第402話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その三
少女は懸命にデバイスを操作していた。
『めいどろぼっち』はサーバと連動しており、毎日様々なミッションがサーバから発行される。それをクリアすることでメイドポイントが貯まり、各種オプションパーツと交換ができるのだ。
それらの情報は、デバイスにインストールされた専用アプリから確認できる。少女が探しているのは、部屋の中でこなせるミッションだ。
「これなんてよさそう……『めいどろぼっちと神経衰弱で遊ぼう』だって」
トランプならある。一人で遊べるソリティアしかやったことはないが。少女は床にカードを並べた。
「さあ……カトリーヌの番だよ。カードをめくって」
手のひらサイズのメイドロボは、カードの上を走り回り、念入りに吟味したのち、自分と大して変わらない大きさのカードを裏返した。
「残念……はずれ。次はわたしの番ね。あ、こら……わたしの番だよ」
カトリーヌは必死にすべてのカードをめくっていった。
肉肉しい大男は壁に並んだフィギュアの棚を押さえていた。
「ぶひー! ぶひー! フランソワ、どうしたぶひー!」
怪獣やロボット、美少女フィギュアが並んだ棚を、金髪縦ロールの小さなお嬢様が走り回っている。
「なにがそんなに気に食わないぶひか?」
フランソワは怪獣の尻尾を引きちぎった。
老人はコタツの上の小さな三毛猫をしきりに撫でていた。
「爺さん、ミケの様子はどうですかい」
「婆さん、それがやっぱり動かんのじゃよ」
「おかしいですねえ、さっきまでうごいていたのにねえ」
プチロボットはバッテリーで動作をする。定期的な充電を自ら行う機能があるのだが、それは購入時についてきた箱が必要なのだ。老夫婦はもう箱は必要ないと勘違いをしてしまい、押し入れの奥にしまい込んでしまったのだ。
「孫に電話して聞いてみるかのう」
「爺さん、頼みましたよ」
OLは床に寝そべり、なにかを見つめていた。視線の先には白ティー丸メガネの小さなロボットがいた。
「おい、まる子、おい」
OLはまる子を指でつついた。その度にまる子は、その指をうっとおしそうに払いのけた。
「お前は一日中寝転がってケツをかくだけで、気楽でいいな。私は今日も残業でクタクタなんだよ。上司がいつも私ばっかりに仕事を押し付けて……あ、こら。寝るな、まる子」
まる子はよちよちと歩くと、箱の中に収まり充電を始めた。
「まもなく配信開始です。準備お願いします」
「あ、はい」
ゲームスタジオ・クロノス一行は、文京区にあるとあるビルにきていた。
「シャチョー! がんばってくだサイ!」
「先輩、リラックスです」
「……メル子ちゃんもがんばれ」
社員達が口々に激励の言葉をかけた。黒乃とメル子はこれから、ゲーム情報誌『週刊ロボ通』の番組に出演するのだ。ここはロボ通の社屋内にある、配信スタジオだ。
大きなカメラによって周囲を囲まれ、大勢のスタッフが黒乃達に視線を集中させている。
黒乃は丸メガネを大きく見開き、姿勢を正した。その隣では、メル子が青いメイド服の襟を整え直している。二人の横にはロボ通の編集長と、司会を務める女性スタッフが座っていた。
「開始、十秒前でーす」
ディレクターのカウントダウンが始まると、スタジオは静まり返った。盛大にBGMが鳴り響くと、黒乃の背中に熱いものが走った。普段『ご主人様チャンネル』で配信慣れはしているものの、グラサンで顔を隠している。今日は素顔での配信なのだ。
だが、緊張している理由はそれではない。自分のことで緊張するほど、ヤワではない。幾度も修羅場をくぐり抜けてきている百戦錬磨だ。
「今日の配信で、みんなの生の声が聞けるんだ」
「はい……」
いよいよ発売された『めいどろぼっち』。相当数が出荷され、大勢のユーザーの手元に渡っている。きっとみんな遊んでくれているはずだ。例のないゲームゆえ、どのような評価が下されるのかわからない。今日その一端を知ることに対し、期待と不安と恐れが渦巻いた。
「始まりました。週刊ロボ通ゲーム情報局」司会のスタッフが軽妙な調子で切り出した。
「ではここで、本日のゲストを紹介しましょう。ゲームスタジオ・クロノスのお二方です」
スタッフ達の拍手に促され、二人は挨拶をした。
「あ、どうも、あ、ゲームスタジオ・クロノスの代表取締役、黒ノ木黒乃です」
「メル子です!」
二人の目の前のモニタには、視聴者達のコメントが流れた。
『誰、この人達』
『メイドロボじゃん!』
『この人男?』
『黒男とメル蔵やんけww』
『顔出し配信www』
『黒乃山w』
「今日はですね、発売されたばかりのゲーム『めいどろぼっち』について、お二方に聞いていきたいと思います」編集長が切り出した。
「黒ノ木社長、めいどろぼっち、発売おめでとうございます」
「ありがとうございます」
黒乃は丁寧に頭を下げた。
「このゲーム、発売前からかなり物議をかもしていましたが、発売してみてどんな感じでしょうか? 手応えとかはありましたか?」
「あ、ええ、ええ、ありますとも。皆さんね、あの、めいどろぼっちと一緒に遊んでくれているようですね」
『めいどろぼっち買ったよー!』
『ろぼねこっちにしたwww』
『めいどろぼっちを買ったつもりが、まるめがねっちがきた』
『おじょうさまっちを買ったでござるwww』
「お、黒ノ木社長。皆さん買ってくれたみたいですよ」
「ええ、ええ、ありがたいですよ」
「皆さーん! めいどろぼっちを楽しんでいますかー!?」
メル子の問いかけに、一斉に書き込みが殺到した。
『超かわいい!』
