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第411話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十二

 少女は雪が降る空を見上げた。太陽がどこにあるのかすらもわからない分厚い雲は、いまにも雪崩となって落ちてきそうに見えた。


「カトリーヌ……ほんとに外にいくの?」


 手のひらの上の小さなメイドロボは、しきりに頷いた。


「でも、めいどろぼっちがどっかいっちゃったっていうし……外はあぶないよ」


 カトリーヌは首を左右に振った。


「わかった……いこう」


 少女は雪で湿ったアスファルトを踏み締めた。





「どらっしゃーい!!!」


 八又(はちまた)産業浅草工場のエントランスが、木っ端微塵に破壊された。謎の力士のぶちかましにより砕け散ったその扉の破片は、四方八方に飛び散り、付近にいた者に雨のように降り注いだ。


「ポンコツ職人、でてこんかーい!!!」


 黒乃は血走った丸メガネでターゲットをサーチした。その後ろから続くのは、桜漬け大根を左右に構えたメル子だ。


「黒乃サン、落チ着イテ、クダサイ」

「きぇえええええい!! どういうことか、説明せんかーい!!!」


 二人は応接室に通された。


「ドウゾ、白湯(ぱいたん)デス」

「うむ」

「ドウゾ、ホットマンゴーラッシーデス」

「ありがとうございます!」


 二人はウェルカムドリンクを一口含んだ。

 今日二人がやってきたのはもちろん、めいどろぼっち行方不明事件について問いただすためだ。ロボクロソフトのおじょうさまっち行方不明事件に続いての今回の件である。

 立て続けに起きたプチ行方不明事件。同一犯による犯行とみて間違いない。そしてこれを防ぐために、わざわざセキュリティを強化したはずなのである。

 にも関わらず起きてしまった。なぜそのようなことが起きたのか。その責任は誰にあるのか。明らかにしなければならない。


「先生、監視カメラには犯人は映っていないんですか?」黒乃が白湯を飲みながら問い詰める。

「監視カメラハ、ワタシガ足ヲ、ヒッカケテ、電源コードヲ、抜イテシマイマシタ」

「先生! 警備ロボはどうなっていたんですか!?」メル子はマンゴーラッシーのおかわりを要求した。

「昨日ハミンナデ、麻雀デ、盛リ上ガッテイタノデ、警備ヲ忘レテ、イマシタ」

「ボディをネジまで分解して、プチの素材にしてやろうか!!!」

「ゴメンナサイ!」


 怒っていてもなにも解決しない。二人は被害状況を確認した。

 被害にあったのは昨晩、終業後であった。出荷用に積んであったプチロボットのダンボールが多数、メンテナンスを受けるために送られてきたプチロボットは、根こそぎ持っていかれた。

 事件が発覚したのは、徹マンで失神寸前のアイザック・アシモ風太郎が、早朝生産ルームに入った時であった。その知らせはすぐにゲームスタジオ・クロノスに届き、慌ててやってきたというわけだ。


「あああああ! あれだ!」

「どれですか?」

「あの時、生産ルームにいたべっぴんロボだ! あいつがハイデンだったんだよ!」


 おじょうさまっちが行方不明になった時、チバ・シティの闇工場にいたのもハイデンであった。魔王ソラリスに仕えるタイトバースの住人。なんらかの方法で非合法ボディにインストールされ、現実世界にやってきた闇の信徒。

