第410話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その十一
寒風吹きすさぶ二月の浅草。黒乃とメル子は巨大な赤い壁の工場を目指して歩いていた。
「ううう、さぶさぶ」
「寒いですね」
続く寒波、続く曇天。二月に入ってからというもの、丸いお日様も、青い空も見た記憶がない。
とはいえ、体はヒエヒエの黒乃であったが、懐はホカホカなのであった。
「体はヒエヒエだけど、懐はホカホカなんだけどね、ぷぷぷ」
「なにをほざいていますか」
二人は八又産業の工場へ足を踏み入れた。受付で待っていたのは、職人ロボのアイザック・アシモ風太郎である。
「オ二人トモ、オ待チシテ、オリマシタ」
「先生、よろしくお願いします!」
二人が通されたのは、『めいどろぼっち』の生産ルームだ。
「おお!」
「すごいです!」
去年訪れた時とは規模が違った。生産ラインがいくつも増え、パートのオバチャンと、パートのオバチャンロボが大増員されていた。日本中のオバチャンが集まったのではないかと錯覚してしまうほどの、オバチャン行列。
皆、白い作業衣と白い頭巾を着用し、めいどろぼっちの組み立てに集中している。
三人はラインの間を歩いた。
「いやー、すげー」
「次々にめいどろぼっちができあがっていきます!」
日本中にブームを巻き起こしているめいどろぼっち。その生産拠点がまさにこの部屋だ。黒乃は感慨深げにその空気を吸い込んだ。
しかし、悦に入ってはいられない。今日ここにきたのは、単なる見学のためではない。『視察』なのだ。
「見テノトオリ、万全ノ、セキュリティヲ、施シテイマス」
巡回する警備ロボ、あちこちに設置されたカメラ。これ以上ない警備体制だ。
ここまでやるのには理由がある。先日のプチドロイド行方不明事件の影響により、急激に売り上げを減らしたおじょうさまっちを鑑みてのことだ。同じことを起こしてはならない。そのための視察なのだ。
「ここまでやってくれりゃあ、安心だなあ」
「ですね」
「おや?」
黒乃はふと、熱心に作業するオバチャンロボの一人に目をとめた。
「オバチャンロボっていうけど、すごいべっぴんロボもいるじゃんよ。こんにちは」
黒乃が声をかけた細身のロボットは、瞬時に顔を逸らした。白衣に覆われているので、もともと顔しか見えないのだが、それすらも見えなくなった。
「あれ? こんにちは。作業はどうですか?」
黒乃は反対側に回り込み、べっぴんロボの顔を覗き込もうとした。しかし、彼女は頑なに顔を向けようとしなかった。
「なんだろ、嫌われているのかな?」
「ご主人様! べっぴんロボをナンパするのはおやめください! 次の予定があるので、もういきましょう!」
二人は満足げに工場をあとにした。
少女とカトリーヌは、今日も玄関の扉を眺めていた。少女は恐る恐るそのノブに手をかける。扉がわずかに開くと、冷たい風が入り込み二人を冷やした。
「いける……寒いのは平気……」
稼いだメイドポイントを使い手に入れたケープを、しっかりとカトリーヌに羽織らせてある。自身もモコモコのダウンジャケットに身を包んだ。
準備は万端。門を抜け、通りに出ようとしたその時……。
「え……」
目の前に、二メートルを超えるマッチョが二人いた。たまたま散歩にやってきたマッチョマスターとマッチョメイドだ。少女は慌てて家の中に避難をした。
「やっぱり外はこわい……」
黒乃とメル子は神保町の大手出版社にいた。
「ご主人様、白ティーがよれていますよ」
「ええ? ああ、うん」
本日、週刊少年ロボンプ編集部にて、めいどろぼっちの取材が行われるのだ。
「いや、まさか、子供のころから読んでいるロボンプに取材されるとは」
「おめでとうございます」
応接室でしばらく待つと、編集部員が現れた。
「どうも、編集長のロボしまです」
「あ、どうも、黒ノ木です」
「メル子です!」
「よろしくお願いします。では、さっそくですが、現在子供達の間で話題になっている新作ゲーム、めいどろぼっちについてお伺いしたいと思います……」
大男はミニチュアハウスのベッドの中でうなだれるおじょうさまっちを、心配そうに見つめた。
「おかしいぶひね。最近、フランソワの元気がないぶひ。せっかく闇工場から帰ってきてくれたのに、悲しいぶひよ」
大男はフランソワの縦ロールを指で撫でた。小さなお嬢様は、その指に小さな手を重ねた。
——後日。ゲームスタジオ・クロノス事務所。
「FORT蘭丸よ、最近元気がないな。どうしたんだい」
黒乃は斜向かいの席の、見た目メカメカしいロボットに声をかけた。
「……」
「おい、FORT蘭丸よ」
「……」
黒乃は仕方なく席を立った。FORT蘭丸のデスクを覗き込むと、そこには小さなお嬢様がうなだれていた。
「プチ丸の元気がナイんデス」
「うーむ」
闇工場から帰ってきたプチ丸であったが、以前とは様子が異なっているようだ。
