候補ですね」

「神ピッピ繋がりでいうなら、ルビー君も怪しいねえ〜」


 ルビー・アーラン・ハスケル。アメリカ人のプログラマであり、FORT蘭丸のマスターだ。そして、神ピッピのプログラマでもあるのだ。


「確かにルビーさんなら、タイトバースからAIを召喚することもできそうではありますが……いや、まさか」

「そして、あと二人いるね〜」

「誰ですか……?」


 黒メル子は喉を鳴らした。腕の中の紅子がモゾモゾと動いた。


「タイトバースから、大量のAIを召喚している人物が、まさに二人いるじゃないか〜?」

「二人……」


 モンゲッタがボディを震わせた。





「桃ノ木サン! 本当に乗り込むんデスか!?」


 雪の中をゲームスタジオ・クロノスの社員達が必死に進んでいた。雪はもはや膝まで積もり、一歩ごとに気合いが必要なほどの行軍だ。


「みんな、頑張って。先輩が動けない今、私達がやらないといけないのよ」


 桃ノ木は一行の先頭に立ち、雪の中を歩き続けた。それに続くはFORT蘭丸とフォトンだ。


「……ロボクロソフトになにしにいくの」


 フォトンは身軽な動作で雪の上を歩いた。心なしか楽しそうでもある。


「それは……藍ノ木先輩に会いにいくの」


 若干青い顔で桃ノ木は答えた。藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)は高校時代の先輩であり、黒乃のクラスメイトだ。そしてゲーム『タイトクエスト』のプロデューサーだ。


「会いたくナサそうデスね!」

「まあね。でも黒ノ木先輩のためだから」



 ——台東区上野。

 ロボクロソフトの本社前に、一行はたどり着いた。巨大なビルを丸ごと所有する、超大手ゲームパブリッシャーだ。

 そんな大企業であるが、この大雪と非常事態宣言のため、業務は行われていないようだ。一人だけいた受付ロボに話を済ませると、三人はエレベーターで上階に上がった。

 社内は静まり返っており、電灯がついている部屋は少ない。三人は指定された開発ルームの扉の前まできたが、電灯は消えており、間違いではないかと一瞬疑った。


「いくわよ」


 桃ノ木はそっと扉を半分開けた。部屋の中は広くて簡素だが、薄暗い。いくつかのモニタの光で照らされているだけだ。

 その光っているモニタの前で、きらびやかなフリフリの衣装を着た少女型ロボットが作業をしていた。

 そのすぐ隣の席では、藍ノ木が机に突っ伏している。頭のお団子がいつもより(しお)れているように見えた。開いた扉から流れ込む冷たい空気を感じたのか、藍ノ木は体をよじった。それを見たコトリンは、ずり落ちたショールを肩に掛け直した。


「大丈夫だからね、プロデューサー」


 コトリンは藍ノ木の背中に頬をつけた。囁くような、歌うような調子で語りかけた。


「コトリンに任せておけば、大丈夫だから。コトリンがなんとかしてあげるから」


 桃ノ木はその様子をひっそりと見守った。ある種の神々しさを感じ、言葉を失った。


「イヤァー! コトリンの声が聞こえマス!」


 桃ノ木はFORT蘭丸に背後から押されて、部屋の中へ足を踏み入れた。その途端、センサーが反応し、部屋中の明かりがついた。


「誰!?」


 藍ノ木は飛び起きた。コトリンは慌てて離れて取り繕った。


「藍ノ木先輩、私です」


 藍ノ木は呆然とした表情で、かつての後輩を見つめた。一瞬、高校時代の映像が甦り、角メガネが雫で歪んだ。


「桃ノ木さん!」


 藍ノ木は走り寄り、桃ノ木を抱き寄せた。桃ノ木は逃れようとしたが、横綱譲りの剛力で締め上げられてはひとたまりもない。


「とうとう、私のところにきてくれたのね! 私がピンチの時に! 私を助けに!」

「いえ、違います」

「ああ、そう」


 藍ノ木はかねてより、桃ノ木をロボクロソフトにスカウトしていたのだった。


「コトリンチャン! お元気デスか!?」

「はぁーい! 元気だよー!」


 コトリンは目元にピースサインをかざしてポーズを決めた。眼球に刻まれた(アスタリスク)がキラリと光った。


「イヤァー! カワイイデス!」


 藍ノ木はこれでもかと、フォトンを撫で回している最中だった。


「あの、藍ノ木先輩、今日はめいどろぼっちとおじょうさまっちの、今後の対応について……」

「ええ!? ああ、そうね、その話ね」


 一行はしばらく協議を重ねたあと、ロボクロソフトをあとにした。



 しばらくの間、雪の中を無言で歩いた。冷たさで足が痺れ、ようやく浅草が見えてきたころ、FORT蘭丸は口を開いた。


「犯人がわかりまシタ!」


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