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第403話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その四

 肉肉しい大男は戦いの前の準備をしていた。

 念入りに『おじょうさまっち』のボディの整備を行い、今日のために購入した、戦闘用のシャルルペロードレスを着させた。温かいナノペーストを与え、充分に睡眠もとらせた。予備のバッテリーも念のため三本用意した。


「ぶひー! ぶひー! フランソワ、でかけるぶひー!」


 手のひらサイズの金髪縦ロールお嬢様は、口元に手を当てて高笑いを炸裂させた。





「爺さん、いきますよ」

「婆さん、待っとくれ。戸締りをせんとのう」


 老夫婦は家を出た。玄関に迎えにきていたのは、高校生の孫だ。


「ふとしや、今日はなにかの催し物があるんかのう」

「爺さん、今日はうちのミケが運動会でがんばる日ですよ」


 老女の手には小さな小屋が握られており、その中には手のひらサイズの三毛猫が眠っていた。


「なんだかわからんけど、楽しそうじゃのう。ふとしや、案内頼むぞい」





 OLは浅草駅に降り立った。ほんの数駅の距離なのだが、ずっと東京で暮らしていながら、一度も訪れたことはない。


「うわ、すっごい人」


 普段、新宿渋谷池袋を歩き回っているが、浅草にはそれとは違う謎の活気を感じた。


「さすが、現代ロボットの聖地」


 OLは隅田公園に向かって歩き出した。駅からは目と鼻の先である。OLの手のひらの上に寝転がり寛いでいるのは、白ティー丸メガネのプチロボットだ。


「おい、まる子、おい。今日のために特訓したんだからな。やる気出せよ」


 OLとまる子は数秒無言で見つめ合った。





『さあ、やってまいりましたァ! 八又(はちまた)産業、ロボクロソフト協賛、「めいどろぼっち&おじょうさまっち大運動会」。実況を務めるのは私、音楽ロボのエルビス・プレス林太郎でェす!』

『解説を務めます、おっぱいロボのギガントメガ太郎です。よろしくお願いします』


 隅田公園は人で溢れかえっていた。敷地内にはいくつもの人だかりができており、それを取り囲む野次馬によって、大きな歓声が送られていた。

 公園各所に設置された競技スペースでは、激しい予選が繰り広げられているのだ。


『めいどろぼっちとおじょうさまっちの、発売を記念して開催されたこの大会ィ! 大勢のマスターとプチがァ、会場に集結していまァす!』

『大変盛り上がっていますね。ではここでルールを説明します。まず参加費二千円を受付で支払ってください。参加費二千円を、受付で、支払ってください。すると参加証をもらえます。会場には複数の競技スペースがありますので、それを自由に選んでエントリーします。競技の結果が参加証に記録されます。各競技の上位入賞者が、本戦へと進むことができます。正午までに予選を済ませてください。午後からは本戦が行われます。なお、参加証を見せると、キッチンカーでのランチが半額になりますので、ぜひご利用ください』



「ぶひー! ぶひー! フランソワ、そこぶひ!」


 手のひらサイズのお嬢様は、トラックを全速力で走っていた。この競技は『二十メートル走』だ。同レースに参加しているプチ達は、大勢の観客に囲まれて怯えてしまい、本来の力を発揮できていないようだ。


「ぶひー! うちのフランソワは、巨大ロボや怪獣に囲まれて暮らしているから、ビビったりしないぶひー!」


 フランソワは見事一着でゴールした。



「爺さん、アレですかね?」

「婆さん、アレじゃよ」


 ミケが参加しているのは『玉転がし』だ。様々なギミックが施されたコースを走り、いち早く自分の玉をゴールまで運んだプチが勝利だ。


「ミケ、ほれー、がんばれがんばれ」

「ミケやー、走るんじゃー」


 老夫婦は、玉の上に前足を乗せて転がしながら、必死に坂を登る小さなロボット猫を応援した。


「爺さん、やりましたよ。一番ですよ」

「こりゃ、ふとしが教えてくれた特訓方法が効いたかのう」



 OLは不安そうな顔で、ステージに寝そべるまるめがねっちを見つめた。


「おい、まる子、おい。お前、それで大丈夫なのか? もう始まるよ、まる子」


 大勢のプチ達が詰め込まれた円形のステージにまる子はいた。この競技は『ロデオマシーン』。ステージが前後左右に動き、上に乗ったプチを振り落とそうとする。最後まで残ったプチが優勝だ。

 ステージが動き出した。初めはゆっくりだが、徐々に動きが大きくなっていく。


「うわ、うわ、激しい。まる子、おい、まる子!」


 次々にプチ達が吹っ飛ばされていく中、まる子はステージの中央に寝そべったまま、微動だにしていなかった。


「まる子、まる子! おい! まる子!?」


 最後まで残っためいどろぼっちも吹っ飛ばされ、ステージの上にはまる子ただ一人となった。


「やった、まる子。おい、お前すごいな。まる子!」


 OLはまるめがねっちを頬擦りしたが、まる子は嫌そうにそれを手で押しのけた。





 正午、すべての予選が終了し、会場はランチタイムへと突入した。公園内には多くのキッチンカーが並び、腹を空かせた参加者達を受け入れている。一般の人も利用できるので、どこの店も行列を作っていた。

