第401話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その二
少女は机に向かい、電子ノートと睨めっこをしていた。しきりに電子ペンを動かしてはいるものの、なにかを書いているわけでもない。時折窓の外を眺め、再びノートに視線を戻す。その繰り返しがしばらく続いたあと、部屋の扉がノックされた。
扉がわずかに開き、その隙間から小さな箱が差し込まれた。扉の向こうの主は、なにも言わずにそっと扉を閉めた。
少女はそれを見届けると、箱に飛びついた。頑丈な箱だ。恐る恐るそれを持ち上げると机の上に置いた。箱の上面についているボタンを押す。するとカチリと音がして、ゆっくりと蓋が開いた。
「わぁ……」
箱の中で眠っていたのは、小さな小さなメイドさんであった。赤いビロードのクッションに包まれて目を閉じるその姿は、さながら白雪姫のようであった。
慎重に、中からメイドを取り出した。手のひらサイズの三頭身のメイドロボだ。どうすれば動くのだろう。少女はメイドロボを手のひらの上に乗せたまま、右往左往した。
よく見ると、箱の蓋の裏に説明書が添付されていた。いったんメイドロボを箱に戻し、説明書を読み耽った。
「なんで……『Get Wild』なんだろう」
少女は歌った。なかなか声が出なかったが、懸命に歌った。手を抜いたら起動しないのではないかと思ったからだ。『Get Wild』を歌い終え、すかさず付属のスティックを耳の中に差し込んだ。
すると起動音とともに、メイドロボが目を開けた。きょろきょろと周囲を見渡したあと、目の前にいる巨人をじっと見つめた。
「あ……わたしは……あなたのご主人様。あ……あなたの名前は『カトリーヌ』。はじめまして」
二人は数秒見つめ合ったあと、メイドロボは脱兎の如く走ってベッドの下へ消えた。
「ぶひー! ぶひー! 届いたぶひ!」
肉肉しい大男は、黄金色に輝く箱を目の前にして鼻息を荒くした。部屋の床は盛大に散らかっているが、壁に並べられた棚は必要以上に整然としていた。怪獣やロボット、美少女フィギュアが完璧な配置で飾られているのだ。
「ぶひー! 今日からみんなの仲間になるからね、よろしくぶひね」
大男は箱の中から、金髪縦ロールのお嬢様を大事そうに取り出した。そして、付属のスティックを耳の穴に差し込み、起動させる。まもなくして起動を完了した手のひらサイズの三頭身のお嬢様は、優雅な動作でカーテシーを決めた。
「ぶひー! かわいいぶひ! 君の名前は『フランソワ』だよ」
大男は棚から怪獣とギガントニャンボットを取り出し、お嬢様の横に置いた。
「ぶひひ、ほらみんな。今日からお友達になるフランソワだよ。仲良くしてね」
怯えたお嬢様は、華麗な飛び蹴りでギガントニャンボットの頭を弾き飛ばした。
プルプルと震えながら部屋に入ってきた老女の手には、小さな箱が握られていた。
「婆さん、戸をきちんと閉めてくれんかの。寒くてかなわんわい」
「爺さん、ごめんなさいよ。ほら、お届け物ですよ」
老女はコタツの上に箱を置いた。
「婆さん、それなんじゃい」
「爺さん、あれですよあれ」
「あれじゃ、わからんよ」
「ろぼねこっちですよ」
「ああ、あれかい。孫が送ってくれるっていってたやつかい」
老人はプルプルと震える手で箱を開けた。そこから出てきたのは、手のひらサイズの三毛猫であった。
「おお、こりゃかわいいのう」
「でも、うごきませんね」
「どうやったらうごくんじゃろのう」
「ほれ、『ミケ』。うごけーうごけー」
老女は指で猫をつついたが、動く気配がない。
「孫に電話して聞いてみるかのう」
「爺さん、頼みましたよ」
OLはふらつく足取りでマンションの部屋の扉を開けた。ふと足元に目をやると、宅配ボックスの中になにかが入っているのに気がついた。
「あ、めいどろぼっちだ。今日発売日だったんだ。すっかり忘れてたよ」
なにせ家に帰ってきたのは、二日ぶりだったのだ。連日の残業。そしてそのまま出張。疲れ果てての帰宅だ。泥のように眠ってまた出社。多大なストレスに押しつぶされそうだ。
