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第408話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その九

 闇から闇へ、大量の物資が流れ込むこの『チバ・シティ』は、非合法な製品を製造する闇工場の温床となっていた。

 運び込まれるコンテナ。目まぐるしく走り回るトラック。このコンテナ街はアメーバ、いや、スライムのように日々その姿を変え、なにかを生み出し、なにかが捨てられ、人知れず日本各地にあらゆるものを拡散し続けているのだ。


 そのコンテナ街の、一際大きなコンテナの中に黒乃とメル子はいた。

 ここはクサカリ・インダストリアルの工場だ。先日行われた、プチ達の大運動会後に行方不明になった、おじょうさまっちを探しにきたのだ。

 二人は地下へと続く階段を下っていた。吊り下げられた照明が、下から登ってくるカビ臭い風に煽られて揺れた。


「ご主人様! 怖いです!」


 メル子は黒乃の白ティーにしがみついた。


「ここ、本当にクサカリ・インダストリアルの工場なの!?」


 クサカリ・インダストリアルは、八又(はちまた)産業と並ぶ世界的なロボット製造メーカーだ。その本社工場はどちらも四国にあり、ここはその支工場と思われる。

 階段を下ると扉が二つあった。受付で指示された方の扉を開けると、そこは狭い空間に机と椅子があるだけの応接室だった。

 中に入り、椅子に座ってしばらく待つ。すると先程の受付ロボがお盆にドリンクを乗せて入ってきた。


「飲みな……」

「あ、どもども」

「ありがとうございます」


 黒乃の前には紙コップに入った水が、メル子の前にはトロピカルなグラスに入ったマンゴーラッシーが置かれた。


「待ってな……」


 それだけ言うと受付ロボは去っていった。


「ぷぷぷ、あの人、お茶くみもやるんだね」

「うふふ、人手が足りていないのでしょうか?」


 二人は、水とマンゴーラッシーで喉を潤しながら待った。部屋には窓もなく、時計すらない。時計を内蔵しているメル子はともかく、黒乃は時間の経過がわからなくなるほど待った。


「遅いな……」

「遅いですね……」


 その時、大きな物音が聞こえた。その音に驚き、二人はドリンクを落としそうになった。


「なんだなんだ!?」

「なにごとですか!?」


 なにかが倒れるような音。人が走り回る音。金属音。叫び声。再び人が走り回る音。黒乃とメル子は体を硬直させ、その音が止むのを待った。


 急に訪れる静寂。二人は顔を見合わせた。


「火事か?」

「強盗でしょうか?」


 火事だとしたら、すぐに避難しなければならない。強盗ならこの部屋にたてこもっていた方がいいであろう。しかし、二人は目的を思い出した。この工場には調査にやってきたのだ。


「よし、よし、いくか!」

「はい!」


 黒乃は扉を開けた。静寂。薄暗い廊下には誰もいない。もう一つの扉は半開きになっていた。中からは明かりが漏れている。


「ご主人様! ならずものが現れたら、大相撲パワーで倒してください!」

「いや、土俵じゃないと大相撲パワーはイマイチ発揮できないけど……」

「もう、土俵を持ち運んでください!」

「むちゃ言わないで」


 黒乃は扉を開け、中の様子を窺った。どうやら作業部屋のようだ。ダンボール箱が積まれ、机の上には様々な機械が散乱している。


「ああ!」

「ありました!」


 机の上のコードに繋がれていたのは、まぎれもない『おじょうさまっち』だ。その他にも、何体かのプチが並べられていた。どれも動作をしていないようだ。


「これは、出荷前のプチじゃないよ!」

「明らかにカスタマイズされたプチです!」


 工場で作られたプチはデフォルトの衣装や髪型で梱包され、ユーザーの元へ送られる。しかし、ここのプチ達の衣装は様々で、出荷用には見えない。

 つまり、行方不明になっていたおじょうさまっちである可能性が高い。


「ハァハァ、ここでなにをやっているんだ?」

「ご主人様! プチの居場所がわかったのなら、もう逃げましょう!」


 メル子の言うとおりだ。ここでヘタに首を突っ込むよりも、情報を持ち帰ってしかるべき場所に通報するのが得策であろう。

 黒乃はデバイスのカメラで現場の撮影を始めた。その過程で、偶然にも見覚えのあるプチを発見した。


「いた! プチ丸だ!」


 FORT蘭丸のおじょうさまっちである、プチ丸だ。メル子が慌てて駆け寄り、繋がれたコードを外した。破損がないか確認したあと、大事そうに(アイ)カップの谷間に押し込んだ。


「ご主人様!」

「オーケー!」


 その時、部屋の奥の扉が開き、何者かが現れた。


「貴様達!」


 そのロボットは、目にも止まらぬ速さで黒乃に襲いかかった。あっという間に組み伏せられる黒乃。


「ぎゃばー!」

「ご主人様ー! でぇい! 悪霊退散!」


 メル子は眼球から猛烈な光を迸らせた。八又産業のロボットに搭載されたフラッシュライトだ。


「ぐう!?」


 視界を奪われたロボットは、よろめいて後ろに下がった。黒乃はその人物を観察した。鋭い目つき。体にフィットした膝まで伸びるチュニック。そして、異常なまでに整った長い黒髪。