「先輩、その件ですが、同じような報告が多数あがっています」
桃ノ木はその後、ネットワーク上に散らばっている、おじょうさまっちに関する情報を集めていた。どのプチドロイドもやはり、同じような症状が現れているようだ。
「ロボクロソフトはなんて言ってるの?」
「調査中とのことです。必要なら、無償でメンテナンスをする旨が通知されていますね」
「イヤァー! またプチ丸と離れたくナイデス!」
FORT蘭丸はプチ丸の上に覆い被さり、動かなくなってしまった。
「……いい」
「なんて?」
「……おじょうさまっちの心配よりも、めいどろぼっちの心配した方がいい」
青い髪の子供型ロボットがぼそりとつぶやいた。
「はっはっは、八又産業のセキュリティは万全だから、安心安全だよ。はっはっは」
「……だといいけど」
白々しい空気が作業部屋に漂った。
老人は部屋の中を徘徊していた。棚を開け、コタツ布団をめくった。
「婆さん、ミケは知らんかね?」
「爺さん、ミケはここにはいませんよ」
ミケは運動会のあと、ずっと元気がよかったのだが、あまりに元気よく暴れすぎたのが祟って、ボディに不調をきたしてしまったのだ。
「ふとしに電話で聞いたら、めんてなんすに出さないとだめって言われましたよ」
「そうじゃったか」
孫の手配で、ミケは現在浅草工場で整備中なのだ。
「ミケがいないと寂しいのう」
「あさってには帰ってきますよ」
老夫婦はコタツに入って、薄暗い空を眺めた。
——後日。第二回『めいどろぼっち&おじょうさまっち大運動会』
大会の舞台は隅田公園から変わり、お隣の台東リバーサイドスポーツセンターへと移っていた。巨大なグラウンドには大規模なステージが用意され、その周りを観客が取り囲んでいた。
「うひょー! すごい!」
「先輩、満員御礼ですね!」
「……これはやりすぎ」
前大会から間もないにも関わらず、大会の規模は数十倍に膨れ上がっていた。あちらを見ればプチ。こちらを見てもプチ。どこを見てもプチプチプチ。
日本はプチ一色に染まりつつあった。
「FORT蘭丸はなんでこなかったの?」
「ご主人様、プチ丸が不調だからですよ」
「ああ、そうか。まあ、いい。この大会も盛り上げて、さらなる増産を目指そう!」
大会が始まった。会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
今大会の目玉は、新しく開発されたプチ用の乗り物だ。プチカー、プチバイク、プチロケット、プチコプター。プチドローン。それらを乗りこなし、よりダイナミックなバトルが繰り広げられた。
神妙な面持ちのメル子は、走り回るプチ達を見つめた。
「あの……ご主人様」
「うん? どしたの?」
「なんと言いましょうか……いろいろと不安がございまして」
「なにがよ?」
「プチについてです」
「どんな?」
「いえ、なんとなくの不安なのですが……」
分厚い雲の下、寒波をものともせず走り回るたくましいプチ達を見れば、それは杞憂でしかないのではと感じる。しかし、心の奥底、電子頭脳の深淵からやってくるシグナルは、それを無視できるほどには小さくなかった。
「あの闇工場の件も、タイトバースからやってきた、ハイデンとヘイデン騎士団のことも、そもそも白猫のモカとムギはどうやって浅草にやってきたのでしょうか? サージャ様の許可なしに誰がそんなことを?」
「うーむ」
黒乃は腕を組んで考え込んだ。確かに謎は残されている。タイトバースのいざこざが、黒乃達に絡んできているのは感じている。
「いやー、でもさ、ほら、そういった面倒事はマヒナとかがなんとかしてくれるよ。ご主人様達が頑張る必要はないでしょ」
「しかし、めいどろぼっちもおじょうさまっちも、タイトバースのAIを利用しているのですから、無関係ではいられないはずですよ」
食い下がるメル子に多少驚いたものの、やはりその不安は漠然としたものでしかなかった。それをわかっているのか、抱き寄せて金髪をいくらか撫でていると、メル子は大人しくなった。
「メル子の言うとおりだよ。より気をつけるようにしよう。でも、めいどろぼっちはここが勝負所。止まることはできないんだよ」
「はい……」
台東リバーサイドスポーツセンターは佳境を迎えようとしていた。
「まる子、おい、まる子」
OLは窓辺でしきりに空を眺めるまるめがねっちに声をかけた。
「どうした、まる子? 空になにかあるのか? おい、まる子」
OLは指でその小さな巨ケツをつついた。
「おっぱい」
「ひぃいいやああああ!? まる子がしゃべったあああぁぁあ!?」
OLは驚きのあまり後ろに転がった。
——後日。ゲームスタジオ・クロノス事務所。
「先輩、大変です」
「桃ノ木さん、どしたの?」
「プチロボットが、大量に行方不明になりました」
「へー、またか」
「いえ、先輩。プチドロイドではなく、我々のめいどろぼっちの話です」
「ほーん……へ?」
二月の空に雪が舞い始めた……。