しかし、少しばかりだが気力が戻ってきた。そうだった。癒しがほしくてめいどろぼっちを購入したのだった。誰もいない部屋に、わずかばかりの潤い。それをプチロボットが与えてくれると思い、大枚をはたいて購入したのだった。
「ふわぁー、眠い。今日はメイドロボちゃんと一緒に寝ちゃおうかな」
OLは箱を開けた。その瞬間、プルプルと震え出してしまった。
「え……うそでしょ……」
箱の中で眠っていたのは、白ティー丸メガネ黒髪おさげの三頭身のロボットであった。
「え? え? あれ? だって、メイドロボを……あれ?」
デバイスを取り出し、購入履歴を確認した。しっかりと『まるめがねっち』を購入した旨が記録されていた。日々の業務で疲れ果て、朦朧とした意識で購入したため、間違えてしまったようだ。
OLは泣いた。泣きながら『Get Wild』を歌った。
「ううう……ぐすん。お前ー、『まる子』。まる子だよ、お前は。お前は私に癒しを与えてくれるのか?」
まる子は机の上に寝そべり、ケツをかいた。二人は無言で見つめ合った。
——ゲームスタジオ・クロノス事務所。
今日も今日とて、社員達は業務に勤しんでいた。キーボードを叩く音、電子ペンがタブレットを擦る音、紙の資料をめくる音が、静かな作業部屋に入り乱れて反射した。
「先輩、ロボ通のレビューが出ました」
「おお!」
真っ赤な唇が色っぽい桃ノ木桃智が、向かいの席に座る黒乃に雑誌を手渡した。
今日はゲーム情報誌『ロボ通』の発売日であり、めいどろぼっちのレビューが載る日なのだ。
黒乃は雑誌をめくった。
「ん? そうか、今日はおじょうさまっちのレビューも載ってるのか」
「発売日が同じですからね」
黒乃はおじょうさまっちのレビューに目を通した。四人のレビュアーがゲームをプレイし、それぞれ十点満点で採点をする。
「くわー! 四十点満点じゃん! これやっただろ!」
「発売元のロボクロソフトは大手ですから」
「なになに? 小さなプチドロイドと愉快な日常を体験できる例のない斬新なゲーム? パクリじゃろがい!」
黒乃は顔を赤くしてレビューを読んだ。どれもベタ褒めで、ネガティブな要素には一切触れられていない。
「ハァハァ、ぜったいこれやってるわ……まあいい。問題はめいどろぼっちのレビューだよ」
黒乃はページをめくった。
「ふんふん、なになに?」
ロボロボ丸 八点
『プチロボットと一緒に暮らしながら絆を深めていくゲーム。毎日発行されるミッションをクリアすることでポイントがもらえ、そのポイントを使って着せ替え衣装などと交換ができる。めいどろぼっちはとても可愛いが、最初はなかなかいうことを聞かず、扱いに苦労する。しかし、徐々に仲良くなっていき、意思の疎通ができるようになった時は思わず泣いてしまった。値段が八万円とクソ高いのはマイナスポイント』
ロボーマン 八点
『プチロボットと一緒に暮らして仲を深めていくというのはどこかで聞いたようなコンセプト。類似品か? とはいえ、ろぼねこっちは非常によくできており、猫好きにはたまらないゲームだろう。一緒にお出かけしたり、餌をあげたり、昼寝をしたり。ペットやペットロボを飼うのはなかなかしんどいこのご時世。代わりといったらなんだが、試してみるのもいいかも。値段がゲロ高いのでマイナス二点』
戦闘員ロボこ 八点
『可愛い、とにかくめいどろぼっちが可愛い。着せ替えもできるし、ミニチュアハウスのパーツを購入するのも楽しい。なにより可愛い。最初はまったくいうことを聞かないが、辛抱強く接していると徐々に心を開いてくれるのが可愛い。毎日発行されるミッションはとてつもないレパートリーがあるので、今日はめいどろぼっちとどんな体験ができるのか、ワクワクが止まらない。友達にプチ自慢がしたくなるゲーム。八万円のブチ切れ価格は大きなマイナスポイント』
ロボタール加藤 六点