「このべっぴんロボは!?」


 黒乃はこの人物に見覚えがある。直近では、プチ大運動会で見かけたのを覚えている(404話参照)。いや……さらに前、遥か彼方で出会った記憶が……。


「御用でちゅ! 御用でちゅ!」


 べっぴんロボが入ってきた扉から、別の団体が流れ込んできた。


「今度はなんだ!?」

「なにが起きていますか!?」


 それは子供型ロボットの集団であった。全身を包む真白い金属鎧には見覚えがあった。子供達は短い剣を振り回し、部屋にずらりと整列した。


「われらヘイデン騎士団! 救世の英雄殿を助けに参上でちゅ!」


 その言葉に、黒乃とメル子は電撃に撃たれたように悟った。そう、彼女達は『タイトバース』で出会った騎士団である(320話参照)。


「なんで君らがここにいるの!?」


 彼女達はゲームの世界のAIだ。それが現実の世界に現れている。そのあり得ない展開に黒乃の頭は混乱した。


「話はあとでちゅ!」


 ヘイデンを含めた数名の騎士達が、剣を振り回しながらべっぴんロボに迫った。


「わー!」


 べっぴんロボは回し蹴りでそれを蹴散らした。


「わー!」


 そして、部屋の入り口から飛び出していった。


「逃げられたでちゅ!」


 いくら騎士団とはいえ、子供型ロボットでは致し方ないであろう。がっくりとうなだれる騎士団を、二人は呆然と見つめた。





 黒乃とメル子は、ヘイデン騎士団の隠れ家に避難していた。先程のクサカリ・インダストリアルの工場と称するコンテナからは、さほど離れてはいない。

 コンテナの内部は充分に広く、意外に清潔だ。部屋の真ん中にコタツ、隅のテーブルにはガスコンロ、その隣には冷蔵庫が設置されていた。

 黒乃達はそのコタツに入り、寛いでいた。


「黒乃殿、お水をどうぞでちゅ」

「ああ、あんがと」

「竜騎士殿、マンゴーラッシーをどうぞでちゅ」

「ありがとうございます」


 幼女騎士団長ヘイデンが、二人にドリンクを差し出した。黒乃達はそれを一口含み、目の前にずらりと正座してこちらを見ているちびっ子騎士団を眺めた。


「なにから話したらいいか、まったくわからん」

「ですね」

「ごもっともでちゅ」


 彼女達は『ヘイデン騎士団』。ゲーム『タイトクエスト』の世界『タイトバース』からやってきた、言わばゲームの中のキャラクターである。

 タイトバースは、ロボット達の電子頭脳がリンクして作られた超AI『神ピッピ』が生み出した世界であり、その中で生まれたキャラクターは、れっきとした人格を持ったAIだ。


 その彼女達が現実世界に現れた。

 にわかには信じがたい事実であるが、黒乃はいくつかの例を思い浮かべていた。

 一つはブータン。同じくタイトバースの住人で、マイクロブタロボとしてこの世界に現れた(332話参照)。

 もう一つはモカとムギ。白猫ロボとしてチャーリーを追いかけてやってきた(382話参照)。

 そもそも、めいどろぼっちもおじょうさまっちも仕組みはまったく同じなのだ。めいどろぼっちは、タイトバースに生息する『グレムリン』という妖精をプチロボットにインストールしたものだ。同じく、おじょうさまっちは『フォレッタ』という小悪魔を利用している(362話参照)。

 なので、ヘイデン騎士団が同じ仕組みで現れたのも理解はできる。しかし、わからないのは……。


「なにしにこっちへきたの?」

「そこでちゅ!」


 ヘイデンは小さな手でコタツの天板をペチンと叩いた。その仕草があまりに可愛らしかったので、メル子は思わずクスリと笑った。


「今、笑いまちたか!?」

「ごめんなさい!」


 メル子は笑ってはならないのである。なぜならヘイデン騎士団をちびっ子にしたのは、赤竜と化したメル子なのだから(324話参照)。


「われわれは巫女サージャ様の命をうけ、ハイデンを捕えるためにこの世界にやってきたのでちゅ!」


 その言葉で、黒乃は概ね事態を察した。

 ハイデン。ハイデン騎士団の麗しき女団長。邪神ソラリスの信徒として、タイトバースに混乱の渦を巻き起こした張本人だ。


「てことは、さっきのべっぴんロボがハイデンか」

「そのとおりでちゅ」


 言われてみれば確かにハイデンであった。異世界の人物が現実世界にいるはずがないという思い込みにより、認識を阻害されていたのだ。


「ハイデンはあの事件のあと捕えられ、サンジャリア大聖堂に幽閉されていまちた。そこで彼女は繰り返し叫んでいまちた」

「なにを?」

「『新たなる神を作る』と」


 新たなる神。邪神ソラリスに替わる神を見つけようということだろうか。しかもこの現実世界において。


「ハイデンは何者かの手を借り、脱獄しまちた。そして、この世界に召喚されたのでちゅ」


 タイトバースから現実世界に召喚されるにはボディが必要だが、都合よくボディが見つかるとは限らない。だがこのチバ・シティは別だ。この町では非合法ボディが、星の数ほど取引されているからだ。


「われわれヘイデン騎士団は、彼女を連れ戻さなければならないのでちゅ!」


 ちびっ子騎士達は一斉に立ち上がった。剣を掲げ叫ぶ。


「巫女サージャの御名(みな)に下に!」

「「わー!」」

「誉れはわがヘイデン騎士団にあり!」

「「わー!」」


 大盛り上がりで喝采するハイデン騎士団を尻目に、黒乃とメル子はこっそりとその場を抜け出した。


 そう、()()()()()()()()()()()()


 異世界のゴタゴタは、彼女達だけで片付けてほしいのである。

 黒乃達にはやることがある。ゲームスタジオ・クロノスの処女作『めいどろぼっち』を、なんとしてでも売らなくてはならないのだ。

 今日の目的は、行方不明になったおじょうさまっちの捜索だ。プチ丸は無事助け出せた。それで万事ヨシ。二人は真っ赤なキッチンカーに乗り込み、魔都チバ・シティを抜け出した。


 だが……黒乃達はこの時すでに、渦中にいることに気が付いていなかったのだ。


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