『一緒におでかけしてる』
『うちの子、あんまり動かない』
『すげー、悪さするんですけどwww』
『オプションパーツに重課金ww』
「黒ノ木社長」
「はい」
「私もね、編集長として、めいどろぼっちはしっかり遊んでいますよ」
「ありがとうございます」
「メイドさんを育成するというゲームですが、どこからヒントを得たんですか?」
「ああ、もちろん、私の愛するメイドロボのメル子からですよ」
黒乃はメル子の肩に腕を回し抱き寄せた。メル子の顔が真っ赤になった。
『ひゅー!』
『イチャイチャすなww』
『そんなにするなw』
「でもね、最初はかなりワンパクというか、ヤンチャというか、暴君というか、手に負えない感じだったんですが」
「ああ、はい」
「そういうものですか?」
「そうです。仕様です」
『なんでw』
『マジかよw』
『古伊万里の皿破壊されたwww』
「あ、あの、めいどろぼっちのですね、中に入っているAIは、タイトバースからやってきたグレムリンなんですね。普通にAIを生成すると、コストが高くなりすぎるし、大量生産には向かないんですよ。だからですね、タイトバースで暇してるAIに現実世界にきてもらっているんです」
新ロボット法により、一定以上の容量を持ったAIは、政府が管理するコンピュータの中だけでしか生成を許されない。それはAIの人権によるものだ。
なので一般的なゲームや家電製品、玩具に搭載されているAIは、コストの観点から人権を持たない低容量のものしか使えない。
しかし、めいどろぼっちは玩具でありながら、高度なAIを搭載している。それを可能にしたのが、タイトバースのAIを拝借するという手法である。これにより、圧倒的なコスト削減を実現したのだ。
「いやー、ほんと大変でした。タイトバースへいって、AIを借りてくるのにすったもんだありまして、えへへ(334話参照)」
「プチロボットを使うという発想もすごいですが、異世界からAIを持ってくるというのもまたすごいですね。法律的には大丈夫なんですか?」
「えへへ、あの、いちおう大丈夫です。だと思います。グレーです。えへへ」
『グレーなのかよww』
『どうしてグレムリンなのwww』
『これ、現実世界がやばいだろw』
『乗っ取られそうwww』
「ご主人様! 宣伝をお願いします!」メル子がすかさず助け舟を出した。
「あ、そうそう。めいどろぼっちの販売がですね、好調ということでしてね、あの、イベントを開催することになりました」
黒乃はカメラの前にフリップを置いた。
「わあ! さっそくイベントをやるんですか! 楽しそうですね!」女性スタッフが合いの手をいれた。
「説明します! めいどろぼっちの発売を記念しまして、隅田公園でイベントを開催します!」メル子がフリップを読み上げた。
「めいどろぼっち大運動会です! 参加資格は、めいどろぼっちを所持していること! 自慢のめいどろぼっちを色々な競技に参加させましょう! 競技に勝つと、会場限定のオプションパーツがもらえます! 参加賞の会場限定丸メガネもあります! 皆さん奮ってご参加ください!!! 参加費二千円……」
「よっ!!」
黒乃は激しく手を叩いた。それに合わせてゲームスタジオ・クロノスの面々も手を叩いた。
『うおおおお! きたー!』
『参加するぜ!』
『今から特訓しないと!』
『ん? 参加費……』
「ほほう、めいどろぼっち大運動会ですか。面白そうだな。僕も参加しようかな」編集長は興味津々のようだ。
「視聴者の方も盛り上がっているようです! これは期待できますね! では、そろそろお時間となりました……」
女性スタッフが番組を締めようとしたその時、異世界から這い寄ってくる邪悪な小悪魔のささやきのような声が響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」
「ええ!? まさかお嬢様!?」
「オーホホホホ! めいどろぼっち発売おめでとうございますわー!」
「オーホホホホ! おじょうさまっちも大好評発売中ですわえー!」
「「オーホホホホ!」」
現れたのは、番組のスタッフに扮装して紛れていた、金髪縦ロールのお嬢様二人組であった。
『きたーwww』
『いつものw』
『まあ、くると思ってたけどw』
「お二人とも! なにをしていますか! 今は番組の本番中ですよ!」
「わたくし達もゲストに招かれたのですわー!」
「イベントの告知に参りましたのよー!」
アンテロッテはカメラの前にフリップを置いた。そしてそれを読み上げた。
「説明しますわー! おじょうさまっちの発売を記念しまして、隅田公園でイベントを開催しますわー! おじょうさまっち大運動会ですのねー! 参加資格は、おじょうさまっちを所持していること! 自慢のおじょうさまっちを色々な競技に参加させるのですわ! 競技に勝つと、会場限定のオプションパーツがもらえますわー! 参加賞の会場限定縦ロールもありますのよー! 皆様奮ってのご参加お待ち申し上げましてござるで候!!! 参加費二千円……」
「ですわー!!」
「丸かぶりやんけ!」
「しかも、同日開催です! どうなっていますか!?」
お嬢様たちはニヤリと笑った。右手を口元に、左手を腰に、背筋を反らして本日渾身の高笑いを炸裂させた。
「オーホホホホ! マリー家の力でしてよー!」
「オーホホホホ! ロボ区役所のロボ役人をちょちょいのちょいですわー!」
「「オーホホホホ!」」
『イベント被せwww』
『マジひでえwww』
『買収www』
『参加するぶひーwww』
静まり返る配信ルーム、盛り上がる視聴者達。




