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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第407話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その八

 少女は玄関の扉を開けた。


「だいじょうぶ……いけるから……」


 一月とはいえ充分に強い真昼の日差しが顔に照りつけ、一瞬視界を奪われた。周囲が暗くなり、目が順応するまでしばし時間を要した。


「きのうの目玉焼きだって作れたんだから……だいぶこげちゃったけど……できるから……」


 少女は手のひらの上に乗った小さなメイドロボに頬擦りをした。メイドロボは頬を合わせたあと、手で少女の鼻頭を撫でた。


「カトリーヌがえらんでくれた今日のミッション……『一緒にお散歩をしよう』……カトリーヌだって、おそとにでたいよね……」


 少女は震える足で一歩を踏み出した。





 大男は机の上のミニチュアハウスを眺めた。ゴシック様式の豪華なお城の一室を模した部屋で、中は丁寧に整備がされていた。

 しかし、肝心の部屋の主はいなかった。


「ぶひー……ぶひー……フランソワ、どこにいってしまったぶひか……」


 大男は振り返り、壁に設置されたフィギュア用の棚を眺めた。巨大ロボ、怪獣、美少女フィギュア、どれも自慢のコレクションだが、どれもが寂しげな表情に見えた。





 老夫婦は、コタツの上の小さな小屋の中で眠る小さなロボット猫を見つめた。


「婆さん、ミケがよう寝とるわい」

「運動会でよっぽど疲れたんですかねえ。こうしていると、ミケを思い出しますねえ」


 老人はぽかんと口を開けて老女を見た。


「婆さん、ミケはここにいるじゃろう」

「イヤですよ。昔うちにいたミケのことですよ」

「だからミケはここにいるじゃろ」

「爺さん、忘れてしもうたんですかい」


 ミケは耳を閉じて、言い争う老夫婦の声から逃れた。





 OLは床にうつ伏せに寝そべるまるめがねっちを、熱心に観察していた。


「おい、まる子、おい。ケツは平気か?」


 まる子は自分のケツを念入りに撫でまわし、問題がないことを確認すると、こちらを向き親指を立てた。それを見たOLはほっと息をついた。

 まる子は先日の大運動会で、ケツに大ダメージを受けてしまったのだ。その場で八又(はちまた)産業のメンテナンスに出したのだが、その日は家に帰ることができず、本日宅配で送られてきた。


「よしよし、ちゃんと二つあるな」


 OLはまる子のケツを指でつついた。





 浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家。ここはゲームスタジオ・クロノス事務所。レトロな佇まいとは裏腹に、その内部では最新ゲームの開発が行われているのだった。


「先輩、八又産業が増産を決めたようです」


 厚い唇が色っぽい桃ノ木桃智(もものきももち)は、黒乃のモニタにメッセージを転送した。


「きたか! なになに? 月間生産台数を六十パーセントアップ? パートのオバチャンと、パートのオバチャンロボ(383話参照)による生産ラインを二倍に増設? やったぜ!」