 おそらく、彼女が浅草工場に忍び込み、事を起こしたのであろう。


「なんであんなのをパートに採用したの!?」

「可愛カッタノデ、ツイ」

「プレス機でイカせんべいにして、仲見世通りで販売してやろうか!!!」

「ゴメンナサイ!」





 老人は愛用の杖を携え、出かけようとしていた。


「爺さん、どこにいきますか?」

「婆さん、なにをいっとる。ミケを探しにいくんじゃよ」


 すでにめいどろぼっち行方不明の件は、メディアによって大々的に報じられ、世間の知るところとなっていた。当のミケもメンテナンスに出したきり、戻ってこないのだ。


「爺さん、むちゃしないでくださいよ」

「なにをいうか。ワシが動かんでどうする。それに、昔いたミケみたいに、いなくなってさよならは、もうコリゴリじゃて」


 老女は老人の丸まった背中を見つめた。


「爺さん、昔のミケのことを思い出したんですか?」

「忘れとらんよ。忘れるわけないじゃろ!」


 老人は雪が降る道を、杖をついて歩き始めた。





 黒乃とメル子は浅草神社、通称三社(さんじゃ)様にいた。巫女サージャが守るこの神社は、もともと浅草寺に比べて人が少ない。今日はそれに加えて、チラホラと降る雪がますます人の足を遠のかせていた。

 その境内を二人は走り回っていた。


「なんニャー!」

「やるのかニャー!」


 追う人間とメイドロボ。逃げ回る二匹の白猫ロボ。タイトバースからやってきたモカとムギだ。不敬にも賽銭箱の上に寝そべりそれを見物しているのは、グレーのモコモコことチャーリーだ。


「ハァハァ! 大人しくしろ!」

「猫ちゃん達! スモークサーモンをあげるので、こっちにきてください!」

「こっちはチャ王とお昼寝中ニャー!」

「サーモンなんかいらんニャー!」


 はたから見ると、人間が猫をいじめている構図でしかないが、黒乃達にそんなことを気にしている余裕はなかった。


「よっしゃー! 捕まえたー!」

「こちらも捕まえました!」

「サーモンに釣られたニャー!」

 

 脇にガッチリと白猫をホールドした黒乃は、賽銭箱の横にケツを下ろした。


「ハァハァ、まあお前ら、落ち着けよ」

「落ち着くのはそっちニャ」

「なんの用ニャ」


 もちろん、黒乃はロボット猫と遊びにきたわけではない。この一連の事件に、少なからずモカとムギが関わっているのではと推測したのだ。


「お前らは、どうやってこっちの世界にきたんだい?」

「お二人は、サージャ様の許可を得ずに、こちらにきましたよね?」


 最初はまったく口を開こうとしなかった二匹だが、メル子が根気強く顎の下を撫でていると、そのうち心を許したのか、語り始めた。


「召喚されたニャ」

「異世界召喚ニャ」

「召喚!?」


 タイトバースに存在する三つの国家の一つ『ウエノピア獣国』は、獣王を君主とする絶対君主制国家だ。その獣王に次ぐ地位にいるのが、白猫の獣人であるモカとムギ。彼女達はチャ王ことチャーリーを獣王に戴き、タイトバースで暴れ回った。

