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第405話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その六

 六十四体のプチ達が、巨大な迷路の中をさまよい歩いていた。通路は狭く、すれ違うこともままならない。進んでは行き止まりに突き当たり、戻っては道を見失う。

 観客達はその様子を歓声を上げて眺めていた。


『始まっておりまァす! 「フォールプチズ」! 第二ステージは「大迷宮」でェす!』

『総勢六十四プチで争うこのゲームのルールは簡単です。迷宮の中を歩いてゴールまで辿り着く、それだけです。先着三十二プチまでしかクリアできません』



 金髪縦ロールのフランソワは、巨大な『カギ』を抱えて必死に迷宮をさまよっていた。迷宮内にはところどころにカギがかかった扉があり、先に進むにはカギが必要なのだ。その数は限られており、逆に扉にカギをかけることも可能なため、奪い合いになるのだ。


「ぶひー! ぶひー! フランソワ、逃げるぶひー!」


 フランソワはまるめがねっち軍団に追われていた。カギを奪おうと無言で迫りくる白ティー達に、お嬢様は怯えきっていた。



「婆さん、うちのミケはどこかのう」

「爺さん、アレですよアレ」


 老夫婦は目まぐるしく動き回るろぼねこっちを探した。すると三匹のろぼねこっちが、迷宮の中を疾走しているのを見つけた。我らがプッチャ、フォトンのプットン、そしてミケだ。ミケは大きなカギを口に咥えて走っていた。

 その背後から襲ってくるのは、藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)のかくめがねっちであるプチランだ。途中現れるめいどろぼっちを、ちぎっては投げちぎっては投げして追いかけてくる。


「あらまあ、あの子強いのねえ」

「婆さん、ありゃ、ちーとじゃよ、ちーと」


 足の速さで勝るろぼねこっちであったが、なぜかプチランを引き離せない。どうやら、プチランは専用の高度なAIによって、すべての順路を記録しているようだ。

 とうとう袋小路に追い詰められるミケ達。角メガネを光らせ迫るプチラン。その時、プチランの足元の床がパカっと開き、プチランはステージの下へ落下していった。


『あァ! プチランが離脱だァ!』

『油断しましたね。ここは落とし穴ゾーンです。落下したプチは迷宮の入り口からやり直しになります』



 OLは青ざめた顔で、自らのまるめがねっちを眺めた。


「まる子、おい、まる子。お前なにしてんだ!?」


 まる子は巨ケツにカギを挟んで歩いていた。背後からやってきたおじょうさまっちが、そのカギを引っ張って奪おうとするが、万力のようにケツに挟み込まれたカギは、びくともしなかった。逆にケツを振るわせると、カギが剣のように舞い、おじょうさまっちを吹っ飛ばした。


『ケツフェンサーまる子の妙技により、おじょうさまっちがダウーン!』

『古来より、剣は手で持つよりも、ケツで持つ方が強いとされています』


「まる子……お前、ケツフェンサーだったのか……」


 OLは唖然として我がプチを眺めた。



『大迷宮も終盤戦に差し掛かってきたぞォ! おっとォ! 一抜けでゴールを決めたのは、プチマリとプチアン子だあッ!』

『見事なコンビネーションで、敵を寄せ付けませんでした。あらゆる面で隙がない、今大会の優勝候補と言っていいでしょう』


「オーホホホホ! 当然ですわー!」

「オーホホホホ! さすがお嬢様のおじょうさまっちですわー!」

「「オーホホホホ!」」


『続いてゴールを決めたのはァ!? なぜかろぼねこっちにまたがったプチリンだァ!』

『コトリンのプチであるプチリンはあいどるっちですので、その魅力でろぼねこっちを手懐けたようです。その後ろからゴールしたのは、FORT蘭丸のおじょうさまっちのプチ丸ですね。プチリンをひたすら追いかけてきたようです』

厄介勢(ストーカー)だァ!』


「プチリンがー、次のステージもー、いてこましちゃうゾ*」

「イヤァー! コトリン、極上デス!」


 プチ達が次々にゴールを決め、最後の一枠を獲得したのは藍ノ木のプチ、プチランだった。息も絶え絶え、ズタボロになりながらのゴールだ。

 最後の探索者に、観客から大きな拍手が送られた。


『三十二プチがゴールを決めましたァ! ドンケツは意外にもプチランだァ!』

『プチランは、ひたすらめいどろぼっちの妨害をすることに終始していたようです。少しでもライバルを減らしておきたかったのでしょう』


「ハァハァ、まあこんなものでしょう。よくやりましたよ、プチラン」


 藍ノ木は汚れたプチランの角メガネを丁寧に布で拭きとった。



 ゲームスタジオ・クロノス一行は、プチのメンテナンスに励んでいた。

 プチ黒、プチメル子、プッチャ、プチ桃、プチ丸、プットンは全員第二ステージをクリアできたようだ。しかし皆、満身創痍といった雰囲気だ。

 元々、プチロボットはこのような激しい運動を想定してはいない。気軽で楽しい日常生活を、支障なく行える程度の想定なのだ。だからこそこの大運動会は、プチロボットが持つ可能性を示す試金石になるのだ。単なるオモチャとは一線を画すということを、世間に示さなくてはならない。


