第413話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十四
大男はドスドスと派手に音を立てて、仲見世通りを突き進んでいた。
「ぶひー! ぶひー! フランソワ、今助けにいくぶひー!」
目指す先は浅草寺だ。情報によると、おじょうさまっちがそこに集結しているらしい。
プチドローンやプチコプターが集まってきた。機銃からロボBB弾が発射され、大男の分厚い腹にしこたまめりこんだ。
「イダダダダダ! 負けないぶひー!」
宝蔵門が見えてきた。その巨大な提灯をくぐり抜けようとした瞬間、門の影から現れたクレーンロボに釣り上げられ、大男は遥か彼方に投げ捨てられた。
「フランソワー!」
雪でぬかるむ足元に刺股を突き立て、メル子は浅草の町を歩いていた。やまぬ雪、積もる雪は、浅草の町からすべての音を奪い去ってしまったかのように感じられた。
「誰もいません……本当にここは浅草なのでしょうか」
メル子は雷門にきていた。浅草を象徴するこのスポットは、数えきれないほどの観光客で埋め尽くされているはずであった。
今は誰もいない。
浅草寺の周辺区画は政府によって封鎖され、立ち入ることはできない。めいどろぼっちとおじょうさまっちによる大戦争が、ここ浅草で繰り広げられているからだ。
めいどろぼっちは八又産業浅草工場を占拠、おじょうさまっちは浅草寺に立て籠もり、争いを続けている。
この事態を受けて、政府は緊急事態宣言を発令。浅草工場と浅草寺は封鎖されてしまった。
メル子は黄色いロープが張られた雷門を眺めた。目を閉じ、記憶を探索した。人で溢れた騒々しくも愛しい雷門の姿を。
微かに音が聞こえた。モーター音だ。顔を上げると、降る雪の合間になにかが浮いているのが見えた。ハッとし、刺股を握りしめた。
「プチドローンです!」
めいどろぼっちとおじょうさまっち用に開発されたドローンだ。操縦席にはおじょうさまっちが乗っている。それが三台。巡回をしているようだ。
「正面からは危険です。裏手に回り込みましょう」
メル子が目指しているのは浅草神社だ。この雷門をくぐり、仲見世通りを進めばすぐに現れる浅草寺。その隣にあるのが浅草神社だ。しかし、おじょうさまっちの警備に見つかってしまうわけにはいかない。メル子は雷門を横目に、隅田川方面へ歩き出した。
正面に見えるのは吾妻橋。川向かいで黄金色に光り輝く巨大うんこは、雪が積もりホワイトうんこに変化していた。
メル子は隅田川の水面を見て息を飲んだ。流れに逆らって進む船の上には、巨大な重機ロボが乗っていたのだ。これはチバ・シティの闇工場から運ばれてきたものだ。
今、政府がこの事態を鎮静化できない理由がこれだ。重機ロボにより、浅草寺は守りを固められているのだ。
「いったいなぜおじょうさまっち軍は、浅草寺に立て籠もっているのでしょうか。めいどろぼっち軍は、それを陥落させようとしているみたいです」
メル子は隅田川沿いを歩いた。左手に浅草駅が見える。地下鉄の出口から、アリの行列のように溢れ出てくる人々の姿は今はない。そもそも電車は動いているのだろうか。
川沿いを通り、浅草神社の裏手までやってきた。その間、車はおろか、人一人さえ見なかった。
「うっ、重機ロボです!」
メル子は建物の影に身を隠した。そのすぐ前を、ショベルカーロボが無限軌道を回転させながら通り過ぎていく。胴体から伸びるアームが、巨大な象の鼻のように揺れた。
そのすぐ後ろを走るのは、ブルドーザーロボ、クレーンロボだ。その迫力にメル子は震えた。雪の中を彷徨うモンスターのように思えたからだ。
「まるで、世界が終わってしまったかのようです」
白く覆われていく浅草。飛び交うドローン。不気味な音を立てる重機ロボ。
「ここが浅草神社です。ここまでくれば……」
メル子が浅草神社の境内に足を踏み入れようとした瞬間、メル子の背後からモーター音が聞こえた。偵察用のプチドローンだ。明らかにメル子をロックオンしているようだ。
「まずいです!」
ここで敵に悟られるわけにはいかない。メル子は刺股を大上段に構えると、勢いよく突きを繰り出した。
「えいや!」
しかし刺股はまったくドローンには届かず、空を切った。それを嘲笑うかのように旋回すると、ドローンは浅草寺に向けて飛び去ろうとした。
次の瞬間、グレーの塊がドローンに衝突した。弾け飛んで制御を失ったドローンは、向かいのビルの窓に突っ込んでいった。
「ニャー」
「チャーリー!」
プチドローンを撃墜したのは、グレーのモコモコことチャーリーであった。メル子はチャーリーを抱きかかえると、その豊かな毛並みに頬擦りをした。冷え切ったボディに染み渡る温もり。メル子は思わず涙を一粒落とした。
「チャーリー! 助けにきてくれたのですか!」
「メル子、ここでなにしてるニャ」
「こんな時に、アホなのかニャ」
足元に寄ってきたのは、白猫ロボのモカとムギだ。
「サージャ様に会いにきたのです!」
「今はやめておいた方がいいニャ」
「どうしてでしょうか?」
「巫女はめちゃ怒ってるニャ」
さもありなん。怒って当然の事態だ。メル子はそれを承知できた。メル子は本殿の前まで歩くと、賽銭箱の前に立った。十円玉を投げいれ、鈴を鳴らした。この音でドローンが集まってこないかと内心焦ったが、杞憂だったようだ。