 それは魔王ソラリスに操られてのことではあるが、タイトバースの地に大きな爪痕を残してしまった。

 ソラリス討伐後は、彼女達が中心となってウエノピアの復興に取り組んでいた。


「復興が終わったから、暇になったニャ」

「ふーむ、早いな。まあ、タイトバースの時間は十倍の早さで流れているもんね」

「こっちの世界にこられるように、巫女に何度もお願いしたニャ」

「でも巫女はケチだから、ぜんぜん話を聞いてもらえなかったニャ」


 モカとムギは口々にサージャの悪口を並べた。すぐ後ろの本殿の中には、そのサージャがいるので、黒乃とメル子は冷や汗を流した。


「そしたら、何者かが空から語りかけてきたニャ」

「そいつがチャ王に会わせてくれるっていうニャ」


 こうして、二人はその言葉にのり、八又産業で制作されていた白猫ロボにインストールされたのだ(383話参照)。偉大なるチャ王に会うために。


「その何者かって何者よ」

「知らんニャ」

「サーモンよこせニャ」


 結局わかったのはそれだけだった。





「ぶひー! ぶひー! フランソワ、どうしたぶひー!?」


 大男は、走り回る手のひらサイズのお嬢様を捕まえようとした。フランソワはその手をすり抜け窓辺に走り寄ると、手に持ったマイナスドライバーを窓ガラスに叩きつけた。


「危ないぶひー! フランソワ、やめるぶひー!」


 フランソワはバッテリーが切れるまで暴虐の限りを尽くした。





 黒乃とメル子がゲームスタジオ・クロノス事務所に帰ると、狭い路地には大勢の人が詰めかけていた。


「うげっ!? なんだこの人達!」

「メディアのようです!」


 二人を見つけた記者達は、一斉に駆け寄り取り囲んだ。狂乱的な目が四方八方から突き刺さる。


「黒ノ木社長! めいどろぼっちの反乱についてお話を!」

「反乱!?」

「黒ノ木社長! なぜこんな危険なものを発売したんですか!?」

「危険!?」

「黒ノ木社長!」

「黒ノ木社長!」


 二人は荒ぶる記者達をかき分けて、事務所の中に避難した。


「先輩、お待ちしていました!」

「……おかえり、おそいよ」

「シャチョー! 大変デス!」

「なになに!? なにがあったの!?」

「皆さん、どうされましたか!?」


 作業部屋で出迎えたのは、落ち着いた我が社ではなく、さらなる混乱だった。


「めいどろぼっちが、浅草中で暴れ回っています」

「うそでしょ!?」


 黒乃の丸メガネが部屋の蒸気で曇った。足元がふらつき、二本のおさげが揺れた。メル子が慌てて体を支えて椅子に座らせた。


「なにが起きてるの!?」

「先輩、現在までの状況をまとめましたので、報告します」


 桃ノ木がテキストを読み上げた。



 ——報告一。

 めいどろぼっちが家電量販店に侵入。倉庫に格納してあったバッテリーを盗難。


 ——報告二。

 めいどろぼっちが雑貨屋に侵入。ロボット用ナノペーストを盗難。


 ——報告三。

 ろぼねこっちがロボペットショップに侵入。檻を開け、動物ロボを逃す。


 ——報告四。

 まるめがねっちが銭湯の女風呂に侵入。つまみ出される。


 ——報告五。

 おじょうさまっちが商業施設の電源設備に侵入。電源を落とす。


 ——報告六。

 おじょうさまっちが企業のサーバルームに侵入。足を引っ掛け電源コードを抜く。


 ——報告七。

 まるめがねっちが女子大の寮に侵入。くつろぐ。


 ——報告八。

 おじょうさまっちがドラッグストアに侵入。ベビーローションを盗難。


 ——報告九。

 めいどろぼっちがスカイツリーに侵入。エレベーターを停止させる。



「なんじゃあ、こりゃあ……」


 黒乃は報告を聞いてプルプルと震えた。

 大惨事、大混乱、大損失、大失敗。あらゆる災難が頭の中で渦巻いた。大崩壊、大異変、大赤字、大打撃、大恐慌、大僧正、大連立、大黒柱、大掃除……。


「終わりじゃ……もう終わりじゃ……」


 黒乃は椅子ごと仰向けにひっくり返った。倒れた衝撃で、命ともいえる丸メガネのフレームが真っ二つに折れた。


「ご主人様ー!」

「先輩!」

「イヤァー! シャチョー!」

「……クロノス始まって以来の大ピンチ。このあとどうなってしまうのか? 来週も見てね」


 雪が積もり始めた……。





 OLはまるめがねっちと一緒に降る雪を眺めていた。


「なあ、まる子、おい、まる子」


 まる子はペチンと自分のケツを叩いた。


「まる子、世間ではプチ達が大暴れしているみたいだよ。どうなってんの?」


 OLはケツを指でつついた。


「なあ、まる子。お前はそんなことしないよな? ずっと一緒にいてくれるよな? おい、まる子」


 OLの問いかけに、まる子は無言のケツで応えた。


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