第41話 職場体験です!
肌寒い秋の朝。出勤のため足早に歩く人々にまぎれて、白ティー丸メガネ黒髪おさげの背の高いお姉さんと、金髪巨乳メイドロボは並んで歩いていた。
今日は黒乃の会社に職場体験にいく日である。
「メル子に働いているとこ見られるの、恥ずかしいな」
「私はすごい楽しみにしていましたよ!」
メル子はウキウキのようだ。
職場体験は政府が推し進めているプロジェクトで、勤労観や職業観を育み、自らの進路選択、決定に必要な能力や態度を身に付けることを目的としている。
普通は人間の学生が対象だが、一定数のロボットを受け入れるように定められている。
「ゲームがどうやって作られているのかを見られるのですよね!?」
「まあそうだね。実際に簡単な作業をして、ゲームを作ってもらうよ」
「楽しみです!」
子供のようにはしゃぐ姿を見ると、誘ってよかったと思えてきた。職場体験のロボット枠を埋めるために、会社側から相談を持ちかけられた時はどうしようかと思ったのだが。
隅田川を渡りしばし歩くとスカイツリーの下に出た。スカイツリーの商業ビル群から一ブロック離れたところにあるビルが、黒乃の勤める会社である。
「大きいビルですね」
「いや、ここの九階と十階だけだよ」
ビルのエントランスで、メル子の首の後ろのIDをスキャンし入場をした。和風メイド服の金髪美少女と、サラリーマン達が一緒にエレベーターを待っているのは、異様な光景である。
九階につくとすぐ黒乃の会社のエントランスである。黒乃が社員証をかざすと自動ドアが開いた。
「ようこそいらっしゃいました。職場体験の方ですね」
そう言ってメル子を出迎えたのは桃ノ木桃智、黒乃の後輩である。
「あ、桃ノ木さんが担当だったんだ」
「はい、今日は研修生の皆さんをご案内いたします」
「よろしくお願いします……」
メル子はペコリと頭を下げると、黒乃の後ろに隠れた。
「こらこら、職場体験なんだからちゃんとして」
「はい……」
メル子の他にも、数人の学生が研修にきているようだ。まずは会議室で、ゲーム制作に関する基本的な知識を学ぶ。
「では黒ノ木先輩、よろしくお願いします」
「任せとけ」
「あ、ご主人様が講義をするのですか」
「なんのためにいると思ってたんじゃい」
黒乃は席を立ち、白ティーを正した。
「おほん、それではゲーム制作の職種について説明します」
ゲーム制作には大別すると三つの職種がある。プランナー、プログラマ、デザイナーである。
プランナーは、企画、シナリオ、レベルデザイン、イベントデザイン、制作進行管理などを行う。
「うちではプランナー志望の新入社員は、まずレベルデザイン、イベントデザインからやってもらうことが多いかな」
学生の一人が手をあげた。
「私は企画志望なのですが、企画職にはなれないのでしょうか?」
「いきなりは難しい。シナリオ職も同様。とはいえ、企画書は随時受け付けているし、月に数回企画コンペやってるから、そこでガンガンアピールしてもらいたい」
プログラマは、ゲームエンジン、ゲームエディタ、デザイナーツール、プランナーツールの作成、サーバ管理、フロントエンドの作成などを行う。
「プログラミング言語はなにを使っているのでしょうか?」
「正直言うと、決まっていません。ゲームエンジンやフロントエンドでは、いまだにC++2100を使っている。ツール類はロボクロソフト社のC☆ですね。だけど、使用するツールや環境によって言語はコロコロ変わる。知らない言語をいきなり習得しろなんてザラなので、覚悟しておいてほしい」
デザイナーは、キャラクターデザイン、モデルデザイン、UIデザインなどのグラフィック系とサウンド系がある。
「うちではサウンドは外注してるかな。ここの制作ライン数だとサウンドが暇になることが多くて、内部に抱えるのは割に合わない」
「ご主人様って入社数年目ですよね!? なぜそんなにベテラン開発者のような立場から語っているのですか!?」
「メル子くん、口を慎みたまえ」
一通りのセッションが終わり、一同は会議室を後にした。
「それでは皆さん、次はいよいよ開発室で実際に作業を体験してもらおうと思います」
桃ノ木が皆を引き連れ、廊下を歩き出した。同じく先頭を歩いている黒乃の横に張り付いた。
「黒ノ木先輩、黒ノ木先輩。講義カッコよかったですよ」
