第404話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その五
『皆さん、こんにちはァ! 実況を担当します、音楽ロボのエルビス・プレス林太郎でェす!』
『皆さん、こんにちは。解説を担当します、おっぱいロボのギガントメガ太郎です』
隅田川と言問橋によって四つに区切られた隅田公園。その広場は人で埋め尽くされていた。
『八又産業、ロボクロソフト協賛、「めいどろぼっち&おじょうさまっち大運動会」。午後からはいよいよ、本戦が始まりまァす!』
『午前中の予選を戦ってきたプチ達。勝ったプチも、負けたプチも、すべて素晴らしい試合だったと申し上げたいと思います。しかし、午後から始まる本戦は、綺麗事抜きの熾烈なバトルです。勝者はただ一人のバトルロイヤル。覚悟を決めて挑んでもらいたいですね』
観客達が大きな輪になって取り囲んでいるのは、巨大なステージだ。いくつかのエリアに分かれており、このステージの上で勝負が行われる。
「プチ黒! やる気はどうだ!?」
黒乃は手のひらの上で寝転がっている、三頭身のプチロボットに向けて語りかけた。
「おっぱい」
「またそれかい」
メル子の手のひらの上には二体のプチがいた。プチメル子と、プッチャである。
「プチメル子! 準備はいいですか!?」
「ごしゅじんさまー!」
「プッチャ! 頼みましたよ!」
「にゃー」
二人ともやる気でみなぎっているようだ。
「先輩、うちの子にプチ黒をサポートさせます」
桃ノ木の手のひらの上にいるのは、白ティー丸メガネのまるめがねっちだ。プチ黒と瓜二つである。
「いやー、プチ桃も可愛いねえ」
「うふふ、まるめがねっちは最高ですよね」
FORT蘭丸が熱心にアドバイスを送っているのは、金髪縦ロールのおじょうさまっちだ。
「プチ丸! いいデスか! プチマリちゃんをサポートするんデス!」
「FORT蘭丸、貴様ァー! どっちの味方じゃい!」
フォトンの頭の上で寛いでいる青い毛並みの小さな猫は、ろぼねこっちだ。
「……うふふ、プットン。ゆっくりいこう」
「プットンはフォト子ちゃんに似て、のんびり屋さんだからなあ。大丈夫かな」
「……プットンはやる時はやる」
ゲームスタジオ・クロノスのプチ達は、主催者特権で本戦からの出場となる。彼女達は一致団結して優勝を目指すようだ。
一方、お嬢様率いるロボクロソフトチームは……。
「オーホホホホ! おフランスパワーで全員蹴散らしてやりますわー!」
「オーホホホホ! お嬢様の最強が本日証明されますわー!」
「「オーホホホホ!」」
金髪縦ロール、シャルルペロードレスのマリーとアンテロッテは、高笑いを炸裂させた。その手のひらの上では、プチマリとプチアン子が同じように高笑いを決めていた。
「お二人とも頼りにしていますわ」
「コトリン達でー、トップアイドル、とっちゃおうよ!」
藍ノ木藍藍とコトリンの手のひらの上には、二人にそっくりなプチランとプチリンが乗っていた。
めいどろぼっちとおじょうさまっちの頂上決戦が始まろうとしていた。
『さァ! いよいよ本戦が始まりまァす! 本戦で行う競技はァ! その名も「フォールプチズ」だァ!』
『ルールを説明します。フォールプチズは、ステージから落下しないようにゴールを目指す競技です。全四ステージがあり、一ステージごとにプチが半分に減っていきます。参加プチは百二十八体いますので、第二ステージは六十四体、第三ステージは三十二体、第四ステージは十六体での戦いになります』
『過酷なバトルだァ!』
——第一ステージ『アスレチック』
コースのスタート地点に、総勢百二十八体のプチがずらりと並んでいた。ここまでのプチが一堂に会するのは、史上初めてであろう。その圧倒的な光景に観客達がどよめいた。