 その中でも一際長い行列を成しているのは、真っ赤なボディのキッチンカー『チャーリー号』と、金ピカのキッチントレーラー『お嬢様号』だ。


「南米料理店『メル・コモ・エスタス』へようこそ!」

「おフランス料理店『アン・ココット』、おいでくだしゃんせー!」


 メル子とアンテロッテが、競い合うようにしてキッチンカーの営業をしていた。


「やあ、メル子。お疲れさん」

「ご主人様! いらっしゃいませ!」


 黒乃は料理を受け取った。本日のメニューはペルーの伝統料理『ロモ・サルタード』だ。ご飯の上に肉野菜炒めを乗せた、中華テイストな一品だ。


「モグモグ。あー、シャキシャキした野菜、しっかりと味がついたタレ、それらをご飯と一緒にかっこむ。胃が四次元空間に繋がったんじゃないかってくらい、するすると入っていくよ。うまい! おかわり!」

「お一人、一杯までです」

「ああ、そう」


 周りを見渡せば、プチ達のマスターも屋台飯を堪能中だ。皆、プチに話しかけているようだ。午前の予選、勝ったプチも負けたプチもいるだろう。どちらもきっと、健闘を称えているに違いない。

 黒乃はその光景を、しっかりと目に焼き付けた。人間とロボットの絆。これこそが黒乃が伝えたかったものだ。

 ロボットが人間社会に当たり前のように存在するようになってからまだ半世紀。そこら中でいくらでもロボットは見かけるが、どれほどの人間が彼らと心を通わせているだろうか。普及率はまだまだ低い。もっとロボットを身近なものにしたい。その想いがめいどろぼっちに詰まっているのだ。


 黒乃が感慨に耽っていると、二人の女性が近づいてきた。


「黒ノ木社長、お疲れ様です」

「社長ー! ハロリン!」

「あ、藍ノ木さんとコトリン」


 藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)

 ピチッとした藍色のスーツ、頭の上の大きなお団子、細長い角メガネのこの女性は、大手ゲームパブリッシャー、ロボクロソフトの若手プロデューサーだ。黒乃とは高校時代のクラスメイトという仲である。


 コトリン。

 緑色のストレートロングヘア、頭の大きなリボン、眼球に刻まれた(アスタリスク)、フリルがついた派手なブラウスとミニスカートの少女型ロボットは、ロボクロソフトに所属するプログラマにしてアイドルだ。


 藍ノ木はコトリンのマスターであり、そして『タイトクエスト』並びに『おじょうさまっち』のプロデューサーとプログラマなのである。


「イベント、盛況でなによりですわ」

「おめでとー!」

「ああ、うん、お互いにね」


 この運動会は、めいどろぼっちとおじょうさまっちの合同イベントなのだ。盛り上がっていることは、双方にとってよいことのはずだ。

 しかしめいどろぼっちとおじょうさまっち、黒乃と藍ノ木はライバル関係でもある。藍ノ木は高校時代からの因縁に、決着をつけたいと思っているのだ。


「午後からの本戦、黒ノ木社長も参加なされるそうで」

「ああ、うん。プチ黒とプチメル子も出場するよ」


 プチ黒、プチメル子、プッチャ、プチマリ、プチアン子は主催者特権で、本戦からの出場となる。


「実は、私達も専用のプチを持っていまして」

「え!?」


 藍ノ木が頭のお団子の中に手を突っ込み、なにかを取り出した。それは手のひらサイズのプチドロイドであった。


「プチ(ラン)とプチリンですわ!」


 藍ノ木の右手の上で可愛いダンスを踊っているのは、手のひらサイズのプチドロイド、プチリンだ。歌とダンスが得意なモデルだ。

 それを左手の上で満足そうに見つめているのが、手のひらサイズのプチドロイド、プチランだ。細長い角メガネが特徴だ。


「うわ! すげえ! 二人ともそっくりだ!」


 黒乃は二体のプチを食い入るように見つめた。


「オホホ、おじょうさまっちの派生モデル、『かくめがねっち』と『あいどるっち』ですことよ」

「この子達もー、本戦に出るからー、よろしくネッ」

 

 コトリンはキュートな仕草で一回転をし、銃を撃つような動作を黒乃に向けた。プチリンも同じ動作で黒乃を撃つ。

 その愛らしさに一瞬丸メガネが崩れかけたが、気を取り直し堂々と言い放った。


「勝つのは我がゲームスタジオ・クロノスだッ!」


 丸メガネと角メガネから火花が迸り、ぶつかり合った。





 少女は部屋の中で泣いていた。


「うう……うう……ごめんね……」


 少女は床にうずくまり、プルプルと震えた。その顔の前には、小さなメイドさんが同じような姿勢で泣いていた。


「ごめんね、カトリーヌ……運動会、いけなくてごめんね……」


 締め切った部屋の扉の前には、小さなリュックサックが置かれていた。サイドポケットには水筒だ。中にはお弁当、ナノペースト、予備のバッテリーが詰め込まれていた。


「あんなに特訓したのに……いけなくてごめんね……」


 少女の手は震えていた。その手に覆い被さるようにカトリーヌが体を乗せてきた。少女は涙をこすり、カトリーヌを手のひらの上に乗せた。

 二人で窓の外を眺める。目の前にはボロアパート、さらに向こうにはスカイツリー。あまりにも眩しい青空にくらべ、この部屋はなんと薄暗いことか。


「カトリーヌ、ごめんね……」


 少女と小さなメイドロボは、目を細めて空を見つめた。


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