「ええ? ああ、そう。そりゃどうも。桃ノ木さん、いつも言ってるけど、歩く時、密着しないでもらえる?」
メル子は桃ノ木の反対側から黒乃に密着した。
「こらこら、会社だから! イチャイチャはまずいって!」
開発室に入ると、ずらりとモニタが並んでいた。お洒落なデザインの机と椅子に、お洒落な女性達が思い思いのスタイルで仕事をしている。観葉植物が通路に並び、ぬいぐるみなどの小物をこれでもかとあちこちに飾り立てていた。
「女性が多いですね」
「デザイナーは女性の方が多い。そしてなぜかみんな派手なのだ」
メル子が部屋に入ると、デザイナー達が歓声をあげてわらわらとメル子に群がってきた。
「かわいー!」
「お嬢ちゃんいくつー?」
「でっか!」
「そのメイド服たまらんわー」
メル子はしばらくもみくちゃにされた。
「こちらでは3Dキャラクターのデザインを体験してもらいましょう」
桃ノ木は研修生達をモニタの前に座らせた。デザイン部のチーフが指導をしてくれるようだ。
「皆さん、ツールは立ち上がってますね? これを使ってロボハザード用のキャラクターを作ってもらいます」
「ロボハザードは知っています!」
ツール上にはキャラクターのボーン(骨)だけが表示されており、このボーンに大量に用意されている体のパーツをくっつけていく仕組みのようだ。
研修生達は思い思いのキャラクターを作成していった。
「メル子はどんなキャラクター作るんだい?」
「もちろんメイドさんです! 可愛い子を作りますよ!」
続いて訪れたのは、プログラマルームだ。
「研修生の皆さん、お静かに願います。プログラマ達はマスターアップが近いため、非常にナイーブになっています。刺激を与えないでください。餌も与えないでください」
なぜか部屋は薄暗く、座席ごとにパーティションで区切られていた。パーティションの隙間から、床に寝転んだ人間の足が飛び出しているのが見えた。室内は全体的に飾り気がなく、キーボードを叩くカタカタという音と、空調のゴーゴーという音だけが響いていた。
「こちらの部屋では、キャラクターのAIやパラメータを設定してもらいます」
先ほど作ったキャラクターに、行動パターンや装備する武器などを設定していく。画面には行動を表すノードが表示されており、それらのノードを線で繋げていくことで、キャラクターの行動を制御するのだ。
「メル子のメイドさんはどんな武器を使うのかな」
「もちろん『刺股』ですよ! 最強武器ですから! パラメータは力をマックスにします。刺股をうまく使えるように!」
メル子達研修生は、その後もせっせとAIを組み立てていった。
いよいよキャラクターが完成した。後はゲームに組み込み、テストをするだけだ。
「次はプランナールームにいきます。ここで実際にキャラクターを動かして、みんなで評価を行います」
プランナールームはおもちゃ屋のような空間だった。明るい室内の壁には本がずらりと並び、棚にはボードゲームや子供用玩具が積まれていた。机や椅子は常設されておらず、逐一自分で設置するようだ。メル子達は、それぞれ自分の椅子を持ってモニタの前に集まった。
「ふふふ、みんなが作ったキャラクターは、もうプログラマにお願いして組み込んであるから。これからプレイして、動きを見ていこう」
黒乃はモニタのスイッチを入れ、コントローラーのボタンを押した。
『ロォボォ ハザァードォ ナィイイーン!!』
「ぎゃあ!」
「さあ、ゲームモードは『エスケープ』ね。ゾンボが溢れる館を、みんなが作ったキャラクターとともに脱出するモードだ」
ゲームが始まると、周囲にキャラクター達が表示されていった。
「あれ? ご主人様? 私が作ったメイドがいませんけど……」
「いるじゃん、この子でしょ。ほら、よく見て」
黒乃はメイドと思しきキャラクターの前まで進んだ。
「え? なんか……なぜマッチョメイドになっているのですか!?」
そこに立っていたのは、筋骨隆々のメイドであった。刺股を手に持ち、メイド服をぶち破らんばかりの体を誇らしげに見せつけている。
「いやだって、力のパラメータをマックスにしたから」
「パラメータで筋肉量が変化するのですか!?」
「すごい!」「画期的だ!」と研修生達は大喜びのようだ。メル子は青ざめた顔で画面を見ている。