めいどろぼっち、ろぼねこっち、まるめがねっち、おじょうさまっち、かくめがねっち、あいどるっち。全『っち』が入り乱れてのバトルとなる。
様々なギミックが仕掛けられたコースを、いかにクリアするか。ただ速く走ればいいというものではない。『機』を見る力がものをいうレースになるだろう。
『第一レースが始まりまァす! ポールポジションにつけているのは、プチマリとプチアン子だァ! その後ろを狙うはプチメル子とプッチャ! おやァ? 最後尾で呑気に寝そべっているのは、プチ黒とプットンだァ?』
『それぞれ作戦があるようですね。スタートです』
百二十八体のプチが一斉にスタートを切った。押し合いへし合いしながら狭いコースを進まなくてはならない。さっそく、数体のプチが他のプチに押されてステージから落下し、観客から悲鳴が上がった。
『落ちていく、落ちていくゥ! プチがゴミのようだァ!』
『落ちてもリタイアにはならず、スタート地点からのやり直しになります。六十四体がゴールするまではレースは続くので、諦めずにチャレンジしてほしいですね』
先頭を走るはプチマリとプチアン子だ。段差をよじ登り、回転する床を越え、狭い橋を渡る。橋の上には、巨大な鉄球の振り子が左右に揺れていた。
お嬢様達が鉄球のタイミングを計っている間に、プッチャ率いるろぼねこっち軍団が、素早い動きで鉄球をくぐり抜けていった。
『あァ! ろぼねこっちが先んじたァ!』
『運動性能でいえば、ろぼねこっちが勝ります。ここで差をつけたいですね』
「爺さん、うちのミケが先頭にいますよ」
「婆さん、どれじゃどれじゃ? 多すぎてよく見えんのう」
最後尾を走るのは、まるめがねっち軍団だ。
「まる子! おい、まる子! 気をつけて、鉄球をよく見て! まる子!?」
OLは無造作に鉄球の橋を渡ろうとするまる子を見て、目を覆った。案の定、まる子は鉄球の直撃をケツにくらい吹っ飛んだ。
「まる子! ああ!」
まる子が吹っ飛んだ先には別の鉄球があり、さらにその鉄球にケツを打たれ、猛烈な勢いで空を飛んだ。
「まる子!? やった、先頭集団に追いついた! おい、まる子!」
先頭のろぼねこっち軍団を追いかけているのは、おじょうさまっち軍団だ。
「ぶひー! ぶひー! フランソワ、丸太をよけるぶひー!」大男は坂の上から転がり落ちてくる丸太を見て言った。
フランソワは丸太の動きを読み、左右に動いた。よけきれない場合は、タイミングを合わせてジャンプするしかない。しかし、一際大きな丸太がフランソワを直撃した。無残にも吹っ飛び、ステージ外に落下したかと思われたが、ギリギリのところでなにものかがその腕を掴んだ。藍ノ木のプチ、プチランだ。
「ぶひー! 誰だか知らないけど助かったぶひー! 感謝するぶひー!」
ゴール前の最終エリアは、巨大シーソーゾーンだ。高い段差があるため、シーソーが最も傾いた状態でないと、その先に進めないようになっている。皆がシーソーの先に進めば下がって進めないし、戻れば上がる。
『ここは難しいぞォ!』
『協力プレイが必須のエリアです。先頭のろぼねこっち軍団は苦戦しているようですね』
まったく統率が取れず、シーソーが上がらない。その隙に、右隣のシーソーにはおじょうさまっち軍団が、左隣のシーソーにはめいどろぼっち軍団が集結していた。
それぞれプチマリとプチメル子がリーダーとなり、大人数を後方に集め、数人ずつ段差の上に送り出していく作戦を実行するようだ。
機転の利いた作戦に、観客達も盛り上がった。
『素晴らしいチームワークだァ!』
『プチの友情を感じますね。おや?』
その時、まるめがねっち軍団が後方から迫ってきた。
プチ黒が、おじょうさまっち軍団の集結しているシーソーの後方に座禅を組んで座った。
さらに、一体のまるめがねっちが飛び上がり、その巨大なケツをシーソーの先端に炸裂させた。
「先輩! プチ黒を発射します!」