「みんな! 第三ステージも協力していくよ!」

「「はい!」」



『いよいよ「フォールプチズ」も後半戦に入ったァ! 第三ステージは「ロボ玉サバイバル」で勝負だァ!』

『ロボ玉サバイバルは、六角形のパネルが敷き詰められたステージの上で行われます。ここに巨大ロボ玉が出現します。ロボ玉が転がると、パネルにヒビが入ります。一度ヒビが入ったパネルは、再度ロボ玉かプチが乗ると、その三秒後に崩れ去ります。プチ達はパネルから落ちないように移動しなくてはなりません。ロボ玉が転がるたびに狭くなるステージを、いかに生き延びるか。知略がものをいうステージです』

『一度落ちたら復活はできない、待ったなしの試合が始まったァ!』


 三十二体のプチ達がパネルの上にずらりと並んだ。試合開始のブザーとともに、上空から巨大ロボ玉が降ってきた。それを取り囲むように散開するプチ達。

 ロボ玉はゆっくりと転がり始めた。その通り道にあるパネルに大きなヒビが入った。進行方向にいたプチが慌てて道を開ける。そのまま突き進んだロボ玉は、壁に跳ね返り戻ってきた。


『ゆっくりとした滑り出しでェす!』

『ロボ玉の動きをよく見つつ、かつ足元のパネルにも気をつけなくてはいけません』


 めいどろぼっちがロボ玉を避けようと動いた。しかし、隣にいためいどろぼっちに衝突し、転がった。その上をロボ玉が通り過ぎる。無惨にも踏み潰されたプチは、壊れたパネルとともにステージから落下していった。


『一瞬の油断が命取りだあッ!』

『恐ろしいですね』


 落下したプチを見た何体かのプチがパニックになり、先を争って逃げ始めた。それに押されためいどろぼっちが、ヒビの入ったパネルに乗ってしまい、落下した。


「プチメル子! 落ち着いてロボ玉の動きを見てください!」

「……プットン、ヒビが少ない方向に逃げて」


 ステージの中央に微動だにせず寝転がっているのは、まるめがねっち軍団だ。


『なんだァ!? まるめがねっち達が円陣を組んで寝ているぞォ!?』

『なにかの作戦でしょうか』


 そのまるめがねっちに向けて、ロボ玉が転がってきた。全員踏み潰されてリタイアかと思われたが、ぶつかる寸前にプチ達が立ち上がり、タイミングを合わせて巨ケツをロボ玉に打ちつけた。


『なんだァ!? この技はァ!?』

『秘技「巨尻連(ケツ)砲」ですね』


 その衝撃で大きく跳ね上がったロボ玉は、おじょうさまっち軍団の目の前に落下した。慌てて背後に逃げようとした瞬間、プッチャが彼女達の目の前を走り抜けていった。プッチャが通ったパネルはすでにヒビ割れており、時間差で次々に砕けていった。それに巻き込まれたおじょうさまっち達は、あえなくまとめて落下した。


「いいぞ! ナイスコンビネーションだ!」

「プッチャ、ナイスです!」


 ロボ玉は転がった。パネルが次々に崩れ去っていく。ステージの上には、島がいくつかできている状態になった。


『これは難しいぞォ! すでにヒビ割れているパネルがほとんどなので、移動するだけで足場を失ってしまうゥ!』

『ここからは判断を間違うと即落下です』


 プチメル子とプッチャの目の前を、ロボ玉が通り過ぎた。それによって、二人がいる島は完全に孤立してしまった。もはや移動ができない。


「おほほ、とどめですわ。プチラン!」


 藍ノ木が合図を送ると、プチランがロボ玉に向けて張り手を炸裂させた。ロボ玉はまっすぐプチメル子達の島へ向けて転がった。


「プチメル子ー! プッチャー!」

「あかーん!」


 プッチャはプチメル子を背中に乗せ、大きく飛び跳ねた。かろうじてロボ玉の直撃は避けられたものの、飛んだ先は奈落だ。対岸の島までは惜しくも届かない。

 プチメル子はプッチャの背中に立ち、跳躍した。なんとか対岸に着地はできたが、乗り捨てられたプッチャは奈落へと落下していった。


『二段ジャンプだあッ!』

『秘技「でっていう」です』


 いよいよ、最終局面に突入した。島は一つだけになり、その両端にめいどろぼっち軍と、おじょうさまっち軍が別れて陣を構える状態になった。数的にはおじょうさまっち軍が大差で有利だ。