「情報によると、ロボクロソフト側も増産を決めたそうですので、油断はできませんよ」

「なるほどなるほど、まあいいさ。なんにせよ増産は嬉しいニュースだよ」


 めいどろぼっちの初回生産分は完売。次のロット分も予約でいっぱいだ。八万円というゲームにしては強気な価格ながら、異例の売れ行きである。


「やっぱり、ロボ通の番組とか、大運動会で猛アピールしたのが効いたのかな」

「効果は大いにあったと思います。みんな、自分のプチを持ちたいと思ったようですね」


 桃ノ木はここ数日、ずっとリサーチを続けていた。ネットワークを巡り、販売店に足を運び、購入者に話を聞いた。


「ポイントは『個性』ですね。めいどろぼっちはAIに個性がありますし、カスタマイズが可能なので、そこでも個性をつけたいと感じるユーザーが多いようです」

「なるほどねえ」


 実際、大運動会では大勢のプチが集結したが、どれ一つとして同じプチはいなかった。様々なオプションパーツが用意されているので、皆自分好みのプチに改造しているのだ。


「やはり個性か……よし! 個性を一番つけやすいのは当然衣装! 衣装のバリエーションを重点的に増やしていこう! フォト子ちゃん!」

「……なに」

「メイド服と丸メガネと首輪のデザインをお願い!」

「……お任せ」


 青いロングヘアの子供型ロボットのフォトンは、ペンを握りしめモニタに向かった。


「しかし、増産となると、ますますサーバの負荷が気になってくるな」

「ずっと重いままですからね」


 黒乃と桃ノ木は頭を悩ました。ハード面では好調だが、ソフト面では不安が残るのだ。その原因は……。


「FORT蘭丸ゥ!」

「……」

「FORT蘭丸ゥ!」


 全員の視線が、見た目メカメカしいツルツル頭のロボットに集中した。当の本人は、机に突っ伏したまま微動だにしていない。

 黒乃は立ち上がり、FORT蘭丸の座席までいくと、その頭を撫でた。キュッキュと音がして気持ちがよかったので、もう一度無駄に撫でた。


「おい、FORT蘭丸よ。そんなに気を落とすなよ」

「……」

「なあ、FORT蘭丸よ。サーバの不調はどうなったんだい? なにかわかったのかい?」

「……」


 机に伏せたままの頭についた発光素子が、明滅を始めた。


「ボクのプチ丸はドコデスか……?」

「ええ? ああ、うん。知らんけど」

「ボクのプチ丸が帰ってこナイなら、お仕事はしまセン……」


 一行は目を見合わせた。沈黙が作業部屋に重いベールのようにのしかかった。


「FORT蘭丸よ。その件だが、ロボクロソフトに問い合わせ中だから……」

「ボクのプチ丸を返シテ!」


 FORT蘭丸は急に立ち上がり、黒乃の白ティーの裾を引っ張って駄々をこね始めた。


「プチ丸を返シテ!」

「あ、こら、白ティーを引っ張るな! 伸びるだろうが!」


 実は、彼のおじょうさまっちであるプチ丸が、現在行方不明になっているのだ。

 先日開催された運動会後に、八又産業とロボクロソフトによる無料メンテナンスが行われた。激闘のあとだったため、皆こぞってメンテナンスを申し込んだのだが、ロボクロソフト側のおじょうさまっちが工場に持ち帰られたまま、行方がわからなくなってしまった。

 この件に関して、ロボクロソフト、メンテナンスを行ったクサカリ・インダストリアル両社からプレスリリースが出され、現在調査中であることが告知された。

 黒乃達も独自に問い合わせをしているが、いまだ返信はない。


「FORT蘭丸よ。プチはデバイスで位置がわかる機能があるでしょ。それはどうしたんだい」

「モチロン、調べまシタ。デモ、反応がアリまセン」


 めいどろぼっちにもおじょうさまっちにも、位置情報を発信する機能が埋め込まれている。それはデバイスのアプリでいつでも確認可能だ。しかし、FORT蘭丸が言うには、それが機能していないらしい。彼はプログラマなので、アプリを介さず、独自の方法で位置情報を取得しようとしたが、それも無駄だったようだ。


「うーむ、どっか地下深くに連れさられて、強制労働させられているか……」

「先輩、溶鉱炉に沈められた可能性もあります」

「イヤァー!」


 FORT蘭丸の頭の発光素子が激しく明滅した。さすがに同情したのか、フォトンが慌ててその頭を撫で、頬を膨らませて黒乃と桃ノ木を睨んだ。


「ああ、ごめんごめん」


 黒乃は腕を組んで考え込んだ。プチ丸のことはもちろん心配だが、FORT蘭丸がこの有様では、めいどろぼっちの開発が滞ってしまう。社長として開発者として、なんとかしなければならない。