「プチ桃! 頼んだぞ!」
桃ノ木のプチ桃が勢いよくケツを落としたことにより、後方で座っていたプチ黒が投石器のように発射された。巻き添えを食らったおじょうさまっち達は、バランスを崩してステージ外に落ちていったが、しっかりと体勢を整えていたプチ黒は、まっすぐゴールに向かって飛び、ゲートをくぐり抜けた。
『うわあァ! 座ったままの姿勢で飛んだプチ黒が、一着でゴールだァ!』
『一瞬の機を見事ものにしましたね。おじょうさまっち軍団の数を減らすことにも成功しました』
大歓声を受けるプチ黒を、藍ノ木は角メガネをプルプルと震わせて眺めた。余裕の表情でゴールで寝転がり、ケツをかくプチ黒のあとから、次々と生還者がゴールをし始めた。
「ぶひー! ぶひー! フランソワ頑張ったぶひー!」
「婆さん、ミケはどこにいったかのう」
「爺さん、もうゴールしましたよ」
「まる子! やった、まる子! ケツは大丈夫か!?」
いよいよ六十四人目がゴールを決め、レースは終結した。
「イヤァー! ボクのプチ丸が六十四人目! 危なかったデス!」
どうやら、シード選手は全員第一ステージをクリアできたようだ。彼女らに観客から大きな拍手が送られた。
『すさまじいレースを見せてくれましたァ! 先生ィ! いかがでしたでしょうかァ!』
『面白いレースでした。最終的に一人しか勝ち残れないバトルロイヤルとはいえ、協力プレイが必須ということがわかりましたね。第二ステージにも期待しましょう』
『二十分の休憩のあと、第二ステージ「大迷宮」が始まりまァす!』
「ご主人様! やりましたね!」
「いやー、無事クリアできてよかった」
ゲームスタジオ・クロノス一行は、大はしゃぎをしながらプチ達の戦いを労った。しかし、のんびりしてはいられない。充電やボディのメンテナンスを、急いで行わなくてはならない。
「おや?」
黒乃はふと、観客達に目をやった。強烈な違和感を感じたからだ。
「うわー、すっごい美人のロボットおるな」
観客に紛れ、熱心にプチ達を見つめる長い黒髪のロボット。キリリとした鋭い目つきと、その強烈なまでに整った黒髪に既視感を覚えた。
「あれー? 誰だっけ、あの人?」
「シャチョー! あの人、コトリンのライブにいまシタよ!(384話参照)」
皆もその女性ロボを探そうとしたが、いつの間にかいなくなっていた。
「ご主人様! べっぴんロボを探すのはおやめください!」
「ええ? ああ、うん」
いよいよ、第二ステージが始まろうとしていた。
少女は机に向かっていた。
電子ペンを握り、電子ノートを広げてはいるものの、目はうつろでなにかをしているわけでもない。ときおり窓の外を眺め、またノートに視線を戻す。
机の上の手のひらサイズのメイドロボが、デバイスを引っ張って少女の前に持ってきた。
「……どうしたの、カトリーヌ」
カトリーヌはしきりにデバイスを小さな手で叩いている。
「今日のミッションをやりたいの? でもダメだよ……」
そうは言ったが、デバイスを開き、めいどろぼっちのアプリを起動させた。画面の中では、まさにカトリーヌが可愛い笑顔で立っており、時々ステップを踏んで、見るものを飽きさせないようにしている。
画面をスクロールさせると、本日のミッション一覧が表示された。
「ほら、カトリーヌ、ダメだよ。今日のミッションは、部屋の中でできないやつばっかりだもん……」
『プチと散歩をしよう』、『プチと買い物にいこう』、『プチと神社にお参りにいこう』、どれも少女にはハードルが高い。
しかし、カトリーヌはあるミッションをしきりに手で叩いた。
「『プチと目玉焼きを作ろう』……これをやりたいの?」
カトリーヌは激しく首を縦に振った。少女はメイドロボの目を見つめたあと、部屋の扉をじっと見つめた。
「わかった……やってみる……」
少女は立ち上がり、震える手をドアノブに乗せた。