「ここは巫女が結界を張っているから、プチは入ってこれないニャ」
「なるほど」
しばらく待つと、本殿の戸が開いた。中は暗く、見通せない。メル子は息を飲んだ。一瞬帰りたくなったが、もう引き返すことはできない。意を決して戸をくぐり抜けた。
正座をし、そのまま黙って待つ。クッションの山に埋もれた人物が動き出した。
「ん〜、メルピッピ。帆尼〜」
「サージャ様、おはようございます」
メル子は両手を床につき、頭を下げた。ギャル巫女メイドロボはようやく起き上がると、クッションを二つ抱えてメル子の前までやってきた。自分の足元に一つ、メル子の前に一つ置いた。
「座りなよ」
「いえ、このままで結構です」
「……」
「……」
沈黙がメル子の背中にずしりとのしかかった。重くて頭を上げることができない。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。メル子は体を起こし、正面からサージャを見据えた。
「……!?」
メル子はサージャの顔を見たことを後悔した。怒っている。明らかに怒っている。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだ。ギャルメイクでは隠しきれない怒りが、メル子を刺し貫いている。
「メルピッピ」
「はい」
「黒ピッピはどうしたのさ?」
「私一人できました」
「黒ピッピがくるのが筋ってもんじゃないのさ」
「仰るとおりです……」
メル子は再び目を伏せた。サージャの言うことには反論ができない。この事件の発端は黒乃と言ってしまってもいいのだ。
「ご主人様は今……へこたれて、います。立ち上がれないでいます。だから私が一人できました」
「黒ピッピがそんなんじゃあ、どうにもならないねえ」
「ご主人様は必ず立ち上がります。それには時間がかかるだけです。皆さんの助けが必要なだけです」
サージャはメル子の目を見た。御神体ロボの視線により、電子頭脳がすべて走査されてしまうような感覚を味わい、思わず目を逸らした。
「ご主人様は言ったはずです。めいどろぼっちは、現実世界とタイトバースの架け橋になるものだと」
「こんな状況になっても、まだそれを言えるのかい?」
「私はご主人様を信じています。めいどろぼっちは世界を救います! サージャ様! どうかお力を!」
メル子は言い放った。今度は目は逸らさない。逆にサージャの真意を推しはかるかのように凝視した。
「マジ昇歩様〜!」
サージャは立ち上がり、踊り出した。どこからともなく粋なミュージックが鳴り響いた。両手をかかげ、上下左右に素早く動かす。足は左右のステップをリズムに合わせて行う。神ピッピに捧げるマーチ、神楽だ!
その音楽に合わせ、二人の女性が本殿の奥から躍り出てきた。サージャの横に並び、一緒に手足を動かす。
「マヒナさん!? ノエ子さん!?」
「メル子! 反撃の時だ!」
「メル子、一緒に戦いましょう」
褐色肌の美女マヒナと、褐色肌のメイドロボ、ノエノエは汗を迸らせて踊った。
「ふはは〜、私も協力させてもらうよ〜」
クッションの山の中から芋虫のように転がって現れたのは、立派なスーツを纏った中年ロボだ。なぜかロープでぐるぐる巻きにされている。
「ニコラ・テス乱太郎博士!?」
「私もお手伝いします!」
「黒メル子!?」
黒い和風メイド服の金髪貧乳メイドロボが、そのロープを引っ張りながら現れた。
「メル子 おでも たたかう」
「ウホ」
屋根裏から巨大な影が二つ降りてきた。二メートルを超える巨漢のゴスロリメイドロボと、二メートルを超える巨漢の動物ロボだ。
「マッチョメイド! ゴリラロボ!」
浅草神社に勢揃いした強者ども。彼女らの神楽は反撃の狼煙だ。
「皆さん……」
メル子はうるむ瞳をメイド服の裾で拭うと、立ち上がり、そしてその輪に加わった。
「ご主人様、待っていてください。皆さんと一緒に浅草を救ってみせます!」
メル子は一心不乱に踊った。
少女は雪の降る道を一歩一歩進んでいた。
「ハァハァ、カトリーヌ、みて……」
少女は指をさした。隅田川には重機ロボを乗せた船が往来している。
「なにか、浅草がこわいことになっちゃってる……でも、カトリーヌには関係ないよね……」
その時、耳のすぐそばでモーター音が炸裂した。その音に驚き、慌てて後ろを振り向いた勢いで雪に足を取られ、少女は尻もちをついた。
目の前にはプチドローンが浮かんでいた。
「え……なに……」
ドローンの操縦席には一体のめいどろぼっちが乗っていた。そして、その操縦席の後ろにはもう一体……。
「え……カトリーヌ……どうしたの? なんでドローンにのってるの?」
カトリーヌは悲しそうな表情を少女に向けた。
「ねえ、カトリーヌ……あぶないよ、かえってきて、カトリーヌ……」
カトリーヌは首を左右に振った。そして両手を前に揃え、丁寧にお辞儀をすると、プチドローンは飛び去っていってしまった。
「カトリーヌ……まってよ、せっかく外にでられるようになったのに……カトリーヌ……」
少女は雪が降る空を見つめた。