「ひょっとして、藍ノ木さんがなにかやらかしているのかな。もしくはコトリンが」

「あり得ますね」


 ロボクロソフトの若手プロデューサー、藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)と、そのロボット、コトリンはまさにおじょうさまっちのプロデューサーとプログラマである。そしてゲーム『タイトクエスト』のプロデューサーとプログラマでもある。なにかにつけて絡んできた二人だ。よからぬことを企んでいても不思議ではない。


「こうしていても埒があかないから、いっちょ乗り込むか!」

「ですね」



 その日の昼食後、クロノス一行は三手に分かれて調査を開始することにした。

 黒乃とメル子は、おじょうさまっちが持ち込まれたクサカリ・インダストリアルの工場へ。

 桃ノ木とフォトンは藍ノ木の受けがいいので、ロボクロソフト社へ。

 FORT蘭丸は彼のマスターであるルビーと協力して、ネットワーク経由での探索となった。




 

 真っ赤なキッチンカー『チャーリー号』はひたすら隅田川を南下していた。目指す地は『チバ・シティ』である。浅草からは車でほんの三十分の距離であるが、黒乃とメル子は必要以上に緊張を強いられていた。


「ご主人様……私、チバ・シティは初めてです」

「うん……ご主人様も初めて」


 右手に東京湾を眺めながら、メル子はハンドルを握る手を震わせた。昼過ぎの高い角度からの太陽は、海面に細かい陰影を与えた。見るも鮮やかな景色だが、二人の胸に去来するものは燻んでいた。


「なんでクサカリ・インダストリアルはチバ・シティなんかに工場を作ってるのよ」

「わかりません……」


 『チバ・シティ』

 東京湾に面した港を中心とした千葉県の都市。日夜コンテナ船が行き交い、大量の物資が運び込まれる。港付近はコンテナで埋め尽くされ、それがそのまま巨大な町となっている。

 あまりの輸送量の多さから、密輸の取り締まりが追いつかず、日々違法な物資のやり取りが行われているとか、いないとか……。



 チャーリー号はコンテナ街を徐行していた。道路は整備されてはいるものの、そこら中に物資を積み込むトラック野郎ロボがうろついているため、気が抜けない。中にはその場で露天商を開いているものもいる。錆びつき、薄汚れたコンテナが持つ雰囲気とは裏腹に、活気があるように見えた。

 突然、キッチンカーの目の前にトラック野郎ロボが台車を引いて現れた。メル子は慌ててブレーキを踏んだ。


「みぎゃーて、ひだりみゃーてから、しゅじゅまんがいわーい!」

「ぎゃあ! ごめんなさい!」


 今度は、左からきたトラックにクラクションで煽られた。


「ぽきゃー! きょきょーわ、いちじていしでぇしょーぎゃーい!」

「ぎゃあ! ごめんなさい!」


 メル子は真っ青になりながら車を走らせた。黒乃もシートベルトを握りしめ、しきりに左右に視線を走らせた。


 

 やがてキッチンカーは巨大なコンテナのような建物にたどり着いた。いかめしい鉄製の壁には、とってつけたような剣のロゴがあしらわれていた。


「ここがクサカリ・インダストリアルの工場か……」

「思っていたのと違いますね……」


 ほとんど車の姿が見えない駐車場にチャーリー号を止め、二人は建物の内部へと進んだ。狭い通路を少し進むと受付のカウンターがあり、近づくと、くたびれた感じの女性の受付ロボがちらりとこちらを見やった。


「あ、私、ゲームスタジオ・クロノスの……」

「帰んな……」

「あ、あの私ですね、あの、ゲームスタジオ……」

開発者(アーティスト)さん、帰んな……」


 黒乃の背後からメル子が声を上げた。


「ちゃんと公式サイトに乗っていた電話番号にかけて、アポはとってあります!」

「……入んな」


 受付ロボは首で奥へ進むように促した。扉が自動で開き、中からカビ臭い空気があふれ出てくるのがわかった。

 二人はごくりと喉を鳴らすと、意を決して扉をくぐり抜けた。


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