『おじょうさまっちに非常によく似た製品。おじょうさまっちは高級感が溢れているのに対して、まるめがねっちは庶民感がすごい。というか、寝転がったままケツをかくだけであまり動かない。最初は故障かと思ってサポートに問い合わせたが、仕様らしい。相撲系のミッションがきた時だけ、急にやる気を出して稽古を始めた。よくわからない。この子と仲良くなれる気がしない。でももう少し触れ合ってみたいと思う。なにかが変わるかも。値段はスットコ価格の八万円! 高い……』
黒乃は雑誌を握りしめてプルプルと震えていた。
「……クロ社長、大丈夫?」
「先輩、どうしました?」
「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
黒乃は奇声をあげて雑誌を縦に切り裂いた。
「シャチョー!? ナニゴトデスか!?」
「なんじゃあ! このレビューはぁぁぁあ!!」
フォトンは憤る黒乃の頭を撫でた。
「どうしておじょうさまっちが四十点で、めいどろぼっちが三十点なんじゃあああい!」
「先輩、主に価格面で点数を引かれているようですが」
桃ノ木が冷静な分析を繰り出した。
「おじょうさまっちも同じ値段でしょうが! なんでこっちだけ引かれてるの!?」
「シャチョー! おじょうさまっちは高級感があるんデスよ!」
FORT蘭丸は、自分の机の上に置かれたおじょうさまっちを撫でながら力説した。
「……価格面で引かれるのはしょうがないとして、さらに評価を下げているのがまるめがねっち」
フォトンの言ってはならない指摘により、黒乃の赤い顔が青く染まった。
「どうしてまるめがねっちがマイナスなの……」
「確かに許せませんね。先輩、ロボ通に抗議しますか?」
「ハァハァ、しておいて……」
その時、正午を知らせる時報が鳴った。FORT蘭丸とフォトンは、先を争い台所に駆け込んだ。桃ノ木は肩で息をする黒乃の背中を押し、昼食へと導いた。
「皆さん、大騒ぎしていましたけど、どうしました?」
緑色が目に鮮やかなメイド服を纏ったメイドロボが、配膳をしながら聞いた。
「いやね、ロボ通のレビューが言いたい放題なんだよ」
「忖度のないレビューでよろしいではないですか」
黒乃はスープをがっついた。
「忖度ないのはうちだけで、おじょうさまっちの方は忖度しまくりだよ」
「レビューで売り上げは変わるものなのでしょうか?」
「うーん……」
インターネットが発達していない時代には、多少の影響力はあったのかもしれない。だが、インターネット発達後の影響力はほぼ皆無と言っていいだろう。二十二世紀現在はインターネットは破壊され(40話参照)、単純に『ネットワーク』と呼ばれるものに置き換わっているが、状況は変わらない。
「では、気にすることはないではありませんか」
「うん」
メル子に嗜められ、落ち着きを取り戻してきた黒乃。スパイスの効いたスープが胃に染み渡っていくにつれて、気力が漲ってきた。
「うんうん、そうだね。よし!」
商品の売り上げはレビューでは決まらない。昨今のゲームは初動よりも、継続的なサービスの提供がものをいうのだ。
「桃ノ木さん、オプションパーツの売り上げはどんな感じ?」
「最初は着せ替え衣装の販売が好調でしたが、今はミニチュアハウス関連のパーツが売り上げを伸ばしています。まずはプチが暮らす家を整えたい、という心理が強いのかもしれません」
「よし! じゃあ、フォト子ちゃん。ミニチュア家具のデザインをお願いね」
「……おーらい、モグモグ」
「FORT蘭丸ぅ!」
「ハイィ!? モグモグ」
「ミニチュアハウス関連のミッションを多めに発行するようにしろ! 購買意欲を掻き立ててやるんだ!」
「お任せくだサイ! ズズズ」
「あと、なんかサーバが重いぞ! なんとかしろ!」
「現在調査中デス!」
がぜん盛り上がる台所。メル子はその様子を見て、頬を膨らませた。
「あれ? メル子、どしたの?」
「皆さん! お食事中はお仕事のことは忘れて、お料理に集中してください!」
慌てて食事をがっつき始めるゲームスタジオ・クロノス一行。食器が出す音がメロディとなり、古民家を駆け抜けた。




