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第414話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十五

 老人は巨大な工場の前にきていた。


「ここじゃな。ここにミケがいるんじゃな」


 老人は雪が積もった通路を杖をつきながら歩いた。すると、周囲を巡回していたプチドローンが一斉に集まってきた。


「なんじゃ!」


 構わず突き進み、建物のエントランスへとやってきた。その前で待ち構えていたのは、三メートルを超える、ずんぐりむっくりとしたメイドロボだ。


「ミケを返してもらいにきたぞい! ここにいるのはわかっているんじゃ!」


 メイドロボは首を左右に振った。


「ええい! とおさんか! ワシを誰だとおもっちょる。若いころは浅草随一の剣豪として、知らぬものはいなかったんじゃぞ!」


 老人は杖を振り回した。それを見た巨大なメイドロボは、両手を前に突き出し、クルクルと回転させた。


「お前じゃ話にならん! 責任者を出さんか!」

『なにごとでちゅか。ここは入れまちぇん』

「ワシじゃ! ミケを返さんか!」

『できまちぇん。これから、天下分け目の大戦(おおいくさ)がはじまりまちゅ。危ないから帰りなちゃい』


 メイドロボは老人を抱き上げると、雪の中を滑走した。


「離さんかー!」

『寒いから家まで送りまちゅ。おとなしくしてくだちゃい』





 雪が降る極寒の浅草。この異常ともいえる寒波と降雪は、日本全域を凍てつかせ始めていた。二十一世紀後半の温暖化最盛期以来の異常気象だ。その影響で、赤くそびえ立つ工場は、今や白く覆われていた。


「やはり、警備がすごいな」


 褐色肌の美女、マヒナはビルの上から八又(はちまた)産業浅草工場を眺めた。その周りには、めいどろぼっちが乗ったプチドローンが飛び交っている。

 ズシンズシンと音を立てて歩いているのは、体長三メートルのメイドマシンだ(171話参照)。ロボットであれば、AIをインストールして遠隔操作が可能な機体である。


「あの中に侵入するのですか!?」


 マヒナの横で刺股を握りしめてプルプルと震えているのはメル子だ。


「メル子、落ち着きなさい。マヒナ様に作戦があります」


 ナース服ベースのメイド服のメイドロボ、ノエノエはメル子の肩に手を置いた。降る雪が、二人の褐色肌に落ちては溶けていった。


「お二人はその格好で寒くはないのですか!?」

「鍛えているからな」


 メル子、マヒナ、ノエノエは円陣を組んで座った。


「メル子、工場へ突入する前に、状況を整理しよう」

「寒いので、手早くお願いします!」


 メル子はケープをしっかりと羽織りなおした。


「まず、めいどろぼっちとおじょうさまっちが、敵対しているのはわかるな?」

「はい、めいどろぼっちはこの浅草工場を拠点にしています。おじょうさまっちは浅草寺に立て籠っています」


 浅草寺に立て籠っているおじょうさまっち軍を、めいどろぼっち軍が攻撃するという構図になっている。


「誰の仕業だと思う?」

「それはもちろん、ハイデンの仕業ではないのですか?」


 チバ・シティの闇工場にいたハイデン騎士団長。タイトバースにおいて、巫女サージャに仕える三つの騎士団の一つを束ねる存在だ。かのタイトバース事件では、魔王ソラリスに魅せられ、世界を混沌に陥れた張本人だ。


「そう、おじょうさまっちがハイデンによって盗まれ、奴の配下にされてしまったのだ」

「おじょうさまっちが? その言い方ですと、めいどろぼっちは違うのですか?」

「めいどろぼっちもおじょうさまっちも、ハイデンの配下になったのなら、お互い争ったりしないだろう」

「確かに……」


 メル子はチバ・シティの闇工場での出来事を思い返した(408話参照)。あの時、ハイデンは黒乃達を見て驚いていたのだ。二人をおびき寄せる目的だったのなら、そのような反応はしないだろう。

 そしてあの時、別の集団が……。


「ひょっとして、めいどろぼっちを率いているのは、ヘイデン騎士団ですか!?」

「そのとおりだ。お前達はヘイデンの策略で、あの闇工場におびき寄せられていたんだ」


 ヘイデン騎士団。ハイデン騎士団と同じく、巫女サージャに仕える三つの騎士団の一つ。そのちびっ子団長のヘイデンは言っていた。『サージャの命を受けて、ハイデンを捕えにきた』と。


「めいどろぼっちとおじょうさまっちの戦争は、ヘイデン騎士団とハイデン騎士団の代理戦争だったんだよ!」

「なんですってー! いや、待ってくださいよ。戦争なんて、タイトバースの中でやればいいではないですか。こっちの世界まできてやる必要がありますか!?」


 自分でそう言いつつ、メル子はある言葉を思い出していた。ヘイデンから聞いたあの台詞を。


「『新たなる神を作る』……ですか……」

「そう、ハイデンの目的は、ソラリスに代わる神を作ること。そして、その秘密が浅草寺にあるんだ!」

「……」


 メル子は神妙な面持ちでマヒナを見つめた。その目を真正面から見つめ返すマヒナ。


「いえ、浅草寺はお寺ですので、神ではなく仏かと」

「そこはどうでもいいだろ!」

「メル子。実際、浅草寺に仏はいるのです」


 ノエノエが落ち着いた声で語った。


「それはお寺ですので、いますよ」

「メル子。抽象的な意味ではなく、実際に仏がいるのです。『(ぶつ)ピッピ』と呼ばれる超AIが」

「!?」


 メル子は思わず、握りしめた刺股を落としてしまった。超AIという言葉自体は何度も聞いた。タイトバースの世界を構築している超量子コンピュータ『神ピッピ』がそれだ。神ピッピは、ロボット達の電子頭脳がリンクして作られた超AIだ。