「おほほ、黒ノ木シャチョー、覚悟はよろしいですか?」


 プチランは再び張り手をかました。迫りくるロボ玉を、まるめがねっち達がケツで弾き返そうとした。


「いけー! 秘技『巨尻連(ケツ)返し』!」

「おほほ、かかりましたね!」


 プチランの張り手により、ロボ玉には強烈なスピンがかかっていたのだ。すさまじい回転により、プチ達のケツが擦られた。焦げ臭い匂いが会場に立ち込めた。摩擦熱により、プチのケツが焼けているのだ。まるめがねっち達は、悶絶して床を転げ回った。


『トンデモ技が炸裂だァ!』

『秘技「輪転大(ケツ)炎」です』


 回転したロボ玉が駒のようにプチ黒達の周りを暴れまわった。このままでは、全員落下するのは時間の問題である。

 それを見た桃ノ木は覚悟を決めた。


「先輩、決勝はみんなに託します」

「桃ノ木さん!?」

「プチ桃!」


 桃ノ木の掛け声と同時に、桃ノ木のまるめがねっちであるプチ桃が飛び上がった。そしてその巨ケツをロボ玉の上部に炸裂させた。プチ桃のケツが回転軸を捉え、その回転を止めた。ケツが摩擦熱によって発火し、焦げ臭い匂いとともにステージの下へ落ちていった。


「プチ桃ー!」


 残っためいどろぼっち達は走った。左右に散開し、おじょうさまっち軍団を左右から挟み込んだ。


『包囲作戦かァ!? しかしこれでは、みんな落ちてしまうぞォ!』

『これは一か八かの最終奥義ですね』


 左右の退路を失ったおじょうさまっち達は、動けずにいた。めいどろぼっちがヒビ割れたパネルを踏んでいるため、もうじき崩れ去るからだ。

 ろぼねこっち達はロボ玉の上に乗り、しがみついた。

 そして、まるめがねっちは先程と同じように、ケツをロボ玉に打ちつけた。猛烈な勢いでロボ玉がおじょうさまっち軍に向かって飛んだ。


『秘技「巨尻連(ケツ)砲」だァ!』

『いえ、これは秘技を上回る、奥義「巨尻昇(ケツ)天」です』


 左右の逃げ場を失ったおじょうさまっち達は、ロボ玉を避けることができなかった。見事ど真ん中に炸裂し、ボーリングのピンのように吹っ飛ぶ。それと同時にヒビ割れたパネルも砕け、その上にいためいどろぼっちも落下を始めた。

 この奥義は、味方を犠牲にした自爆技なのか? いやそうではない!

 ロボ玉にしがみついていたろぼねこっち達は、落下するロボ玉を足場にして飛び、見事めいどろぼっちを拾い上げ、パネルの上に舞い戻ったのだ!


『うあああああッ! まるめがねっち、めいどろぼっち、ろぼねこっちの連携で勝負を決めたァ!』

『十六プチが落下しましたので、ここで試合終了です』


 奇跡の展開に、観客達は大喜びで手を打ち鳴らした。



 ゲームスタジオ・クロノスサイド、生き残り。

 プチ黒、プチメル子、プチ丸、プットン、ミケ、まる子、めいどろぼっち二体。


 ロボクロソフトサイド、生き残り。

 プチマリ、プチアン子、プチラン、プチリン、フランソワ、おじょうさまっち三体。





 少女はうっとりと手のひらサイズのメイドロボを眺めていた。


「カトリーヌ、すごい。卵割れるんだ……」


 カトリーヌは、自分と似たような大きさの茶色い卵を慎重に吟味した。小さな手で凹凸のある肌をなで、ここぞという箇所に金属製のスプーンを振り下ろした。すると卵は綺麗に真っ二つに裂け、中から白身に包まれた黄身が流れ出てきた。


「ふふ、カトリーヌはメイドさんだもんね……料理くらいできるか」


 しかし、自分はどうであろう。料理などしたことはない。


「大丈夫……家の中だから……家の中ならがんばれるから……」


 少女は震える手でフライパンを握りしめた。


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