「ま、まあいいでしょう。刺股で活躍できればそれでいいですよ」
黒乃は館の扉を開けて進んだ。AIに従い、それぞれのキャラクター達が黒乃の後についてくる。
「お? みんなちゃんとついてきているね。AIの設定が甘いと、勝手にどっかいったりするからね」
マッチョメイドだけ、ひたすら壁に向かって歩いていた。
「なぜですか!? ちゃんとプレイヤーを追いかける設定にしたのに!」
「おそらく力を増やした分、知力のパラメータが減ったから、命令を理解できていないのかも」
メル子の顔が真っ赤になった。
しかし、遅れながらもマッチョメイドはみんなの後をついていった。
「おっと、ゾンボの集団が出てきたぞ。みんなちゃんと戦うかな?」
「戦闘ですね! マッチョメイドが活躍しますよ!」
それぞれのキャラクター達が手に持った武器でゾンボを撃った。マッチョメイドも刺股を構えてゾンボに突進した。
「いけー! マッチョメイド! ゾンボを蹴散らすのです! あれ? 仲間を殴っている……なぜです? こら、マッチョメイド! 敵はゾンボですよ! マッチョメイド、やめなさい!」
マッチョメイドが刺股を振るうたびに、仲間のキャラクターが吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「知力が足りなくて、味方とゾンボの区別がついてないのかな」
メル子は手で顔を覆った。
「いかん、ゾンボの攻撃で体力がなくなった」
「お任せください! 体力が減った時に、プレイヤーにハーブを届けるAIを組みましたから!」
マッチョメイドはハーブを見つけると、まっしぐらにハーブに向かって走っていった。
「見てください! マッチョメイドが仕事をしますよ!」
しかしマッチョメイドはハーブを鷲掴みにすると、そのまま貪り食った。
「お前が食べてどうするのですか!!」
「うまい」とマッチョメイドがつぶやく。
「味は聞いていないです!」
メル子はその場にしゃがみ込んでしまった。
「まあまあ、まだボスがいるから。ほら、ボスのロボヒガンテだよ!」
突如、館の天井をぶち破って巨人が突入してきた。それに向かってキャラクター達が総攻撃を仕掛けていく。
「こいつは体力がものすごく多い強敵。倒せるかな?」
「マッチョメイド! 今ですよ! 刺股で戦って!」
「ハーブうまい」
「まだハーブ食ってます!!」
全員で戦い、ロボヒガンテを追い詰めていく。しかしその時、ロボヒガンテが雄叫びを発した。その衝撃波を受けて、皆が倒れ込んでしまった。
「やべ。こりゃ全滅か?」
「いや、見てください! まだ一人立っています!」
マッチョメイドであった。マッチョメイドは刺股をロボヒガンテに向けて構えた。すると刺股が光り出した。
「マッチョメイド!? その技はまさか?」
「ご主人様 おで やる みんな すくう」
「マッチョメイド、やめなさい! その技を使ったらあなたは!」
「おで やくたたず でもご主人様のため たたかう!」
「マッチョメイド!」
「なんで会話してるんだ?」
マッチョメイドは光る刺股を前に突き出し走った。刺股がロボヒガンテの腹に突き刺さる。そのまま突進すると、壁を突き破って二人は宙を舞った。
そして崖下のマグマに落ちていった……。
「マッチョメイドーー!!」
「どしたどした(笑)」
メル子はがっくりと膝をついた。しかしその時……!
「あ、メル子。なんか崖を登ってきたよ」
「え!?」
マッチョメイドが素手で断崖絶壁を登ってきていたのだ! マッチョメイドは画面に向かって親指を立てた。
研修生達は歓声をあげた。
「マッチョメイド! やりましたご主人様! マッチョメイドがやりましたよ!」
「ああ、うん。なんだこれ」
こうして研修はつつがなく終了した。
その帰り道。
「ご主人様、申し訳ございません。ハッスルしてしまいまして……」
「まあまあ、仕事に熱中するのはいいことだよ」
「はい……でも今日のご主人様、かっこよかったです。ちゃんとお仕事をしていたのですね」
「こらこら」
メル子は小さな声で言った。「またご主人様を好きになりました」
「へへへ、連れてきた甲斐があったよ」
二人はゲームの話に花を咲かせながら、浅草の町を歩いた。
その後発売されたロボハザード9に、マッチョメイドが登場することが発覚し、ゲームファンを騒がせた。