「仏ピッピは神ピッピの前身となるプロジェクトで、Bankrupt Unfairly Dazzle Desperate Heel Abacus Prawn Project、略してBUDDHAPPと言います」

「ちょっと頭に入ってきませんね」

「おじょうさまっちの、ハイデンの狙いはまさに仏ピッピ。仏を新たなる神として、祀りあげようとしているのです!」

「ですから、仏は仏なのであって、神ではないですよ」

「メル子! そこはどうでもいいでしょう!」

「ごめんなさい!」


 メル子は怒涛のように流れ込んでくる情報を整理しようと、電子頭脳をオーバークロックさせた。

 おじょうさまっちの目的は、浅草寺に眠る仏ピッピを手に入れること。そして、めいどろぼっちの目的は、それを阻止することなのだ。

 であるならば……。


「では、めいどろぼっちは我々の味方ではないですか!」

「まあ、そういうことになるな」


 マヒナはあっけらかんと答えた。


「だが、ヘイデン騎士団とめいどろぼっちは暴走状態にある。彼女らの目的は、あくまでハイデンの野望を阻止して、奴を捕えること。それがサージャ様から受けた命であり、絶対。だからこそ、今の戦争状態になってしまっているのだ」

「なるほど」

「だが、我々は戦いから浅草を守らなくてはならないんだ。みんなが住むこの町を。そうだろう、メル子?」

「もちろんです」

「我々が工場に潜入するのは、戦争をやめさせるためだ。タイトバースにログインし、異世界から問題を探るのだ!」

 

 タイトバースにログインするには、イマーシブ(没入型)マシンを使用しなくてはならない。もはや、全国に存在するマシンは稼働していない。唯一使えるマシンは、開発元である浅草工場にしかないのだ。


「問題は山積みだ。ハイデンは仏ピッピを手に入れ、なにをしようとしているのか? 彼女を現実世界に召喚した人物は誰なのか? その者の目的は? どのような手法で、おじょうさまっちを操っているのか? 今、仲間達がそれぞれの問題に挑んでいる」


 メル子は震えた。この極寒の中、長々と話をしているからだ。それに反して、メル子の心は燃えていた。絶望の淵に沈んでいるご主人様を助けるための、『道』が見えてきたからだ。

 めいどろぼっちとおじょうさまっちは利用されているだけだ。本来のプチはけっして危険なものではない。この問題を解決し、真相を明らかにし、黒乃の濡れ衣を晴らさなければならない。

 そしてなにより、浅草を救わなくてはならない!


「ご主人様、待っていてください。私がご主人様と浅草を守ります!」


 メル子は刺股(ドラゴンランス)を構え、天高く掲げた。





 OLは雪が降る道を歩いていた。


「ハァハァ、寒い。まる子、おい、まる子。寒すぎるよ。もう、日本はどうしちゃったのさ」


 OLの手のひらの上のまるめがねっちは、しきりに指をさしている。


「え? あっち? あそこは水上バス乗り場だよ」


 浅草駅のすぐ前、吾妻橋の脇にある観光汽船乗り場だ。いつもなら、イカした形の水上バスが行き交う、活気のあるスポットであるが、今は運行を休止しているようだ。乗り場は静まり返り、誰もいない。

 代わりに隅田川を往来しているのは、重機ロボを乗せた貨物船だ。雪の中を滑るように無言で進むそれを見ると、なんともいえない退廃的な感情が湧き上がってきた。


「ハァハァ、怖い。まる子、怖いよ。ここになにしにきたのさ」


 まる子は乗り場を指さした。


「いや、まる子。船はこないよ」


 OLは張られたロープを乗り越え、一段低くなった波止場に降りた。水面が近くなり、水の冷たさまで感じられそうだ。

 まる子はその水面を指さした。


「川の水がどうしたんだい? ん?」


 水の様子が少し違うことに気がついた。川底まで見えそうな綺麗な水質だが、周囲に比べて光の屈折がおかしいのだ。


「なんだろこれ?」


 OLは膝をつき、思い切り腕を伸ばした。重機ロボが乗った船が起こす波で水面が持ち上がり、指に触れた。その瞬間、慌てて腕を引っ込めた。


「ぎゃっ! なにこれ!?」


 手をブンブンと振り回し、指先についたものを振り払う。


「すっごいヌルヌルしてる! キモッ! これロボローションだ!」


 大量のロボローションが川に流れ込んでいたのだ。OLは流れを辿った。


「見て、まる子。あそこだよ。あの排水溝から流れてきているんだ」


 護岸の排水溝からは、一目見てわかるほどの光沢を放つロボローションの筋が溢れてきていた。


「どうして排水溝からロボローションが……?」


 手のひらの上であぐらをかいているまる子は、顎に手を当てて思索に耽った。


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